81 可能性を、作る
「好きだ。笹森さんのことが」
真っ直ぐに私の方を見て話す雄二の姿が、なんだかいつも以上に眩しく感じる。
「……」
やっぱり、そうだよね……あんなに分かりやすいんだもん。好きじゃないとおかしいよ。
ほとんど確信めいた質問だったから、当然と言えば当然か……
けどやっぱり、直接それを聞くとショックかな……自分で望んだことではあるんだけど……
「……明里」
そんな私の気持ちが伝わったのか、どこか申し訳なさそうに私の名前を呼ぶ雄二。
……きっと雄二は、もう気付いている。私の想いに。
……っていうか、気付いてもらおうと今まで頑張ってきたんだから、そうじゃないと困るよ。
それくらい、今までずっと、雄二のことを想ってきた。
「雄二」
……でもそれは、これからも同じ。
雄二の言葉を遮って声を出した私を見て、少し困惑したような表情を浮かべる雄二に、私は言葉を重ねる。
「私は、さ……」
まさかこんなに唐突に訪れるとは思わなかったけど……
「諦めるために、奏ちゃんのことを訊いたんじゃないんだ」
もっと、文化祭とか。卒業式とか。そういう特別な日に、練りに練った言葉を紡ぐのかと思ったけど。
「私は……」
――明里さんは……諦めちゃだめだと思います――
……諦めるわけないよ。諦められるわけないよ。奏ちゃん。
――あの人……好きなの?――
……うん。もう、どうしようもないほどに、ね。
特別にする必要なんてない。
だってこの気持ちは……
「雄二のこと、好きだよ」
もうとっくに、特別なんだから。
◆
「……!!」
すぐに言葉が出なかった。何を言っていいのかも分からない。
俺はそんなに鈍感じゃない、なんて言っておきながら情けないが。
「それって……?」
そんなんだから、たった今聞いたばかりのことを確認するような言葉しか出てこない。
いや本当に。何を言えばいいんだ? ってか、正解なんてあるのか?
「あれ? もしかして、びっくりしてる? 私はずっと、雄二のこと好きだったんだけどなー」
「……!!」
この顔はずるいだろ……!!
首を軽く傾けた明里は、俺の顔を覗き込むようにして微笑んでいる。
こんな、眩しいくらいの笑顔を向けられたら。
余計に言葉が出てこなくなるだろ……!!
「私さ、雄二が奏ちゃんのこと好きなの、なんとなく分かってたんだよね」
「そうか……」
まぁ、口ぶりからしてそうなんだろうとは思っていたが……
……でも、諦めないって……
「でも……諦めるなんて、できなかった」
「……」
ゆっくりと、でもはっきりと、明里は言葉を重ねていく。
運動会の時、思わず勘違いしちまいそうなことを聞いた。
その時も、「好き」という言葉を聞いた。
その言葉に、あれだけ力がこもっていたのが今、ようやく分かった気がする。
「絶対、雄二を振り向かせてやる! って。そんな柄にもないこと、思っちゃったんだよね」
少し照れくさそうに頬を染める、明里の姿に目を奪われる。
さっきから、ずっとそうだ。
綺麗に紅く染まった夕日よりも。道路を走り去る、高そうな車よりも。
なによりも、明里に目を奪われている。
「……だからこれは、宣言。私のこと、少しでも気にしてもらえたらいいなって。そんな、恋愛の戦略……みたいな?」
控えめに笑う、その姿を見ていると。
思わず、告白を受け入れてしまいそうになる。
でもそれは……
「明里……俺は……」
絶対にだめだ。それは、俺を裏切り、明里を裏切ることになる。それだけは……
「待って」
「……」
言葉を遮るようにして声をあげた明里の言葉を、やけに速い心臓の動きを抑えつけながら待つ。
緊張……とはどこか違う、高鳴り……ともどこか違う。
今までに感じたことのない、妙な感覚だ。
駐輪場に着いてから、ずっとこうだったような気もする。それが今、沈黙が訪れたことにより顕著になった。
「返事はいいよ」
「でも……」
でも、言わないわけにはいかないんじゃないか? 告白なんてされたことないけど……それに、そうしないとだめな気がする。
――このままだと、だめなんだ――
「こんなにすぐ気持ちが変わるなんてこともないだろうし」
「……」
たしかに……ついさっき、笹森さんのことが好きだって言ったばかりだしな。ただ……
「だから、返事はいいよ。……それに、いつか必ず、振り向いてもらうから。私のことが好きだ! って、思ってもらうから」
「ははっ……そうか、分かったよ。返事はしないどく」
覚悟してよ? なんて言って笑ってやがる。
……ったく、いつの間にこんなに逞しくなってんだ? 恋の力ってやつか? ……その中心に俺がいるっていうのは実感わかないけども。
告白……まさかされる日が来るなんてな……
ずっと、どうやったら好きな人に好きになってもらえるかを考えてきた。
それがまさか、人から好かれる日が来るとはな……
ともあれ、唐突に訪れた告白の日は、これでひと段落みたいだ。
自転車の鍵を開け、サドルに腰を下ろしている明里を見て、俺も自転車にまたがる。
◆
「ふぅ……」
ようやく、今日流した汗をシャワーで洗い流せる。
一日中アルバイトをして疲れ切った体に、温かいシャワーを浴びせながら、私は考える。
しちゃった……! しちゃったよ……!! 告白……!!!!
そして、悶える。
えっ? えっ? だって、告白だよ!? 今まで何度しようと思ったか分からない、あの告白だよ!?
……まさか、あんなにすんなりと言葉が出てくるなんて……冷静になると、ほんとにびっくりだよ。
でも……伝えた。伝えられた。
なんだか、すごく吹っ切れたような気分。
"好きな人に、もう好きな人がいる。"こんな状況、もっと悲しむべきことなのかもしれないけど。返事は聞かなかったけど、多分振られてただろうし。
「でも……もう進むしかないから。進みたいから」
それでも私の中にある、たしかな決意を、呟いた。シャワーの音にかき消されたその言葉は、私の耳に強く残っている。
これから私は、可能性を作っていくんだ。
「よしっ!」
やってやるぞぉ!! なんて、今にも声が出そうなくらい、やる気に満ちている!! 告白した女の子は一味違う!!
「……あれ?」
でも、なんか忘れてるような……?
◆
「あれぇ……? 明里さん、まだ終わんないのかな……」
LINNを明里に送ってからもう一日が経とういう頃。
廣瀬優佳は、自室のベットで横になっていた。たまたま今寛いでいる、というわけではない。
「は、はっくしょん!!」
ふと、豪快なくしゃみが飛んだ。これも、別に埃が鼻に入った、というわけでもない。
「あー、まさかバイト当日に風邪引くなんて……明里さんにも悪いことしちゃったな……」
そう、廣瀬は風邪で寝込んでいた。このことには、明里もまだ気づいてはいない。
「明里さん、今日一人で寂しかっただろうな……」
寂しくなかった。廣瀬の予想に反し、明里はかなり楽しんでいた、というのが現実である。
「LINNも既読つかないし……多分、心配してるだろうな」
心配どころか、雄二に会えた衝撃で一人足りないことに気づいてすらいない、現実である。
「後でお詫びもしないとだし、とりあえず寝てよう」
こうして後日、明里は身に覚えのないことで廣瀬から奢られることになるのだった――
告白のシーンなんて何も考えずに書いてきましたが、唐突に訪れました。作者も明里と同じ気持ちです。本当に唐突。
ラブコメの山場といえば告白! しかしこの作品はこれからも山場だらけ! になるはずです。
とりあえずまだまだ続いていく予定ですので、これからもお付き合いよろしくお願いします!!




