77 トラブル
「終わったー……」
明里が接客の仕事をしに行ってから三十分くらい経った頃。俺はようやく、絶え間なく正面に積まれてくる皿をさばき終えたところだった。
まじで疲れた……皿洗いなんて単純作業なんだから同じこと繰り返せばいいだけかと思ったが……
どうやらそういう問題ではないらしい。同じ作業でも繰り返してれば疲れるものは疲れる。今日の教訓。
忘れないよう頭で反芻しながら、俺は息を吐く。
「ふぅ……」
「安達君、お疲れ様!! 初めてのお仕事なのに、よく頑張ったわ!!」
優しく声をかけてくれるリーダーおばさん。でも俺の肩を叩く力は強烈そのもの。
明里、痛かったろうな……
「はは……ありがとうございます」
今日の仕事仲間に同情しながら、俺は力のない返事を返す。
「お昼休憩、早めに取ってゆっくり休んで!! またお昼過ぎからは混み出すと思うから」
「はい。ありがとうございます」
まだ他の人が働いているのに一人だけ先に休むのは少し気がひけるが……今回はお言葉に甘えさせてもらおう。
せっかくリーダーおばさんがこう言ってくれてるのに断るのもあれだしな。何よりほんとに疲れた。立ち仕事だったし、早く座りたい。
「一時まではゆっくりしてていいからね〜」
「はい。じゃあ、失礼しま……」
リーダーおばさんの元気のいい声を背に、俺が歩き出そうとした時。
「おい!!!! どれだけ人を待たせれば気が済むんだ? あぁ?」
キッチンまで聞こえてくる大きな怒号……カフェには似つかわしくない、ドスのきいた低い声が響き渡った。
なんだ……? なんかトラブルか?
「何かあったのかしら……」
休憩所に向かう足を一旦止めて、心配そうに首を傾げるリーダーおばさんと一緒にキッチンの外を覗き込む。
「も、申し訳ありません……! すぐに換えのものをご用意致しますので……」
あれは……
「明里……?」
「秋山さん? どうしたのかしら……」
ざわざわと周りの人たちが見守る中。その中心では、俺のよく知った顔がしきりに頭を下げていた。
しかしその表情は、明里が普段見せるようなものではない。
ひどく緊張した面持ち。怯えたように小さく震える肩が、この距離からでも見てとれる。
「だから……!! 一体どれだけ人を待たせるんだって言ってんの。話聞いてる?」
「うちら、もうすっごい待ったんだけど? 今まで何やってたの?」
明里の立っている正面のテーブルには、カップルらしき若い男女が、苛立ちを隠そうともせずに腰掛けている。
男も女も、ギラギラガチャガチャとした装飾品をどんなもんだい! ってくらいに身につけている。眩しい。
「申し訳ありません……! すぐに作り直しますので、もう少々お時間をいただけないでしょうか?」
「はぁ……。さっきから謝ってばっか。俺らが注文してから何十分経ってると思ってんの? しかもようやくきたかと思えば、作り間違えましたぁ? どうゆう事だよ。なぁ?」
「……」
注文しても料理がなかなか来ないことに苛立ってたのか……しかも、待たせた挙句に店側が作るものを間違えたってわけか。
確かにそれはこっちが悪いが……だからってあんなキレるか? 普通。
こんだけ混んでりゃ遅いのは当たり前だろ。それに、明里が作り間違えたわけでもないのに……ただの八つ当たりじゃねぇか。どうせ、たまたま料理を運んできたのが明里だったから文句を言ってるんだろうな。
「あっ、分かったぁ……」
理不尽なことを言われ続けながらも、必死に頭を下げる明里の姿が何度も目に映る。
確かな怒りが胸の奥から込み上げてくるのを感じていると、カップル女がニヤリと意地の悪そうな笑み浮かべながら明里を舐め回すように見つめ出した。
「この女、さっきから客に色目使ってんだよ! そんなビッチだから、私たちの料理のことなんか忘れてるんじゃないの?」
「はっはっは! 確かにこいつ、そこら辺のテーブルに入り浸ってたなぁ? 全く、仕事を何だと思ってんだか……」
カップル女の言葉に反応したカップル男も、まるで明里を晒しものにするかのように楽しげに笑い出した。
「ちっ、違っ……!! 私は……」
緊張で固まっていた明里の表情は、徐々に崩れだしている。震えているのは、肩だけじゃない。
明里をネタに高笑いする理不尽な客を前に、溜め込んだ怒りが爆発するのは、時間の問題だった。
そして怒りのストッパーは今、外れた。
「お客様ー。他のお客様もいらっしゃいますので、お静かに願いますー」
自分でもびっくりなくらい、低く、淡白な声が口から出た。
「あぁ? なんだ?」
「今度は誰? てか何? 文句あんの? うちら被害者なんだけど」
食事の手を止め、ことの経緯を見守る他の客たちの視線が俺に向き始めたのを感じる。
しかしもう、そんなことはどうでもいい。今はそれよりも……
「雄二……? なんで……?」
天井から吊るされたランタンの灯りに照らされながら揺れる、明里の瞳が俺を視界にとらえた。
その瞳は、小刻みに震えている。
ランタンの灯りが当たっているから……それだけでないことは明白だ。
「後は任せろ」
そんな表情を変えてやろうと、俺は明里に目を向ける。
そして、この怒りの元凶へと向き直る。
女の子と一緒にアルバイトという夢のような展開なのに、トラブルを起こす作者クオリティは健在でございます。
『本日のおねだりタイム』
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