71 また機会があれば
俺が明里と話し始めて少し経った頃。
「はい、先輩」
「おっ、ありがとう」
俺はスポーツドリンクを手に帰って来た笹森さんからスマイルを受け取る。あっ、スポーツドリンクを受け取る。
料金はいくらですかね? 一万までならなんとか……
「あっ、お金は良いですよ」
俺のそんな思いを感じ取ったのか、笹森さんは俺が口を開く前にそう断ってくれた。
まじかよ……これただでいいのかよ。しかもスポーツドリンクのおまけ付きだぞ。
相も変わらずかわいい笹森さんを見ながらそんなことを思う。
いつの間にかスポーツドリンクがついでになっているのは仕方があるまい。肩まで伸びた黒髪が波風に揺られてなびく姿は、この世のどんなものよりも価値がある。
「え、ほんと? なら今日はお言葉に甘えさせてもらうよ」
しかし、せっかく後輩がこう言ってくれてるのだから、今回は甘えさせてもらおう。断るのもなんだか悪い気がするし。
「明里さんもどうぞ」
「ありがとっ。しかも奢ってもらっちゃって……」
「良いですよ。明里さんにもいつもお世話になってますし、これくらいは」
笹森さんからスポーツドリンクをもらう明里を横目に、俺は早速ペットボトルのキャッチをひねる。
意図せずかなり動いた後だったから、正直笹森さんの気遣いは嬉しい。
なんたって勝つ気でいたからな。今ならそれがどれだけ無謀なことだったのかと、後悔の気持ちしか湧いてこないが。
「ところで笹森さん」
乾いた喉にスポーツドリンクを染み渡らせた俺は、ペットボトルを片手に笹森さんに向き直る。
「なんですか?」
白く華奢な脚を曲げ、浜辺に腰を下ろしながら笹森さんは俺の言葉を待つ。
笹森さんに、ずっと言いたかったこと。訊きたかったことを、俺は口にする。
「呼び捨てで呼ぶっていう話は……」
「……先輩たち、負けちゃいましたよね?」
「……はい」
さらっと許可を取ろうと思ったが、やはりダメか……でも、いやしかし!! 惨めなことだとは分かっていても、あっさりとは諦めたくない……!!
「仕方ない……こうなったら、今日から毎日ビーチバレーの練習するしかない!!」
これしかない!!
勝つには練習しかないと父さんが言っていた!!
「なんでバレー限定なんですか……」
「え? オリンピックの日本代表クラスになって出直そうかと……」
これしかない!!
もう俺の頭は確かなリベンジへとシフトしていた。横文字いっぱいなことが俺のやる気をみなぎらせていることを伝える。横文字テンション上がる。
「そんなに上手くなったらもうオリンピック出ちゃってくださいよ……そもそも、ビーチバレーってオリンピックの競技にあるんですか?」
「……多分」
半分……というか八割くらい呆れた様子でオリンピック出場の厳しさを話す笹森さんに、俺は曖昧な返事しか返せなかった。
言われて見れば、バレーはやってるけど、ビーチバレーはどうなんだろう?
……って、いつの間にかオリンピックに出ることが目標になっちまってる。そんな事よりも俺は笹森さんとの心の距離を詰めたいんだ。
俺がそんな返答を悔やんでいると、笹森さんは波立つ海を眺めながら言葉を紡ぎ出した。
「……先輩は私のこと呼ぶ時、呼び捨てがいいですか……?」
呼び捨て……それは、ある程度距離が近い男女でないと呼ばないだろう。俺も明里を呼び捨てで呼ぶようになったのは、出会って何ヶ月か経ってからだからな。
「笹森さんとの距離が近くなる気がするからね」
だからこそ、呼び捨てという技を使うことで、笹森さんとの距離を縮めたい。そんな俺の本心を伝えたつもりだが……
「そ、そうですか……ま、まぁ、先輩がそう思ってくれるのは嬉しいですけど……」
海を眺めていた笹森さんは、頬を赤く染めながらその視線を目下の砂浜に向けた。
「じゃあ……また機会があれば、考えてあげます」
「……その時は、今度こそものにするよ」
もじもじと手を絡ませる笹森さん。
その姿がとにかく愛おしくて。
じゃあその時はいっぱい悩ませてやろう、なんて意地の悪い考えが浮かんで。
気づいたら、俺は決意を固め、そう応えていた。
「は〜い! お二人さ〜ん!! 明里さんの前でいちゃついてないで、バス乗りますよ〜」
すると、さっきまで美味しそうに笹森さんにもらったジュースを飲んでいた廣瀬が立ち上がって俺たちの肩を軽く叩いて来た。
「そ、そうだよ!! 二人ともあんまりくっつかないの!! バス遅れちゃうよ!?」
廣瀬に賛同するように捲し立てる明里の勢いに押されて、
「お、おう。そうだな……」
「べ、別にくっついてはいません!」
明里なら廣瀬にツッコミを入れるかと思ったが……
「って優佳ちゃん! それだと私が怒ってるみたいじゃん!!」
「え〜? そうですか〜?」
……どうやら今回はノリツッコミのようだな。少しテンポが遅かった気がするが、それはまだ慣れてないからだろうか。
そんなことを思いながら、俺は紅く輝く夕日を背に、もうすっかり人も少なくなった浜辺をバス停に向かって歩き出す。
まだ夏休みは始まったばかり。夏は楽しいこといっぱいなので、書くこともいっぱいです。
『本日のおねだりタイム』
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