70 こんな気持ち
思わず飛び出してきちゃった……でも先輩があんなこと言うのも悪いと思う。うん、絶対そう。
頬がまだ少し熱いのを感じながら、私は自販機に小銭を入れる。
チャリンチャリンという心地のいい音を聴きながら、私は考える。
……先輩、今日は明里さんと二人で来てたんだ……友達っていうの、明里さんのことだったんだ。
図書館で先輩は友達と海に行くって言ってたから、中西先輩やクラスのみんなと遊びに行くのかと思ってた。でもまさか、それが明里さんと二人だなんて……
「はぁ……」
浜辺から少し離れたところにある自販機の前で私は小さくため息をついた。
「どしたの? ため息なんかついて」
「ひゃっ!?」
後ろから急に声をかけられて思わず肩が震えてしまった。ついでに変な声も出た。
「優佳……」
いつの間について来てたんだろう? 来るなら来るって言っておいて欲しい。
「あはは、びっくりしすぎ〜。私も行くって言ったじゃん」
「えっ、そうだっけ……?」
あれ? もしかして私が聞いてなかっただけ?
「そうだよ〜」と言ってケラケラと笑う優佳を見て、なんだか少し申し訳ない気持ちになった。
「で? なんか嫌なことでもあった?」
私が謝ろうかと口を開きかけると、優佳は優しい表情を滲ませながら首を傾けた。
さっきのため息を聞いたからかな。心配そうに、でもあんまり深刻な空気を出さずに優佳はそう訊いてくれる。
嫌なこと……
明里さんが先輩と一緒に居ても、それは別におかしなことじゃないし、仲が悪いよりはよっぽど良いと思う。
でもなんでこんな気持ちになるんだろう……?
何も嫌な気持ちになる理由なんてないのに。
こんなふうに思う必要なんてないはずなのに。
「……分からない。嫌なことではない……と思う」
スポーツドリンクを買おうと自販機に押し当てていた指から力を抜き、そう答える。
「……もしかして、明里さんと安達さんのこと?」
「……まぁ、そんな感じ……かも」
なんで分かったの? そう訊こうとして、やめた。私が浜辺でくつろぐ二人の方を見ていたことに気がついたからだ。
ここからでは遠くてよく見えないけど、それでも私の目は明里さんと先輩の、楽しそうに会話をする後ろ姿を追っていた。
「安達さんのこと、好きなの?」
「ひぇっ!?」
……また変な声が出た。優佳が来てから動揺しっぱなしなことがなんだか悔しい。
って、それよりも!! 私が、先輩のことを……? す、好きって……!!
「た、たしかに先輩優しいし、た、たまにかっこいいとこもあるけど……」
私は、的場君から私を助けに来てくれた時の先輩の姿、運動会で私のことを認めてくれた先輩の言葉を頭に思い浮かべる。
そのどれもが、私の中に色濃く残っている。自分のためにそこまでしてくれる年上の男の人なんて、きっと珍しい。
けど……
「けどやっぱり、先輩は先輩って感じかなぁ」
先輩と出会ってからの四ヶ月、色々なことがあったけど……いつも私に耳が赤くなるようなことを平然と口にする先輩の顔が一番多く思い浮かぶ。
でもそれが一番、先輩らしいのかも。
「ふふっ」
そんなことを考えてると、自然と息が漏れた。そんな先輩のことを嫌いじゃないと思っている自分がいることがどこかおかしく感じたのも原因だ。
「あはは〜、なにそれ〜」
そんな私の様子を見てか、優佳も楽しそうに笑い出した。
「優佳……ありがとね」
「ん〜? なんもしてないと思うけど?」
こうは言ってるけど、これ以上追求しようとしないとことか、やっぱり優佳は優しいと思う。さっきだって、心配して話しかけてくれたわけだし……
「あ、私はなっちゃんでいいよ〜」
「……」
やっぱり、そんなに優しくないかも。既に私が奢ることが確定してしまっている状況を肌で感じてそう思った。
「はぁ……しょうがないなぁ」
あまりに自然に奢れと言われたせいか、私は観念してもう一度自販機に指を押し当てた。
ガチャコンッ
小銭よりも重く、大きな音が響くのを感じる。
……今日って、明里さんと先輩、どっちから誘ったんだろう?
ふと、疑問に思った。いや、もっと前から気になっていたのに、気づかないふりをしていただけなのかもしれない。
先輩からだとしたら……
私にも二人で遊ぶよう誘ったことがあるのに、他の人にも同じことをしてると思うと、ちょっと嫌だな。
べ、別に独占欲とかそんなではないけど……そもそも異性として好きとかじゃないから!! それに、明里さんとだって仲良いんだから、なにも不自然なことじゃない!! ただ、ちょっとどうなの? って思うだけで……
私は切り替えるように頭をぶんぶんと振って、次の可能性を考える。
明里さんからだとしたら……
どうして先輩だけ誘ったんだろう……? それってやっぱり、二人になりたかったから……?
だとしたら、明里さんの好きな人っていうの……
「奏?」
「えっ?」
「手、止まってるよ?」
「あっ……」
優佳の言葉で現実に引き戻された私は、なっちゃんに当てていた手を動かしてスポーツドリンクに合わせる。
……まぁ、そんなに気にすることでもないよね。もしそうだとしても、私は明里さんを応援するだけ。そんなの、初めて明里さんに相談された時から決めてる。
もし逆だとしても、その時は先輩を応援すれば良い。
……なのに、なんでこんなセンチメンタルな気持ちになってるの……?
だいぶ暗くなって来たからかな。心は天気や時間に左右されることもあるっていうし。きっと、そう。
もうすっかり赤くなった空を見ながら、そう思った。
とうとう今回で70話……
我ながらここまで書き続けられたことに感動です。ここまで書けたのは間違いなく読んでくれる人がいるからです。
これからもその期待に応えられるよう頑張るので、応援よろしくお願いします!




