67 呼び方
廣瀬優佳様の名前を西川と書いてしまっていたので、修正しました。混乱させるようなことをしてしまって本当に申し訳ないです。
廣瀬、すまん……!! あっ、廣瀬様……!!
まだ昼過ぎ。明るく輝きを放っている太陽の下では、さっきまで泳いでいた人たちの大半が昼ごはんを食べようといくつかある近くの海の家に並んでいる。
「タイミング良かったな〜」
「だねっ! ホタテ丼も美味しかったし」
明里もさっきのホタテ丼の味を思い出すようにそう口をほわほわとさせている。分かるぞ、その気持ち。
「先輩たちはこれからどうするんですか?」
「んー、どうすっかなぁ……」
首を傾げてそう尋ねる笹森さんに、俺はちゃんとした答えを返すことができなかった。なんたって無計画人間。海の満喫方法がわからん。
「海ではもう結構泳いだしね。なんかみんなでできるのがあればいんだけど……」
「じゃあ、あれなんでどうですか?」
悩む俺たちに、笹森さんは浜辺にある海の家以外で人だかりのできている場所を指差した。
「あれは……」
「ビーチバレー?」
笹森さんの指差した先には、バレーやバドミントンの時に使う、ネットのはられたコートが二つ立てられていた。
コートの中では大学生くらいの男女が二人二組でバレーボールを打ち合っている。ビーチでやってるからあれがビーチバレーってやつだろう。
ビーチバレーは普通のバレーとは違うルールもあるみたいだが……見た感じだとよく分かんねぇな。
「はい。せっかく四人ちょうどいるので」
「たしかにちょうどいいかもしれないな……ちょっと行ってみようか」
「はいっ!」
元気よくそう答える笹森さんの笑顔は、夏の太陽よりも眩しい。笹森さんの尊い笑顔をそんなものと比べるのは不本意であるが、分かりやすく言うとそうなる。
「笹森さん、ビーチバレーやってみたかったの?」
「えっ!?」
そんな様子がなんだか気になって、俺は笹森さんに話を振ってみる。
しかし笹森さんは、歩く足こそ止めないものの、笑顔を固まらせ、驚いたような声をあげた。
えっ、そんな変な質問だったか? それとも笹森さんの顔を見てニヤけていたのがバレたのか? それはちょっとまずいぞ。主に俺の尊厳がピンチだ。
「いや、その……ここにきてから、ずっと気になっていたので……」
恥ずかしそうに目を逸らしながら言葉を紡ぐ笹森さん。
なんか恥ずかしい趣味がバレちゃった! みたいな表情だな。かわいい。
「あー、ビーチバレーやりたかったけど人数足りかったから」
「はい……知らない人とやるわけにもいかないので……でも私、スポーツなんて体育の時くらいしかしたことないからやってみたくって」
そう言って笹森さんは逸らしていた目をビーチバレーをしている大学生の方へと向けた。
よっぽどやりたかったんだろうな。たしかに、部活してなかったら体を動かす機会なんてないからな。
たまに無性に体を動かしたくなるのは分かる。しかもあんな目立つものがあったら興味を惹かれるのも当然だ。
そう思い、俺も笹森さんと同じ方向を見る。
どうやら接戦らしく、コートの中ではアタックを決めたチームの若い男女が嬉しそうにハイタッチをしている。周りの観客も、おぉー!! と声をあげながら、熱戦の様子を見守っているようだ。
「え〜、奏、スポーツしたいんなら私がいつでも相手になるのに〜」
笹森さんの後ろを歩いていた廣瀬さんが、笹森さんの肩に頭を乗せている。変わってほしい、まじで。
「ちょっ、近いって……」
笹森さんは歩いていた足を止め、廣瀬さんに向き直る。
「もう! それに、優佳と私じゃレベルが違いすぎて勝負になんないじゃん」
「あっ、終わったみたいだよ!」
「え〜」と口を尖らせている廣瀬さんの横で、明里がコートの方を指差した。
「おっ、ほんとだ」
どうやら大学生たちのゲームは勝負がついたらしい。手前のコートでプレイしていた男女が笑い合ってはしゃぐ姿が目に映る。さっきアタックを決めていた人たちだ。この様子だと、流れをあのままに勝負を決めたようだな。
「あっ、じゃあ行ってみましょうよ!」
廣瀬さんの相手をしていた笹森さんは、逃げるようにコートへと走っていった。その後ろ姿は、珍しいものを見つけ、はしゃぐ子供の後ろ姿を彷彿とさせる。つまり、はしゃぐ笹森さんもかわいい。
◆
「チームはどうします?」
「俺と明里、廣瀬さんと笹森さんでいんじゃない?」
さっきの大学生のゲームが終わると、周りにいた観客たちはプレーするわけではなく、続々と海の家へと向かって行った。
多分元々昼食をとるつもりだったけど、その途中で白熱した試合を見つけ、足を止めてしまったのだろう。
そのおかげで俺たちは特に待つことなくコートに入ることができた。
「おっけーで〜す。……あっ、あと私のことは呼び捨てでいいですよ。年下なんで」
俺が今日一緒に来たペアで分けようと提案すると、廣瀬さんは呼び捨て提案を繰り出した。
呼び捨てか……年下なんだから、たしかに呼び捨てにするのが普通かもしれない。
女子と話す機会なんて、それこそ明里以外とはほとんどなかったからな。つい距離を置くような呼び方になっ……まさか……!! それが原因で笹森さんとの距離が縮まらないのか!?
「おっけー。じゃあこれからは廣瀬でいくね」
「ありがとうございます〜」と言いながら準備運動をしている廣瀬から笹森さんへと視線を移す。
「ねぇ、笹森さん。せっかくだから、なんか賭けようよ」
「賭ける? 勝った方に負けた方が何かするってことですか?」
笹森さんは腕を首の後ろに引っ張りながら、そう問いかけてくる。
……そんな格好をされると、笹森さんの白く華奢な二の腕、その全貌が俺の頭に飛び込んできて情報処理が追いつかないんだけど。
「そうそう。俺たちが勝ったら……」
俺は今一度、笹森さんのくりっとした瞳の中を覗き込むようにして、"賭け"の内容を口にする。そうでもしないと永遠に笹森さんのキュートな腕を見つめてしまうからな。
「俺も笹森さんのこと、さ、笹森って呼んでもいいかな?」
かんだ。けど頑張って最後まで言えたから気にしない。しちゃダメだ。
「……えっ? それが賭けですか?」
「うん。だめかな?」
「いや……ダメじゃないですけど。そんなんでいいんですか?」
「もちろん。あんまりきついのだと負けた時大変だしね」
俺はなんとか笑顔を作る。八割くらい誤魔化し笑いだけど。
「分かりました。じゃあ私たちが勝ったら……」
笹森さんがそこまで言いかけたところで、隣の廣瀬がしゃっ! と前に出て、口を開いた。そしてその内容は……
「先輩たち二人で浜辺を往復三周してください!!」
「……」
なかなかにハードなものだった。浜辺は端から端まで、走って二十秒くらいの距離がある。
それを三往復するとなると、一分四十秒走り続けなければならない。バレーの直後にその運動ははっきり言ってやばい。
ふと隣に視線を向けると、そのことを想像してしまったのか、明里の顔が青ざめているように見えた。
「あんまりきついのは……」
「奏を呼び捨てにするならそれくらいの覚悟は必要です!!」
「……」
なぜか胸を張ってそう言い張る廣瀬。まぁでも、確かに言っていることは分かる。楽して笹森さんとの距離を縮めようたってそうはいかないよな。
「……よし。臨むところだ。勝つぞぉぉ! 明里ぃぃ!」
俺は青ざめた明里へと振り返る。チームで闘う以上、明里の協力は必要不可欠だ。
「えっ、ちょっと……なんか勝手に話進んでるんだけど……しかも、勝っても私には何にもないって酷すぎない……?」
「よぉし!! やるぞぉぉ!!!!」
萎え切らない返事をして不満そうにする相棒と共に、勝利への確かな一歩を今、歩み始める。
中学校までは呼び捨てで呼ぶのが当たり前だったのに、高校に入った途端、"さん"付けになりますよね。大人になったってことなんだろうか……歳をとったぜ。




