65 嫉妬してます?
廣瀬優佳様の名前を西川と書いてしまっていたので、修正しました。混乱させるようなことをしてしまって本当に申し訳ないです。
廣瀬、すまん……!! あっ、廣瀬様……!!
明里が繰り出す怒涛の追撃をのらりくらりとかわし、俺たちは浜辺付近の海の家へと来ていた。
「なんか食べるか?」
最初は飲み物だけ買うつもりだったが、そろそろ昼時だ。混む前に食べた方がいいかもしれない。
まだ客がまばらな様子を見て、俺は明里に向き直る。
「そうだなー。じゃあ……」
明里は少し考える素振りを見せ、店前の看板に書かれたメニューに目をやる。
「せっかくだから、ホタテ丼食べてみたいかも」
そして、その中の「特製! 出多浜産ホタテをふんだんに使ったホタテ丼!!」と大きな見出しで書かれた部分を指差す。
「へぇ。ここってホタテ名物だったんだ」
知らなかった。出多浜には何度か来たことあるが、前はこんなのなかった気がする。
「うまそうだな。俺もこれにしよ」
せっかくだしな。明里も言ってたけど。それに、この見出しの画像を見てたらなんだか食べたくなってきた。
そうして俺たちはレジで注文を済ませ、テーブル席へと向かうべく歩き出したのだが……
「先輩?」
そんな甘い声が聞こえてきた。その刹那、俺は大車輪の如く体を急回転させ、声の主を確かめる。こんな可愛らしい声の持ち主は一人しか知らないが。
「笹森さん」
「やっぱり先輩じゃないですか」
やっぱり笹森さんじゃないですか。
俺が心の中で笹森さんに同調していると、笹森さんは俺から視線を右にずらし、少し驚いたように声を上げた。
「明里さん」
「か、奏ちゃん……やっほー」
「や、やっほー……です」
え? 何この空気。なんか二人して見つめ合ったままなんだけど。もしかして俺見えてない?
「あー、えっと……奏ちゃんも来てたんだ?」
話す話題が思い浮かばなかったのか、明里はそんな分かりきったことを訊く。
「はい。優佳と来てるんです。明里さんは……先輩と二人ですか?」
俺たちの他にそれらしい人物を見つけられなかった笹森さんはそう尋ねてくる。
「ま、まぁね。たまには二人でも出かけようかなって」
明里は俺を一瞥すると、笹森さんに向き直ってそう答えた。
「あ〜、明里さんだ〜」
すると、笹森さんの背後からゆら〜っと明里を呼ぶ声が聞こえてきた。
笹森さんの背中からひょこっと顔を出したのは……
「優佳ちゃん! ひさしぶり!」
優佳ちゃん……? ……あぁ、笹森さんが今日一緒に来たっていう人のことか?
どこかやる気のなさそうな目をした彼女は、笹森さんの同級生だろうか? 明里さんって言ってたし。
「? そちらの方は?」
「あぁ、俺は安達雄二っていって、明里の友達だよ」
「えっ、彼氏じゃないんですか?」
「……」
彼氏って……初対面でなかなか突っ込んだことを聞いてくる子だなぁ。でも、周りから見たら二人で海水浴に来るという今の状況はそう見えるんだろうか?
ん? ということは、今ここにいる笹森さんにも俺たちの様子はそう映ってるわけで……
「ちょっ、ちょっと優佳ちゃん……!! そ、そんなことないから……!!」
明里の慌てた声も今はあまり耳に入らない。笹森さんに誤解を与えてしまっているのだとしたら、やっぱり訂正しないと。
「えー、でも二人で来てるからそうなのかと……」
「いや、ほんとに友達だよ。まぁ、明里とは入学当初からの付き合いだからな。仲はいいと思うぞ」
「なるほど……。たしかに、そんな感じもしますね」
これで納得してくれるかは分からなかったのだが、彼女は心得た! って顔をしているから多分大丈夫だろう。
なんか、笹森さんとは違ってクールとあっさりの狭間にいるような人だな……
少しだけだけど、話してみてそう思った。
「せっかくだから、みんなで食べましょうよ」
俺が明里との関係を説明し終えると、笹森さんがおもむろにそう提案した。
「そうだね。じゃあ行こっ」
明里もその提案に賛同したようで、再びテーブル席へと足を向けた。幸い、俺たちが話している間に席に着いた客はいなかった。
◆
それから二人が注文を終えるのを待ち……
「にしてもすごいよなぁ」
「何がですか?」
俺の向かい側、正面の席に座った笹森さんが言葉通りの顔をしている。
「夏休み長いのに、同じ日に同じとこで会うなんてさ」
俺は話の話題として、さっきから思っていたことを口にした。まぁ、笹森さんも海に行くって言ってたから、たまたま会ってもおかしくはないんだけど。海ってここしか無いし。
「あー、それは私が誘ったんですよ。今日はキャンペーンで安くなるって聞いたので」
「そうなんだ?」
笹森さんの代わりに、隣りの廣瀬さんが説明してくれた。廣瀬優佳というのが本名らしい。さっき軽く自己紹介をした時に聞いた。
そういえば、そんなのやってるんだっけ。ここの店の前にも「夏休みキャンペーン!! 全品五十円引き!!」っていう旗が立ってたな。
「ん? でもキャンペーンって八月いっぱいはやるんじゃないの?」
俺はさっき廣瀬さんの言った言い回しが気になってつい訊いてしまった。
「えっ、そうなんですか? でも優也さんは今日だけって……」
「優也が?」
「はい。優也さんのこと知ってるんですか?」
「あぁ、まぁね。あいつも友達だよ」
「そうなんですね。私は中学校が同じで……」
なるほど。それで知り合ったってわけか。それで、優也がアドバイスをしたって感じか?
「なんか勘違いしてたんだろうなぁ。あいつは顔に似合わずアホだから」
どうせ後輩に頼られて調子こいてしたアドバイスが本来の情報とは違ってたんだろ。
「はははっ、たしかに。ありそうですね」
廣瀬さんも納得するところがあったらしく、俺たちは優也の話題で盛り上がった。
すると、そんな俺の様子を横目で見ていたであろう明里が口を開いた。
「……雄二。優佳ちゃんと打ち解けるの早いね?」
「あぁ。やっぱり共通の知り合いがいると話しやすいのかもな」
「ふーん……」
え? なんでそんな雑草を見るような目で見るの? こわいよ?
目を細めて俺を睨んでくる明里の姿を見て、俺が恐れ慄いていると、
「あれぇ? 明里さん、やっぱり嫉妬してます?」
「ししし、してないから! 何が"やっぱり"なの!?」
廣瀬さんが満面の笑みで明里をからかい出した。おい、さっきまでの目はどこ行ったんだ。借りてきた猫そのものじゃねぇか。
「あ、ほらホタテ丼きた! 食べよっ!?」
タイミング良く(悪く?)俺たちのテーブルに店員がどんぶりを片手に一つずつ持って現れた。
いつも思うんだけど、片手で持つのって大変じゃない? みんな平気そうな顔でやってるからあんまりそう感じないけど……
なんてことを考えているうちに、全員分の料理が運ばれてきた。
海なんてほんとに子供の時以来行ってませんね。ましてやこんな美少女と……くっ! 負けたっ……




