64 イチャコラ水浴び
「おわっ!? 冷たぇっ!!」
「あははっ! なに"冷たぇっ!!" って!」
服を脱いで、いけてる水着姿(自称)となった俺は光り輝く海へと足を踏み入れたのだが……思ったより冷たくて変な言葉が出た。
明里はそれを聞いて早速笑ってるし……俺のイケイケモードにもう終了のお知らせが届いてる。
「いや、海って結構冷たいんだなって……」
「まー、たしかにこの日差しだしね。私ももっとあったかいと思った」
「だよな? でも……」
「「ちょっと気持ちいいかも」」
海の水を手にすくっていた明里と俺の声が重なり、自然と笑いが生まれる。
「ははっ、海の外は暑いからな」
慣れてくると、もう外に上がりたくなくなってくる。既にそんな感じになりつつあるし。
「そうそう! だから……それっ!!」
同調してくれた……と思う間も無く、明里は手に持った水を勢いよく俺の顔目がけて投げ出した。
「ぶふっ!?」
しょっぱっ!? 海水ってこんなしょっぱかったっけ!? ポテトフライの塩固まったとこ食べたみたいだぞ……!!
俺は突如として口に入り込んできた海水の味を噛みしめさせられた。非常に不本意だ……
「あはははっ!! 雄二、すごい顔だよ?」
「お前がそんなのかけたからだろうが!! まったく……」
バスで一瞬見せた塩らしい顔は何処へやら。今日一番の笑顔で明里は楽しそうに笑っている。まぁ、明里が楽しそうならいいか……なんてなるわけないだろぉ!!
「あははは……ぶぁっ!?」
俺は"やられたらやり返せ"という幼稚園の頃の教えをしっかりと守り、明里へと水飛沫を上げた。
「はははっ! 明里だって、ずいぶん辛そうな顔だぞ?」
「しょっぱっ!?」
俺は海水を笑顔で受け止め、からさを堪えるように顔をしかめていふ明里を見て高らかに笑う。俺もさっきあんな顔だったと思うとちょっとショックだが……これでイーブンだ!
「うぅ……やったなぁ……!!」
「ははは! 今のは自業自得だ!!」
「えいっ!!」
「おっとう! もうその手には引っかからな……」
俺は華麗な身の捌きで明里の二の手を避ける。
しかし……
「ブハッ! お、おい……それは反則……ぶぶっ……」
明里の反撃は止まらなかった。
「えいっ! えいっ!」
すくい上げた水を次から次へと散弾銃の如くぶちまけてくる。
全然前見えない。でもこうなったら俺も反撃しなければ!!
童心に戻った俺たちはもう止まらない。水の飛んでくる方へと俺も雫の嵐をつくる。
おりゃあ!!
ほんとは声に出したいとこだけど、そうすると塩で味覚が狂いそうだからグッと堪えた。
それからもお互い無言で水を掛け合う謎の時間は続き……
◆
「はぁ……はぁ……疲れた……」
「すげぇな……こんなに無心で遊んだのも久々だぞ……」
結局ひたすらに水遊びしちゃったよ。なんだろう。普通に遊ぶのと違って、ほんとに何も考えなくていいから、これはこれで新鮮だった。
まだ海に来たばっかりだけど、もう満喫した気分になった。こんなくだらないようなことでも、明里とだと楽しいもんだな。
「あはは……私も。しかも途中から水浴びしてるみたいで楽しくなっちゃって……」
明里も力無く笑っているがその目はどこか楽しそうに見える。
「よーし! 今度はあっちまで泳ぐか!!」
いよいよ海に来た実感の湧いてきた俺は、浜辺よりさほど遠くなく、人のあまりいない方を指差す。
「おっ、競争する? 私、泳ぐのは嫌いじゃないけど?」
明里め……得意げな顔しやがって。
「はっはっはっ! 望むところだぜ」
よーい、どん!! という明里の合図で、俺たちは再び海の世界へと戻る。
◆
俺はさっき俺の指差したゴール地点まで辿り着いたのだが……
「ま、負けた……」
それは明里がゴールしてから少し経った後だった。普通に負けた。平気で負けた。
「あははっ! 雄二も結構早かったよー?」
さっきから楽しそうに笑っている明里の顔が憎たらしい……てか明里のやつ、泳ぐのこんなに速かったのか?
「くそっ……まさか負けるとは……」
男だ女だというのは差別のようにも聞こえるが、それでも俺は男として、こと運動においては勝っていいとこを見せたかった……
「まぁ、私小学生の時水泳してたしね」
「うそだろ!?」
その言葉を聞いた瞬間、首の力が一気に抜けて顔が水面と密着した。
道理で速いわけだよ……だからあんなに体も引き締まってたのか? よく考えたら海に来てる他の女の人はあんなにスリムじゃないぞ。いやこれは失礼すぎるか……
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「……嫌いじゃないとしか」
透き通るような海の水色から、絶対に透き通ってはいけない明里の水色へと視線を移した。
……でもそう考えると明里は顔もいいし、体も綺麗だし……いかんいかん!! 煩悩よ飛んでいけ! ……笹森さんのいないところで頼む!!
「あ、あれ? そうだっけ……?」
明里は罰が悪そうに、でも未だにとぼけようとしている。
「はぁ……まったく。疲れたし、ちょっと休憩するか」
まぁ、これ以上問い詰めても仕方ないな。どのみち負けてただろうし。せめて最後くらいは男らしく終わってやるか。……後でクロールの練習でもしようかな。
「そ、そうだね。じゃあ、私なんか飲み物買ってくるよ。何がいい?」
そう言って明里は多くの人で賑わう浜辺へと足を向けたが……
「あっ、おい! 待てって」
俺は明里の華奢な腕をつかみ、その歩みを止めさせた。
「えっ? どうしたの?」
明里はキョトンとした様子で俺を見ているが……ここで明里一人に買いに行かせるわけにはいかないだろう。
「だって、お前一人で行ったら危ないだろ? ほら、あっちにはチャラそうな男が結構いるし」
そう言って俺は明里の腕を握っていない、もう片方の手で浜辺を指差す。見ての通り、あっちにはいかにもナンパ目的です、と言った大学生風の男たちがかなりいる。
「だから俺も行くよ」
「そ、それって……」
俺は至極真っ当なことを言ったつもりなのだが……何故だか明里は頬を赤く染めている。
…………はっ!! もしかして、今の俺痛すぎたか……? キザすぎたのか!?
視線をあちらこちらと動かし、無言のままの明里を見ていたら、不安を大量に乗せた世界最速新幹線が俺の前に停まった。世界最速ってなんだ。
「わ、私のことが心配ってこと……?」
「ま、まぁ……」
くっ!! もうさっき明里の腕を掴んだ時のような力強さは先ほどの新幹線に乗り込んでどこかへ行ってしまった。今の俺は無力だ。
「そ、そう……じゃあ、もう一回言って?」
「え?」
緊張と興奮が入り混じったような声色でそんなことを言われ、俺は耳を疑った。いや、こんなに具体的に説明できる時点でバッチリ聞こえてはいるのだが……
「も、もう一回! もう一回、"私のことを守る"って言って!!」
明里は俺に考える隙を与えず、今度はさらに興奮気味に俺の掴んだ腕を振り解いて詰め寄ってきている。
「そんなこと一回も言ってねぇよ!! なにが"もう一回"だ!!」
しかしそれ以上に聞き捨てならないことが聞こえたぞ。
「お願い!! 一生のお願い!!」
「それは無限に出てくるやつだろ!?」
それは俺も幾度なく使ったから知ってる。量産型だろ?
小さい頃、何か頼む時はいつも"一生のお願い"使ってたのを思い出しました。魔法の言葉です。




