63 楽しみすぎて
ふぅ……あっちぃなぁ……混みすぎだろ。
八月一日。ちょうど日が高く登り始めた頃。ソーラービームを浴びながら、俺は明里を待つ。しかしこのソーラービームは一ターン待ってくれたりはしない。絶え間なく降り注ぎやがる。
ここら辺で遊泳できる海といえば出多浜しかないのだが……出多浜は県の端っこにある海水浴場で、この時期になると多くの県民で溢れ返す。
ここは決して都会とは言えないからな……夏休みと言っても他に行くところがないんだよな。それこそ、普段は大型ショッピングモールで全て済ませてしまうくらいだ。
そして、出多浜に向かうバスが出るのもここら辺だと今俺のいるバス停しかない。
そうなると、このバス停に人が集まるのも必然か……
俺は照りつける真夏の太陽と、海水浴を心待ちにして前を並ぶ多くの人を見て額を流れる汗を拭う。
「雄二〜っ!!」
幾度となく聞いた快活な声と、たったったっ、というコンクリートと靴のぶつかる音が聞こえ、俺はその音のする方に視線をやる。
「おっ、来たか」
バス停で待つこと数分。俺の待ち人……明里はやってきた。涼しさを感じさせる薄い紫色のノースリーブワンピースを身にまとい、今日も今日とて明るい茶色の髪をふわふわと揺らしている。こっから見ると頭から羽が生えてるみたいだな……風吹けば飛べそう。
「ごめんごめん! ちょっと待ったでしょ」
「いや、大丈夫だ」
バスはまだ来てないしな。別に問題ないだろう。
人はかなり並んでるけど、乗れないってほどでもないし……出多浜に行くバス停はここしかないけど、その分バスの本数も増える。
「そう? 私は楽しみすぎて昨日あんまり寝れなくてさ……あっ」
明里は小さく開いた口に手を当てていたかと思うと、何かに気がついたように表情を一変させた。
「ななな、何でもない!! 気にしないで!?」
明里、そんなに楽しみにしてたのか……
取り乱したように顔を紅くし、そんな表情を隠すように両手をぶんぶん振っている明里。そんな姿を見て、遠足を楽しみにして眠れなかった小さい頃の自分を思い出す。
懐かしいなぁ……明里にもこんな無邪気な一面があったんだな。なんか新鮮だ。
「ほ、ほらバス来たよ!! 乗ろ!?」
「お、おう」
……と、そんなほっこりとした気分に長く浸ることは許してもらえず。
夏の暑さにも負けないくらいの明里の勢いに圧倒されながらも、俺はバスへと乗り込んだ。
◆
「きょ、今日は本当に大丈夫だった……?」
心地よいバスの揺れ動くリズムに体を預けていると、隣に座っている明里が不安そうに俺を見上げている。
「ん? 大丈夫って?」
しかし明里が一体何を心配しているのかはいまいちよく分からない。俺なんか予定あるみたいなこと言ったっけ?
「そ、その……二人きり、だからさ……」
明里はしばらく目を泳がせ、最後は俺に視線を合わせてどこか気まずそうにそう言った。
二人きり……改めてその言葉を聞くと、やはり変に緊張してしまう。バスの中は同じく海に行くであろう人でごった返しているとはいえ、冷房はちゃんと効いている。それなのに、背中を一筋の汗の雫が流れ落ちるのを感じる。
「いや……いんじゃないか? 優也とは二人で出かけたことあるのに明里と出かけないのもおかしい話だしな」
「……そうだね」
あれ? なんか冷めた視線を感じた気が……
明里には心配しなくてもいいってことを伝えたつもりなんだけど……
少し残念そうにしているようにも見える明里の顔を見て、俺は何か気に触ることを言ってしまったんだろうか、と不安な気持ちになった。
まぁ、その後も普通に話していたから俺の気のせいかもしれないけど。
◆
そしてバスの心地よく揺れるゆりかごのようなひと時は続き……
「海だーっ!!」
「ははっ、なんか今日はテンション高いな」
とうとう俺たちは出多浜の浜の部分に足を踏み入れた。
明里の楽しそうにはしゃぐ姿を見ていると、なんだかこっちまでテンションが上がってくる。
俺たちの他にも既に多くの人が楽しげに談笑しながら水の飛沫を受けているしな。
「まぁねー? た、楽しみにしてたってのはほんとだから……」
ほんのり顔を赤く染めて照れ臭そうに明里はそう言うが、俺だって海なんて久々なんだから、楽しみだ。
「そうだな。……よっし! 今日は泳ぐぞー!!」
だから、今日は楽しむ!! 最近は難しいことばかり考えていた気がするからな。今日はそんな思いも海の波にさらわれてやろう。
「あ、あの……雄二」
「ん? どうした?」
俺がすっかりやる気になっていると、隣の明里が何かを言いたげに声をかけてきた。
「私、服脱ぐから……あっち向いててくれる? その……やっぱりまだ恥ずかしいっていうか……」
「え!? ここでか!?」
「し、下にちゃんと水着着てるからね!?」
そりゃそうか。ここで着替えるのかと思って焦ったぜ……これもテンションの上昇が原因か。そうに違いない。
「す、すまん。そうだよな」
そういうことなら了解だ。てか俺も下水着だったわ。
そう思い、俺は明里を背に向けて既に海水浴を楽しむ人たちの姿を眺める。
ギラギラと照り輝く太陽の光が、透き通るような水面に反射して輝きを増している様子は、まるで異世界へのゲートかなんかのようだ。
柄にもなくそんな情景に見惚れていると、後ろで着ていたワンピースを脱ぎ終えたのか、明里が俺の肩をぽんぽんしてきた。
「おう。終わった……か……」
何の気なしに後ろを振り返ったのだが……
そこには、明るい水色の布をまとった明里の姿が。水着になるのだから、当然予想していたはずの光景なのだが……
「え。ど、どうしたの? ……もしかして……変?」
明里は首から肩にかけて薄く伸びた水色のヒモに指をかけて不安そうに俺を見つめている。
くっ……!! その水着が気になりすぎて戸惑っているというのに……!! それなのに、そんな顔で見られたらほんとに困る。いやマジで。
明里の着ている水着は、胸と尻だけが薄い布で覆われた、いわゆるビキニってやつだった。そうなると、明里の豊満な胸や、腰の部分できれいに引き締まった体が俺の目にはしっかりと映るわけで。
今まで見たことない、明里の開放的な姿に見惚れてしまうのは男なら仕方がないだろう。まさか、こんなに大胆な水着を着てくるなんて……これは予想してないぞ。
こんな姿、ただの男友達が見てもいいものなのか? なんか許可証がいるんじゃないのか? 勘合符みたいなの。
「変じゃ……ない……」
俺は声を振り絞ってそう答えるのが精一杯だった。明里の顔を直視することはできなかったが、それは許して欲しい。
「そう!? よかったぁ……」
胸を撫で下ろすようにそう言う明里を見てるとなんか調子狂う……
「……じゃあ、早速泳ごうよ!」
そう言って明里は俺の腕を引いて、異世界ゲートへと走り出した。真夏の大冒険が始まる。
あっ、待って。まだ俺服脱いでな……
海行っても大して泳げないしなぁ……と思う今日この頃。
学生時代はプール授業で調子乗って高いレベルのグループ入ってました。そして見事に撃沈(色んな意味で)
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