62 とある男たちの夏休み
「あ〜、どっかに俺のことを好きな可愛い女の子いないかな〜」
「まったくだ。……いや、まてよ。いるけど俺たちが気づいていないだけかもしれんぞ」
「それだ。もうそれしか考えられねぇもんな?」
学生にのみ許される長き安泰の日々。それは夏休みをおいて他にないだろう。冬や春じゃなく、夏。そんな学生生活の思い出の一ページとなるべき日に、男二人は地元の公園で駄弁っていた。
「なぁ、田中よ」
「あぁ、斉藤」
先程から公園のベンチに座っている彼らは、一つの異変に気づく。
「「誰だ? この子は」」
そう言って顔を見合わせた彼らの前には、まだ小学生低学年か、あるいはそれよりも年下か……とにかくそれくらい小さな男の子が彼らを一心に見つめていた。
「おにいさんたち、どうしたの?」
「いや、どうしたの? じゃなくて」
「迷子にでもなったのか?」
身に覚えのない子どもに話しかけられ、さっきまでボーイズトークをしていた二人も、思わず戸惑う。
「まいごじゃないよ。おねぇちゃんが「ちょっとまってて」って言ったから、あそんでるんだよ」
「「迷子じゃん」」
男二人は息ぴったりに声を揃える。しかしそれも仕方がないだろう。周りに家族らしき人も見当たらない。どう見ても、言いつけを守らないで遊び歩いてるうちにはぐれたとしか考えられない。
「おいおい……どうする?」
「まいったな……。でも見かけた以上ほっとくわけにもいかないんじゃないか?」
「だよな。じゃあ、交番行くかー」
「こうばん?」
二人の会話を聞いていた男の子は、不安そうにそう口にする。
「そう、交番。心配しなくても、すぐに家族の人が迎えに……」
田中がそこまで言いかけると、さっきまで興味深そうに彼らを見ていた男の子の様子が一変した。
「うあぁぁん!! こうばんいやだよぉぉ!! うぁぁぁぁん!!!!」
要するに、大声で泣き出したのだ。小さい子なのだから。そんなこともあるだろうが……いきなり目の前で泣き出されてはたまったものではない。
「お、おい! どうした!? なんか変なこと言っちゃったか!?」
「だ、大丈夫だ! 大丈夫だから泣くな!!」
田中も斉藤も、下の兄弟はいない。こんな状況に直面したのは今日この時が初めてだった。
◆
「よ、よし。大丈夫か? 交番には行かないから、な?」
「でもどうしてそんなに交番が嫌なんだ……?」
周りの人たちもチラホラとこちらを見る中、二人はやっとの思いで男の子をなだめ、話を聞くことができるようになった。
「うっ、うっ……おねぇちゃんが……」
「「お姉ちゃんが?」」
「こうばんは……わるいことしたひとが、いくところだって……」
「「……」」
「ぼく、わるいことしてないから……こうばん、いきたくない……」
「はぁ……しょうがねぇな……」
「まぁ、別にすることもなかったしな。おい、姉ちゃんはどんな人なんだ?」
もう男の子を家まで送り届けるしかないと判断した彼らは観念したように男の子に問いかける。
「えっとね……かみがこーんなにながくて!」
男の子は両手で頭からお腹付近までなぞるように動かした。
「ロングヘアってことか」
「それでそれで! とってもやさしい!」
男の子はそうさっきまでの泣き顔が嘘のように、満面の笑顔で姉のことを話す。
「それはもう外見じゃねぇな」
「年はどれくらいなんだ?」
しかしそれでは男の子の姉を探すのは至難の業だ。田中は更なる情報を求めて男の子に問いかけたが……
「じゅうななさい!」
「「十七……」」
十七才。それは彼らと同じ年。つまり男の子の姉は女子高生ということになる。
「なぁ、田中よ」
「あぁ、斉藤」
「「絶対見つけるぞ」」
何が彼らのやる気をカンストさせたのか、それは今語るまでもない。しかし男たちを固い絆で結託させたことだけは明らかだ。
「おにいちゃんたちさがしてくれるの!?」
「「まかせろ」」
おそらく本人たちはキメ顔をしているつもりなのだろう。二人揃って自信たっぷりと言った様子でそう答える。
「姉ちゃんにはどこで待ってろって言われたんだ?」
先ほどとは目の色をかえた斉藤が目星をつけるべく、男の子の顔を見る。
「あそこ!」
そう言って男の子が指差したのは今いる公園から少し離れたコンビニの方向だった。
「よし。じゃあコンビニ周辺を中心に探してみるか」
「あぁ。まだ近くにいる可能性は高いだろうしな」
こうして男どもはほんの少しの親切心と、それを大幅に上回る下心によって動き出した。
◆
「んー、見つかんないなぁ……」
「ここら辺だと思うんだが……」
公園を出て十五、六分くらい経っただろうか。コンビニを中心にその周辺を歩き回ったが、それらしい人を見つけることはできていない。
「あっ、おねぇちゃん!!」
彼らが次はどこを探そうかと考えていると、隣にいたはずの男の子がそう声を上げて走り出した。
「あっ、おい!」
田中が走り出す男の子を呼び止めるが、その声も虚しく、男の子は向こうにいる高校生くらいの女の人の元へと走っていく。
「ん? 今おねぇちゃんって言ったぞ」
「あれ? あそこにいるのって……」
斉藤の指摘に何か突っかかるものを感じ、田中が男の子の走っていった方向を見ると……
「すいませんっ!! うちの弟が……」
男の子を連れ、その人は彼らの元へと走ってきて、ペコリと頭を下げる。
「えっと……あなたたちが弟を連れて来てくれたんですよね……?」
「「はい。そうです」」
この男たちがキメ顔(自称)で息を合わせ、そう答えるのには理由がある。
(かわいすぎる……!! あっ、今絶対目合った!)
(うそだろ……!? 俺の運命の人じゃねぇか……!!)
探していたかわいい女の子をその目に捉えた男たちの心に生まれた確信はかつてないスピードで巨大化していく。
「コンビニから出たら弟が居なくて……私、焦って……本当に、ありがとうございました!!」
「いやいや、全然大丈夫ですよ」
「そうですよ。それより、無事に弟さんをお姉さんに会わせられてよかったです」
丁寧に頭を下げる美少女高校生に、田中と斉藤は爽やかな笑顔を浮かべている。未だかつてこの男たちのそんな表情を見たことがあっただろうか? いやない。
「本当にありがとうございます……!! あの、何かお礼をしたいのでもしよかったらうちに来てくれませんか? お二人の時間があればなんですけど……」
「「あります」」
男たちの返事は早い。おそらく頭で考えまでもなく結論が出ているのだろう。
とうとう男たちにも春の訪れが来るかと思われたその時。
「あれ? ミオじゃん」
田中でも斉藤でもない、真に爽やかな青少年が美少女高校生に話しかける。
「ヒロアキくん」
「どうしたんだ? こんなとこで」
買い物帰りなのか、大きめのビニール袋を片手に彼は親しげに彼女に話しかける。
「実は、うちの弟が迷子になっちゃって……」
「えっ! そうだったのか!? 教えろよ、そういうことは。すぐ来たのに……」
「ご、ごめん。でも、この人たちがわざわざ連れて来てくれたの」
美少女高校生がそう説明すると、青少年は田中たちに向き直り、
「そうなんですか……ありがとうございます!」
ほっとしたような表情を浮かべ、お礼の言葉を伝えた。
「あー、いや。別に大したことじゃないっすよ」
「えぇ。あなたは気にしないでください」
さっきとは打って変わり、青少年への態度はどこかおざなりに見える。まぁ、それも無理はないのかもしれないが。
「あ、それで、さっきのことなんですけど……」
「……僕たちには次の迷子を送り届ける使命がありますので」
美少女高校生が言い終わる前に、田中はそう答えた。
「え?」
「時間はありますが、迷子は俺らを待ってくれないんです」
斉藤もそれに続くようにしてそんなことを言っている。
「え、ちょっと……」
困惑気味に引き留める美少女高校生の声を聞くことはなく、男たちは走り出した。
◆
「あ〜!! くっそ! 彼氏いんのかよ〜!!」
カンッとコップをテーブルに叩きつけ、田中は叫ぶ。
「今日はもう飲むぞ!!」
走り出した彼らが転がり込んだのは居酒屋……ではなく、近所のファミレスだった。
もちろん、飲むのも酒ではなくドリンクバー。
それからもしばらく彼らは愚痴を言い合ったのだが……そんなことは語ってもつまらないだろう。
こうして、男たちの夏を彩る思い出の一ページは幕を閉じた。
今回は新たな試みとして、第三者の視点で書いてみました! 読みやすく感じてくれたら嬉しいです。
というわけで次回はとうとう海行くかもしれないです。そんな気がします。




