61 変に緊張しちまうだろ。
今日はこの前とは違って涼しい図書館内で、俺は笹森さんと勉強会を開いていた。
クーラーが直ったおかげだな。今日は最高気温三十二度らしいからな。そんな中クーラーなしでは現代高校生は生きられない。
「先輩。そこ、計算間違いじゃないですか?」
「え? どこどこ」
笹森さんは俺の"数学の三乗計算"の間違いを教えてくれようと、体をこちらに寄せてくる。
ここ、結構間違っちゃうんだよなぁ……ってぇ!! そんなこと考えても誤魔化せないこの動揺!! どれだけ頑張りゃ隠せるこの高揚!!
なんかラップ調になったけど、つまり笹森さんの甘く、それでいてしつこくない、いい匂いの漂うこの距離感に俺はまだ慣れないということだ。クーラー本当に効いてんのか? 俺の最高体温はもうとっくにインフルエンザを超えてるぞ。
「えっと……ここで二の二乗にしないといけないのを三乗にしちゃってますね」
俺がこんな不純なことを考えている間にも、笹森さんは丁寧に解説をしてくれている。近い近い近い。
「えっと……こう?」
それでも俺はここ数日で鍛え上げたアルミのメンタルで崖っぷちギリギリ耐える。
そして計算を再開する。集中しようとする気持ちが一人で勉強する時の比較にならないくらい高まっているのが分かる。だって他のことに集中してないと鼻の下が伸びて頬が緩み切る、だらしない姿を笹森さんに見せることになるから。
「そうそう! 今度はちゃんと合ってますよ!」
「そう? 笹森さんがいなかったら多分自分では気づけてないからなぁ。まじで助かった! ありがとう!」
俺は両手をパンっと合わせてお礼を言ったのだが……
ってあれ? 俺が笹森さんに教えるために始めた勉強会なのに、いつのまにか俺が教えられてる?
「そ、そうですか……力になれたのなら私も嬉しいです」
そう言って言葉通り嬉しそうに頬を緩ませている後輩の姿を見ると、なんかそんなことどうでもいいやって気持ちになる。……でももうちょっと勉強しようかな。
「そ、そういえば先輩は誰と海に行くんですか?」
笹森さんは話を逸らすようにして向こうを向いてしまった。もっと間近でその顔を見ていたかった気もするが、そのまま見てたら視点が固定されてしまいそうだったので致し方ない。
「……友達と行く予定かな」
なんだろう。笹森さんも明里と仲がいいんだから、そのまま"明里と二人で行く"と言ってもいいはずなんだが……なんか、笹森さんに他の女子と出かけるのを伝えるのは気が引けた。
浮気する男ってこんな気持ち……いやいや! そんなんじゃないから!! 友達として、たまには二人で遊んで交友を深めようとかそんなんだから!!
……でもやっぱり、慣れ親しんだ友人とはいえ、女子と二人で海に行くなんて……変に緊張しちまう。
そんなことを考えると、昨日のことを思い出す。
◆
『海、八月一日でもいいかな? なんか、夏休みキャンペーンで出店安くなるみたい!』
七月も終わりが見えてきた頃。今日も暑いなー、なんてことを考えながら自室のベットに体を預けようとしていたら、スマホに通知がきた。
海……そうだ。明里と二人で海に行くんだった。
別に、忘れていたわけじゃない。行きたくないわけでもない。ただ、どうして俺なのか。それが気になっていた。
「息子よ!! 悩み事っかっっ!!」
「おぉい!? なぜいる!?」
不審者の声が聞こえて勢いよく振り返ると、そこにはいつものゴリ男もとい父上がいらっしゃるではないか。
鍛え上げた美しい肉体をさんさんと輝かせながらフロントダブルバイセプスをしているのだから間違いない。
そんなことよりなんでいんだよ。悩み事増えたわ。家族の未来への不安に押しつぶされそうだわ。
「さっきから晩御飯だって呼んでるのにお前が来ないからだろう」
「……」
そういえばそんな声が聞こえてたな……明里からのLINNを見てて忘れてたのか……
「それで? 後輩との恋愛で悩んでいるのか?」
「いや、後輩じゃなくて友だ……」
…………。言っちまった。言っちまったよ、俺。
「ふむぅ。友達だと思っていた女の子から二人きりで遊びに誘われて、戸惑っているのか」
「…………」
そこまでは言ってねぇよ。なんでわかんだよ。しかもパーフェクトだよ。これが親子の力か……信じたくねぇな。
「……お前はどうなんだ?」
これまたなんの脈絡もなく、父さんは唐突にそんな疑問を口にした。
「その子のことは好きなのか? ……いや、好きになるかもしれないとは思わないのか?」
「……」
俺はこの春からずっと、笹森さんが好きだ。明里はもちろん可愛いし、そんなことは誰もが知っている。それでも、俺が好きになったのは笹森さんだし、明里は友達だ。
「……そうはならないと思う」
俺の笹森さんへの気持ち、これだけははっきりと分かる。なら……俺のすることは変わらない。それに、二人きりで遊ぶからって、明里が俺のことをどう思っているかなんて分からない。ちょっと特別扱いされたからって、変な勘違いをするのは明里にも失礼だしな。
「……そうか。晩御飯、早く食べに来いよ」
父さんは一言、当初の予定通り伝えるべきことを伝えて居間へと向かった。
◆
「先輩?」
父さんがあんなことを言うから余計に緊張……って!
「あっ、ごめん。ちょっとこの問題考えててさ」
おっと、危ない危ない。笹森さんに話しかけられているのに気がつかないとは。そういえば前にも学校の図書室でこんなことあったな。図書室には人の目をくらます力でもあるのか?
「そうですか。あっ、海、楽しんできてくださいね!」
「ははっ、ありがとう」
笑顔で気遣いのある優しい言葉を投げかけてくれる笹森さんに俺も笑顔でそう答える。
同じ笑顔でも天地の差があるが。天秤が笹森さんの方に三回転してからほぼ垂直に傾いているのが俺には見えた。
「私も夏休みに海行くので、お互い楽しみましょうね!」
「笹森さんも海行くの?」
楽しそうに夏休みの計画を話す笹森さんかわいい……じゃなくて、初耳なんですけど。笹森さんの水着姿とか想像するだけで幸せです、はい。想像するだけなら犯罪じゃありません。……って、そうでもなくて。まさか男じゃないだろうな……
俺が喜怒哀楽の海を激しくクロールしていると、笹森さんは、俺の心から"怒"と"哀"を取り除くような言葉を恵んでくださった。
「優佳……あっ、私の友達です。が、誘ってくれたので……なんだか、出店が安くなるとかで」
「あぁ、そうなんだ? じゃあ笹森さんも楽しまないとね」
よかったぁ!!
優佳という名前を聞く限り、男ではないだろう。安心安心。
「そうですね! せっかくの夏休みですから」
笹森さんはそう言って、充実した夏休みへと期待を膨らませるようにその可愛らしい笑顔をのぞかせた。
「そうだね」
そんな後輩のどこか子供らしさを残す仕草を見ていると、なんだか心が優しくなる。なんか日本語おかしいけど、そんな感じ。
「じゃあ、続きしよっか」
「はい!」
これからまた俺のメンタル勝負が始まる。嬉しくも辛い、そんな時間が。
嬉しそうに歯を見せて笑う笹森さんの姿を見て、俺は覚悟を決めた。
ゴリマッチョ久々の登場です。忘れないであげてください。主に作者。
『本日のおねだりタイム』
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参考にもなりますし、何より嬉しいので、そちらの方もしてくれると作者は舞い踊ります。




