58 打開
「奏ちゃん?」
「やっぱり明里さんじゃないですか!」
私が声をあげると、奏ちゃんは嬉しそうに笑顔を浮かべ足早に試着室から出てきた。
かわいいなぁ、もう!
いちいち仕草の可愛い後輩を見ながら、私も試着室から出る。
ってあれ? 奏ちゃんも試着室に入ってたってことは……
「奏ちゃんも海行くの?」
「はい、友達に誘われて……"も"ってことは明里さんもですか?」
「うん。それで新しい水着選んでたんだー。最後に買ったのが結構前でさ……」
こんな話をすると、春美の呆れた顔を思い返して自分が情けなくなる……
「ははっ、分かります。なかなか買う機会もないですしね。私もそんな感じです」
でも奏ちゃんは、そんな私の思いを払拭するような笑顔を向けてくれる。
って、それよりももっと着目すべきことがあるよ!!
「奏ちゃん……かわいい……!!」
試着室から出てきたと言うことは、もちろん奏ちゃんも水着を着ている。胸元に白いフリルのついた、可愛らしいデザイン。ボトムはフラワー柄になっていて、なんだか見てるだけで南国気分になれる、そんな水着は奏ちゃんにとてもよく似合っている。
「そうですか? ありがとうございます! でも、明里さんだって、すごくかわいいです!! っていうか明里さんの方が絶対かわいい!!」
ちょっと興奮気味に私のことも褒めてくれる奏ちゃん。そんなふうに熱を込めて言われると、なんだか自信がつく気がする。
「そ、そうかな? 奏ちゃんにそう言ってもらえたら安心かな……」
本当は春美に感想を聞くつもりだったけど、どっか行っちゃったし、奏ちゃんの意見も同じくらい信頼できる。だって、こんなにかわいい水着を選べるんだよ……!? 私じゃ絶対無理だよぉ。
「明里ー、終わったー?」
私が奏ちゃんの水着姿に見惚れていると、その視線の隅に春美の姿が入り込んだ。
「終わったー? じゃないよ! どこ行ってたの?」
まずそこをつっこまないと。機嫌良さげにいろんな……と言っても全部露出の激しい水着を手に取ってるのを見る限り、だいたい想像はつくけど。
「いや〜、もっと明里に似合うのがあるんじゃないかと思って〜」
あっはは〜、とバツが悪そうに笑っている春美を見て、こんなにも「〜」に腹を立てたことはなかったよ。絶対私で遊ぼうとしてたでしょ……!!
「ふ〜ん? じゃあ、今度は私が春美の水着選んであげるよ」
なら、今度は私の番だ。少しくらい仕返しをしてもバチは当たらないはず。
私は「え?」と声を漏らしながらキョトンとしている春美にゆっくりと詰め寄る。
「……手始めにこんなのはどうかな?」
私は最初に春美が手に取った大胆水着を右手に、春美の柔らかい手を左手に、しっかりと握って試着室へと足を向ける。奏ちゃんが不思議そうに私たちを見ているが、今は気にしない。でも後できっと後悔する。
「わ、分かった! ごめんって! つい遊び心が……はははっ……!!」
本音をこぼした春美の脇を、私は絶え間なくつんつんつつく。こらっ! 暴れるな!
嫌がって体をもじもじとよじらせる春美を私は逃さない。
◆
「はぁ……はぁ……疲れた……」
「はぁ……はぁ……まったく、次やったらもうだめだからね……?」
一仕事終えた私は息も絶え絶えに試着室を出る。なんだか、春美よりも私の方が疲れてない……? これって全然意味なかったんじゃない……?
「えっと……奏、知り合い?」
? 聞き覚えのない声だな……
奏ちゃんのものではない声が聞こえて私が前を見ると、そこにはもう一人、水着を何着か手に持つ女の子がいた。
「あ、うん。先輩だよ」
奏ちゃんがそう言うや否や、その子は私たちの方に向き直り、礼儀よく頭を下げてきた。
「あ、私奏の友達で、廣瀬優佳って言います! よろしくお願いします!」
「あ、私は秋山明里。そんなにかしこまらなくていいよー」
「そうそう。あっ、私は西川春美ね」
優佳ちゃんに応えるように私たちは自己紹介をする。多分、奏ちゃんが一緒に海に行くって言ってた友達なんだろうな。
「春美さんとは初めて話しますよね? 私は笹森奏……」
「あぁー!! 知ってるよ!! 明里が食べたいくらいかわいい後輩が……ぐむむっ……!!」
奏ちゃんが自己紹介を終えるのを待つことなく、春美が余計なことを口走っている。これでは奏ちゃんに誤解を生ませるようなことになってしまう。それは阻止しなければ……!! そう思った私は、自分でもびっくりなくらい俊敏な動きで春美の口を封じることに成功した。
「あははっ、ごめんね〜。春美ってば、テンション上がっちゃったみたいで……」
「そ、そうなんですか……?」
「何か言いたそうですが……」
友達の口を後ろから両手でガッチリホールドする奇怪な少女を目の当たりにして、二人の後輩は驚きを隠せないようだ。そりゃそうだよね……私だって、こんな人が近くにいたらそっと距離を置くよ……
「そ、そうだ! せっかくだし、皆んなで何か食べに行かない?」
この状況を打開すべく、私はそう提案した。
試着室に集まる少女たち……これはたまら……(犯罪者予備軍)
『本日のおねだりタイム』
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