55 本音
さて……
夏休み初日、俺は何をしているのか?
「先輩? 大丈夫ですか?」
「あっ、ごめん。ちょっと暑くて……」
俺がそんなことを考えていたからだろう。笹森さんは隣に座る俺の顔を覗き込むようにして声をかけてくる。
ふっ……良い加減この距離感にも慣れ……
「たしかにそうですよね……図書館なのにクーラー壊れてるなんて誤算でした……」
るわけねぇな。何言ってんだ俺。
汗の滲んだ白を基調としたTシャツをパタパタしてる笹森さんを見た俺はすぐさまそう思い直した。
こんな姿を間近で見せられたら鼻の下を伸ばさないようにするだけで精一杯だ。でもそっちにばかり意識を取られていると、俺の視線は笹森さんの摘んだTシャツの襟元……そこから見え隠れするその豊満な胸へと吸い寄せられる。これはどうしようもないな、うん。
煩悩を消し去るように、俺は再度自分の心に問いかける。
夏休み初日、俺は何をしているのか?
俺は、笹森さんと二人で図書館に来ている。そして二人仲良く勉強をしようとしているのだ。俺の方は他のことが気になりすぎてとても集中できそうにないが。図書館なんて勉強の定番スポットなのに……
こんな状況になったことを説明するには、昨日の放課後まで時を遡る必要がある。
◆
夏休み前最後の学校は午前中で終わり、まだ日も高い通学路。太陽が何よりも存在感を放っているのがうっとおしい。まぁ、これも夏の風物詩ってやつか……
「先輩は、夏休み何かする予定はあるんですか?」
優也と別れた後、俺は笹森さんと二人で帰宅していた。いつもは明里も合わせて三人で帰る道だが、明里は今日、西川と帰るらしくこのような状況になっている。
「ん〜……海行ったりはする予定、かな? でもそれ以外は特に決まってないし、なんなら海だってまだ詳しい日程は決めてないかな」
暇だということをアピールすれば笹森さんから何かに誘ってくれるかも? なんて淡い期待を抱いてしまった。
「そうなんですね……でも夏休みだと、先輩に会う機会も無くなっちゃいますよね……」
「えっ?」
聞き間違い? 聞き間違い? 聞き間違いなの? 俺いつから難聴男になったの?
「あっ……いや、その……」
いや違う!! 笹森さんの慌てふためいた様子を見るに、つい本音が漏れてしまったに違いない!! これは決して俺の願望ではない……はず!!
「ほら! あれですよ!! 先輩と会えないと、勉強も教えてもらえないなぁって……」
「あぁ、なるほど。それなら、夏休みも一緒に勉強しようよ」
思っていた回答とは違ったが、このチャンスを逃す手はない!!
俺は咄嗟にそう判断し、ずっと懸念していた笹森さんパワーのない夏休みを回避すべく、行動に移す。
「いいんですか? せっかくの夏休みなのに……」
「俺も一人だと絶対勉強しないしさ」
俺はそう言って笹森さんに笑いかける。
まぁ、夏休みでは宿題を最終日に短期集中でやり過ごすタイプだからな、俺は。そういう意味でも笹森さんと勉強するのには意味があると思う。いや、それよりも俺の本音は……
「それに、夏休みにも笹森さんと会えるのは嬉しいし」
これだ。これしかないだろ。
俺が言いたいことを言えて満足していると、なんだかこの状況に違和感を感じ始めた。
「……笹森さん?」
会話のキャッチボールが止まってしまったのだ。俺が悪送球をしたのか……それとも笹森さんがエラーをしたのか……いや絶対前者だろ。
「〜〜っ!! それってどういう意味ですか……?」
え? もしかして怒らせちゃったか!? やってしまったのか俺は!?
顔を真っ赤にして俺を睨みつけてくる笹森さんを見て俺の中にひとつの、けれど決して小さくはない不安が生まれた。
「いや……夏休みになると笹森さんと会えないかと思ったから、笹森さんと一緒にいられるのは嬉しいなって……」
しかし今更取り繕うことはできない。俺には正直に思っていることを言うしか道はなかった。
「……そんなこといきなり言われると、私だって恥ずかしいんですよ……!!」
これはセーフなのか……それともアウトなのか……笹森さんの照れてるようにも怒っているように見えるその表情からは、俺の技量では読み取ることができない。審判って大変だ。
「ご、ごめん。つい浮かれちゃって……」
しかしどちらにしても、謝っておいて損はないだろう。笹森さんに怒られるのも悪くないが、悲しませるのはだめだからな。
「先輩は浮かれるほど私と会えるのが嬉しいってこと……!?」
「……?」
今度は本当に聞こえなかったぞ。
小声で何かをぼそっと呟いた笹森さんの気持ちまでを読み取ることはできない。でもなぜか、より一層顔を赤くしているような気がするのは気のせいか……?
「……じゃあ、早速明日なんてどうですか?」
「行きます」
笹森さんの言葉が俺の耳に入るよりも速く、口の動きを見た瞬間俺は答える。
「早っ……! なんでそんなに即答なんですか……まだ詳しい時間も言ってないのに……」
「それはだから……」
「あ〜! もう! 分かりましたから!!」
俺はまたさっきのようなことを説明しようとしたが、笹森さんの片手を俺の顔に突き出し、顔を隠すような可愛らしい仕草によってによって止められてしまった。
くっ……! かわいすぎる……!! ある意味目に毒だな……
「詳しい時間はLINNで伝えますから! ちゃんと見てくださいね?」
そう言って俺から逃げるように帰った笹森さんの後ろ姿も堪能した俺。
初めて俺の期待が現実になった瞬間だった。夏休み最高!!
実に連載開始以来の二話投稿です。作者感動。




