45 ……がいた。
「位置について〜、よ〜い……」
一走目の選手たちがザッと砂埃を起こしながら走る体制を作る。
「どん!!」
運動会恒例のピストルみたいなやつの音でみんな一斉に走り出す。
と、人ごとのように見ているが、俺はこのリレーの大トリ、アンカーなのだ。
……代理だけど。
しかし!! 一度逃した笹森さんへのアピールチャンス! 今ここでもう一度つかむべきじゃないのか!?
俺は熱い闘志を燃やしながら、自分の出番を待つ。
まだ一走目の中盤。この時点ではまだ各クラスあまり差がないように見える。
俺たちのクラスは六クラス中三位でバトンを持つ手が移された。
おっ! いいぞ……!! あいつはそんなに足早くないみたいだな。
……人のこと言ってる場合じゃないんだけど。
二人目。二位のクラスが速度を落とし、俺たちのクラスは二位に浮上した。
◆
あっ……やべぇな……
いやでも……よし! なんとか二位だ。
三人目。バトンを渡す時に少しもたついてしまったため、一位との差は少し開いてしまったが、順位は変わらず二位。
◆
……よし! 巻き返したぞ。
四人目。安定したペースで走り、一位との差は縮まったように見える。
さあ次は……
そして、四人の手を渡り歩いたバトンはついに俺の右手へと渡る。
俺の出番だな……!!
一位との距離はまだあるが、まだ諦めるには早すぎる。俺の走り次第では一位に食い込むことも可能なはず……!!
バトンが右手に触れた瞬間、俺は一気に加速する。
前を走るトップの前、その向こうを目指して加速する。
「はっ……! はっ……!!」
約百メートルの勝負。長いようで一瞬だ。
今だってそんなこと考えられないくらい夢中で走っているからな。
「はっ……! はっ……! かはっ!」
乾いた喉に唾が絡まる。思わず下を向きそうになる。
くっ……!! だめだ。まだ、だめだ。
歯を食いしばって俺は前を向く。
その瞬間、俺の瞳にある絶景が映った。
あれは……笹森さん!? 笹森さんなのか!?
絶景……それは富士山や万里の長城などではない。そんなものは笹森さんの比ではない。
俺は優也の隣で俺の方を見ている笹森さんを発見した。
優也が連れてきてくれたのだろうか。応援団のみんなと一緒に成り行きを見守っているように見える。
笹森さんも見ているんだ。無様な姿は見せられまい。
俺はなけなしの体力を削ってさらに加速する。
笹森さんにいいとこを見せれるよう、加速する。
応援団のみんなとの距離が一番近くなるカーブに差し掛かったところで、俺の耳には数々の声援が届いた。
「雄二! まだいけんだろぉ!!」
優也の、俺を鼓舞するような応援。
あいつらしいな……
「雄二ぃ!! 付け焼き刃だかなんだか知らんが、お前ならできるはずだぁ!!」
斉藤からは根拠のないがむしゃらな応援。
でも案外、そういうのが力になったりするんだよな……
「せんぱぁい!! 頑張ってくださぁい!!」
笹森さんからはシンプルながら気持ちのこもった応援。
笹森さん、あんなに声張り上げて……
負けらんねぇなぁ。
他にも口々に俺を応援してくれる声が聞こえる。
最後の直線。一位との差は僅かだ。俺が走り出してからはあまり変わってないようだが……
この声援に応えるよう、俺は加速する。
ここ一番、気合を入れて加速する。
「はっはっはっ……!! かはっ! かはっ! はっはっ……」
息をするのも苦しい。正直、前もあまり見えていない。
俺に見えているのは、クラスが優勝する未来と、笹森さんに褒めてもらう未来だけだ。
ゴールまであと数メートル。
俺と一位との距離は縮まらない。
くっ……そぉぉ!!
「一着は、C組です!!」
俺の望む未来には、あと少し、届かなかった。
◆
「くっ……負けた……!!」
俺は歓声に包まれるC組の選手を見て呆然と立ち尽くしていた。
あと少し……あと少しの距離が全く縮まらなかった……!!
笹森さんだって応援してくれたのに……!!
優也や斉藤、クラスのみんなが一体となって臨んだのに……!!
俺は、結果が残せなかった。
俺が下を向いたままでいると、ふと黒い影が視界に入った。
「お前……よくやったぞ!!」
ごっつい手が肩に乗せられ、俺は顔を上げる。
「斉藤……」
顔を上げた正面にはニカッと笑っている斉藤がいた。
「くよくよすんなよ。らしくもねぇ」
「優也……」
斉藤の横には心配しているのか適当にあしらっているのか、いつもと変わらない優也がいた。
「そうだよ!! いつもの雄二じゃなきゃ!!」
「……そう、かもな」
熱を帯びた言葉で励ましてくれる明里がいた。
明里に釣られるように、みんな口々に明るい言葉を投げかけてくれる。
まったく、こいつらは……気ぃつかいやがって……
俺には、一つのことに向き合い、その結果を一緒に受け止めてくれる仲間がいた。
◆
「ふぅ……やっと落ち着いてきた」
リレーが終わってから、俺は人気の少ない日陰スポットに移動し、脚を休めていた。
全力のさらに全力で走ったような気がする。まじで疲れた……
「冷たっ!?」
俺が整ってきた息をゆっくりと吐いていると、頬に冷たい感触が……
「あっ、ごめんなさい!」
声のする方を見ると、そこには自販機で買ったであろうスポーツドリンクを片手に立っている笹森さんが。
よし許す。笹森さんなら許す。
こんな悪戯も、笹森さんにされたと分かればご褒美になる。
「これ……どうぞ」
そう言ってさっき俺の頬に当ててきたスポーツドリンクを手渡してきた。
「いいの? ……ありがとう」
俺にスポーツドリンクを渡した笹森さんは俺の座っているベンチの隣に腰掛ける。
笹森さんから俺に会いにきてくれるなんて……!! 幸せに押しつぶされそうだが、一体どうしたんだろう?
俺がそれを聞く前に、笹森さんは答えてくれた。
「先輩、疲れてると思って……頑張っていたので」
「……そっか。ありがとう」
「まぁ、その……今日はカッコよかったですよ……?」
そう言って笹森さんは俯いてしまった。
……って、え!? "カッコいい"だと……?
男子が女子に言われて嬉しい言葉ランキング上位常連の、"カッコいい"と言ったのか?
「な、なんで黙っちゃうんですか……」
「あっ、ごめん。あまりにうれしくて夢かと思った」
「もう! 大袈裟なんですから……」
大袈裟じゃないんだけどなぁ……
「とにかく! それだけですから! 私次出るのでもう行きますね!」
笹森さんはほとんどベンチに座らずして競技場へと向かってしまった。
そんな笹森さんの後ろ姿を見て思う。ここ最近では二度目だ。
頑張って走った甲斐あったなぁ……
やっぱり応援と目標(下心)があると頑張れますよね!
作者も読者と多くの評価をもらうという目標(下心)のために頑張ります!!




