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待ち遠しい……
何をそんなに待ち遠しく感じることがあるのか?
答えはもちろん、笹森さんを待っているからだ。他に何がある。
「すいません、待ちましたか?」
きたー!! 朝の六時から、つまり二時間も待っていた分喜びもひとしおだが、そんなことは言えない。
「いや、全然。ちょうどよかったよ」
こんな何気ないやり取りをできることに幸せを感じる……!!
さて、俺がなんで笹森さんを待っていたのかというとそれは……
「じゃあ、行きましょうか! 映画館!」
風邪で延期になった映画デートをするためである!!
というわけで、この前買い物に来たのと同じ大型ショッピングモールに俺たちは来ている。
このショッピングモールには服屋やアクセサリーショップ、飲食店に映画館、大抵なんでも揃っているから便利だ。
県民は遊ぶと言ったらみんなここに来るんじゃないか? というか他にこれといって遊ぶところがないが。
そのためか、今日も多くの人で賑わっている。
「そうだね」
俺はそう応えて笹森さんの後に続いて映画館に向かう。
◆
「何か食べる?」
映画館の中でポップコーンやドリンク、フランクフルトなどのメニューが掲示されている看板を指差しながら俺は笹森さんに尋ねる。
「そうですね……キャラメルポップコーンのセットにしようかなって思ってます」
「ん。じゃあ買ってくるね」
俺は笹森さんに声をかけてカウンターへと足を向けたが……
「え、あの……自分で払いますよ」
笹森さんは財布を片手にそう声をかける。
まぁ、気を使うのは分かるが……
「いや、この前は俺のせいで映画に来れなかったからさ。今日は奢らせて」
「だからそれは……」
笹森さんはまだ何か言いたげだったが、笹森さんの言葉を待たずして俺はカウンターのお姉さんに話かける。
「キャラメルポップコーンのセットを……あっ、笹森さん。俺もポップコーン食べたいからおっきいサイズでもいい?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「すみません、じゃあキャラメルポップコーンのセットをLサイズでお願いします」
「かしこまりましたー。ドリンクはいいがなさいますか?」
あっ、そうか。ドリンクも選ばないといけなかったな。
俺はもう一度笹森さんの方を見る。
「あっ、じゃあメロンソーダでお願いします」
俺の意図を汲み取ってくれた笹森さんは直接店員のお姉さんにそう伝える。
もはや熟練夫婦のノリと言っても過言ではないな。ツーとカーで通じるのだ。
「かしこまりました。そちらの……彼氏さんですか? はいかがなさいますか?」
彼氏……!! なんていい響きなんだ……!!
「あっ、彼氏です。俺はコーラでお願いします」
俺はお姉さんの言葉に肯定して注文を済ませたのだが……
「何しれっと嘘ついてんですか! 学校の先輩ですよね! せ・ん・ぱ・い!」
笹森さんはそれを聞き逃してはくれなく、きっぱりと否定されてしまった。
顔が赤く、動揺していることから、これは照れてるだけなのだと自分に言い聞かせる。
でも……
うぅ……まだ真の彼氏になるには程遠いってことか……
やはりショックなものはショックだ……
「あはは……そうなんですね? ではただいま用意いたしますので少々お待ち下さい」
店員のお姉さんは苦笑いを浮かべながらドリンクとポップコーンを専用の入れ物に入れ始めた。
「まったく……変なこと言わないでください」
「ははは……ごめんごめん」
その間、俺は笹森さんに小声で説教されていた。
「お待たせいたしましたー。こちら、キャラメルポップコーンのLサイズと、メロンソーダ、コーラになります」
そんなふうに笹森さんと話していると、お姉さんはポップコーンセットをおぼんのようななにかに乗せカウンターに置いた。
俺はお姉さんからポップコーンとドリンクを受け取って、スクリーンへと向かう。
◆
「あっ、もうはじまりそうですね」
「そうだね」
小声でそう話す俺たち。
スクリーンにはお馴染みの広告が矢継ぎ早に流れていた。ということはもうそろそろ始まるのだろう。
「あっ……!!」
俺がスクリーンを横目に予約した席に向かっていると、不意に隣を歩いていた笹森さんが視界から消えかけ……
「あっ……ぶねぇ」
ポップコーンセットを持っていない方の手で笹森さんの腰を抱き抱え、なんとか転ぶのを阻止できた。
「あ、ありがとうございます……」
おそらく段差につまづいたんだろう。まだ動揺しているのか、笹森さんは余裕がないようにも見える。
「ここら辺段差多いからね。しかも暗いし。ゆっくりでいいよ」
俺は笹森さんに気にしないよう伝え、今度はスクリーンではなく、ちゃんと笹森さんを見ながら足を進める。
初めからスクリーンじゃなくて笹森さんに気を配ってなくちゃいけなかったな……
笹森さんとは何度か二人で出かけたことはあるが、やっぱり緊張するしミスもするんだよな……
そもそも笹森さんに会うまで女の子と二人で出かけるなんてことなかったからな。やはり経験不足か……!!
俺は若干悔やみつつも笹森さんと席につき、映画が始まるのを待つ。
横目で笹森さんを見ると、目はスクリーンに、だけど手はポップコーンへと伸びている。
そんな様子がなんかおかしくて笑いそうになる。
笹森さん、ポップコーン好きなのかな。
「……先輩。ちゃんと映画見てくださいよ」
俺が視線を笹森さんに注ぎすぎたからだろうか。というかそれしかないと思うが。
「そうだね……」
笹森さんにそう注意を受け、俺は映画に集中することにする。……できるかな? 笹森さんが隣にいて。
◆
「お、面白かった……」
映画が始まる前には集中できるかな? なんて思っていたが、いざ始まるとその世界観に一気に引き込まれた。
「そうですね……!! ほんとによかった……」
笹森さんも俺と同じ気持ちなのだろう。まだ映画の世界に浸っているように見える。
俺たちはポップコーンを入れていたおぼんを返却し、映画館の外に出るが、周りの人たちも口を揃えて面白かったと言っている。
「笹森さん、お腹減ってる?」
と聞いてから思ったが、そういえばポップコーン食べてたわ。映画に夢中で忘れてた……
「そうですね。何か食べに行きましょうか」
「さっきポップコーン食べたから軽めにしようか」
◆
というわけで場所を移してシャインという名の喫茶店に俺たちは来ていた。
ここはサンドイッチが有名らしく、俺たちはサンドイッチをそれぞれ食べながら、映画の感想戦を繰り広げていた。
「沢原君のストライクゾーンにフォークが刺さったあのシーン……!! よかったですよね!?」
「分かる……!! 直球じゃなくて、変化球……その中でもフォークを選んだ意味が分かった……!」
俺が今日笹森さんと見たのは、『君を見た時、俺のストライクゾーンにフォークが鋭く落ちてきたんだ』という映画だ。
題名の通り、プロに注目され、天狗気味だった高校球児の主人公の元に、新しくマネージャーの女の子が部に入る。
マネージャーは主人公に強気な物言いで過ちを正そうとし、初めは反抗的だった主人公も、自分を叱ってくれるマネージャーに惹かれ始める……という話だ。
「はい! それに、沢原君に何度反抗されても懲りずに叱る本前さん……健気でした……」
「そうなんだよ……!! あの姿を見ると泣けてくる……!! しかも、二人が両思いになるシーンなんて……」
「「本当によかった!!」」
笹森さんと俺の声が重なる。同じ映画を見た二人が同じシーンで同じことを思う……それが妙におかしくて、笑い出してしまう。
「ははっ」
「ふふっ」
笹森さんも同じことを思ったんだろうか。笑い声を漏らしている。
「でも本当に、面白かったね」
「ですね」
それからも俺たちはしばらくの間映画の話で盛り上がった。
ちなみに、サンドイッチも美味かった。
こんなふうに誰かと同じことを共有できるのはいいですね。
作者もいつかできると信じている彼女とこんなことをしたいものです。いつかは!
『本日のおねだりタイム』
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