34 お見舞い
『ごめん。風邪引いちゃって今日映画行けない……ほんとにごめん!』
「…………」
私は先輩から来た一通の通知を見つめていた。
……これって私のせいだよね……? 絶対そうだよ…… 映画、結構楽しみだったんだけどなぁ……
テスト期間は毎日のように勉強を見てもらい、この前なんて土砂降りの中的場君から助けてもらった。
そのせいで先輩は風邪を引いちゃったんだと思う……
んー……なんか私にできること……あっ。
先輩のために何かできないか考え、私はスマホの画面を指でなぞり始めた。
◆
「ケホッケホッ! は、は、はぁっくしょん!」
土曜日。テストを笹森さんパワー(笹森さんの笑顔を思い浮かべることで正気を保つ技術のこと)で乗り切り、やっと解放だと思ったのも束の間。
「ケホケホケホホホッ」
完全に風邪引いた。雨の中的場とやり合ったり、常に断崖絶壁に立たされながらテスト勉強をしたせいだろうか。いや絶対それだろ。
「はぁ……最悪だ」
それだけならまだよかった。
俺がこんなに"俺に未来なんか来ねぇんだよ"状態になっているのには他に理由がある。
笹森さんの家に泊まらせてもらった時笹森さんと約束した映画館デート……
本当なら今日行く予定だった。それなのに……
「なんで風邪なんか……!! 笹森さんと映画……観たかったなぁ……」
切実。惚れた男の切実な願いである。届かぬ願いである。
「おーい雄二ー!」
俺が悲しみを胸に横になっていると、部屋の外から父さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
「なにー……」
しかし大声を出すこともままならない。
体の倦怠感とメンタルの崩壊というダブルパンチのせいだ、絶対。
それでも父さんは俺の返事が聞こえてるのか聞こえてないのか、続けてこんなことを言う。
「笹森さんっていう人がお前のお見舞いに来てくれたぞ。入れてあげてもいいか?」
「笹森さん!?」
なんだと!? 笹森さんが俺の見舞いに……?
大声なんて出そうと思わなくても簡単に出てしまった。だって笹森さんだもの。
「あ、はい。先輩、私です。入ってもいいですか?」
本当に笹森さんだ……!! 具合が悪すぎて妄想が一人で散歩を始めたのかと思ったが違うようだ。
「もちろん! 入って入って!」
俺がそう返事をすると、ドアの向こうから笹森さんが姿を見せた。
「お邪魔します」
ほんとに笹森さんが俺の部屋に……!? 未だに信じられん。
「父さん、筋肉に誓って邪魔はしないからな」
父さんが何か言ってるがそんなことより笹森さん。
「あっ、ゆっくりしてね! なんなら一緒に寝てくれても……」
「寝ませんよ! 何言ってんですか!」
おっと、具合が悪いせいか欲望のリミッターが外れてしまったみたいだな。……いや、いつもこんな感じだったか?
「ごめんごめん。でもわざわざお見舞いなんて……ありがとう」
「いいんですよ。私の責任でもあるんですから……」
笹森さんはそう言いながら床に腰を下ろした。
ソファとかクッションみたいなものが何もなくて申し訳ない……
ん? っていうか……
「笹森さんの責任って?」
俺はさっきの笹森さんの発言で気になったところを聞いてみた。
「テスト期間は先輩にお世話になりましたし、そのせいで自分の勉強が大変だったんじゃないかって……それに、土砂降りの中私を助けてくれましたし……」
「…………」
笹森さんは罰が悪そうにそう説明してくれた。
だが……
「そんなことないよ。俺結構体弱くてさ、テスト終わるとその反動で具合悪くなったりするんだ」
風邪を引いたのは俺なのに、笹森さんのせいにするわけにはいかないのだ。俺の変なプライドが許さない。
「……ありがとうございます」
笹森さんはどこか納得してないように見えるけど……。
「でもお見舞いは嬉しいよ。一人で寝てても暇だからね」
実際は結構だるいからそんなことも言ってられないのだが、笹森さんが来てくれたことはめちゃくちゃ嬉しいから間違ったことは言ってない。
あれ? でも……
「でも俺の家って教えてたっけ?」
まぁ別に笹森さんが俺の家を知ってても全然構わないのだが、というよりむしろ嬉しいのだが、ふと気になったので聞いてみた。
「あっ、それは中西先輩に聞きました」
「あー、なるほど」
よくやった。優也。えらいぞ。
俺は心の中で優也を褒め称えた。普段褒めることなんてないが。
「それで色々買ってみたんですが……」
そう言って笹森さんは手元のカバンからビニール袋を取り出し、俺に手渡した。
「おー! こんなに! ありがとう笹森さん!」
ビニール袋の中には笹森さんがドラッグストアで買ったであろうゼリーやプリンなどのお見舞いセットが入っていた。
定番なものでも笹森さんからもらうと一気に特別なものに変わるなぁ。
「ふふっ、よかったです。とりあえず食べれそうなもの買ってきたんですが……」
ピキーン!
笑ってる笹森さんを見て俺はあることを思いついた。
これ……笹森さんに食べさせてもらえないだろうか……?
なんとも下心が前のめりなっているお願いだが、やはりお見舞いという以上、頼まずにはいられなかった……!!
「あっ、でもちょっと手に力入りづらいから笹森さんに食べさせてもらえると嬉しいなー、なんて……」
最後ちょっとだけ自信なさげだったが、なんとか頼めたぞ! 笹森さんが受け入れてくれるかは別問題だが……
「もう……しょうがないですね、先輩は……」
おお!? 嘘だろ!? 熱で幻覚見てんじゃないのか!?
笹森さんはちょっと呆れ気味にそう言い、ゼリーの蓋を開ける。
熱でおかしくなったかと思ったが、こんなに長く、リアルな幻覚なんて見れないだろう。これは現実だ……!!
笹森さんは俺のそんな確信をよそに、スプーンを取り出してゼリーをすくっている。
「じゃあ、いきますよ?」
……なんか変に緊張するな……
背中を一筋の汗が流れ落ちるのを感じる。熱のせいか、はたまた笹森さんのせいか……
俺は口を開け、笹森さんの手が近づくのを見つめる。
そして、甘い香りが口に広がる。これは甘酸っぱい恋の味……じゃなくて、みかんの味だな、多分。
風邪のせいで鼻が詰まり、いまいち味はわからないが、笹森さんに食べさせてもらっているだけで美味しいのは分かる。
それからも俺が口を開け、笹森さんがゼリーを俺の口に運んでくれるという作業を繰り返した。
スプーンが歯に当たる音と、ゼリーを噛む音だけが室内に響き渡った。
◆
「ありがとう。美味しかったよ」
「それは良かったです。全く、あんまり甘えないでくださいよ……」
「ごめんごめん、つい……」
「あっ、そういえば……」
俺が平謝りをしていると、笹森さんは何かを思い出したように話し始めた。
「先輩ですよね? 的場君に何か言ったの……」
この口ぶりだと俺だって確信してるようなものだと思うが……
「ちょっと説教しただけだよ」
「なんですか、それ」
俺の淡白な返事に笹森さんは笑いを堪えられない様子だ。
なんかこの話すると笑われてばっかな気がする……明里に話した時も笑われたし。
「でも……ありがとうございました。あの後、的場君に謝られて……なんだか昔の的場君に戻った気がしました」
笹森さんの嬉しそうに話す様子を見ていると、柄にもないことだけどして良かったなって思う。
それからも俺たちはしばらく話をした。
的場の反省した様子を見て、被害届を出すのはやめたこと。
俺の家がジムだったことに驚いたこと。
そんなことを話していたら急な眠気が俺を襲い……
◆
「ん〜……」
俺はベットに横になったまま目だけを開ける……って、寝てた!?
どうやら笹森さんの話しているうちに寝てしまったらしいな。悪いことしたな……せっかく来てくれたのに寝るなんて……
そんなことを考えながらふと視線を机に移すと、見覚えのない紙が置いてあった。
「ん?」
なんだろう……笹森さんの忘れ物かな?
そう思い、それを手に取る。するとその紙には丸く可愛らしい字でこう書いてあった。
『先輩、無理しないでください。ゆっくり休んで映画観に行きましょう』
「笹森さん……」
早く治そう。治して映画観に行こう。
そう強く心に誓った。
◆
『雄二の家? だったら――』
先輩の家の場所を聞いたら中西先輩は快く教えてくれた。
『ありがとうございます』
『しかし……あいつが風邪引くなんて珍しいな……高校では一回も休んだことなかったし、てっきり風邪をひかないタイプのやつなんだと思ってたよ』
そんな話を聞いたから、私は知っている。
先輩が私のためにあんな嘘をついたことを……
だからかな。きょっと甘やかしちゃった……いや、甘やかしすぎたかな?
そんなことを考えながら先輩に置き手紙を残して、私は帰路に着く。
作者の元にも花粉症のお見舞いに来てくれないかなと切に願う今日この頃でございます。
甘えですかね? そうですよね。やっぱりインフルエンザくらいにならならないと無理ですよね。(そういう問題じゃない)
『本日のおねだりタイム』
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