31 もう一つの過去
「安達ー。ちょっと頼みたいんだが」
放課後。
今日も図書室で笹森さんと勉強をしようと意気込んでカバンに物をしまっていたら、俺を呼び止める声が聞こえてきた。
「先生。なんですか?」
俺を呼び止めたのは松中先生だ。
しかし頼みってなんだ? 早く笹森さんに会いた……勉強したいんだが。
「大学に行ってこの書類届けてくれないか?」
そう言って俺にファイルに入った書類を手渡してきた。
「……これですか?」
「ああ。悪いな、テスト期間なのに」
……なんか俺が届けるの前提みたいになってんぞ。
「俺がいければいんだが……。まだテスト作ってなくてな……。やばいんだよ。間に合わねぇ……」
こいつ……完全に自分のせいじゃねぇか。
「いや、でも俺図書室に……」
俺が断ろうと話し始めたその瞬間、
「温泉旅行、楽しかったか?」
「…………」
その話題が出されてしまった。つみだ。
◆
「あ〜、めんどくせぇ……」
俺はわし高系列の大学に足を運んでいた。それはもう、重い足取りで……
温泉旅行を出されてしまっては断りたくても断れない。松中先生もそれを分かっての発言だったのだろう。なおさらタチが悪いな……
笹森さんとのテスト前最後の勉強会だってのに……
今は雑用をする羽目になってしまった。
笹森さんにはLINNで断りを入れ、念のために明里に一緒に帰ってくれるよう頼んでおいた。
もしまた笹森さんに何かあったら明里にすぐ連絡してもらえるし、笹森さんも一人よりは安心できるだろうと思っての行動だ。
まぁ、的場は今日学校に来てなかったし、笹森さんのことは大丈夫だとして、俺も勉強はしないといけないからな。さっさと終わらせて帰ろう。
◆
……と思っていたのは二時間前。今はもう夕方。空も暗くなり始めている。
……めちゃくちゃ時間かかった……
大学に書類を出して終わりかと思いきや、大学の先生にもついでだから、と雑用をやらされた。それも何回も……おかげでもうこんな時間だ。
もう疲れたから早く帰ろう……
俺は強く胸に誓い、いつもの通学路を通って帰宅していた。
「ん?」
すると、なにやら子供の泣き声みたいなのが聞こえてきた。
河原の方か……?
迷子か何かだろうか。勉強はしないとまずいが、聞いてしまった以上ほっとくわけにもいかないだろう。
様子見に行くかぁ……
今日はついてない日なんだと思うことにした俺はいつもの帰り道を外れ、声の聞こえる河原へと向かう。
◆
「なっ!?」
俺が河原に行くと、目を疑うような光景が目に飛び込んできた。
河原で泣いていたのは案の定、小学校低学年くらいの男の子。しかし、その隣には既に人がいた。
「的場……!!」
今日学校を休んだはずの的場がいた。
そして的場は男の子と何かを話しているように見える。
まずい……! すぐに助けないと!!
俺はすぐに男の子の元へと駆け出した。
「おい!! なにやってんだお前!」
「あ? お前……」
俺が的場に言い寄ると、隣にいた男の子が口を開いた。
「お兄さん誰? 僕、お家に帰らないと……」
「もう大丈夫だよ。でもこんな男に関わっちゃダメだ。お兄さんがお家まで送るから……」
「違うよー。こうちゃんがお家まで連れて行ってくれるんだよ」
「だからこいつは……」
俺が否定しようとしたところで、
「僕が家まで送っていくんだよ。遠くまで来て迷子になったんだよ、この子。この子はうちの近所の子だから家分かるし」
「は? お前そんな見え透いた嘘が通ると思ってんのか?」
「ほんとだよ。こうちゃんはたまに遊んでくれるんだ」
「ほらな? だから言ってんだろ。お前、もう俺に関わんなよ」
そう言って男の手を引いて的場は歩き出した。
「……待てよ」
「今度はなんだ? しつけーぞ」
お前には言われたくねぇ。
まあ、今はそんなことよりも……
「俺もついて行く」
「あ?」
「お前と二人にさせるわけにはいかないんだよ」
本当に今日はついてない。だが、このままこいつを行かせて何かあってからでは遅い。後悔してもしきれないだろう。
「めんどくせぇな……」
吐き捨てるようにそう言って的場は再び男の子の手を引いて歩き出した。
◆
それから十分ほどついて行っただろうか。
男の子の家に何事もなく着いた。的場はただ黙って男の手を引くだけで、何かをするそぶりはない。
どういうことだ? 俺がいるからなにもしないのか?
そんな事を考えている間に男の子は的場に手を振りながら家に入っていった。
◆
しかしまだ何かをするかもしれない。そう思って男の子の家から離れた後も俺は的場の跡をついて行ったが……
「……いつまでついてくんだよ」
何事もないまま時間だけが過ぎ、的場は公園のブランコで揺られながらそう毒づいた。
「どういうことだ……?」
「そりゃ僕の台詞だ」
「ただ親切に男の子を家まで送り届けただけだっていうのか?」
「……お前、話聞いてないの? 僕最初にそう言ったよね」
ずっと付き纏わられてイライラも限界まで達しているのだろう。すごい目で俺を睨んでいる。
……だが、俺にはどうしても一つ気になった。
「お前……なんで急に笹森さんに付き纏ったんだ?」
「……なんでお前に話さないといけないんだよ」
笹森さんの話では中学時代的場を振ってから昨日まで全く話すことはなかったという。なんで急に笹森さんを襲うような真似をしたのかが分からない。
さっきも普通に男の子を家に送ってたし……
しかしこいつは話す気がないみたいだな。
なら……
「一度振られたくらいであんな行動に出るお前に理由なんて話す必要なくない?」
「あ? お前……!!」
話してくれるまで的場を煽ろう。またナイフを出されないか不安だが……
「そんなこと続けてたらもっと笹森さんに嫌われるな。あっ、もうどん底まで嫌われてたか。はははっ」
「……何がわかんだよ」
「え?」
「お前に!! 何が!! 分かるんだよ!!!!」
的場はそう叫びながら俺の胸ぐらを掴み上げてきた。
案の定怒りをあらわにしたな。やっぱりブチギレ変態野郎の名は伊達じゃないな。……首苦しいけど。
「僕がどんな思いで今まで生きてきたか……お前に分かるわけねぇだろ!!!! どんだけ苦しんで……どんだけ悩んだか……お前にわかんのかよ!?」
的場はひとしきり叫び終えると俺の胸ぐらから手を離し、またブランコに崩れるように座り込んだ。
「……話してやるよ。お前もそのつもりで煽ってきたんだろ」
どうやらこちらの意図も理解したようだな。じゃあ聞こうじゃないか。もう一つの過去を……
◆
「……ごめん。的場君とは……付き合えないよ」
「……っ!!」
奏ちゃんに勇気を出して告白した。
でも、僕は振られた。
その事実がどうしようもなく怖かった。
その後、奏ちゃんになんて言ったらいいのかわからなくて僕はその場を逃げるように走り去った。
いつも勉強ばっかりしてて友達も少なかった僕に話しかけてくれた女の子。
嫌々やらされた実行委員も一生懸命頑張っていた。
そんな姿を見ていたからだろうか。気がついたらいつも奏ちゃんのことを見ていた。
これは僕の初恋だった。
◆
「……ぐっ……うっ……」
実行委員の仕事も途中のまま、走って家に帰った僕は、何か今まで僕の気持ちを保っていたものが壊れたかのように泣いた。
「うっ……うっ……あぁぁぁ!!」
一度泣き出してしまったらもう止まらなかった。
初めての恋。
初めての失恋。
こんなに辛いと思わなかった。
簡単に付き合えると思っていたわけじゃない。
でも、あんなにはっきりと「付き合えない」と言われると、もう僕の恋は終わったんだと思い知らされたような気持ちになる。
やっぱり奏ちゃんも僕のことを認めてくれない。
「……うぅっ……なんで僕は……」
なんで僕はこんななんだ。
そう思わずにはいられなかった。
「航輝ー!! 勉強はもうしたの!? 文化祭だかなんだか知らないけど、あんたがそんなものにかまけてるせいで成績落ちたらどうするの!?」
部屋の外からお母さんが叫んでいる。
毎日毎日……僕は頑張ってるのに……
うちの家は医者の家だから、僕も医者にならなければいけない。小さい頃からそう教えられてきた。
何度も何度も同じ事を言われるうちに、僕は何も言わずに言われた事をするようになっていた。
「聞いてるの!? あんたねぇ……やる気ないんでしょ!! だからそんなんなんでしょ!!」
……そんなわけない。
僕はずっと勉強ばかりしてきた。ずっと頑張ってきた。
それなのに……それなのにどうして……誰も認めてくれないんだ……!!
部屋には鍵をかけているからお母さんは入ってこれない。それでもお母さんはドアを叩きながらずっと叫んでいた。何を言っていたのかはもう覚えていない。
◆
土日を挟んだ月曜日。
僕は奏ちゃんに振られた事が頭から離れないでいた。それでも、学校に行かなかったらお母さんに怒られるから……辛いのも我慢して学校に行った。
でもそれは間違いだった。
教室に入ると、普段僕のことを見もしない男子たちがみんな僕の方を見ている。
なんだろう……?
そんな僕の疑問はその日のうちにすぐ解けた。
◆
放課後。僕が荷物をまとめて帰る準備をしていると、一人の男子が話しかけてきた。
「お前さぁ……ちょっと来てくんね」
「え……なんで?」
「いいから」
◆
僕は連れられるままに屋上まで来てしまった。
でもそこには既に何人かの人がいた。クラスの男子だ。みんな何かを楽しむような笑みを浮かべている。
「的場く〜ん。お前、振られたんだってぇ?」
「!!」
なんでそのことを……
「きゃははっ! バッカじゃねーの? お前みたいなガリ勉が付き合えるわけねぇじゃん!」
「それなー! こんなキモい奴と付き合うくらいならゴキブリの方いけてるくね?」
「はっはっ! たしかに! こいつよりは断然マシだなぁ!」
「……!!」
分かってしまった。なんでこんなとこに呼び出されたのか。なんでみんな僕のことを見ていたのか。
思えば、文化祭の片付けをしている時に告白をしたんだから、誰かが聞いていても不思議ではない。そんなことにも気づかなかったなんて……
◆
それからも僕への陰湿な嫌がらせは続いた。
彼らはみんな、人の見ていないところで僕をいじめた。だから誰も、僕がいじめられてることを知らない。僕が苦しんでいることを知らない。
学校に行きたくない。
そんなこと、何度も思った。でも、お母さんがそれを許すはずもない。僕は毎日あの苦しみに耐えるしかなかった。
◆
中学を卒業する頃にはもう僕はボロボロだった。勉強するのも、もうどうでも良くなっていた。
それでもなんとか高校受験はして、そこそこの高校に行くことはできた。
でももう、僕にやる気なんかなくて。学校なんか嫌で。もう、どうでも良くて。そんな惰性で学校生活を送っていた。
そんな時、一際目立つ人がいた。それが安達雄二。
廊下で告白しただの、女と温泉旅行に行っただの、いろんな話を耳にした。
そしてその中にはいつも、奏ちゃんがいた。
わし校に僕のいた中学校から行く人は例年ほとんどいないから、てっきり奏ちゃんも他の学校に行ったのだと思っていた。
でも……
これはチャンスだと思った。
僕をいじめていた奴らに……
お母さんに……
そして奏ちゃんに……
僕のことを認めさせる。
そして昨日、奏ちゃんに話しかけた。
めちゃくちゃ長くなりました……
いつも3,000文字くらいなのに5,000文字オーバーです。切るタイミングがなくて申し訳ないです。
それでも最後まで見てくれた方、本当にありがとうございます! 感謝感謝。
あっ、あと場面が変わる時に◆のマークを使うようにしてみました。読者の皆さんが見やすく感じてくれたら嬉しいです。
『本日のおねだりタイム』
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