29 過去
「的場君は、中学校からの同級生なんです」
そうして私は先輩に話し始めた。あの頃のことを思い出すように……
◆
私と的場君は中学校三年生の時、初めて同じクラスになった。
「えっ、的場君すごいね?」
「そんなことないよ。全然……」
「でも満点とったのってこのクラスで的場君だけだよ?」
二年生最初の定期試験でクラスで唯一数学のテストで満点をとった的場君。当時隣の席だった私は的場君にそう声をかけた。
私も受けたから分かるけど、あのテストはすごく難しかった記憶がある。だからこその発言だったのだけど……
「……僕は医者を目指してるんだ。だから、もっと頑張らないと……」
当の的場君はあまり喜んでいない様子だった。
そう答えた的場君はテストの復習を始め、その後は二人とも口を開かなかった。
これが私と的場君の出会い。
◆
それから約二ヶ月が経った頃。その間に席替えもあったし、席が離れてからはもうほとんど的場君とは話していなかった気がする。
「文化祭実行委員決めるよー!」
当時のクラス委員長の一声。私たちは、一ヶ月後に行われる文化祭の実行委員を決めていた。
「奏やってみたら〜?」
「えー、でも私向いてないと思うんだけど……」
「そう? 奏なら案外いけると思うけどなぁ」
「奏ちゃんやってくれる!?」
私が友達と話してると、委員長がぐいぐい聞いてく
る。
「えっ、いや私は……」
なんか委員長が期待に満ちた目で私を見てくる……
「……上手くできるか分からないけど……」
「ほんと!? ありがとう!!」
なかなか決まらない実行委員が決まって喜びをあらわにしている委員長を前に私は断ることができなかった。
「う、うん……」
「やった! じゃああとは男子……」
委員長は私から目を外し、クラスの男子を一通り見渡すと……
「あっ、的場君はどう?」
「えっ……僕?」
「うん! 的場君頭いいし、実行委員でも活躍してくれるんじゃないかと思って!」
「あっ、いんじゃね?」
「たしかにー」
委員長が的場君を推薦すると、他の男子も賛同し始めた。
やっぱり誰も実行委員なんてやりたくないよね……
「あっ、えっと……」
「的場君、やってくれるよね?」
「あ、うん……」
こうして二人目の犠牲者が決まったところでこの話し合いは幕を閉じた。
◆
「はー、疲れたー」
「そうだね……」
「まさか今日から放課後に実行委員会あるなんて……」
文化祭まで後一ヶ月という期間でまだ何も決めていないのだから、当然と言えば当然だけど……
私は実行委員になった日に、的場君と二人で実行委員会に参加してきた。
実行委員会は、クラスの実行委員がみんなで集まり、文化祭の方針を決める会議のこと。
実行委員会は週に二回あるらしく、それからも私たちは実行委員会に参加した。
◆
そしてとうとう文化祭前日。私たちは最後の実行委員会を終えて、帰宅していた。
「は〜、今日長かったねー」
「…………」
「的場君?」
「あっ、ごめん……なんでもない」
「そう?」
なんかこっちをみている気がしたから、何か言いたいことがあるのかと思ったけど……
でも、ここまでは別に問題なかった。
私と同じ、文化祭実行委員っていう厄介な仕事を押し付けられた、同じクラスの男の子。
でも文化祭が終わったらまた話す機会も少なくなるんだろうな。
そんなふうに的場君のことを思っていた。
◆
事件が起きたのは文化祭当日。
「奏〜、あっちの出店も見にいってみよ!」
「いいよ。あっ、でももう少ししたら実行委員の仕事あるから次で最後かな?」
「そうなの? 働き者だねぇ」
まったく、当日も仕事があるとゆっくり出店を回ることもできない。
私は友達と一緒に出店を見て回っていたが、まだ三軒目くらいだ。
もっといろいろ気になるお店もあったんだけどなぁ……
私は心の中で愚痴を垂らし、仕事前最後の出店を見に行った。
◆
友達と解散してからも私は実行委員の仕事をこなし、後は文化祭の後片付けだけという頃。
「笹森さん……ちょっといいかな?」
私が学校に施された装飾品を取り除いている時、的場君が声をかけてきた。
「的場君。どうしたの?」
「ちょっと……話したいことがあって……」
的場君は緊張した面持ちでそう言った。
「うん。なに?」
私は紙で作った花を取る手を止めて、的場君に聞き返してみる。
なんだろう……
この時の私は、的場君が何を言いたいのか、よく分かっていなかった。
的場君の意図に気がついたのはこのすぐ後。
「僕……笹森さんのこと、好きなんだ……」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「私のことを……?」
「…………」
的場君は何も言わずに頷いている。
的場君が私のことを……? 自分が告白されたという実感が湧くまで、少し時間がかかってしまった。
でも告白なら、答えを返さなければならない。
私の答えは……
「……ごめん。的場君とは……付き合えないよ」
私の口から直接、的場君を傷つける言葉を言わなければいけない。それはすごく辛いことだった。
でも……私は答えなければいけない。じゃなきゃ、的場君をもっと傷つけてしまうと思ったから。
実行委員で一緒になったものの、的場君とはあまり話したことがない。的場君から話しかけてくれたことはもっと少ない気がする。
私は、的場君のことを知らなすぎる。
そんな状態で付き合っても、それは的場君の気持ちに応えることにはならないと思った。
でも……
「……っ!!」
的場君は一瞬顔を歪ませると、何も言わずに走り去ってしまった。
「…………」
私は、正しいことをしたつもりだった。……それでも、人を、的場君を傷つけてしまったことはそのあとも胸に残り続けた。
それからはやっぱり、的場君と話すことは無くなってしまった。
今日、的場君と会うまでは……。
◆
「これが、中学校の頃の話……そして、今日の出来事です」
笹森さんの話を書き終えた俺は、どうしようもない怒りに駆られていた。
「フラれたからって、未だに付きまとうなんて……!」
もちろん、一度きりの失敗で諦めるのが正しいとは言わない。
だが、的場のやってることは違う。俺にはただの粘着男にしか見えない。
しかもやり方が汚い。結局、笹森さんを傷つけただけじゃないか……!!
「ご飯できたわよー!」
俺が怒りに拳を震わせていると、下の階から里美さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
的場に対する怒りは収まらないが、泊まらせてもらう身で里美さんを待たせるわけにもいかない。
「笹森さん、話してくれてありがとう。ご飯できたみたいだから、行こうか」
「先輩には知る権利がありますから。私を助けてくれたわけですし……」
◆
そうして俺たちは二人で居間へと向かい、夕飯を済ませた。
済ませたと言っているが、味わい尽くした、と言った方が正しいかもしれない。
里美さんの料理はめちゃくちゃ美味しかった。俺好みの味付けということもあったが、とにかく美味しくて夢中で食べてしまったのだ。
◆
夕飯を終えた俺は笹森さんの部屋……ではなく、今は使っていないという空き部屋を借りて寝ていた。
里美さんには、「奏の部屋で寝る?」なんて本気か冗談かいまいち判断のつきにくい顔で聞かれたが、その瞬間、龍之介さんと笹森さんが猛反対したので俺はこの部屋で寝ることになった。
でも、なかなか寝付けない。的場のことが頭から離れない。こんなことは笹森さんを初めて見た時以来だ。
……笹森さんと比べるのはなんか嫌だけど。
まあ、でも的場がこれから俺たちに付きまとうこともないだろう。
というのも、里美さんと話した結果、やっぱり的場のやったことは許せない。だから警察に被害届を出して解決してもらおう、ということになったのだ。俺の回収した折りたたみ式ナイフも、里美さんに預けてきた。
これでもう、大丈夫だろう。
安心したためか、テスト期間の勉強疲れが溜まっていたせいか、俺は徐々に眠くなり……
◆
そして夜が明けた。
今回は奏ちゃんの過去のお話です。
なんと今回でこの作品も三十話に到達しました! いつもみてくれてる方も今日初めてみてくれた方も本当にありがとうございます!!!
『本日のおねだりタイム』
ブックマークの登録と、下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価をしてくれるとこの作品にポイントを入れることができます!
ここ二、三週間くらいポイント伸び悩んでるので評価してくれると嬉しいです……!! いつもみてるけどまだ評価してない! って方はどうかお願いします!!
追記
一話と二話を結合したので、現在この話は二十九話になっています。




