26 男の夢①
ブチギレ変態野郎が去った後。俺は笹森さんを家まで送っていくことにした。
またあいつが来るかも分からないからな。
そんなことを考えていると、笹森さんが俺の方を見ていることに気がついた。
「先輩……傘、持ってますか……?」
「いや、持ってないけど……」
じゃあ……と言って、笹森さんは自分の傘を俺に手渡してくる。
ふむ。これは、相合傘をしよう……ということだな? 傘持ってなくてよかったぜ。持ってても出さないけど。
「ありがとう」
俺は即座に笹森さんの意図を理解し、傘を受け取る。
「じゃあ行こうか。あんまり長居してるとあいつ戻ってくるかもしれないし」
そう言って笹森さんに傘をかけて歩き出そうとしたのだが……
「いや、その傘は先輩が使ってください。私は大丈夫ですから……」
なんてことを言っている。
「いやいや、そういうわけにはいかないよ。土砂降りだし」
「でも……その、相合傘……になっちゃいますよ……?」
「…………」
えっ? そういう意味じゃなかったの? 俺が一人で勘違いしてた……?
俺が悲しみをあらわにして、何も言わずにそんなことを考えていたからだろうか。
「べ、別に先輩と同じ傘に入るのが嫌……というわけじゃ……」
笹森さんはあたふたしながら、俺の悲しい考えを否定してくれた。
「そ、そう!?」
そんな笹森さんの様子を見て、少なくとも嫌われているわけではないのだと思い、俺は思わず声を上げて笹森さんに確認してしまった。
「ま、まぁ。……そんなに嬉しそうにしないでくださいよ……」
そう言って俯いてしまった笹森さんに、俺は傘をかける。
「じゃあ笹森さんも一緒に入ろうよ。近くにいるほうが俺も安心だから」
また笹森さんに何かあったら大変だからな。すぐに助けられるようにしておかないと。
それに、笹森さんと一つの傘に入るという機会を逃してはいけないと、俺の本能がそう告げている。
「……しょうがないですね。先輩がそういうなら……」
そう言って、ゆっくりと体を近づけてくる笹森さん。
こうして、俺は相合傘という男の夢を一つ叶えることに成功した。
歩く度、お互いの肩が何度も触れ合う。その度暖かい温もりが……感じられたらよかったけど、既に二人ともびしょ濡れなため、温もりを感じることはない。
しかし、濡れたブラウスから、笹森さんの柔らかい肩の感触が伝わってくる。
歩く度に俺の腕に笹森さんの柔らかな肩が沈み込み、俺の心臓は踊り出しそうな勢いで加速していく。
そんなことを考えていると、俺の耳には固いアスファルトに落ちる雨の音しか入ってこなくなる。
そんな音より笹森さんの声が聞きたい、と俺は笹森さんに話を振る。
「笹森さんの家はここから近いの?」
「あっ、はい。あと五分も歩けば着きます」
それくらいの距離だと俺の家からも十分くらいか?
……家の場所分かったら今度遊びに行こうかな。……いや、なんかそれだとストーカーっぽいか? ブチギレ変態野郎の姿がチラッと頭をよぎったので考えるのはやめた。
◆
それから少し歩いた頃。
「なんか先輩、ちょっと肩はみ出てませんか?」
今度は笹森さんの方から話しかけてくれた。
「いや、大丈夫だよ。笹森さんの傘なんだから、笹森さんがちゃんと入らないと」
そう思って若干笹森さん寄りに傘を持っていたのだが、俺の肩が雨にあたっていることを心配してくれたみたいだ。
「……だめですよ。ちゃんと入らないと」
そう言って笹森さんは体を寄せてくる。
……!
笹森さんが、こんなに近くに……もう、さっきまでの肩が触れ合うような距離じゃない。図書室で一緒に勉強していた時よりも、もっと近い。
俺の腕は完全に笹森さんに密着していた。
もうこのまま離れないんじゃないか? そんな考えが頭をよぎるほどだ。というか、離れないで欲しい。
「……!!」
俺はそんな幸せを噛み締めていたが……もう一つ、大切なことに気がついた。
笹森さんの体は、わずかに震えていた。
肩が触れ合う程度では分からなかった、笹森さんの気持ち。こうして笹森さんに触れてみて、ようやく気がついた。
怖かったに決まってる。あんな奴にいきなり迫られて。俺が来るまではずっと一人だったんだ。
そんなこと、考えなくてもわかるようなことなのに、
俺は……何を浮かれていたんだ。笹森さんを無事に家まで送り届けるのが俺の役目だろう。
「笹森さん……もう、大丈夫だよ」
俺は気持ちを切り替えて、笹森さんを見てはっきりとそう言う。笹森さんを助けに入った時と同じ言葉を。
「先輩……」
「あいつの持っていたナイフもちゃんと回収したし、警察に突き出せばあいつもタダじゃ済まないだろ?」
証拠はちゃんと持ってる。もしあいつが言い逃れようとしても、ナイフを持って襲ってきた事実は調べればわかることだ。
「そう……ですね」
「ね? だから……もう、安心して良いんだよ」
俺は笹森さんに安心してもらおうと、そう微笑みかけ、笹森さんの頭に手を乗せる。
いきなりこんなことしたら怒られるかな……?
ちょっと不安だったが、それでも笹森さんには少しでも元気になってほしかった。
「先輩……何さりげなく頭に手乗せてるんですか」
案の定、笹森さんには睨まれた……。
「でも……ありがとうございます。先輩が来た時は本当に嬉しかったです……」
笹森さん……!
「ははっ、でも実は、大して確認もせずあいつの首引っ張っちゃったから内心焦ってたんだよね。全然悪い人じゃなかったらどうしようって」
そう言って俺は笑う。結果的に笹森さんの敵だったからよかったものの、もし違ったらそれこそ問題になっていた。
「ふふっ、そうだったんですねっ」
そう言って笹森さんは微笑んでいる。
……よかった。ちょっとは元気出てくれたかな?
「……なんか、先輩って思ってたような人じゃなかったです」
ん? 思ってたような人?
「どんなふうだと思ってたの?」
俺は気になり、笹森さんに聞いてみた。
「んー、先輩は、"リア充"なんだと思ってました」
「…………」
え? どういうこと? リア充?
笹森さんの答えに理解が追いつかないでいると、笹森さんはそんな様子をみかねてか、説明を始めた。
「ほら、先輩っていきなり私を桜祭りに誘ったり、部活に誘ったりしたじゃないですか? なんかリア充の人ってこんな感じなのかなぁって……ちょっと怖い人なのかな? なんて思ってました」
……なるほど。たしかに勢いで誘ったことは多々あるが……
それにリア充が怖いって言うのもなんとなく分かるが……
「なるほど。それでどういうふうに印象が変わったの?」
大事なのは今だ。過去の印象は……まあ、今はいい。
「今は……すごく優しい、頼りになる先輩だと思ってますよっ?」
そう言って笹森さんは笑顔でこちらを見ている。
……恥ずかしい。面と向かってこんなことを言われると、恥ずかしい。
俺はつい、笹森さんから目を逸らしてしまった。本当はこの笑顔を目に焼き付けて俺の永久保存フォルダにしまいたいのだが……
俺が雨で波打つアスファルトを見ながら悔やんでいると、
「あっ、ここです」
笹森さんが今度は俺ではなく、二階建ての一軒家を見ながらそう声を上げた。
「ここが……」
「私の家です」
どうやら、目的地まで無事に送り届けられたようだ。
「よかった。無事に着いて。じゃあ、俺はここで帰るけど……傘、返すの明日でもいいかな?」
雨はさらに強さを増し、凄い勢いでアスファルトを叩きつけている。流石に防具なしで帰るのはきついと思っての頼みだったが……
「……先輩。私の家……入りませんか?」
「お邪魔します」
俺の質問には答えてくれず、質問で返されたが、俺は一切迷うことなくそう答えていた。
相合傘という男の夢を雄二に先に叶えられ、落ち込んでいる作者です。
しかも、奏ちゃんの家にお邪魔するなんて話になっていやがります。書いているのは自分ですが。
『本日のおねだりタイム』
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