25 許す気なんか、あるはずもない
あ……雨だ。
先輩と別れてから少し経った頃。鼻が濡れた感じがして、片手を空に掲げると、やっぱり手にも水の感触が。
傘……あったかな……?
私は折り畳み傘がないか鞄を探してみる。
あっ、よかった……ちゃんと入ってる。
鞄の中に傘が入っていることを確認して、折り畳み傘を開こうとした瞬間、
「やっと見つけたぁ」
先輩……じゃない。この声は、さっき、図書室に行く前にも聞いた。
「的場君……」
こんな時間になんで……それより、私を見つけたって?
「ずっと、二人になりたかったよぉ。なのにあいつが……まあ、そんなことはもういいか。奏ちゃん、僕と遊ぼうよ」
「え?」
「あれ? 僕と遊びたくない? まさかね〜、奏ちゃん、僕のものだしね。断るわけないよね?」
的場君はさっきからなんの話をしているんだろう……
「なんの話……?」
私がそう聞き返すと……
「だ〜か〜ら〜、二人で遊びに行こうっつってんの」
的場君は苛立った様子で同じようなことを繰り返す。
「遊ぶって……どこで」
それに今はテスト期間だ。遊んでる暇がないのは的場君も同じだと思うけど……
「どこでも良いよぉ。ホテルでも、僕の家でも……あはっ、それともここでしちゃう?」
それって……
ここまで話されて、私の置かれている状況にようやく気がついた。
「で? どこがいい?」
そう言って的場君はニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……私、言ったよね。的場君とは付き合えないって」
私は震える足にグッと力を入れて、一年前と同じことをもう一度的場君に言う。
けど……
「あ? 何言ってんの?」
的場君は苛立ちを隠そうともせずそう言う。
「奏ちゃんは僕のでしょ。もうお前の意見なんて聞いてないんだよ」
そう言ったかと思うと、ベチャベチャと水溜りを踏む音を鳴らしながら、私に近づいてきた。
いやだ。
「奏ちゃんさぁ、胸おっきいよねぇ」
怖い。
「どんな感じなんだろ? あはっ、みんなどう思うかなぁ?」
来ないで。
「奏ちゃんとヤレるなんて……これでみんな認めてくれる。これで僕の評価も上がる……!!」
もう、的場君の姿が全て視界に収まらないくらい近くにいた。
「い、嫌だ! もう来ないで!!」
気がついたら、バシャンという音を立てて的場君が尻餅をついていた。
「あっ……」
咄嗟に的場君を突き飛ばしちゃったみたいだ。
「っ痛ぇなぁ! おい!」
的場君はもう、さっきまでの様子とは違う。
目つきが変わった。
さっきまでの、どこか人を舐めたような目じゃない。
今にも殴りかかってきそうな、怒りに満ちた目で私を睨みつけていた。
逃げなきゃ。逃げなきゃいけないのに……
足が……動いてくれない。怖い。
的場君はゆっくりと起き上がって、私を睨みつけている。
早く……早く走んなきゃ。
「あはっ、あははっ、痛かったよぉ、奏ちゃ〜ん!!」
もうだめだ。
「痛っ!!」
私の手首はもう、的場君に強く握られていた。
もう、逃げられない。
「あはっ、もう大丈夫だよ。もう逃がさないから」
的場君は、無理矢理私の頭を掴んで自分の顔に近づけ始めた。
「やだ……やめて……!!」
「あはっ、分かってるよぉ、まずはキスからだよね?」
的場君の顔がどんどん近づいてくる。
助けて……誰か……
もう、雨なのか涙なのか分からないくらい顔は濡れていて、視界も揺らいでいた。
そのせいか、一瞬的場君の顔が遠ざかったように見えた。
「痛ぇっ!」
「え?」
気のせいじゃ……ない……?
たしかに的場君の顔は私から離れていた。というより、後ろにのけ反っていた。
「もう大丈夫だよ」
そう言って私に微笑んでいるのも的場君じゃない。
「先輩……」
「ごめん、来るの遅くて。ここら辺、無駄に入り組んでてさ……」
先輩が、困っちゃった、と笑っている。
先輩が、助けに来てくれた。
◆
「あれ? どっちに行ったんだろう……」
俺は笹森さんにストラップを届けるため、笹森さんの跡を追ったのだが……
やけに入り組んでて、笹森さんがどっちに行ったのかが分からない……
「どうしよう……っつっても、全部行ってみるしかねぇか」
◆
と、いうわけで全ての通路を一通り確認してようやく笹森さんを見つけてみれば……
なんなんだこの野郎は。
遠目に見ただけだが、なんか笹森さんとキスしようとしてなかったか? それに、笹森さんは嫌がってるように見えた。そう思ってこの野郎の襟首を思いっきり引っ張ってやったが……
「先輩……よかったぁ……本当に……」
……笹森さんのこの反応を見るに、俺の判断は正しかったみたいだな。
さて……
「またお前かよぉ!! 邪魔してんじゃねぇぞぉ!!!!」
このブチギレ変態野郎、どうしてくれようか。
「邪魔? 無理矢理笹森さんに迫るのを邪魔されるのがそんなに意外か?」
「あ? そいつは僕のものだ。お前に止められる筋合いはねぇんだよ!」
笹森さんが"僕のもの"……?
「おい……何勝手なこと言ってんだよ……」
「あ? 聞こえねぇよぉ! さっさとそこを退けよぉ!」
そう言ってブチギレ変態野郎はのっそのっそとこちらに近づいてくる。
「先輩っ……」
笹森さんの不安そうな声が聞こえる。
笹森さんにこんな思いをさせておいて、"もの"呼ばわりだと……!!
「奏ちゃぁぁん! 早く、早く遊ぼうよぉぉ!!」
ブチギレ変態野郎はもうすぐそこまで来ていた。
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながら懲りずに笹森さんの元に腕を伸ばしている。
「っ痛ぇ……」
これ以上笹森さんに辛い思いをさせまいと、俺はブチギレ変態野郎の腕を掴み、そしてそのまま、握った手に力を込める。
「くっ……離せぇ!!」
伊達に実家がジムではない。他の男に、ましてやこんなクズに力負けするようなことは決してない。
俺はそのまま、握った手をひねる。
「あ、あぁ……!!」
ブチギレ変態野郎は痛みに顔を歪めながらその場にうずくまった。
「なあ、クソ野郎。お前は俺と話をしよう……」
「ぐっ……俺は奏ちゃんに用があんだよぉ!!」
「俺はお前に用ができた。急用だ」
もう、俺の怒りはとっくに限界突破していた。
人間本当に怒ると一周回って冷静になれるんだな……
こいつには、言いたいことが山ほどある。
嫌がる笹森さんに言い寄ったこと……
無理矢理キスをしようとしたこと……
笹森さんがこんなに怯えるまで追い詰めたこと……!!
許す気なんか、あるはずもない。
「先輩っ!!」
笹森さんの叫ぶ声が俺の耳に届いた。
ブチギレ変態野郎が折りたたみナイフを持って俺に突き出していたのだ。
だが……
「なっ……!?」
「武器を持ったくらいで勝った気かよ」
その程度、笹森さんを悲しませたこの野郎への怒りに満ちた今の俺には脅しにもならない。
俺はさっきと同じように腕を掴み、ナイフを奪い取った。そしてそのまま、目の前の男に突きつける。
「ひっ……う、うぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そこでようやく自分の置かれている状況を理解したのだろう。
勝てない、現実に。追い詰められてるのは自分だということに。
ブチギレ変態野郎は叫び声を上げながら、入り組んだ通路の奥へと消えていった。
さて……
「笹森さん! 大丈夫!? 怪我はない!?」
ブチギレ変態野郎の相手で精一杯だったが、本当はすぐに笹森さんの状態を確かめたかった。
笹森さんを見つけてからすぐに駆けつけたが、その前のことは分からない。
もしかしたらもう既に、笹森さんは……
「ありがとうございます……先輩っ……私、私……」
「……」
たとえそうだとしても、今この状況で聞くことではないな……
「こんなとこにずっといたら風邪ひいちゃうからさ。家まで送ってくよ」
「はいっ……お願いします……」
さっきまでブチギレ変態野郎と二人でいた恐怖か、その恐怖が去った安心からか、笹森さんは目に大粒の涙を浮かべている。
やっぱりあいつ逃さないで、顔を変形したほうがよかったか?
過ぎたことだが、少し後悔した。
今回はかなり力を入れて書きました……いつも力入れて書いてますけどね? もちろん。そんな目で作者を見ないでっ!
ちなみに、的場をキモくかけるようにするのを一番頑張りました。(力入れるとこ違う気がする……)
『本日のおねだりタイム』
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的場キモい! と思った方はぜひ☆を真っ黒に染め上げてください。作者の頑張りが報われます。




