23 息ができない
俺たちが図書室で勉強を始めてから一時間くらいが経った頃。
「そういえば、明里さんと中西先輩は一緒じゃないんですか?」
「あ〜……あいつらはああ見えて結構頭いいんだよ」
図書室にきたのが俺だけなことに疑問を持った笹森さんに俺はそう答える。
「それに二人とも理系だから、勉強教えてもらえないし」
そういう断崖絶壁の状況に俺は立たされている。……のだが、笹森さんの頼みを断るわけにはいくまい。というか一緒に勉強したい。
「そうなんですね……明里さんはともかく、中西先輩はちょっと意外です……」
笹森さんはそう言ってちょっと悔しそうな表情を浮かべている。
「ははっ、だよね」
気持ちはわかる。優也が勉強できるのはなんか悔しい。
そう思った俺は笹森さんに相槌を打つと、
「あっ、そうだ先輩。ここが分からないんですけど……」
そう言って笹森さんは体を寄せてきた。
肩と肩が触れ合うような距離。笹森さんは腕を伸ばして参考書を俺の前に持ってくる。
くぅっ! ち、近い……周りのカップル共はずっとこれに耐えているのか? 息もできんぞ。
余談だが、今は衣替えの移行期間。人も多く、気温も高い図書室の中で、笹森さんは上着を椅子にかけ、ブラウスだけ着ていた。
息をすればブラウスが吹き飛ぶんじゃないかと気が気でならない。……流石にそんなことはないだろうが。
俺は密かにカップル評価を改め、視線を参考書に移すと、そこには古文の長文問題が載っていた。
「古文か……古文は日本語で書かれてるけど、英語みたいで何書いてるかよくわかんないよね」
「そうなんですよ! もはや異国の言葉ですよね!?」
「ははっ、確かに」
笹森さん、よっぽどピンチなんだな……俺も人のことは言えないけど。
「で、古文も一見文章に見えるけど、結局それって単語と文法を組み合わせてるんだよ」
俺が説明を始めると、笹森さんはふむふむ、と興味深そうに聞いてくれる。
「単語は単語帳を暇な時に開いてみるといいよ。で、文法は、学校で配布された文法書の敬語と助動詞の活用を覚えれば大丈夫じゃないかな」
「なるほど……そうしたら長文も読めるようになりますかね?」
「読めると思うよ。長文に出てくる歌なんかも、文法の練習してる時に一緒に覚えるとそれだけでも大分分かるようになる」
「歌……私、歌が出てくるともっと分からなくなっちゃうんですよ……」
俺が古文の勉強法について説明すると、笹森さんは不安そうにそう口にした。
歌か……確かに歌はほとんどの文に入ってくるうえに、苦手にする人も多いって聞くな……
でも……
「古文に出てくる歌って実は、読めばたしかに! って思えるものが多いんだよ」
何を言っているのかよくわかってない様子でキョトンとしている笹森さんに俺は説明を続ける。
「例えば……」
俺は分かりやすいよう、笹森さんが見せてくれた参考書の中から良さそうな歌を探す。
「ほら、これなんかは?」
俺は一つの歌を見つけ、笹森さんに見せてみるが……
「う〜ん……どういう意味なんでしょう……?」
あまり反応は芳しくなく、首を傾げている。
「これはね、好きだった人とずっと一緒にいたかったのに、その人が先に死んじゃったから、もう一緒にはいられない。こんなことになるんだったら、好きにならなければよかったって歌だよ」
「……なんか、切ないですね……」
「でも、今のドラマとかアニメとかで使われててもおかしくないシチュエーションだよね」
「……たしかに」
俺の歌の説明を聞いて、少し納得してくれたみたいだ。
もっと歌について親近感を持ってもらおうと、俺は他の歌も例にとってみる。
「あとはこれなんかも……文ってどういう意味か分かる?」
歌の中にある、「文」という古文単語について聞いてみる。
「手紙……みたいな感じだった気がします」
「そうそう! この歌の場合はラブレターって意味だね」
「ラブレター……」
「なんかそう聞くと、一気に身近に感じられるでしょ? で、この歌は、男の人が惚れた女の人に毎日のようにラブレターを送るっていう歌」
「ふふっ、毎日ってすごいですね」
俺は説明を聞いた笹森さんは、さっきまでの不思議そうな顔やら難しそうな顔やらはどこへ行ったのか、気持ちよく笑っている。
「ははっ、そうだね」
たしかにすごいな。俺も見習わないと。先人の知恵は大事にしよう。
「あとこれなんかも……」
それからしばらくの間、俺たちは和歌の話で盛り上がった。
笹森さんの密着具合に心臓はずっと踊り散らかしていたが。
……あれ? 俺自分の勉強やばくね?
そんな思いが一瞬頭をよぎったが、そんな思いに笹森さんとの時間を邪魔されるわけにはいかないのですぐに蹴っ飛ばした。
◆
笹森さんと勉強会をした、その帰り道。
「先輩っ、今日はありがとうございました! 古典が一番不安だったのでホントに助かりました……」
胸を撫で下ろすようにそう言う笹森さん。なんか新鮮だなぁ。
「それならよかった。俺も古典の勉強になったし、助かったよ」
教えることで更に理解が深まるっていうしな。
他の科目は相変わらずピンチだが、今日笹森さんに教えた古典に関しては大丈夫そうだ。範囲が違うと言っても、一年生の頃にやった基礎ができてれば赤点になることはないだろう。
「テストまであと一週間くらいですけど……これからもお願いできますか……?」
笹森さんは少し不安そうにうつむいている。
笹森さんにこんな顔をさせるわけにはいかないので、俺はすぐに答える。……笹森さんのそばにいられる口実が欲しいわけではない。……なんてこともないが。
「もちろん。俺も笹森さんと一緒の方が捗るし」
一人だとサボっちゃうもんね、と言って笑うが……
そういえば俺、カップルたちを見て一人で勉強しろみたいなことを心の中で毒づいてたな……
まあ、そんな昔のことは忘れよう。そうしよう。
「よかった……なんか初めて先輩が頼りになると思いましたっ」
そう言って笹森さんははにかんでいるが……
「ん?」
俺はふと気になって後ろを振り返った。笹森さんの言葉が気になったから、ではない。誰かが後ろからこちらを見ている気がしたのだ。
なんか視線を感じた気がしたが……気のせいか?
まあ、もう夕方とはいえ、同じく放課後残ってた人は下校しているだろうしな。誰かいたとしても別に不思議ではない。
「先輩?」
「え?」
「私こっちだから、帰りますよ?」
どうやら笹森さんは俺に声をかけていたらしい。
余計なことを気にして笹森さんの呼ぶ声に気づかないなんて……
「ああ、ごめん。じゃあまた明日ね?」
そうして俺たちはそれぞれの帰路についた。
書いていて思いましたが、作者は古典が苦手でした。
なぜ古典を教える話にしてしまったのか、我ながら疑問が尽きません。
じゃあ得意な教科はなんなのか? なんて質問は受け付けておりませんのであしからず。
『本日のおねだりタイム』
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