22 やつがやってくる……
月曜日。俺たちが温泉旅行から帰ってからはじめての学校だ。
週明け最初の学校は憂鬱ではあったが、三連休を利用した甲斐あって、一日ゆっくり休めたのですっかり疲れは取れていた。
「おい雄二! お前秋山さんと温泉旅行行ったってマジかよ!?」
と、俺に話しかけてきたのは優也……ではなく、
「田中」
横から複雑な表情を浮かべて話しかけてきたのはクラスメイトの田中だった。
「どうしたんだよ、そんな怒ったような涙目のような焦ったようなわけわからん顔は」
「どうしたもこうしたもね〜よ〜! 秋山さんは俺たちのクラスのマドンナだろ!?」
なんだマドンナって。ちょっと古くないか?
「松中先生に温泉旅行の招待券もらったんだよ」
俺は簡潔にそう説明する。教室で松中先生に手渡しされたから、こいつも知ってるはずだが……
「そういうことじゃね〜よ〜。羨ましいって言ってんだよ〜」
そう言って田中は俺の机に突っ伏してしまった。
「おいおい……」
「はっはっは、俺らのクラス女子少なーしな?」
そう言って前の席から会話に参加してきたのは、今度こそ優也だ。
たしかにうちのクラスは女子が少ない。他のクラスが大体十人くらいなのに対し、このクラスは六人しかいない。
それに、明里は間違いなくこのクラスで一番かわいい。
……もちろん、笹森さんの方がかわいいけどな? まあ、客観的に見てね?
「そうなんだよ〜って、お前も一緒に行ったんだろ!?」
一瞬同意しかけた田中だったが、すぐにその事実に気づいてしまったようだ。
「まぁな? 楽しかったぞ〜」
こいつ遊んでんな。すでに溶けそうになってる田中にさらに追い討ちをかけるようなことを言ってケラケラ笑ってやがる。
「うっうっ、俺も女の子とお出かけしたい……」
終いには欲望と涙がダダ漏れだ。まあ気持ちは分かるけどな。
「おいおい、しかもお前ら、一年の女子も一緒だったらしいな〜? あ〜?」
と、後ろからごっつい手を俺の方に乗せてきたのは……
「斉藤」
今度は同じくクラスメイトの斉藤だった。
やはり女に飢えた男どもはこの一件を見逃してはくれないということか……
「で? このクラスで女子と温泉旅行なんて行ってただで済むとでも?」
そう言って斉藤は俺の方に乗せた手に力を入れてくる。
まったく、こいつは何も分かってないな……
「このクラスにいるからこそ、男は常に出会いを求めて動くべきじゃあないのか?」
俺は斉藤に諭すように人生の真髄を教える。
笹森さんと出会えたのだって常にその心を持っていたからだ。
「…………!!」
斉藤はまるで雷にでも撃たれたかのようにハッとした表情を浮かべた。
「そう……だったのか……!!」
「分かってもらえてよかった。これからはお前も常に出会いを探す、模範的な男になれよ?」
教えたことを理解してもらえると嬉しいもんだなー。俺は教師に向いてるのかもな。
そんなくだらないことを考えてると、本物の教師が俺らの教室へと入ってきた。
松中先生だ。そういえば、もう朝のホームルームが始まる時間だ。
項垂れていた田中と斉藤も、松永先生が来たことに気がつくと、自分の席へと戻っていった。
◆
「―――と、いう感じだ」
松中先生がいつも通り気だるそうにホームルームを閉めようとした、その時……
「来週からの定期試験に向けての準備もしっかりしとけよー」
…………。
「定期試験!?」
衝撃の事実に思わず立ち上がって大声をあげてしまった。
「なんだ安達ー、朝から騒がしいぞ。そういえばお前、連休使って温泉旅行行ってきたんだろ? どうだった?」
俺がいきなり大声をあげたことに驚きつつも、松中先生は先日の温泉旅行について聞いてきた。
「……楽しかったですよ。……定期試験の存在を忘れるくらいには」
思いっきり忘れてた。普通、定期試験の勉強は試験二週間前から始めるのが鉄則なのだが、というかそうじゃないと間に合わないのだが、あと一週間ときたもんだ。
ざまあー、俺らを出し抜いて美味しい思いをするからだぞ? といった男どもの熱い視線を感じる。
くっ! こいつら……
だがまずいぞ。ただでさえ勉強ができる方ではないっていうのに……
◆
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
ホームルームが終わり、頭を抱えている俺に心配そうに話しかけくれたのは明里だ。
「はっはっは、まあ頑張るしかねーなぁ」
そう言って笑っているのは優也。
なぜこいつらがこんなに余裕そうなのかというと、
「お前らぁ、ちょっとばかり勉強ができるからって〜」
この二人はなかなかに勉強ができるのだ。
「あはは……」
「でもお前、国語と日本史は得意だろ?」
「まあそうだけどさぁ……ちなみに勉強教えてくれたりは……」
「お前文系だろ」
「……ですよね」
俺は文系で明里と優也は二人とも理系。そもそも受ける科目が違うし、同じ科目でも範囲が違ったりするため、教えてもらうわけにもいかない。
……分かってはいる。分かってはいるのだが、淡い期待を抱いてしまった。
◆
そのまま頭を抱え続けて早九時間。放課後になったところで、俺はようやく気がついた。
勉強するしかない。
この結論に至るまでたくさんのことを考えた。
わし高はエスカレーター式に大学に行ける。そのため、定期試験に関しては他の学校よりも厳しい。
赤点を一つでも取ったら黄色信号。赤点補充に失敗したらその時点で留年確定。
でも留年すれば笹森さんと同じ学年になれるのでは?
そんな考えも頭をよぎった。
でもそんな俺を笹森さんはどう感じるのか?
そんなことも考えた。
結果。勉強するしかない、という結論に至ったのだ。
……色々考えたと思ったが、笹森さんのことしか考えてなかったな。
というわけで、俺は今図書館に向かっている。
図書室という監獄で勉強することで自分を追い込む。追い込むことで筋肉は成長するというゴリマッチョの教えに従うことにした。
◆
結構人いるなぁ。
図書室の中はテスト期間なこともあってか、学年問わずかなりの人がいた。
友達同士で勉強してる人や、カップルみたいな奴らが男女で一緒に教え合ったりしてる。
けっ! 勉強は一人でしろや。
すごく自分の胸に刺さることを思いながら俺はざっと当たりを見回し……
おっ、あそこ空いてんな。でも隣に人いるな。
空いている席を見つけたが、隣の席では女の子が一人で勉強をしている。
……なんか気まずいな。だが、他に空いてる席はカップルの隣や友達同士で座ってる人たちの隣だ。それよりはまあ、いいか。
そう思い、俺は見つけた席に腰掛ける。
「あれ? 先輩」
と同時に、隣の席に座っていた女の子に声をかけられた。
「ん? あっ……笹森さん」
驚いた。
隣に座っていたのが笹森さんだったことにではない。笹森さんがいるのに気づかなかった自分に驚いた。
下を向いていて分かりにくかったとはいえ、まさか俺が気づかないなんて……! 無念……!!
「先輩も勉強ですか?」
「え? ああ、そうそう。温泉旅行に行ってたら全然勉強してなくて」
笹森さんに再度話しかけられたことでようやく正気に戻った俺はそう答えた。
「そうなんですね。実は私もで……」
「ははっ、楽しかったもんね」
笹森さんも俺と同じかー。なんかちょっと嬉しいな。ピンチなことに変わりはないんだけど。
……しかし! 転んでタダで起きては男が廃る。
笹森さんに会えたこの奇跡、絶好のチャンスを逃す手はない。
「あっ、そうだ笹森さん」
「なんですか?」
「せっかくだからテスト期間の間一緒に勉強しない?」
いきなりこんなことを言って断られるかもしれない。だが、もう攻めあるのみだ。それしか取り柄がないしな。
「いいんですかぁ!?」
あれ? なんか思ってた反応と違うな……
もっと、「なんで先輩と?」みたいなことを言われると思ったのだが……
「私、ホントにピンチなんですよ! 初めての試験だからどんな感じで出題されるのかもよくわからないし、先輩がいいなら是非お願いします!」
……なるほど。俺も人に教えるだけの余裕は全くないが、笹森さんを受け入れる心のスペースだけは有り余ってる。断る理由は……ない!!
「俺も国語と日本史くらいしか教えれないけど、それでよかったら……」
「お願いします!」
こうして、一週間の間、俺たちの勉強会が始まった。
やつ(定期試験)がやってくる……
学生ならば避けては通れないやつですね。
ちなみに作者は英語が温野菜に入ってるブロッコリーと同じくらい嫌いです。要するにめちゃくちゃ嫌いです。しかもそういう科目に限って大事なのでもっと嫌いです。
『本日のおねだりタイム』
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