140 ……私じゃ、ダメですか?
「……まじか」
「先輩?」
あっ……まずい。ぼけっと二人の様子を見ていたせいで、笹森さんに心配をかけてしまった。
「あ、いや、なんでもないよ。邪魔しても悪いし、そろそろ行こっか?」
「……そうですね」
このまま見てるのは辛い。笹森さんと二人でいられて、幸せなはずなのに……!! くそっ!! 優柔不断な自分に腹が立つ……!!
未だ心配そうにしている笹森さんに無理やり笑顔を作って、俺はこの場を離れた。
◆
「何か見たいものはある?」
「そうですね……」
このまま黙って歩いていても良い空気にはならないと思い、笹森さんに話しかける。
笹森さんは、少し悩むそぶりを見せてから俺に向き直る。
「……見たい所も探したいですけど……先輩、やっぱり何か抱え込んでませんか?」
「……!!」
そして、核心をつかれた。
心配そうと言うよりは、もう確信に近いような、問い詰めるような、そんなふうにも見える。
年下とは思えないな……全てを見透かされているような気持ちになる。
「やっぱり……私なんかに話したところでどうなるわけじゃないかもしれませんが、よければ話してくれませんか……?」
「……」
これが普通の悩みだったら打ち明けていたかもしれないが、笹森さんに明里の相談をするのは荷が重すぎる。
というか、的外れすぎるだろ。
俺が何も言えずに黙りこくっていると、笹森さんはさらに続ける。
「……先輩のお悩み相談なんかじゃありませんからね? 私が、気になってしょうがないから教えて欲しいと頼んでるんです」
「……笹森さん」
年下の女の子にここまで気を使わせておいて、いつまでも黙りこくっているのは、もっと的外れだろ。
「……少し、座ろうか」
決心……というよりは諦めがついた俺は、近くのカフェに目を向ける。
◆
席についてからも、話すべきかどうか悩んだ。頼んだコーヒーが届くまで、ずっとずっと悩んだ。
一応、席は他の客から離れた端の方にしたから、話が他の人に聞こえるってことはないが。
覚悟を決めたはずなのに、未だウジウジと悩んでいる。
その間も、笹森さんはずっと待ってくれている。
その事実が、背中を押した。
少し苦味の強いコーヒーを一口含んで、俺はゆっくりと話し出す。
「……これは、恋愛相談なんだけどさ」
もしかしたら、不安混じりの情けない声だったかもしれない。
「……はい。大丈夫。ちゃんと、聞きますよ」
全てを包み込むような柔和な笑みを浮かべて、笹森さんはそう促した。
「俺は、明里のことが好きだ」
そう切り出すと、笹森さんは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐにいつもの表情に戻して無言で続きを促す。
「……少し前に、告白もされた」
この話をすると、当時のことと今の状況が重なって心苦しくなるが、続けないと。
「でも、断ったんだ。……その時から、俺には他に好きな人がいるから」
好きな人がいるって、現在進行形で話していることから、笹森さんもなんとなく分かってくれたんだろう。
頷きを返しながら、俺の話を聞いてくれる。
「なのに……!! 今になって、明里のことも好きになっちまった……!! ほんと、優柔不断でどうしようもない自分に腹が立つ……!!」
悔しさが滲み、テーブルに置いた腕にも自然と力がこもる。
「そして、明里と優也が仲良さげなのを見ると、嫉妬もする……!! ……自分で決めなきゃいけないことなのにさ。もう訳わかんなくなってきてるんだ……」
好きな人の前で、弱ってる自分なんて見せたくないものだが、一度話し出したら止まらなかった。
気を抜いたら涙が滲みそうなくらいだ。
「……先輩」
何度も聞いた、何回でも聞きたいそんな声が聞こえて顔を上げる。
「私、その解決策知ってます」
絵に描いたようなドヤ顔でそう口にする笹森さんの意図がわからず、思わず呆けてしまう。
「先輩が、私を好きになってくれればいいんです」
「……え?」
「……私じゃ、ダメですか?」
今までに見たことのない、恥じらいと覚悟の混ざった、やけに幻想的な笹森さんの表情だった。




