139 君のこと
「あ、これ可愛い……」
雄二たちがショッピングモール内でデートをしているのと同じ頃。
2人は、モール内の服屋で会話を繰り広げる。
「へー、着てみたらどうだ? 意外と似合うかもしれないぞ」
「意外とってなにかな? んー……でも確かに試着はありかも」
一瞬不服そうな表情を浮かべながらも、明里は手に取った服を持って考え悩む。
ほんの数秒の沈黙の後、「……よし」と呟いて、手に持っていたエコバッグを優也に差し出す。
「着てみるから、ちょっとこれ持っててくれない?」
「……俺も両手ふさがってんだけどな……まぁいいや」
パンパンに詰められたレジ袋を両手に引っ提げながらも、優也は明里が差し出しているエコバッグに唯一空いている小指を引っ掛ける。
明里は、一言「ありがと」と口にし、足早に試着室へと入っていく。
気になった服があると、やっぱり早く着てみたいものなのだろう。
「……ったく……まぁでも、こうゆうのも悪くないかもな」
1人残された男は、感慨深く呟く。
優也の持つ袋の中には、小麦粉やらたこ焼き器やらが大量に詰められている。
これは今日、文化祭でやるたこ焼き屋に必要なものを買いに来たためだ。
明里ぎ買い出し担当に決まったその日のうちに声をかけておいたのだ。
女子1人で大量の買い出しをするのは大変だろうと言う口実の元に、不自然なく誘うことができた。
それでも、明里が「いいよ。一緒に行こう!」と言ってくれた時には思わず頬が緩みかけたのだが。
「おっ」
そろそろ買った物を床に置かないと指がちぎれそうだな、なんて考えていた時。シャァーッと試着室のカーテンの開く音が聞こえた。
「どう? 秋っぽい?」
少し余裕のある黒のデニムパンツと、それによって際立つトップスの白色。首元と袖がセーター生地になっていて、少し肌寒い秋にも合いそうだ。
王道でありながら、明里が着ることで清潔感と可愛さが増す。
優也が意外と〜、なんて言っていた理由がまるでわからないような完璧なコーディネート。
「おぉ、秋っぽい……」
好きな人のコーディネートを見た感想が秋っぽい、だけでは色気がないと思い、もう一言付け加える。
「……よく似合ってるぞ」
思ってることをなんでも口にするタイプじゃないが、明里を好きになってからは、自分の気持ちもちゃんと伝えようと思うようになった。
「えーどうしよう……じゃあ買っちゃおうかな」
試着室に入る前も悩んでいたが、優也に褒められたことでまた悩み出す。
「おい、いいのか? 俺のセンスなんてそんなに当てになんないぞ?」
「いいの。私が優也の意見を聞きたかったんだから」
「……さんきゅー」
なんで答えたらいいのか分からず、結局照れ隠しのような言葉になってしまった。実際、照れ隠しであった。
結局、明里は来ていた服を一式持ってレジに向かって行った。
ボトムとトップス2つ合わせても6000円に届かないくらいだったので、高校生でも十分に買うことができる。
「ごめんごめん。お待たせ」
「おう」
「あ、ちょっとあっちも行ってみない?」
明里が服を買って、これで買い出しも終わりか、なんて少し名残惜しい気持ちになったの束の間。
すぐ正面の店に目をつけた明里は、はねるような声で優也を誘う。
「……まぁ、誘ったの俺だしな。行ってみるか」
「うわ、嫌そうな顔ー。あ、でもほら、あっちにはメンズな服もあるみたいだし。今度は私も優也の服選んだげる」
「まじか」
重い荷物を持ったまま買い物を続けるのに若干嫌な気持ちがあったのも事実だが、好きな人に服を選んで一緒に見るなんてイベントがあるなら話は別だ。
そんな未知の出来事に僅かばかりの好奇心を抱きながら、今一度袋の取っ手が食い込む指に力を込める。
◆
「明里」
「ん?」
ここは服屋……ではなく、ファミレスだ。
好奇心で体を突き動かそうとしたが、やはり指が痛すぎた。優也の握力回復のため、そしてドリンクバーのため立ち寄ったのだ。
「今日はありがとな。誘ったものの、本当に来てくれるとは……」
明里に告白してからは、優也も積極的に明里をデートに誘っていた。その度、雄二のことが好きな明里は、断ってきたのだが、今回は了承してくれた。
買い出しという口実があったため、素直にデートと呼べるかは疑わしいが、好きな人と2人で出かけている時点で、優也にとってはデートだった。
「その……よかったのか? 雄二のこと……」
訊こうか迷ったが、はっきりさせておきたいのも事実だった。
「……実はさ、雄二にも誘われたんだ。その……で、デート、みたいな……」
「そうなのか? だったら――」
「でも、私には行けなかった」
優也の言葉を遮るように、明里は自分の意思を紡いでいく。
「もう、惰性で続けるわけにはいかなかったから」
「どうゆうことだ? 惰性って……」
「もう本当は気づいているはずだったのに、過去のことが忘れられずに、雄二を好きな気持ちにしがみついてた。……でも、それが1番ひどいことだって気づいた」
まだ、明里が何を言いたいのか分からない。それでも、これは自分が聞かなきゃならないことだと思い、優也は黙って頷きを返す。
それを見て、明里も優也の目を見据えるような眼差しを向ける。
「――私、好きになっちゃったみたい。君のこと」
これが、雄二たち物語が進んでいる頃。同じく進んでいる、もう一つの物語だった。




