134 ……どうでもいいよ……!!
それは、雪が降り積もる日のことだった。人生で1番緊張していた、あの日。
うぅ〜〜……とうとうこの日が来てしまった……
受かる受からない、なんて今更考えても仕方ないことだけど、直線の模試でC判定だったことが脳裏にチラつく。
そんな暗い過去を思い返しながら、なんとか足を進める。受験会場……わし高までは、まだ結構かかる。
積もった雪をギュッギュッと踏みしめながら、受かる。……やっぱり受からない? を繰り返し考える。
「はぁ……」
吐いた息も白く煙をあげる。そういえば、今日の最低気温はマイナスになるっていってたっけ。風も強いし、何もこんな日に受験しなくても……延期とかならないかな?
「なるわけないよね……はぁ……」
そしてまた、白い息を吐く。
「あ……受験票……」
通りがかった橋の上で足を止め、カバンに入ってるはずの受験票を確認する。
といっても、家を出る前も確認したけど……でもやっぱり、こうやって定期的に心配になる。
「……よし。ちゃんと入ってる――」
カバンの中、クリアファイルにしっかりと入っていることを確認して、念の為にとファイルから取り出してみたとき……
「えっ!? うそうそ!? あっ……」
その時、私はこの世の終わりを肌で感じた。血の気が引いて、もはや寒いのかどうかも分からない。
私が手に取った受験票は、強風に流されて降り続く雪の最中に吸い込まれていった。
どうしよう……どうしようどうしようどうしよう……!!!!
まさかこんなことになるなんて。受かる受からない、なんて考えていたのがバカみたいだ。そもそも受けれないじゃないか。
「そんな……ことって……っ……!!」
私が今までやってきたことってなんなんだろう? こんなことになるなら、必死になって勉強する必要もなかった。高校受験なんて、意味なかった。
……もう……
「……どうでもいいよ……!!」
髪に染み込んで溶ける雪が止んだのは、私がしゃがみ込んで呆然と呟いた時だった。
「どうでもよくないだろ」
「……え?」
顔を上げて見えたその人は、傘を私の上に持ち上げて私を見下ろしていた。
降り注ぐ雪の嵐を指差し、その人は言う。
「受験、するんだろ? 探しに行こうぜ」
「……!! は、はい!!」
その言葉で、私は救われた。どうでも良いと思って、諦めていた人生にまた、光が差し込んだ気がした。
立ち上がった私は、彼と一緒に雪の中へと身を乗り出していった。
◆
で、結局受験票が見つかったのはそれから2時間後だったんだよね……
急いでわし高に向かったけど、もう誰も近くを歩いてなくて。すごい焦ったのを覚えてる。
でもそれよりも……
「え!? 君も受験生だったの!?」
「そうだよ?」
彼は、それがどうかしたの? くらいの軽い感じでそう答えた。
「そうだよって……それなのに私に付き合って……それじゃ自分だって……」
誰もいない廊下を歩きながら、私は悔む。
これじゃ、私のせいでこの人の人生もおかしくしてしまったようなもの。そんなのは、絶対おかしいよ……!! 私なんかのために……!!
「いや、あんだけ困ってる人いたら助かるでしょ」
「……そういうもの?」
「そういうものだ。……あ、てか職員室ここじゃね」
彼が指差した通り、私たちの目の前には職員室と書かれたプレートがかけられた大きめの部屋があった。
◆
職員室に入った時は2人とも雪まみれだったなー。
ストーブがあったかくて職員室を水浸しにしたのが懐かしい。
「……え? 今日受験してない?」
「親御さんに連絡したと思うんだけど……」
小太りの中年先生は、困ったように頬をかく。
職員室で私たちは、呆然と立ち尽くしていた。だって、何を言っているのか分からない。
受験日は確かに今日なはずだし、2人して同じ日に間違うなんて考えられない。
「この天気だしねぇ。交通機関が麻痺しちゃってるから、受験に来れない人が相次いだんだよ」
「…………」
「…………」
うそ……でしょ……
◆
あの後はどうやって職員室を出たのかあまり覚えてない。突拍子もなさすぎて。
だってまさか、私たちが2時間走り回っている間、他の受験生は普通に家にいたなんて思いもよらないよ。
あの日、覚えていることといえば……
「いやー……まさか延期になってたとはな」
駅まで歩く帰り道。隣を歩く彼が口を開いた。
「ほんとだよ……私たちの2時間っていったい……」
「あはは……まぁでも、意外と楽しかったけどな。非日常って感じで」
「君、逞しいね……」
「サンキュー」
「……お互い、頑張ろうね。受験」
「あぁ。延期でまた勉強しなきゃいけないのは嫌だけど……」
彼が心底嫌そうにぼやいて、2人して笑い合ったんだ。
それが、私と……
雄二との、出会いの日だった。




