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4.訪問者③

「うわっ、また叩かれた!痛いなぁ……。それにしても、やっぱりこの茨はちょっと普通じゃないね」


 何やらぶつくさと言っている青年に、そろりそろりと忍び足でロゼッタは近付いて行く。



 危ないから門から離れるように、青年にそう伝えたいが、初対面の人間相手になんと言えば良いのかロゼッタには分からなかった。

 相手からしてみれば、ロゼッタは巷で噂の呪われた魔女だ。不用意な言葉で怖がらせたくはない。


(勢いで来てしまったけれど……。ここまで来たからには近寄らないよう忠告だけでもしてあげたい。でも、何て言えば怖がられずに伝えられるかしら……)


 門に着くまでにまだ少し距離がある。

 歩いてる間に何か上手い言い回しを考えよう、ロゼッタがそう心の中で決めたその時、門の前の青年とばちりと目が合った。

 青年のアクアマリンのような澄んだ水色の瞳が、驚いたように見開かれた瞬間、ロゼッタは勢い良く顔を伏せた。


(ど、どうしましょう……!目が合ってしまったわ!髪の毛は隠せているけれど、この目の色を見られてしまったわ……)


 真紅の瞳だけでなく、顔全体を隠すようにぎゅっとフードを目深に被り直し、自分の足元へと視線を落とす。

 ぼろぼろの服と靴を身に纏った赤い目の女など、どこからどう見てもまともには見えないだろう。

 忠告であろうと何だろうと巷で魔女と呼ばれ、ぼろを纏った女の言葉になど、耳を傾けてくれる人がいるわけがない。


 茨に裂かれたまま直していないスカートをぎゅっと握りしめ、ロゼッタは小さくため息を吐いた。



「これはこれは!お嬢さんが巷で噂のこの屋敷に住む魔女さんかな?いやー、来て早々に会えるなんて私は実に運が良い!」



 想定外な事にロゼッタを怖がる様子はないようであったが、その言動は何やら怪しい。


(私に会いに来たって事?それに彼は一体に何者なの?新聞記者や傭兵ならもうとっくに茨が追い払っているはず。でも、まだそうはされていない……)


 度胸試しや冷やかし程度の訪問者であれば、茨もそれなりに寛容なのだ。だがしかし、少しでも屋敷に不利益をもたらす存在であれば、茨は容赦なくその鋭いトゲを訪問者へと向ける。


「挨拶がまだでしたね。はじめまして、お嬢さん。よろしければこのお屋敷に入れていただいても?」

「帰ってください」


 ここから去るように、とどうやって伝えようかと散々頭を悩ませていたロゼッタであったが、咄嗟に口から出た言葉はなんとも簡単なものであった。

 フードを深く被り青年の足元に目線を落としたまま、ロゼッタはもう一度はっきりと伝える。



「帰ってください」



 巷で噂の呪われた茨の魔女に声を掛けられて、門の外にいる青年は今どんな顔をしてるだろうか。ロゼッタは少しだけ不安な思いを胸に抱きながら、青年が大人しく街へと帰って行くことを願った。


「これは失礼をしました。いきなり女性の家へ入れて欲しい、などと言ってはお嬢さんを困らせてしまいますよね。紳士として、きちんと段階を踏まなくてはいけませんね」


 どうやら青年は大人しく帰ってはくれないようだ。


「私は庭師を生業としております。下心などからではなく、庭師としてこのお屋敷の庭にとても興味があるのです。………という事で少しお邪魔しても?」

「帰ってください!」


 ロゼッタはフードを強く掴みながら強く拒絶する。

 決して彼が嫌で拒んでいる訳ではない。この屋敷に関わって、ロゼッタのように怪我をしたりして欲しくないのだ。


(この人は何なの?お願いだからもう帰って……。これ以上この場所にいると、きっとまた茨が彼に怪我をさせるわ)


「そうですよね。いきなり訪ねて来て不躾なお願いをしたこちらがいささか無作法でした。申し訳ない。今日のところは一度帰りましょう。では、また明日」

「えっ?明日?」

「はい。また明日、今日と同じ時間に来ますね」


 待って、とロゼッタが声を上げるより先に、彼はすたすたと歩いて去って行ってしまった。

 その後ろ姿をロゼッタは呆然と眺めている。さらりと風に揺れる柔らかな砂色の髪が、次第に屋敷から離れてゆく。



「……一体何だったの?」


 青年は嵐のように去って行ったが、ロゼッタはその場から動けずにいた。あのような訪問者は初めてであったからである。

 ロゼッタの事を怖がりもせず話しかけ、屋敷に入れてくれと言ったあの青年は一体何者なのであろうか。


(誰かからの依頼で私をこっそり殺そうとしてる?でももしそうであるなら、今までみたいに茨がもっとはっきりと拒んでいるだろうし……。本当に彼は一体何者なの?)


 すっかり青年の姿が見えなくなった街へと続く道から、冷たい秋風が通り抜けてゆく。ぼろぼろのスカートの裾から入ってくる冷気に、ロゼッタはふるりと身体を震わせた。


「……分からない事を考えていても仕方がないわね。とりあえず、早く着替えてこのワンピースの裾のお直しをしてしまいましょう」


 ロゼッタはその場からくるりと踵を返すと、屋敷へと戻って行った。



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