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3.訪問者②

 その日、ロゼッタは茨に絡まった自身のスカートと格闘していた。

 身に纏っているメイド用の黒いロングワンピースの裾は、見るも無残な状態だ。そしてまた、ビィッと布が裂ける音が辺りに響いた。



「んーっ!今日は一段としつこく絡み付いてくるわ……。この裾じゃ繕っただけでは駄目そうね。脛の長さまで切ってしまおうかしら?」


 頭の中でまだ着られる服の数を数えながら、絡み付いた茨を取り除いてゆく。

 なるべくトゲに触れないように気を付けていても、どうしてもひとつふたつと手に傷が出来てしまう。

 最初は剪定ばさみで切ろうとした事もあった。しかしどういう訳かこの茨は剪定ばさみでも、他の刃物でも切る事が出来なかった。


 ようやく茨から解放された時には、スカートもロゼッタもぼろぼろになっていた。


「はぁ…。最近は茨も静かになったと思っていたのに、ここ数日妙に絡み付いてくるわ。……スカートは脛丈では駄目ね。膝下丈まで切らないと着られないわ」


 ロゼッタは自身の服を見下ろし、眉尻を下げる。今着ている服で、繕われていない綺麗な状態の服は最後であった。



 この屋敷には外からの補充が来ない。


 茨に呪われてから外との接触が出来なくなってしまったのだ。

 屋敷の外から来るものは何者であっても茨が阻み、ロゼッタが外に出ようとしても茨によってそれが叶わない。

 食料も日用品も服も、全てこの屋敷の敷地内に残っているもので賄わなければならないのだ。


 幸い、ロゼッタには植物に作用する魔力があったおかげで食べる物には困らなかった。多少味気のない食事ではあったが、このような状況で贅沢は言っていられない。


 しかし、育て増やせる野菜と違い日用品や服は有限だ。

 暖炉が恋しい少し肌寒い季節になってきたが、本格的に寒くなるまで薪は使えない。蝋燭や石鹸もなるべく節約している状況である。出来るだけ長く細く使っていきたい。

 服は本来であればそこまで不足する事はないはずだった。十八を迎えすでに大人の身体のロゼッタが、これ以上成長する事はほとんどないからだ。


「せっかくの綺麗な服がぼろぼろね。全部茨に駄目にされてしまったわ」


 茨はロゼッタの事情など関係なしに絡み付いてくる。急に足元に絡み付かれ転んでしまった事も、一度や二度ではない。

 そして、今日のように服に絡み付かれてしまった時は、茨のトゲにより服がぼろぼろになってしまうのだった。そのため、ロゼッタ自身の服だけではなく、客室にあった誰かの服やメイドの服も着ている。

 貴族の令嬢が着るような綺麗な服は、もう一着もロゼッタの手元に残っていないのだ。


「いくら人目がないからといってこの服ではいられないわね。着替えてからこの服の裾のお直しをしてしまいましょう。明るいうちに作業しないと」


 ロゼッタが屋敷に戻ろうとした時、ふと門が気になった。普段よりも茨が騒がしいのだ。


(また度胸試しに来た街の子供達かしら?)


 子供がいたずらに門に近付かないよう声をかけるため、足早に屋敷へと向かう。玄関の側に置いてあるしっかりとした生地のフード付きケープを手に取ると、門へ向かいながらさっと羽織り、目深にフードを被った。



 ロゼッタは、自身が人々から怖がられている事をきちんと知っていた。

 それはもちろん、結婚式の日に痛いほど浴びた畏怖の視線からも分かった。そしてそれ加えて、とある風の強い日に飛んできた新聞に、散々な事が書かれていたからだ。


 《領主様の別邸を呪って乗っ取った、血染めの茨の魔女。乙女の生き血を被ったようなおぞましいその姿を見た者は、決して生きては帰れないだろう》


 そんな根も葉もない噂話が新聞の一面を飾っていたのだ。呪われた貴族の令嬢の話は、平民達にもそして貴族達にもウケたらしい。


(私が呪った訳ではないのに。でも、おぞましい見た目というのはあながち間違いではないわね……)


 ロゼッタはフードから真紅の髪の毛が見えないよう、しっかりと確認をしてから門が見える場所へとやって来た。

 遠目にではあるが、ここからならば茨と門の隙間から訪問者を窺う事が出来る。


(子供じゃない……?)


 本日の訪問者は度胸試しの街の子供達ではなかった。大人の形をしたその人影は、どうやらこの屋敷を見ているようであった。


 面白半分で来る者や新聞記者、エドガーに雇われた者など様々な人この屋敷までやって来たが、誰も敷地内へ入る事は出来なかった。全ての者を茨が拒むのだ。

 ロゼッタが訪問者と接触しようとしても、茨によって屋敷に運ばれ閉じ込められてしまうのであった。



 今日やって来た訪問者はおもむろに、茨が這った門に手を掛けた。すると、触るなと言わんばかりに茨がその手を叩き落とす。


「いった!うわぁ、血出てるよ…」


 ロゼッタのいる場所からではその顔は良く見えないが、聞こえてくるその声から若い男性である事が分かった。


(新聞記者にも、傭兵のようにも見えない。服装は決して粗末な物ではないわ。一体何者でこの屋敷に何をしに来たのかしら…?)


 訪問者の男性がまた門に手を掛けようとするが、それも茨によって再びはたき落とされた。

 しかし、また手を伸ばそうとしている。二度も茨に拒まれて怪我もしているのに、どうやらまだ諦めるつもりはないらしい。


 茨のトゲの痛みはロゼッタが一番良く分かっている。固く尖ったトゲは簡単に皮膚を食い破り、赤々とした血を流させるのだ。

 訪問者の男性に、門に手を出さないように伝えなければまた傷を増やしてしまうだろう。


「また手を出した……。あの人諦める気はないのかしら…?」


 凝りもせずまた茨に叩かれた男性の手は、遠目から見ても赤い。滴るほどではないにせよ、血の出る怪我を負っている。


 ロゼッタは意を決して門へと近付いて行った。



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