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2.訪問者①

 人々の喧騒をよそに、季節は変わらず巡り続ける。


 命が芽生える春が過ぎ、成長を促す陽光が降り注ぐ夏が過ぎると、収穫を祝う秋がやってくる。

 あれだけ暑かった日差しはすっかり鳴りを潜め、冷たい秋風が木々の間を吹き抜けていった。




 街外れにある小高い丘の上には、この地の領主の別邸が建っていた。夏でも涼しい風が吹き抜けるため、領主一族の避暑地として使われていた物だ。



 《丘の上にある領主様の呪われたお屋敷には、恐ろしい血染めの茨の魔女がいるらしい》



 そんな噂話をどこからか聞いた子供達が、度胸試しにやって来た。怖くないと言いつつも、お互いにぴったりと抱き合った形で屋敷に続く道を進んで行く。


「お、おい!そんなに引っ付くなよ!」

「や、やめろよ!お前こそこっち寄るな!歩きにくい!」


 呪いがかかったと言われる、あの結婚式のあった春の日から早半年。屋敷の使用人達がいなくなり、手入れされなくなった道は随分と荒れていた。


 もしも屋敷に入ってしまったならば魔女の呪いに取り憑かれて殺される、そんな話をしながら、子供達はワイワイと声を上げて道を登って行く。

 そうしているうちにすぐに噂の呪われた屋敷へと辿り着いた。



「「うわぁ………」」



 子供達の声は見事に重なった。


 それもそうだろう。目の前にある屋敷はかつての美しい面影はなく、まるで他者を拒むように茨に覆われているのだから。

 そのおどろおどろしい屋敷を前に、子供達の心は完全に折れていた。だがしかし、友達の手前帰ろうと提案するのはプライドが許さない。


「お、お前行けよ……」

「な、なんだよ?まさか怖いのか?」

「なんだと!?こ、怖くなんかねーし!!」

「じゃあお前が先なっ!」

「えっ………」


 風のような速さで近くの木の後ろに隠れた少年を、門の前に取り残された少年は絶望した顔で見つめる。

 言い出しっぺでもあるその少年は覚悟を決め、茨が絡みつく門へと手を伸ばした。


 ちょん、と恐る恐る指先で門に触れてみたが何も起こらない。


「なんだよ……。無駄に怖がらせやがって。おーい!お前もこっち来いよ!」

「おま、馬鹿!大きな声出すなよ!……にしてもほんとに何にも起きないみたいだな」


 二人でつんつん、と門をつついてみても何も起こらない事に気を大きくした子供達は、固く閉ざされた門に手をかけた。強く引いても押しても、堅牢な門はびくともしない。


「ま、門なんだからそう簡単に開かないよな」

「どうする?このくらいの高さなら登れそうだぞ」


 一人の少年が門に足を掛けたその時、ずるりと茨が動き出した。生き物のようにうねる茨は、少年の足を絡めとろうと蠢く。



「「うわああああぁぁぁ!!」」



 飛び跳ねるように門から離れた子供達は青ざめた顔をしていた。そして、我先にと転ぶような勢いで走り出すと、街へと帰って行った。




「あらあら、楽しそうだこと」


 冷たい井戸水で洗濯をしていたロゼッタの耳にも、子供達の叫び声が聞こえてきた。元気の良いその声を微笑ましい気持ちで聞いていた。


 あの日からロゼッタは誰とも話をする事が出来ず、動物達や庭の花に向かって話し掛ける日々であった。返答はないものの、何かに向かって話し掛けると気が紛れるのだ。


 この半年間ロゼッタはたった一人で、一人で住むには広すぎる屋敷に暮らしていた。使用人も家族も婚約者も、誰もいないこの屋敷にたった一人で。


 初めの頃は慣れない家事や炊事に苦労をしていたが、それも一ヶ月も過ぎれば次第に慣れていった。

 幸いな事に、井戸から飲み水が汲めたし、小さいながらも菜園や果樹園もある。少し手をかけてやれば、植物はぐんぐん育ち食べる物に困ることはなかった。


 洗濯を終えたロゼッタは、ジョウロに水を汲み菜園へと向かう。夏の終わりに植えたカブもそろそろ食べ頃だろう。

 ロゼッタはジョウロで水を撒きながら魔力を込める。


(大きく強く、そして美味しく育ちますように)


 魔力の光がきらきら光りながら、ジョウロを通じて水と共に降り注ぐ。それを受け止めた野菜達は、嬉しそうに葉を輝かせている。


 ロゼッタは植物に作用する魔力を持っていた。ロゼッタが魔力を込めて育てた植物は強く立派に育ち、野菜ならば味が良くなり、薬草ならばその効能が上がった。


 その魔力のおかげもあって、ケイネル伯爵家の嫡男であるエドガーから婚約を申し込まれたのだった。

 エドガーは自領のワイン用の葡萄に力を入れており、近年その功績は伸び続けていた。それはロゼッタが魔力を注いでいたからであったが、今年はどうしているだろうか。



「でも、呪われた私なんかがいなくても大丈夫よね。リーリエがいれば私の代わりになるだろうし……」


 ハイガーデン男爵家の二人姉妹。


 白薔薇の姫君と謳われた姉のロゼッタと、姫百合の妖精と謳われる妹のリーリエ。

 そのリーリエも、ロゼッタと同じように植物に作用する魔力を持っていた。

 ロゼッタがエドガーの屋敷に行く時には必ずリーリエがついて来ていたため、葡萄畑への魔力の注ぎ方も見ていたはずだ。ロゼッタより魔力は弱いものの、葡萄畑に魔力注ぐ程度ならば問題はないだろう。


「エドガー様元気かしら……」



 結婚式があったあの日。


 エドガーから手酷く扱われ茨の繭に閉じこめられた後、ロゼッタが目を覚ました時には誰もがいなくなっていた。夜の帳が降りた静かな闇の中、たった一人礼拝堂で倒れていたのだ。


 全身に巻き付いていた茨はいつの間にか解かれ、身体は自由になっていた。

 しかし、あの光景は夢ではないとでも言うかのように、ロゼッタの柔らかな肌にいくつもの傷跡を残していたのだった。


 ロゼッタにいつも優しかったエドガーがあれだけ怒っていたのだ。きっともう許してはもらえないだろう。

 しかし、一体なぜあの日あのような事が起こっていたのか、ロゼッタには未だに理解出来ていなかった。

 エドガーはロゼッタのせいだと言っていたが、ロゼッタにそんな大それた力はないし、あったとしても人を傷付けるだなんて出来るわけがない。


「あの日、一体何があったのかしら?いくら思い出そうとしても、どうしてもあの日の記憶が少し欠けているのよね……。それだけじゃないわ。他にも何か忘れてる事があるような気がする……」


 うーん、と唸りながら思い出そうと努力をしたが、ロゼッタの記憶のもやが晴れることはなかった。



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