スターシップ “タウルス”の罪
外宇宙での任務を終えたスターシップ:“タウルス”の乗員36名は、紛れもなく全人類の英雄であった。
埋設型核機雷により小惑星“Nut”の軌道を変え、地球への衝突を回避した彼らは、任務の達成ばかりではなく困難とも言える復路の帰還にも成功した。しかし、凱旋パレードの後で国連の医療チームは彼らに顕著な精神ストレスの兆候を見てとった。それは単に、最初、長期の航行によるPTSDに似た症状であると判断された。時間と、薬物療法がその傷を癒すだろうと。しかしタウルスの乗員が次々と不審な死を遂げ始めると、チームは本腰をあげて彼らのケアに努めるようになった。“タウルス”の帰還から2年後にイン・ダー船長が自宅で排ガスを用いた自死を遂げると、世論の中には彼らが一時的に地球側からの通信観測が不可能となる“X領域”で何らかの脅威と接触したのだと唱える者まで現れた。
しかし、続く18回目のカウンセリングで、遂に“タウルス”乗員の1人が口を開いた。
彼が医療チームに語った内容はこうだ。
彼らは任務開始から+73日目、“X領域”内の軌道上に不審なビーコンを探知した。それは、先の同様の任務で小惑星“Nut”に向かっている途中でロストした、スターシップ:“クレリック・インターフェロン-201(ツー・オー・ワン)”だった(以下、CI-201と呼称)。
受信された通信によると、その時、CI-201の乗員48名はまだ生きていた。
CI-201にドッキングし、乗員を救い出すことは可能だった。タウルスの循環生態システムは全員分の安全な空気と水を賄え、食料にも余剰があった。タウルスがドッキングしなかったのは、単に確率の問題だった。CI-201の乗員を助けることで脅かされる、任務の達成確率。それは、現状より-0.8%のリスクをとるものだった。
これが、スターシップ:“タウルス”の罪だった。
目の前に漂う48名の命と、コンピュータがはじき出した全人類の生存への-0.8%のリスク。タウルス乗員は全会一致で、CI-201を見捨てた。信号には応答せず、その横を通り抜け、人類史にとってのK-pg境界を引き起こしうる小惑星を破壊しに向かったのだ。
それが、事件の真相だった。
タウルスの乗員36名は、結局、誰も長生きしなかった。
彼らは地球を救うのに十分な“冷静な”宇宙飛行士であり、しかし同時に、この事件を忘れられるほどに“冷酷な”宇宙飛行士ではなかったのだ。
もちろん、このタウルス乗員の帰還後の死亡率は、過酷な外宇宙への航行が身体に不可逆のダメージを与えたからだともされた。しかし、以下のデータがそれを反証する。タウルス乗員の内、28名は帰還後1ヶ月〜4年の間に自殺している。地球の誰も(恐らくCI-201の乗員でさえ)、きっと彼らを責めなかっただろうにも関わらず。
フロリダにある航空宇宙博物館には、今は任務を終えた“タウルス”が眠っている。子供たちは入場ゲートからすぐのところに飾られた日の光を弾くタウルスを、眩しそうな目で見上げている。そんな光景を尻目に私はふと思う。きっと真の意味でタウルスも、その乗員たちも、“還って”はこれなかったのだと。
“クレリック・インターフェロン-201”と共に、“タウルス”は、あのX領域に囚われてしまったのだと。
(了)