Dパート
その頃、
「ルミルミ様、シットリとダイソンでございます」
SAF協会では、シットリが此処野の蘇生について。ルミルミから詳しいを説明を聞いていた。
あのシットリですら跪き、忠誠を誓うルミルミの凄さが伝わる。しかし、ただそれだけにあらず。助言という形でルミルミに言葉を返せるシットリも、対等に近いとダイソンは見ている。
「あなた様のお考えを、どうかこのシットリめにお話してもらいたいです」
なぜ?
「私はあの、此処野神月という人間を信用できないのです。確かに戦闘能力、殺戮意欲、妖精のアタナを所持している事。実力では私も彼を認めているところはございます。ですが、忠誠心の問題でございます」
シットリが因心界で最も警戒されている相手として認識されているのは、精神面と知略面のところが大きい。
実力を認めても、精神的な部位を警戒している。
やる気のない寝手食太郎は利用もできるし、捨てても問題はない。だが、此処野は違う。利用し辛く、捨てた時の問題がある。
「同胞を平然と殺し、裏切れる存在。多少、力があるという違いはあれど。……ルミルミ様の心をやや、痛めるかもしれない発言ですが、同胞を裏切る生物など信頼できぬでしょう」
その言葉にルミルミは分かっていると、返していたのだろう。
ただ、ちょっと今……。
「眠いのですか、ルミルミ様」
「あらら………」
ガクッと来る、ダイソン。こちらが真剣なお話をしようというのに、眠いからまた後でにしてくれという。
「分かりました。ですが、私の意見はお伝えした通りです。別に怒りなどしません。ただ始末にてこずるため、あの時で良いかと思った。理由だけ、聞かせてもらいたい。強いからとか、狂っているから。そんなご理由で構いません」
そう伝えて、シットリとダイソンはルミルミの部屋から退室する。
圧倒的な力で終始萎縮しているダイソンとは違い、堂々としているシットリ。だから、ダイソンは確認する。
「いいのか、シットリ。ルミルミ様の事だから、此処野が強いからって言われるんじゃないか?」
「私はそう怒ったりはしない」
アイーガにめっちゃキレてるじゃん。ルミルミ様に聞こえてるだろ。
「大切なのはルミルミ様のご意志だ。十中八九、ダイソンが思っている通りの言葉をあのお方は返すであろう。顔にそう書いてあった」
「……シットリがもう、SAF協会を仕切ったら?」
「ならん。私はルミルミ様にお仕えしている者だ」
どー考えても、お前の方が組織を運営できてるし、ルミルミ様は強いが、かなりの気分屋だ。仕方ないが。
「大事なことはダイソン」
「うむ」
「ルミルミ様は此処野を信頼してはいけない。っと憶えてもらう事だ。これは人間を信頼するより思っている。奴は同胞を殺すことに躊躇のない人間なのだ、逆に我々に牙を剥いてもおかしくはない」
コンコンッ
「!ルミルミ様、なんでしょう」
退室したシットリとダイソンであったが、また部屋からルミルミに呼ばれる。さっき眠いと言ったのは、分かっていたが嘘である。シットリに説教されるのが嫌だったから、時間をもらいたいという甘えだったろう。そんなことを2名は見透かしていた。
改めて、シットリがルミルミを謁見し、此処野を甦らせた理由を伝えた。
「……分かりました。確かに。奴に人間のクズ共が、嘆きのたまって語る悲惨や狂気の"似非"はない。ルミルミ様のためのジャネモン作りには、彼のような狂気たる狂気がなければ、完遂はしないでしょう。しからば、ここで約束してもらいたい事があります」
なにを?
「因心界を倒したその時、私と此処野の1対1の殺し合いをお許ししてもらえないでしょうか。ルミルミ様はあの男を気に入っているのなら、私が手をかけた方が宜しいでしょう」
それは構わないよ。
彼が用済みになったらだけどね。
◇ ◇
「な、何をしてやがんだ。あいつ……」
「ど、どーしたの?なにが見えたの?」
「見るな!マジカニートゥ……今は見るな……」
「め、目隠ししないでよ」
川をプカプカと浮きながら、近くの浅瀬に向かって流れていくマジカニートゥとレゼン。
もう少しで能力が発動できる時間だ。だが、
「異常だぞ、あいつ。狂ってやがる」
レゼンはここで相手がどれだけヤバイ奴かを知れた。
此処野は近くの釣り人や子供達を惨殺した後、そこから現れる邪念を元にジャネモンを作り出した。通り魔に殺されるという無念過ぎる邪念で生まれた、怪物。
それ以上に怪物なのは、あれほど残忍で非道過ぎる行為をしても、1つたりとも邪念や罪悪感と呼べるものを掻きたてず、此処野とアタナが狂っていて、やろうとしている事が分かる。
「じゃね~~~~~、無念無念無念~~~!!」
無念で固められた邪念は子供が持っていたザリガニに取り付いて、巨大な怪物となった。此処野に殺された無念で動くのだから、マジカニートゥを襲ったり、あるいは捜したりなんかしない。だが、レゼンにはすぐに此処野がやる事が分かっていた。
イカレた思考に合わせてとる行動。
「お前を許せないじゃね~~~~!!」
アタナを振るって、自分で生み出したジャネモンを
「この俺に楯突くんじゃねぇぞ!!雑魚!!なぁっ!!弱者よぉっ!!」
突き刺し、自らを恨むジャネモンを屈服させる気だった。
暴力、虐殺、惨劇。そんな言葉が羅列できるほどの、凶悪で一方的な攻撃を仕掛ける此処野だった。
悲鳴があまりにも悲痛。
マジカニートゥもジャネモンの声が届いて、体に走る寒気を実感できた。
「じゃね~~!?じゃねじゃね無念~~~!!」
「"新種"かどうかしんねぇが。んなもんどーでもいいんだよ!この際な!!」
怪物を自分で生み出し、その怪物を仕留めるとは。ただの経験値稼ぎとも思えるが、雑魚狩りにしか見えない。
自分に抱えている負傷があるにも関わらず、狂気が上回って、通常に近い戦闘能力を発揮していた。
「ひゃはははははは、おらぁおらぁっ!!」
巨大な生物であるジャネモンをぶちのめし、心を折っていく此処野の姿は強者ではなく、狂人の一種を強調しており、無念で生まれているジャネモンの生存理由を変えつつあるほど、凶悪過ぎるもの。
恐怖に侵食されて、負の心がさらに侵食される。
左腕のハサミも刺し折られたザリガニ型のジャネモン。その時に、何かが千切れた音が此処野には聞こえた。ジャネモンの中にある瞳の色がさらに暗く落ち、屈服と服従を認めた。
「じゃ、じゃね~………」
「よーしよし、利口じゃねぇか。お前は弱者、俺は強者。命を決めてるのが分かったようだなー」
ジャネモンを召喚したのは此処野であるが、その原因を作ったのは此処野。
此処野に襲い掛かるのも普通の話しととれるが、屈服させたのは初めての事だろう。本来の使い方じゃない。ジャネモンの上に此処野は乗って、指示を降す。
「いいかー。マジカニートゥは川のどこかを泳いでいるはずだ。今からアタナが探りを入れて、奴を地上に上がらせない」
「じゃ、じゃねぇ~……」
「お前は素早くマジカニートゥに近づくだけでいい。殺すのは俺だからだ。水上ならお前、早いだろ?それだけが、お前が産まれた理由だ。この俺に逆らうために産まれたんじゃねぇぞ。勘違いすんな」
「じゃ、じゃね」
「おーし、じゃあ。やるか。アタナ!」
言葉は聞こえていないが、人間達などの邪念で生まれるジャネモンが、あんなにもボロボロにされるところを見て、怪物も生き物だって分かるような。酷い仕打ちだった。
「な、なに。あいつ。あそこまでやる?」
「イカれてやがるっつーか。生物や遺伝子、細胞の欠片もねぇ、クズという単細胞のそれに違いない」
より強い恐怖と心を折る苦痛で、相手を縛るという行為が……マジカニートゥ達に与えた恐怖は大きい。
ただ怖い。
ただ怖い。
死ぬよりも怖いのが、死が近づいてくる瞬間なんだろう。
いかに人を超えた力を持っていても、結局決めるのは強烈な強さを持ち、恐怖そのものを撒き散らせる奴なのかもしれない。
「"シャイニングレーダー"」
アタナが再びに宙に投げられ、光を川一面に浴びせる。その間にしっかりとマジカニートゥ達は潜水をして回避。10秒ぐらいの息止めを水中でするくらいのこと。
言葉は出せない中ではあったけど、レゼンと意思の疎通ができた。
「レゼン!」
「ダメだ。まだ、あと4分ある!」
此処野の狂気過ぎる作戦を読めなかったミスがある。だが、あれは常識的とか知恵を振り絞ったような策じゃない。いわゆる、非人道的な思考だからこそ、発想できる作戦。想定できないミスだった。
マジカニートゥの能力が使えるまで、あと3分52秒。4分以上も潜水なんかできるわけないし、此処野にジャネモン。両者が負傷しているとはいえ、マジカニートゥだって逃走で疲れている。
戦闘経験も雲泥の差。
仮に有利な能力を発現できても、ひっくり返されるのは読める。
だが、
「あんな奴に殺されたくない」
「!」
「あんな酷い奴、許せない!!」
マジカニートゥの目は言っている。悔しいという涙を流して、レゼンに言っている。
「あんな奴、人間じゃない!!だから、あいつを倒したい!!」
分かってる。気持ちは分かってる。俺だって同じだよ。
ジャネモンは俺達にとっては敵だけど、あーいう事をされる存在は見てらんねぇよ。
ブハァッ
だが、現実を見ろ。この今を見ろ。分かってるだろ。お前だって、そーいう震えが体に出てるって事。
震えているのは冷たい水温じゃないだろ。こんなにも冷たい人間がいるっていう、震えなんだろ!
「逃げろ!岸まで泳ぐんだ!」
「うううぅっ」
アタナがいるんじゃ、透明化でも隠れることができない。
"WakeUp,Baton"を出せば、なんとか逃げ切れるかもしれない。だが、残り3分以上!
「生き残るんだ!マジカニートゥ!!今はそれだけ考えろ!!」
「分かってるよぉっ!」
叫びもあったが、此処野の目も良かった。
「おーっ!あんなところから現れやがった!おい、ダッシュで追いかけろ!泳げ泳げ、ジャネモン!!」
「じゃね~~~~」
恐怖から逃れる術は、その恐怖に従うことだけ。そう教えられたジャネモンは、まっすぐに泳いでいるマジカニートゥに進んでいく。
「おーっ!ボート並に速いな。ザリガニって水中の生物だったっけ?」
マジカニートゥが岸に上がるよりもはるかに速いし、能力の発動までとても持ちこたえられそうにない。
「はぁ、はぁっ」
必死の泳ぎと、此処野へのあまりの恐怖もあって、マジカニートゥも過呼吸になっている。苦しみがレゼンにもひしひしと伝わっている。そして、
「捉えたぜ!!このクソ女があぁっ!!」
此処野の攻撃範囲にマジカニートゥが入った。
バギイイィィィッ
「あ?」
金属音のぶつかり合いのような音が響いた。それでも、マジカニートゥは必死に必死に泳いで、川から這い出た。その時、いつもウザそうに頭に乗っていた奴がいない事に気付いた。
「なんだこいつ!」
「さっきマジカニートゥを侮辱した事も含め」
マジカニートゥの治療に自分の力を使い、さらに守るために力を使っている。
「俺もお前が許せねぇ!!」
レゼンは何か奇妙な力を使い、宙に待機したまま"空間を捻じ曲げている"ような現象で、此処野の槍が放った衝撃をどこかへ放り込んだようなものだった!
「レゼン!!」
「!馬鹿、逃げろ!長くは持たない!」
マジカニートゥには見せたくなかったぜ。こいつの次のステージ。だが、俺は分かったよ。妖精達との宿命で命を捨てるより、相棒としてマジカニートゥを護ってやりたい!護ってもう一度、サポートしてやりたい!!
レゼンの決死な時間稼ぎ。自分でも、足掻きであるのは分かっている。だけど、足掻けるのなら足掻いてやるさ。生きているんだからって言わんばかりの事。マジカニートゥは走る。レゼンの言葉とレゼンだからこそ、信じて逃げる。もう少しで時間がくる。
「邪魔だ!この妖精が!」
何をしたか分からなかったが、直線的な攻撃しか防げないと判断。此処野はマジカニートゥに目標を定めながら飛び、その間にレゼンを横から掴み取り、地面に押し付けて貝を割ろうとするように地上に叩きつける。
「おらああぁぁっ」
「ごほおぉっ」
此処野自身も川を超え、ヘロヘロながらも走って逃げるマジカニートゥを見て
「小賢しい事しやがって!!お前から始末してやるよ!!」
レゼンから仕留めにかかった。
能力を使うまで、あと1分以上ある。どうにもならない。どうすることもできない。アタナがレゼンに向かっていく。
グシャアアァァッ
もし、生きる事を諦めていたら、死んでいた。
護りたいって思わなかったら、死んでいた。
マジカニートゥもレゼンもそう思った。本当に諦めなければ分からない。そーいう世の中は、かなり少ないものであるが。諦めた奴が成功したという事例は一度たりともない。
アタナが突き刺したと思ったが、鉄がグチャグチャにひん曲がって、汚いプレスをされたような形となっていた。無論、そんな衝撃を片手で受け止めたのだから、その損傷は酷い。
乙女は両の目から薄っすらと、小さな涙を零しながら、此処野を見ていた。
此処野はその手にやや、恐れを見せた。
「お、お前は……」
すーっと涙が出た目を、こすって拭いた。そして、死の宣告。
「あたしもあなたの事が大嫌い」
此処野の顔面への平手打ち制裁。
それは吹っ飛ばした衝撃で、地面に此処野がバウンドした跡を付けるほどの威力。
ドゴオオオォォォォォッッッ
「!……はぁっ……」
「はぁっ……はぁっ……」
どうしているかは分からなかったが、助かった。本当に。本当に危機一髪。九死に一生。
そして、ここにいる理由も。思い起こせば分かった気がした。
「"ごめんね"、マジカニートゥ」
「レンジラヴゥさーーん!!助かりましたーーー!!」
「た、助かった……のか……」
グテーっと、倒れ込むレゼン。喜びをあげる、マジカニートゥ。
現れたレンジラヴゥは2人のいちおの無事を確認し、川にいる恐怖に怯えたジャネモンと
「じゃね!」
すでに負傷していたが、それでも起き上がってくる此処野を睨みつけた。
「こ、こ、これはこれは。一段と胸がでかくなってるもんだなぁ……ええっ?レンジラヴゥ。いや、白岩印!!」
2人の窮地を救った、レンジラヴゥ!
一転して、窮地に立たされる此処野。
◇ ◇
ガクゥッ
「!」
や、やべぇ。今の一撃、効いた。レンジラヴゥの奴、強ぇな。マジで。おっぱいがデカイだけのアホじゃねぇ。
起き上がった此処野であったが、膝が言う事を効かず、もたつくように倒れた。ほぼほぼ狂気で動いた体だっただけに、絶望に陥ると酷く脆くなる。精神が体を凌駕した状態はダメージを深く追っても、気付くことが遅く。一度倒れれば、もう立ち上がることを許さない事もある。
そして、近づくレンジラヴゥ。どう考えても勝てそうにない。だが、
「テメェの愛だの恋だのは、ふざけてやがるよ」
アタナを杖代わりにし、此処野は立ち上がった。確かに勝てない。連戦過ぎる上にこんな強敵が最後なんだから、お手上げである。だが、
「世の中、強いか弱いか。生きるか死ぬか。お前のおままごとには、出会った時から反吐が出てた」
粉雪ならば、こんな悪足掻きなんて一切させずに、此処野にトドメを刺しただろう。
キッスでも同様な気がする。此処野に関しては、悪一色でしかない。
だが、白岩印。レンジラヴゥはこんな人間界のどクズを前にしても、寛容な精神を持って、彼の言葉を待っていたようだった。
「俺を殺すか!?あぁ?愛だの、恋だの!テメェのやり方で、この此処野神月を殺せると思ってんのか!?」
言いたい事はそれだけか?
「あたしはそれでも、あなたを殺したいと思ってない。でも、大嫌いです。そう思える、たった一人です」
「はっ」
「だって、あなた。中二病こじらせすぎじゃないですか。確か17歳ぐらいですよね。恥ずかしくないんですか?世界を壊すとか、殺戮ひゃっはーとか、今だに言ってるなんて。馬鹿丸出し」
そこかよ!?
「戦う理由を表現するなら、此処野くんが言っているという。愛を持って、恋を抱いて、大好きになるって力を分からせてやるって!!」
バヂイイイィィィッ
レンジラヴゥは再び、顔面への平手打ちで、此処野をぶっ飛ばしていく。
「いつも悲しい相手に教えてあげるんだ!人を傷つける事だけで、自分を表現するようなあなたに!!私は絶対に負けない!どれだけ強いか!どれだけ温かいか!愛って無敵なところ!!弱い者虐めだけでイキがっている、あなたに教えてあげる!!」
弱っている体だから、ちょっとした手加減を感じる。
「やっている事は俺と一緒にじゃねぇか。はははは」
フラフラな体でも起き上がってくる、此処野。無茶苦茶しぶとい。
それぐらいレンジラヴゥが手加減していて、伝えようとしているのかもしれない。
だが。
「頭おかしすぎて分からないんだね、ホントに可哀想な人です。愛を分かってくれないだけで、悲しい」
「あ?」
此処野が起き上がってこれるのに、彼の強靭な精神力があるという理由もあるが。ただ普通の平手打ちでぶっ飛ばしているわけじゃない。レンジラヴゥのやり方は、ホントに異端に思えた。それができるから特殊と言えるし、粉雪の残虐性とは違った現実的な力の差というの分からせるやり方。
ホントにこの人は伝えている。
「"今"は治療してあげてるんだよ」
「………て、テメェ……」
此処野の体に力が入ってくる。攻撃しながら、回復させるという行為は
「これであたしは、全力に近いあなたを何度でもぶっ飛ばせます」
「!!」
ボゴオオォォッ
これまでの2発とは明らかに違って、此処野の鳩尾にグーパンチで殴り、血を吐かせる。弱っている相手に使うと貫通しそうだから、少し体力と疲労を回復させただけ。
「ぐおおぉぉっ!?」
こ、こいつ!えげつねぇこと考えやがる!!まさか、このおっぱいデカイどアホ女のくせに。この俺を全力で戦えるようにしながら、俺を
ドゴオオォォォッ
痛めつける気か!?何度でも敗北させる気か!?
「この」
「やああぁぁっ!!」
スピード、パワー。所謂、運動能力面のみで、此処野の持っている戦闘能力を圧倒していく、レンジラヴゥ。テクニック、武器、殺人意欲、狂気。レンジラヴゥがほぼ持ち合わせていない点では、此処野は見下ろせるほどの差を持っていた。
バギイイィィッ
「ぐぅっ」
俺のガードごとぶっ壊して、俺の攻撃ごと正面から攻撃して、この俺を意識してムカつく事をやってくる!
なんだこの野郎!!テメェ、……テメェだけは
「この俺を全て!ひ」
パギイィィッ
此処野が吼えた瞬間。猛った威圧すら天然に流し、彼の頭を叩き割ってやる威力での飛び蹴りをかまして、川の中へぶっ飛ばす!いや、ぶっ殺していると言える手応えの音だった。
あの人だってあんな攻撃もするのかって、マジカニートゥは今。自身の能力でレゼンを本気で治療していた。
「つ、強い。強すぎるよ、あの人。レンジラヴゥさん。此処野って人がムシケラみたい」
「……シットリ戦の方が強かった。あれでも本領じゃない」
レゼンが唯一、警戒しているのは未だに此処野が、"妖人化"をしないで戦っている事だ。アタナの能力を駆使しているところを見るに、此処野もなれることは確か。使わないのは特殊な形態だからか、あるいは奥の手とは違った、不便で使いどころが難しい理由か。
そんな事を考えながら、戦況を見守る。すでにレンジラヴゥの勝ちではあるが、あの人は勝ちとか負けとか。結果なんて事を見せつけたいわけじゃない。
川の中に沈んだ此処野が瀕死の状態で浮き上がってくる。三途の川とは違い、その辺の川をゆらりと流れるところ。とても心配そうな顔で殺した張本人は救出し、コンクリの上まで運んで優しく、膝枕まで御奉仕し此処野を治してあげる。
「愛は人を救って、恋は人に希望を与えるよ」
頭の致命傷を治してあげて、その言葉がこの馬鹿頭を持つ此処野の耳と脳に届く。それを思った後!
「そして、これが此処野くんの気持ち!!」
ドゴオオオォォッ
意識を取り戻しかけた此処野に頭突きをかます。再び朦朧とした彼の胸倉を掴んで、自分と一緒に立たせて。
空いた左手で往復ビンタをかます!
「これって楽しい!?何が楽しいの!?私、痛いよ!!疲れちゃうよ!」
やりとりに恐怖が少ないのは、コミカルなレンジラヴゥの攻撃と、此処野というゲス野郎がやられているからだ。トドメにトドメに重ねて
「分かった!?此処野くん!!」
地面に叩きつけて、見下ろすだけにしてくれるレンジラヴゥ。粉雪なら金的とか、急所を抉りとるとかの攻撃をしただろう。狂気に狂気で対抗するような、争って生き残った者を勝ちとするやり方。ただ、
「こんな暴力はいけない事だよ!分かるでしょ!?」
たぶん、此処野は2回くらい、あんたに殺されてると思うけど。
とてもマジカニートゥ達は口が裂けても言えなかった。
「自分は強いんだ!って威張り散らしたいためだけに!!まだ弱い人や無関係な人達に向かって槍を振り回してるのは、危ない人間だって誇示してることよ!!そんなに強くないよ!此処野くんなんか、雑魚だもん!!」
いや、あんたが強すぎるだけだ。
「どーして分かってくれないの?痛かったでしょ?殺しなんて、弱い者虐めなんて、止めなよ!死ぬって愛も恋も届かない事なんだよ!人は、誰だって恋を抱けるのに……。そんな気持ち、分からないまま。命を奪える、あなたの事が分からない……」
この人、優しすぎるけど。あまりにも、アホのせいで厳しすぎる。きっと、此処野だけは此処野自身で思っている。悲しすぎる人を見て、泣いてあげるレンジラヴゥが鬼畜にしか見えない。
そして、治してあげるところも。本人の優しさが、人間を外れた相手を傷つけているということ。
「愛を持たない此処野くんは誰も救えない。それは此処野くん自身も……いつか、伝わって欲しいな」
「………わかんねぇよ、どアホ!!」
倒れている状態からアタナを召喚し、涙ぐんでいるレンジラヴゥの顔面へと向かわせる。だが、それを見てから平然と。綺麗な右のカウンターをとって、
ドゴオオォォッ
此処野を地面にめり込ませるほどの、一撃を叩きこんだ!
「……それじゃあ、檻の中にいようね?」
マジカニートゥの危機を救った、レンジラヴゥ!
此処野を圧倒し、逮捕することに成功する!!
「じゃ、じゃね~~~」
「……ごめんなさい、私のせいで。生まれたく、なかったよね」
「じゃねじゃね」
そして、此処野が完全に倒されたところを見たジャネモンは、無念さが晴れたおかげか。綺麗に浄化していった。ほんのちょっぴり、救われたような気持ちで去っていく。
レンジラヴゥの清らかな気持ちは怪物すらも浄化する。
◇ ◇
そして、こっちも決着が見えて来た。
「おらあぁぁっ」
「っ!!」
分厚い拳が、分厚い大剣を押し切る。傷の数はヒイロの方が多い。
ヒイロVSナックルカシーの勝負も、此処野の敗戦と共に終戦した。
その一部始終。ややナックルカシーが圧していたような状況であった。
「見えたか、ヒイロ。此処野の光が見えなくなった。キッスか、粉雪か、白岩か。その誰かが奴を倒したんだろうな。此処野を倒せるとしたら、それくらいだ」
「……続けよう」
「いんや、遠慮する」
ヒイロもレンジラヴゥ同様に、自分自身の回復手段を持っている。互いに戦闘中に回復や治療、再生ができるというのは早期の決着は難しく、"十妖"のトップクラスが援軍に来るとあっては、分が悪いのはナックルカシー。それに茂原の方が片付いたら、ブレイブマイハートがここに来るだろう。
「元々、あんな馬鹿に"任せた"のはそのためだ」
「ナックルカシー。君は、レンジラヴゥが来たことを感じているな!」
「そーいうお前もそうだろ?俺とは違う意味でだが……」
冷めた心になって、いつものように逃亡をしようと、菓子を口にする。
正直、対峙したヒイロからして
「君は此処野と違って、強くなっているな。また一段とね……。私とレンジラヴゥに、あの時。敗北した時よりも、強いよ」
「こー見えてまだまだ成長期なんだよ」
昔の傷を思い出させるような事を話しておいて、留めようって魂胆か。
単なる敬意か。
「正直に言うが、俺はお前達ともう戦う気はない。十分に知れた。本番でも出会わないだろ」
「…………」
「俺の相手は、佐鯨。次に粉雪、キッスだ。嫌いな奴から順に消すつもりだ。お前等2人は別に嫌いじゃない。他は俺より格下、興味ねぇ」
「佐鯨を相手にするのは偏見が過ぎるんじゃないか?」
ヒイロは知っている。録路がなぜ、佐鯨を固執するか。それは妖精のためでもない。
佐鯨の評価をどストレートにヒイロは、録路に伝えた。
「彼の真っ直ぐな熱い心は、とても白岩と似ている。私は彼の成長が楽しみだよ」
「白岩にはお前がいただろ?あいつには何もねぇし、結果何も考えがない。頭のない力ってのは、簡単に未来を潰す。馬鹿に任せる正義なんてな、未来にあっちゃいけねぇ」
「これから身につければいい!そんなこと、分かるもんじゃないか!?」
「誰が身につけさせんだ?その頭に仕込む、"ちゃんとした正義"は。どーせ、キッスか粉雪だろ。総まとめに世間様かい。自分達の都合の良い正義のため、だろ。利用する気だろ。強いだけが取り得の奴」
因心界という組織を見れば、録路はそー判断している。
これより先を見て、佐鯨がいずれその位置に座るのは分かる。しかし、ヒイロはきっと違うと見ている。言葉にもした。
「それは違うね。本当に偏見だ。まだ未来は分からないのに……彼だって勉強すれば、偏差値10ぐらいアップするよ。合計、54くらいにね」
「お前がアホ以外にも抱えられるのか?」
「ふふっ、私でもないよ。でも、分かる事がある。とても怖くて嫉妬深くて可愛い子が、熱血漢だけど無自覚な佐鯨のこれからを支える、そんな未来は明るいと思うよ。結果は、あそこの水道局で分かる」
激闘と激闘。
ヒイロがその場所を指差した時、佐鯨VS茂原の激突が始まった。
次回予告:
白岩:ホラ!此処野くん!次回予告だよ!起きて、言いなさい!
表原:し、白岩さん!彼、気絶してるんですよ!
白岩:だったら、眼を覚ませばいいじゃん!次回予告をしなよ!此処野くん!
表原:何回ビンタしてるんですか!その人は死んでいいけど、死んじゃいますよ!!
白岩:もーっ、この程度でイキってるのは良くないよ!
表原:白岩さんの方がめちゃくちゃ暴力的なんですけど
白岩:それじゃあ、私達が代わりに、次回!
表原:『引きこもり不謹慎馬鹿をぶちのめせ!佐鯨VS茂原!』です




