Aパート
「あんたぁねぇ~、やりすぎですよ」
病院で両目の間が小さい40代ってところのおっさんは言う。
「相手、中学生でしょう?これ軽い暴行罪ですよ」
「待って待って。それないでしょー」
網本粉雪は病室にいた。表原麻縫は気絶させられ、因心界専属の病院に運ばれた。
担当医である古野明継は表原の様態を報告する。
「私は医者じゃないんで、分かりやすく。頭部の損傷、両腕の破壊。胸骨は5本。内臓も傷付いているね。ほぼ無傷なのは、左足だけってところですか。残りは重傷」
「私がやったのは、3発!その前に負傷していた可能性があるでしょ」
「でしょうけれど、相手を不意打ちしたんでしょ」
「こいつが透明になってるのが悪いのよ。手加減できるわけないじゃない」
「あなた時折、立場を忘れすぎじゃあないですか?そこのところ注意した方がいい。何かと有名人には、色んなものが来る」
お説教にしちゃあ、随分と気にしているところを突いてくる。
ともあれ、あれだけの攻撃でなんとか入院程度で済んだのは良かった事だ。
「……………」
表原の腹上で妖精のレゼンが、彼女の意識の回復を待つ。
身体の傷も深いが、それよりも危険に思っている事がある。
コンコン
「どーぞ」
「失礼します」
病室に現れたのは野花桜。お見舞い用のお花、退屈しない軽食も携えて来た。
彼女があの現場に向かっているところ、レゼンがコンタクトをとって表原と無事に合流できた。
「野花さん」
「レゼンくん、ちょっといいかしら?」
「!もしかして、涙キッス様とのご連絡がとれたんですか」
「それもあるのだろうけど、詳しくはあなたが本部に来てからで良いと報告されているわ。今日中に正式な使いもここに来るので、しばらくは表原ちゃんの様態を見てほしいと」
「……そうか。ありがとう」
「……さっきからこっち見て、なに?野花」
「粉雪はやりすぎ、はい」
「しょうがないじゃん!!」
またですかって、顔してプンスカな粉雪。
彼女にも差し入れのガムを渡す野花。
「古野さんもどうぞ」
「おお、悪いねぇ」
対して、治療をしている古野には、丁寧に剥いたバナナの細切れ。つまようじを刺して食べやすくしているもの
「レゼンくんは食べるタイプなのかしら?」
「ぼちぼち」
妖精の種類にも色々いる。
レゼンのような妖精などの生物的な活動ができる種類もいれば……
「なら良かった。私と古野さんの妖精は食事をしない物体型の妖精だから」
「色々大変だよね」
古野が内ポケットから取り出したのは眼鏡ケース。
それを机の上に置いて、開けて取り出したのはサングラス。このサングラスが古野の妖精である。
「!もしかして」
『!!お、お前はレゼンか!?お前!人間界に降りて来たのか!』
「サングか!?因心界に身を寄せていたのか!嬉しいな!……おっと」
「どうやら知り合いだったかい」
物体に意志を宿る、物体型の妖精などもいる。
この手の妖精は自ら行動や発言に制限が課せられている。妖精にも生まれという残酷もあるものなのだ。
「私以外とは会話ができなくてね。ホントに良かったな、サング」
妖精同士の会話は可能である。サングは人と妖精の声を聴き取れるが、妖精にしか声を飛ばせない制限がある。
妖精との適合者となら会話が可能となる。不便は相変わらずであるが、食事制限はないし、不健康という状態はない。(それでも、汚れや傷は気にするけど)。
『サイズ、チェーンジ!』
サングは……というより、物体型の妖精は自身のサイズや形を変化させる事ができる。生物のような複雑な物に化けられないが、サイズ変更はお手の物。
サングは小さなレゼンにも掛けられるほど小さくなって、自分をかけてくれる。
「こほっ」
先ほどのように。人間にも通じる言葉で話せば、五月蝿いし、人間達には伝わらないからおかしくなる。
妖精の言葉と伝達手段で会話する。
『ホントに久しいな。サング!』
『といっても、1年ぶりじゃあないか。お前と同じ勢力でよかったよ』
『それはお互いそうだぜ。お前が仲間なら回復はお手の物だしよ』
サングの能力は主に回復をメインとしている。
傷付いた表原を治療するほど、強力なものである。
『良い人に恵まれたんだな!』
『お互い様だろう。物体型にしても、生物型にしろ。適合する人だけでなく、妖精と人で合うこと合わない事がある』
『俺はまだ1日も経っていない。そこはまだ分からない』
妖精だって、社会があって秩序がある。人間同士がいがみ合えば、戦いたくない妖精同士の戦いもある。意志や行動を持つのは人間が大半である以上、受け入れるのも辛い事がある。
「なんだか仲が良くて、サングの奴。良かったなぁ」
「携帯するにしても、ケースに入れる他ないですしね。まだ、眠れる事ができるのが救いですけど」
妖人となった者達の大半が、その妖精を携帯化する事が義務付けられている。妖精が手元になければ、変身することができない。かといって、常に変身し続けることも難しい。
「それじゃあ、この子とも仲良くしてね。レゼンくん。サングくん。あなたもたまには私以外と話して」
続いて野花が、自分の妖精を下ポケットから取り出した。
妖精同士のコミュニケーションもストレスの解消に繋がる。
コトッ
「…………」
「…………」
レゼンの名は広まっているが、現在という中である。同期や少し上、少し下の世代の妖精には伝わっているし、顔も姿も覚えている。
野花は古野よりも年下ではあるが、彼女と適合している妖精はレゼンよりも遥かに古参。
レゼンと同じ机に置かれた、野花の妖精。
その姿の上半身は、可愛いイルカ。
『君がレゼンか。噂は度々聞いているよ。あのサザンが認めるほどだとね』
『…………』
『……あの、失礼ですが。サザン"様"ではなく?』
『いいのいいの、サングくん。これでも俺、サザンよりも年上だから。君達の数百倍は妖精してる』
下半身は、……そのままの棒。でもなく。
踊ることができる。
ブイイィィィッ
『こうして有望な若手が誕生する事は良い事だよ。妖精の国が安定している証拠だ』
『おっ……お、お前動くな!震動すんな!!』
なんと、大人のバイブ。その姿をした妖精である。
「こ、コラ!セーシ!勝手に動かないで!!許したのは話だけよ!」
メチャクチャ恥ずかしがる顔して、彼を止めようとする野花。なんで出したんだと、人から見れば個人の女性の恥ずかしいところを見せてもらった感じ。それでも軽蔑ではなく、羞恥という意味で許せる値。
スイッチのONとOFFは、セーシの思いのまま。
『俺の名はセーシ。野花も因心界の幹部であるから、また協力する事になるだろう。以後、よろしく』
「うううっ。止めておけば良かった…………」
「野花ちゃん。彼を携帯している勇気は凄いね。サングはホントに優秀な妖精だった」
「いつでも持ち歩くなんて、毎秒欲求不満?」
ガム膨らませながら、仲間思いの煽りをする粉雪。
「うるさーい!これが妖人の義務なんですよーー!」
「分かってる分かってる、野花」
ホントにどうやってこのセーシと、野花は契約してしまったのだろうか。
『野花と毎日、上の口と喋れれば良かったんだけど。あいにく、人間状態だと下の口とでしか喋れなくてさ。少々憤りを感じているのさ。お互いに』
『俺、黙っておいてやるが。野花さん、こいつは圧し折って殺していい』
レゼンは聞こえない言葉で野花にアドバイスをする。
とんでもない妖精もいるようだ。自分の世界はまだまだ狭いと思い知る。
『セーシさん』
『呼び捨てでいいよ、サングくん。俺、上下関係に五月蝿くないからさ』
軽い口のフットワーク。
見かけがこんなんだから、適合者だけでなく、人として噛み合うのも難しい事だった。かなり長い事、1人で居た時間もあって。寂しさには辛く思えるセーシであった。
随分と妖精の国にも行っておらず、
『俺が人間界に来た頃はまだ、サザンは一度も人間界に降りた事がなかったからな。随分、景色が変わったと聞く』
『妖精の役目を終えるまで、故郷にも戻れないですからね』
『役目の途中で消滅、死亡するのも良くある話というか。不条理でもなんでもないですからね』
世知辛い妖精同士の世間話をする3人。人間から見ると、奇妙な構図としか言いようがない。
サングラスかけた妖精がバイブと喋っているんだから……。
その横でプースカプースカと、上手くフーセンガムを膨らませている粉雪。
「で。どーしろって?」
「丁重にレゼンくん、及び表原麻縫ちゃんの保護をお願いされたわ」
「忙しいんだけどなぁ~~~、活動あるし。友達は良いにしても、弟子をとれって……」
「彼女の意識を取り戻してからしばらく、面倒をって……キッスさんは勝手だよね」
「仕方あるまい。彼女には因心界のトップとしての役割であり、顔と心がある。表立って活動もできない」
戦闘力というものが全てではない。
その裏で活動をしなきゃいけない涙キッスにも事情もある。とはいえ、そこまで予想できなかったわけでもない。
「しょうがないね。起きるまでは待つしかないかな。持ち回しして欲しいけれど」
絶対にキャスティーノ団などの組織に拾われないよう、自分を向かわせた。
一目で目当ての妖精が凄まじいのも分かった。
断ることはない。
◇ ◇
"因心界"
そこは妖人となった者が集い、保護、管理、武力となって存在されている。
人間と妖精に双方関わり、社会に影響を与える。
妖人の力は強大であり、不用意な力は混乱を引き起こす。
そして、明確なる事実もある。
「あーっ、バスこねぇ。ふざけんじゃねぇよ」
世界は、超常現象とは思えぬことへの環境に移り行く。緩やかなる発展と似ている。
故に今ある法や規則も柔軟に取り入って、生物に求められる必要な適応を成し続ければならない。
命のダイヤルは回り続けるのだから。
「早く来いよ。急いでるんだよ」
ブイイィィッ
「あ?」
もういつも、何気なく手に持っているスマホもそうだろうか。もう周りとかいうレベルではなく、数という積み重なって現れた情報伝達ツールが、時代の1つを築いて、やがて崩壊していく。
生物も、社会も、科学も、全ては移り変わって……。
メッセージが入る。
『持ち主は通知を確認されました。邪念を感知しました』
「!!?」
『ジャネモンの生成を行ないます』
今まで抑えられた情報も、どこからか知らずに零れていく。
もう人々は知り始める。
社会にいないと思っていた、幻のヒーロー達がいること。同じく、そんなヒーロー達に戦いを挑んでいる悪の組織達。
「ぐああああぁぁっ」
生み出された邪念を糧に、自由意志が物や概念、また別の生物に宿す。
今、スマホを通じてその魔法という現実が解き放たれた。
パシイィィッ
黒く光り輝いて、邪念の意志を持って立ち上がる。
『時刻表ーーーーーー!!通りに上手くいかねぇじゃねーかよ!!』
バス停にあった時刻表に持ち主の邪念が乗り移る。
四足獣のように立ち上がって、道路に飛び出て邪念をぶちまけようとする。
『お前等がトロトロ』
プップーーー
クラクションを鳴らしたのはトラック。
ドゴオオォォッ
………忠告。
急にね、道路に飛び出しちゃあいけない。車は急に止まらない。紙でできた時刻表のジャネモンはあっという間に死んでしまった。身近な人間兵器によって命が奪われる。
「あ、あれ?なんだったんだ……?」
意識を失っていた人も、ジャネモンが死んだことで意識を取り戻した。
「ちっ」
その様子を近くの建物の屋上から眺めていた、舌打ち入れる古傷だらけの短パン少年。
「クソ弱い!つっかえねぇーな!トラックに撥ねられて、しまいか」
「韮本。玩具でも遊べねぇ馬鹿か?毛が生えたばっかのガキとどっちが良い?」
「うっせーな、デブ!豚!」
デブと言われるとすりゃあ、自分だってのを分かっている。録路空悟もいた。
彼が統括している、キャスティーノ団。
「もっと強力なジャネモン出して、こんな社会ぶち壊してやる!メチャクチャにしてやるんだよ!」
「んじゃあよ、もっと強いアイテム貸してやろうか。そいつでいくらやっても、生み出せねぇぞ」
ジャネモンという怪物を生み出すアイテムをいくつか所持し、構成員に配っている録路。
彼等の目的は意味もなく。ただただ、自分に積み上げ広げていく、征服欲と支配欲。
醜く、壊れろと。ふと思った事を実現できちまうこと。
食器棚にある全てをぶっ壊したい、無意味な破壊の夢を思うが如く。