Bパート
バサッ
「うーん」
もうかなり慣れてしまった病院のベットの中。毛布でレゼンごと巻き込んで眠る前の内緒話をしようとする表原だった。
「あいたたた」
だが、眠ることすらも妨害する体の痛みがあった。ジャネモンに巻きつけられた際、人間状態で受けてしまったため、かなりのダメージを負ってしまった。ヒイロの応急処置と、怪我具合がドクターゼットの能力が最も活きる怪我であったため、一晩寝れば復帰できるとのこと。
今日も色々とあったが、なにより一番は……
「レゼン。どーするの?」
「因心界にいるスパイを捜す話か」
こいつからそれを言われるとは、予想外であったレゼン。だが、表原にも理由があった。
色々とあってレゼンと出会い、今。色んな人と交流し、以前と比べれば前向きになれている自分を発見したから。
「私は誰も疑いたくない。人の顔を見ているの、辛いんだ」
「……何があったか聞かないが」
レゼンは表原を撫でながら、とても軽い言葉を投げかけて励ましてあげた。
「悩み事があると寝れねぇーんだろ」
「うん」
「俺は特に困ってねぇけどな」
実際のところ、この任務を受けているのは自分と思っている。
表原に不向きなのは分かっている。
「キッス様達の不安からそーいう答えを出してるかもしれない。お前の気持ちが答えだって思えるさ」
「そ、そうだよね。かも……」
「俺はあの寝手って奴を会った時からちょっとだけ、怪しんでいたが。あれがSAF協会の奴だったから、ちょっと残念に思ったぜ」
「そーなの?」
パーーーーッ
レゼンは表原には分からないように、このベット全域を仮想空間に引きずり込んで、誰にも干渉できないようにした。こんな話、誰かに聞かれたらマズイに決まっている。因心界の本部が提供している病院であり、古野がここにほぼ在住しているのだ。
"十妖"の中のスパイを捜せと言われている、警戒心を緩めちゃいない。
レゼンは今までの状況と経歴などを確認した上で、競馬の予想のようなことを表原に告げた。
「……ま、大本命は北野川だろうな。あいつは確か、因心界と以前にやり合っていた組織の人間だと聞く(キャスティーノ団の管轄じゃない組織)。他のメンバーとも、仲が良いとは思えないしな。特に上層部と」
「!」
「今回の任務でもあいつは急に参加したし、目的があったのかもしれない。証拠は何一つないが、スパイであるなら能力と適正もあるしな」
スパイという情報収集においては、やはり北野川が有能過ぎる。しかし、キャスティーノ団と戦闘、サポートに関しては彼女が、今のところ貢献度はトップであろう。
"萬"の小宮山とイムスティニア・江藤を撃退している。飛島達の危機も救った。
過去とかの理由も含めれば、レゼンの予想は大本命。だが、現在の状況を見れば大本命とは程遠い気がする。
「次に古野さんか、粉雪さんかな」
「ええっ?あの2人……」
「俺もハッキリ言うが、"十妖"にスパイがいるとは思えない」
古野の幹部加入は、比較的最近な方であり、本人の素性なども因心界はあまり分かっていないらしい。かつては一般企業のサラリーマンだったという経歴くらい。サングと出会ったのも、かなり後半な時期であり、それ以前のことはサングも知らないはず。
因心界の病院は彼が全権を握っている事もあって、情報を自由に取り扱えている。
そして、網本粉雪。
現在、キャスティーノ団の調査をしている役目を担っていながら、キッスが彼女にではなく、自分と表原にこのような依頼をしている事からキッスとして、彼女がスパイの類いではないかと推察している気がする。
革新党という政治団体の党首でもあり、実力はキッスと互角。妬みのような感情的な論理を紡げば、彼女も北野川と同様にスパイの可能性、適正があり得る。
「それとなんつーか、あの人。意外と録路を逃してるからな。潰す気ねぇーのかと、少し不審な気持ちにもなるさ。どれも仕方ないかもしれないが」
「それ言ったら、白岩さんもそーだけど……」
「あれは十中八九、アホだ。とはいえ、この2人も可能性が低いな。正直、想像が膨らみ過ぎてる」
理由がありそうだから、スパイ。……と疑えば、こちらが疑われるものだ。
「そーいう表原はどー思ってる?」
「あ、あたしぃ?」
「お前は誰が怪しいと思ってるんだ。逆でもいいな」
それだと少し気楽になってしまう。スパイじゃなさそうな人。つまりはアホそうな人。
「白岩さんと佐鯨くんと蒼山くんはないと思う」
「……あの三馬鹿は、まずありえねぇな。スパイなんかとてもできないだろう」
「頭が悪そうだもん」
「超毒舌だな。自分の事を棚に上げておいて……」
スパイを考えれば、今こうしてキッスに内通者がいるという予測を立てられている時点で、なんらかのミスがスパイ側にあったと考えるべきだ。
表原が言うように、立ち回りが下手だったり、直情的なタイプがスパイならすぐにボロを出すだろう。むしろ、キッスが把握してると感じる。
それともう1つ、レゼンは気になる事を表原に告げた。これがまったく分からないのだ。おそらく、キッスも同様なんだろう。
「表原、このスパイは何がやりたいと思う?」
「へ?」
「考えてみろ。キャスティーノ団の内通者として、どーして因心界と"萬"の戦いで、邪魔とかをしないんだ?いや、こっちも黒幕含めて、全員をとっちめる作戦だ。確実に自軍の被害を少なく倒す作戦」
「……………えーっと」
あーっと、ややこしい事を言ったから、表原が少しパンクしそうな表情になった。
レゼンはもっと手早く、分かりやすく。
「クールスノーとレンジラヴゥ、ヒイロの3名と同時に戦って、勝てる組織がいると思うか?」
「そんなのいると思いません!!……というか、キッス様もあの3名と同等の力を持っているわけだから、4人でしょ!無理ゲーです!」
「ああ」
「録路くんのナックルカシーも相当強いけど、あの4人の中の1人にも勝てるとは思えない。ううん。兵力を増やしたところで、どうにかなるとか思えないよ。分かってると思うしな」
「だな。じゃあ、なんでスパイはいる?メリットがあるか?作戦を事前に伝える程度なら、こっちとしては有利な事もある。戦力を削れるわけだからな。"十妖"の連中の能力は、キッス様以外は有名らしいしな」
感情的な否定を使った表原と違い、そいつの心理を考えての疑問を抱くレゼン。
「妖精を不正に人間界に送り込んでくる奴と、利害の一致があるとしても。どんな理由か想像がつかない。私怨って理由も、敵わないという現実を見れば分かるはずだし。サザン様が言っていた、SAF協会との繋がりも避けてるという話も、今日の一件で合ってる気がする」
「確かに因心界を倒したいなら、SAF協会だよね。あの寝手くんも人間で、粉雪さんが倒したけど、此処野って人もいたね。実力があれば、人間でも使う感じみたいだもんね」
互いに心の中にある悩みを伝えきると、解決せずとも何かスーッとした。坊さんに話しかけるだけで楽になるのは、本当なんだろう。
「ま、これくらいにして、寝ようぜ。内通者が動いてくれなきゃ、俺達は何もできない」
「そ、そうだね。まだ、あたし達しか知らない任務。超極秘任務!」
「気付かれない事も役目だもんな」
◇ ◇
トプンッ……
表原達が眠っている深夜帯。
明かりもない家の部屋にやってきたのは、
「はぁ~。あ、危なかった」
『まさか、シットリもいたなんて。いや、むしろ。そのおかげで助かったか』
イムスティニア・江藤。シチューの妖精、コクマロ。
なんとか液体化で逃げ切って、自分の隠れ家まで辿り着くことができた。パイプの中を自由に移動できるため、空き家などに侵入するなんて得意中の得意。
この隠れ家は空き家を改造し、自分達の都合の良い場所となっている。
江藤はテーブルの上にコクマロが入ってるタッパーを置いた。
また、暗闇の中でも台所にあるエプロンや、食材を手にとる。食べる事も戦うためには必要。多少の疲れがあっても、すぐに取り組む様は家政婦の鑑を感じさせる。
「ひとまず、シチューを作るね。コクマロが無くなったら、ルービュルになれなくなる。明日には飛島と北野川が追跡してくるのは容易に分かる」
『だったら、超特上の絶品シチューを頼む!』
「分かってるよ。私の腕を信じなさい。食材がちょっと日が経ってるけど、私の腕で」
ドウウウゥゥゥゥッッ
誰もいないはずの空き家だった。
「え」
テーブルを一瞬で切り刻む。それもタッパーに入っていたコクマロを、細切れに瞬殺するほどの攻撃。
唐突にして、あまりにも衝撃的な事に江藤の体はまったく反応できない。
江藤の心理を分かった上で、"その人物"は……
グイイィィッ
「!!ううぅっ」
背後に回り、"縄"で江藤の首を絞め上げるのであった。
その身のこなしと手際の良さ。完全な敵意がある。
江藤が手にとっていた包丁は離れ、自分の足に当たって、床に落ちた。
「あ、あ、あんたがぁ……」
縄を振り解ことしながら、相手の顔を振り向こうとしながら見る。江藤はすぐに、この人物が昔からいたとされる存在、
「ぐぅっ……私達の、……ボス、……だったの、ね……」
「…………」
「も、目的は……」
ドタァァッ
首を絞められての窒息死。
イムスティニア・江藤。その妖精のコクマロ。両名が死亡する。
あまりにも、一瞬過ぎる事件であった。
そんな惨劇が日常世界と、因心界の者達に伝わったのは、日が昇り始めた頃であった。
パシャパシャ
眩いフラッシュに太陽の光を浴びても、もう目覚めない。
公園のブランコに縄をぶら下げ首を吊って苦しみ死んだ、江藤の姿がそこにはあった。
散歩中の一般人が発見し、警察に通報。その情報をキャッチした因心界の関係者もやってきた。
「いやー、酷いねぇ。こんな若い子が自殺なんて……」
「なにか辛いことがあったんだろうか」
「いやいや。この子、可愛い顔してるけど。空き巣の常習犯だよ」
警察の一次調査の段階では、江藤の自殺という結果を出していた。
半日前に因心界との交戦。敗走。逃げ切れないと悟って、深夜の公園で自殺。動機は十分と言える。
「それはどーだろう」
「自殺するより、愉しんで生きる連中の集まり。こんなことを自殺の動機にするのは、疑問だ」
住民達を液体化させ瓶詰めにもした、江藤だ。今更、首吊り自殺をするとは、到底思えなかった。
「キッス様に飛島さん!まさか、あなた方お2人が足を運ぶなんて……」
「現場検証、ご苦労様です」
追っていた標的の一人が、こーいう形で発見されたのには驚きがある。
キッスと飛島は江藤の死因である、首の痣やその表情、衣類の状態に注目してみた。発見された段階では明らかな自殺に思えるが……
「首を後ろへ、捻ろうとした跡があるな。望んでいる首吊り自殺なら、こんな動きはまずしない。縛られている縄の位置も少し不自然だ」
「江藤のお尻付近にも、外でも中でもそうつかない埃、髪の毛が無数についてます。それと左足に、なんでしょうか?刃物の類いが少し当たった、切傷でしょうか?血が薄っすら出た痕が見えます」
相手からして、自殺の線は薄いと見ていた2人が見れば。
この江藤の死に方が自殺に見せかけられたものと、すぐに分かった。そして、江藤のコクマロはどこにもない事。こんなに早く見つけてくれと、思われるような死体処理の仕方。
その後の、詳しい検視は警察に任せた2人だが、すでに十中八九。
「殺人だな」
「そうですね」
江藤が殺された。という結果。
それだけじゃなく。
「この人物は、江藤の能力を知っていたんでしょう」
「飛島もそう思うか」
「抵抗するのなら、振り向かずに液体化する。妖人化してない時を襲われたと考えても、相手は江藤を知っていた事になる。しかし、江藤は相手を知らなかった」
「とすると」
動き出したか。
キャスティーノ団を裏で操っている黒幕が……。
「口封じと見るべきか、用済みとして扱われたか。いずれにしろ、江藤を瞬殺した黒幕は強いな」
「そうですね」
「この始末を"前者"と考えれば、"萬"の最後の1人。茂原伸が、黒幕について何か知っているかもしれない。用心してかかれ」
「はい」
イムスティニア・江藤の死。
取り逃がした失態を取り返す結果となり、喜びをあげる者達もいたが、緊張を走らせる者達もいる。
「あー、良かったー!シットリが出てきたからそれどころじゃなかったもんねぇー、ヒイロ!」
「そうだな。俺達の任務が達成できた事は良かった。しかし、印も気をつけてくれ。江藤の殺され方はキッス達によると、襲撃によるものらしい」
「おっしゃーーー!誰か知らねぇけど、敵を倒すヒーローがいるって事だな!」
「バカ過ぎでしょ、佐鯨。江藤は確かに悪い奴だけど、そいつを殺したのは正義とかないわよ」
「僕、江藤ちゃんのパンツ、見たかったなぁ~。ハーフの外人さんってどんなパンツを穿いてたんだろ」
「蒼山くんはそれしか感想ないんですか?」
全員が集合できたわけではないが、"十妖"は緊急連絡などを執り行った。
無論、キャスティーノ団の黒幕による犯行であると、警戒しながら任務に当たるための情報共有。当然ではあったが、妖人を倒した以上は妖人である事に違いない。
「粉雪様、この殺人をどー思います?」
「南空。私達だって似たようなこと。それ以上の数も、変わりないことしてるでしょ?大した事ないって」
車内でこの情報を受け取った粉雪と、車を運転する秘書の南空。
粉雪は悪い冗談を出しながら、ガムを膨らませ
パァンッ
「そーね。本当の殺人現場が分かればいいんだけど、まぁ。無理よね」
「そうでしょうか?公園までの道の防犯カメラに映っている可能性も……」
「手掛かりを残してるけど、犯人特定までは無理ね。キッスはそいつを黒幕と見てるけど、依頼された形も可能性としてある。公園に運んだ奴は別とかね」
膨らみ割ったガムを回収しながら、飲み込む。証拠を消しましたって、感じか。
粉雪はまたガムを取り出して
「事件はまだあると思う。この黒幕はまた、動きを見せる。因心界を嫌がってるのは事実よ」
「……………」
あくまで推測の域ではあったが、南空は粉雪に尋ねてみた。今調べている、革新党のネットワークを用いても、キャスティーノ団との繋がりがある可能性、あるいは協力者というのはいくつも見つけてはいるが。その肝心の黒幕であろう人物がまったく浮かんで来ない。
そんなこちらの不手際、手詰まりを、人のせいにするように
「因心界の中に、誰か。裏切者がいるんじゃないですか?」
「はっ……ははは」
食べたガムをすぐに吐きそうになるほど、笑ってしまう事を言われてしまった粉雪。
落ち着いてガムを噛んで答える。
「そんな馬鹿な人はいないでしょ。因心界を敵に回して、するメリットがある?見つけられないからって、スパイがいるとでも。南空!いくら因心界を嫌っているからってねー!」
「確かにそうでございますが、我々の情報網は国家随一。それを持ってして、得られない情報なのだとしたら、こちらの手の内をよく知っている人物かもしれない。という予想もできるのです」
粉雪が怒りの演技をしているというのを、養育者でもあった南空は見抜き、自分の意見を述べたのだった。
その姿勢に粉雪は薄く、喜びを交えた笑顔を見せて、
「ふふっ。やるわね~、南空。私、ず~っと前からその事を思ってたの」
「……意地悪な方ですね。ここに涙キッスがいれば、失望したでしょう。きっとその事実を知りたかったはず」
「あいつはもっと前から知ってるわよ。たぶん、私と同じくらいの頃に。大方、手をうってるはず」
「嫌にキッスの肩を持ちますね。私は、あのような人物が嫌いなんですよ」
自分が井の中を飛び越えた蛙のように、弄ばれている。それを申し訳なく感じつつ、粉雪の反応からして
「粉雪様、あなた。涙キッスがキャスティーノ団と内通していると、予想されているのですか?」
「う~~ん。そーね。無くはない可能性。でも、それはあいつも私に対して、思ってるんじゃない?」
「でしょうね」
キッスが表原を使って、独自調査をしているように。
粉雪もまた革新党の勢力を利用して調査している。
レゼンをマネるように、今現在。粉雪が思っている因心界にいるスパイ予想が告げられた。
「大本命はやっぱり北野川かな?次に、キッス。……経歴から考えて、古野。んで、ヒイロときて、飛島。……案外、野花だったりして?まー、私から言わせりゃ、どいつにしても理由が見えて来ないから。北野川だけって感じ。それもわずかなんだけど。ついでに、アホとバカも多いから可能性が低いと見てる」
「よーするに、仲間を信頼してらっしゃるわけですか。そーいうのはないと」
「当然よ。南空。万が一って。億分の一ってくらい。ただ、もし。そーなっていた時。一番、思ってるのわね」
そして、お互いに分かっている事は、因心界の中にキャスティーノ団のスパイがいることだった。どちらが先に見つけるか、それともスパイが逃げ切るか。
運命はどちらを選んだだろうか。
「仲間を裏切ってまで、やる目的がどーいうものか。理解してんのかって、私は言いたいわ」
「………そういえば、任されてましたね。黒幕退治。現状では、その内通者から辿る事になりますな」
「キッスからのお願いもあるしね。証拠とれたら、問答無用。仮に相手がキッスや白岩、ヒイロ、サザンだろうとね」
汚れ役だけど、キッスと違って私は好きな方だから。あいつに代わって、YESをとった。
「どうやって、殺してやろうか。私をナメ過ぎじゃない」
「そのお顔。国民の前では晒さないでくださいね。評判に響きます」
「あら?あなたが教えてくれたじゃない」
◇ ◇
「びっ、ビックリしたニュースだね。レゼン、ルルちゃん」
「ああ」
「逃しちゃったから、マズイなーって思ってたけど。ひとまず良いのかな?」
江藤の死亡ニュースは表原とレゼン、ルルの3名にも伝えられた。
その概要の方は
「一件落着でもあるけれどね」
古野明継からもらったものである。
「とはいえ、まだ楽観できるものじゃない。それでも珍しく、表原ちゃんは出かけるのかい?調子は大丈夫かい?」
前回では妖人化したが、直接的な戦闘はあまりしていない。
また、シットリが召喚したジャネモンの攻撃を生身で喰らったダメージ。少し前なら動けないとしたら、わずかでも動かなかっただろう。
「古野さんから治療受けましたし!別に本部に顔を出すだけです!」
「あ、あたしだって!大丈夫だから!」
ルルも張り合う形で、共に本部に行く話になっていた。
「車の送迎や出迎えとかは無理だよ。飛島は最後の"萬"、茂原の捜索に行っている。太田さんは休暇。野花さんもまだ休養中」
「バスで行きます!」
「敵が来ても、返り討ちにするし!」
「……元気だ。若いねぇ、2人共」
少し羨ましい言葉を置いて、古野はいつもの勤務に入る。
表原は治療されたところをもう一度チェックしてから、準備に入る。朝から気持ちが入っている。
きっとそこには自分を頼られているという、経験の少ない事があるからだろう。
「よーし!」
やれることは、みんなと交流してみること。
昨日の白岩さん達。他にも古野さんや粉雪さんのみんなの中に、キャスティーノ団と通じている人なんているわけがない。"萬"はあと1人だし、チャンスは本部の壊滅作戦と合わせて、2回だけ!わ、私が分からなくても、レゼンがなんとかしてくれる!
「そーいう目で見るな」
「頑張って!」
「本部に行くのは良いな。江藤の事件も気になるし」
表原の行動は極秘のため。ルルと共に本部に向かうが、彼女には一切話していない。
そのルルは……。
「あたしも準備しよー!」
きっと、この戦いが終わったら、表原は"十妖"に昇格するんだろうな。悔しいけど、表原が情報を持ち帰ってなかったら、あたしは死んでた。
失敗続き。それを取り返すためにも、表原に負けないためにも。先に"萬"の茂原を倒す!きっと、キャスティーノ団の本部攻撃は、粉雪さんや白岩さんが参戦するだろうから、あたしはただの壁役で終わっちゃう。近づくためにも、表原と行動した方がいい。きっと、表原だってそう!ぜーったい、あたしもこれが終わったら、昇格してやるんだ!お姉ちゃんのためにも!
「………」
年の差はそこまでないし。これからも良い友好関係を築けるような気がするが、どこか噛み合わない気がするとレゼンは2人を眺めて思った。
自分の事を考えている表原と、周りの事を意識しているルル。
育ちの違い。環境の違いがあるんだろう。涙家と言えば、レゼンの上司であるサザンとの関係性もある一族の血を引く存在。
こちらの考えを探っている感じでもないため、このまま一緒に行こうと思う。
2人の準備が終わり、いざ本部へと向かう。
バスに乗って25分ぐらい。本部内には食堂もあったため、そこで昼食。
「SAF協会に狙われている事もあるし、本部にいた方が安全だな」
「そ、それもあるね」
聞いた話であるが、涙キッスと太田ヒイロ、飛島の3名は本部で暮らしている事もあり、防衛力はハンパないだろう。他にも白岩、蒼山などの幹部も本部にいる事が多いとのこと。
「あ」
「どした」
「いや………、うーん。白岩さんや飛島さんはしないよね?蒼山さんに」
「あれか。寝手とかいう奴からの伝言か。蒼山に伝える、あれか」
「あたしとしては、あの人に会いたくないんだけど」
いきなり調査しに来たとは言えないし、どこにいるかも分からないが。
「蒼山さんならこの時期、本部にいると思いますよ。たぶん、商品開発部に」
「因心界のグッズ開発も担当しているんだったか」
組織運営は国家からの資金だけでは足りず、知名度、親しみやすさも必要なもの。
警察や消防士が月に何回か、学校の校庭を借りて、避難訓練や防犯講習を行なっているような感覚で、因心界も様々な手段で国民達と交流している。
ルルに案内される形で本部にいる商品開発部、及び営業部に入っていく。そこの受付に聞いて見る。
「ルルです。蒼山さんを捜しているんですけど、こちらに来てますか?」
「蒼山くんですか。彼なら本部の私室にいるはずですよ」
「私室ですか……」
「行きたくない顔してますね。ロクでもない部屋ですよ」
受付さんにアッサリと言われるから、
「呼んでもらってもいいですか?伝言でもいいんですけど」
「構いませんよ。というか、蒼山くんに用があるなんて、珍しい方達ね」
「そーだよ!表原!蒼山さんはお姉ちゃんから気に入られているけど、一番の変人じゃんよ」
「いや、私が悪いのかな?」
というか、とんでもないビックリ事実を聞けた。ルルが言うのだから、そうなんだろう。能力が特異なものだからって、あの人格を許すのも大変な度量が必要である。
「ほら、その。ルルちゃんだって聞いてるでしょ。今は関係ないかもしれないけど、寝手って人から蒼山さんは因縁をふっかけられてるわけだし……いや、自分で言っててそうだけど。あのど変態に因縁があるみたいな雰囲気ってね」
「犯罪の匂いしかしない」
「ま、まぁね。その。まず、簡単な事から終わらせようよ。茂原って人の居場所も分からないし」
「むー……」
受付さんが蒼山に連絡を入れ、ここにやってくるようにしてもらった。妖人である事も気遣って、談話室を空けてもらった。
待つこと10分。
ガチャッ
「やっほー!初めて女の子に呼ばれて、興奮して来ましたー!」
『きゃっほ~!レゼンとターメくんに呼ばれてま~す』
めっちゃハイテンションで入って来た、蒼山と相方のカメラの妖精、フォト。
自分の漫画だろうか。それが入ったクリアケースを持ってここに来てくれた。ぶっちゃけ、興味ないし。遊びに来たわけではない。
「あ、大した用事じゃないですよ」
「え?」
「飛島さんから伝言を聞いてたりはしてませんか?」
「あいつ、捜索に精を出してるし。会ってないな……いや、そんなのどーでもいいさ。こんな僕にも春の季節が」
「ないないない。それはない」
「というか、同じ幹部から誰からも伝えられていないって、蒼山さんって友達もいないって事が分かりました」
「なんだろう。僕、罵声を言われるためだけに来たのかな~?」
ハイテンションぶりを一気にぶっ壊す、表原とルルの対応。
気を取り直して伝えたのは、表原だった。まず、とはいえ。
「あのこの間、SAF協会と接触しまして。そこにいる人から、蒼山さんに因縁ふっかけて来ましたよ。それのお伝えです」
「ええっ!?」
「大方、ご家族が盗撮被害に遭ったとかじゃないですか」
「いやいやいや!そんなことしてても、僕は捕まらない!!」
「してんのかよ!!……まー、そこは置いておきますよ」
蒼山の反応は驚きであると同時に、
「因縁なんて。僕、なんか悪い事したかな?」
ワザとらしく誰かの下着を取り出して、2人の目の前で弄り始める。それが悪い事だってわかんねぇのか?
だが、
「友達とかいない奴に、因縁ふっかける奴がいるとは思えないな」
「レゼンくん、酷くない?なに?僕の事、友達いないって?そう強く思い込むなよ。……傷付くぞ」
検討も付かない顔が出ていた。
裁判でも起こされていても、おかしくない人間だが。因縁というのは、それだけ責が込められてなければいけない。金や時間じゃなく、魂を削ってぶつかり合うものだ。
「名前は?」
「寝手食太郎って言ってましてね。ボーっとした表情で、背は蒼山さんより大きくて、顔も良くて、性格も気だるげでしたけど、傷付いた仲間を護るという蒼山さんにはできない心の持ち主でした」
「ついでとばかりに、僕をディスるの止めてくんない?相手も可哀想だ。しかし、まー」
腕組みし、背もたれに寄りかかりながら、蒼山は表原達に聞き返してもしょうがない事を言った。
「寝手食太郎か~…………なんだその、ニートをやるために生まれたフルネームは?」
「それは言わないお約束ですよ」
「蒼山ラナも相当なフルネームじゃないですか。女の子って言われても、おかしくない名前なのに。ど変態男オタクが使っていい名前じゃないです」
「さすがにそーいう名前だったら、頭の中に残るもんだ。でも、聞いた事もないぞ」
「ホントかよ。じゃあ、なんで相手はあんたを指名したんだ?」
因縁なんて知らないという面。
虐められた人間ってのは、
「辛いことを覚えそうなもんだが」
「勝手に虐められっ子の妄想を抱くもんじゃないよ。こう見えても、常に女子から悲鳴を浴びて育ったんだ」
「嫌われてんじゃねぇーか」
「予想通りだよ!」
「生まれつき、そんな性格してるんですか!死んだらどうですか!?」
「おかしいな。君達、僕の扱いを知らな過ぎるんじゃないかな?」
凹んでいる言葉を発しながら、くんくんとパンツを嗅ぐマイペースぶり。
伝えるべきことは終わって、ちょっとだけ優しくしてあげる表原。
「気をつけてくださいね。私達があなたの顔面を引っ叩きたい事よりも、怖いこともあるかもしれないんですから」
「……ははは、おー怖い。いや、初めて人に狙われるな」
「SAF協会の関係者ですよ!シットリと行動するヤバイ奴だったんですから!……正直、あたしは嫌いですけど!お姉ちゃんは、あなたの事を認めてるみたいですから!変な死に方だけは止めてくださいよ!」
「……えっ!?マジ!?キッス様、そんなに僕の事が好きなの!?」
「どーいうミラクル変換ですか!?」
結局、蒼山と寝手の因縁は表原達にはよく分からないまま、終わってしまった。
その後、蒼山からモデルをやらないかと誘われたが、遠慮なく断った二人。
持ってきた道具はそれ専用だったか。
◇ ◇
その頃、SAF協会のアジトにシットリが戻ろうとしていた。
「ここまでにしろ」
「ん?」
直前で一緒に来た寝手に告げる。
空間を割っていようと、伝わってくる無邪気な原動力。
「ルミルミ様が目覚めていらっしゃる。お前の実力は買っているが、ここに踏み入る事は別の資格がいるものだ。人間じゃないという資格がな」
「信用していないわけか。まだ、ここの詳しい仲間に会ってないしね。ルミルミちゃんとシットリにしか会った事ない」
「そーいうことだ。まぁ、あいつの事は中に入れてやれ」
シットリの発言に納得した顔をしている寝手。人間である彼を信頼しているわけがないシットリ。実力だけを買っている。寝手は、ルミルミとは一度しか会ったことがない。自分の妖精かシットリの指示で動いているだけである。
「それでいいよ。SAF協会はシットリがいてこそだ。雨か曇りの日、何かあったら声をかけてくれ。晴れの日は嫌だ」
「……そうしてもらう。少しは感謝してやる」
こうして、シットリと寝手は別れる。
確実に彼が去ってからアジトへと入るシットリ。仮想空間の一種であり、セキュリティ面は厳重。因心界にもその位置を特定させていない。
しかし、シットリはこのアジト内で予想外の者を目撃してしまった。
「よぉ~、シットリ。テメェも無様に負けて戻ってきたみたいじゃねぇかよ~。ヘッヘッヘッ」
「!?」
なぜこいつが蘇っていると、動揺がした。あくまでそれが成されているという事にだ。
「此処野。なんで貴様、生き返っている」
「あ~?なんでだろなぁ~」
「それよりなんで、この中を平然とうろつく。貴様……」
クールスノーの攻撃によって、瀕死寸前にまで追い詰められた此処野が復活していたのだ。
当たり前のようにアジトにいる事。それこそが問題であり、そんな事ができるとしたら
「ルミルミちゃんに俺、実力を信用されてるからな」
「ならば今すぐ、任務を出してやろう。でてけ」
一触即発。
自分がアジトを空けている間に何が起こったか。此処野と同じく復活を遂げた妖精。
「ダイソン。ルミルミ様のお力でお前が復活したのは素直に嬉しい。が、少々。説明を求めたい」
「どーしてルミルミ様にご進言されなかったのか……だな。素直に、あのお方に口出しなどできない」
どーすることもできませんでした。
復活したというのにこの言われ様だ。当然だ。シットリとしては、此処野を処分しようと思っていたのだ。ルミルミは彼の実力と、人間を殺す欲求に目をやっている。ダイソンが敗北したという事実もあって、使える戦力は使うと見るべきだろうか。
それともう1頭。こっちの方が問題であると、シットリは怒りを見せた。
「アイーガ!!」
「は、はいぃぃっ!」
「お前はここにいて、無事だったよな?なんで、ルミルミ様のご勝手を許した!」
なんで私が怒られるの~~!?ルミルミ様に言えるのは、あんただけだって!!
「ごめんなさい!ごめんなさい!!すみません!」
「謝るのは誰だってできる!まったく、此処野が復活したとあっては、……」
「おーいおい!俺、酷い言われようだな。嫌われてるのか?嫉妬しちゃってる~?」
「黙れ!!」
作戦や組織運営は主にシットリが担っている。強さという一点で、ルミルミという妖精は頂点に立っている。
「アイーガ。せめて、私を待ってから此処野を直すようにと、ルミルミ様に伝えるのだ。お前も此処野を甦らせることに迷いがあったのは伝わった」
「……あ。それでいいの?」
「これからルミルミ様に私がご確認する次第。納得の行く返答を頂ければ、此処野!お前の敗北と失態を見逃してやろう」
「…………一々、癇に障るナメクジだな。テメェ」
空気が悪くなる。
その中でダイソンはほんの少しだけ、自分の同じ立場も踏まえて此処野に忠告する。
「此処野。シットリが言っているのは、ルミルミ様を甘く見るなという事だ。私も君も、あのお方の前ではただの草にしかならない。君の脅威をなんら感じ取っていないのだよ」
「……ふん、大袈裟な野郎共だ。ルミルミちゃんから新しいジャネモンを出せって指令をやってくるよ」
「アイーガ。お前も罰として、此処野を手伝ってやれ」
「えっ!?」
「それで許してやる」
SAF協会は比較的、平常運行。
シットリとダイソンは目覚めたルミルミに、どのような判断かを聞きに。
此処野とアイーガは新たなジャネモンを生み出そうと動く。
「ただいま~」
「寝手~!あなた、また怠けるつもり~!?久々に外に出たかと思えば!」
「もう眠いから、ご飯はあとでいいよ。運動しちゃったし」
「こら~~!シットリ先輩にしごかれなさーい!私のひもじいお給料で生活できるとでも!」
「ヤダ」
そして、寝手は相方の妖精と共に自宅待機。
という名目で、家の中でゴロゴロしている事になった。この男に関しては実力のみしかなく、野心や凶暴性など一切もない。故にシットリが彼の方を重宝しているのは、扱いやすさがあるからだ。




