Aパート
「大変申し訳ございません」
涙キッスは貝部町にいる方々に謝罪をしていた。
「我々、因心界が総力を挙げて対応致します」
「分かってるよ!」
「そうしてくれないと困るんだから!」
ジャネモンの出現、録路空梧の出現、SAF協会の出現。
結果として、因心界は退治こそすれど、防衛の基準は満たされていないまま終わってしまった。
さらに録路を見失い、ダイソンもほぼ再起不能という状態ながらも、その結果までは把握、保証までできなかった。
護りきっても、完全な敗北である。
「今回は死者が多数も出ているんだ!」
「早く怪物達を排除してよ!」
「あんた達は同じ力を持っているんでしょ!」
力を持たない者達がなぜ声をあげるか。不安もあれば、危機を感じたからでもあり。
なによりも基準は
「保険料や防衛費まで払っているんだ!」
「妖人の手当てだって、払っているのに!ちゃんとしてくれないと困るのよ!」
金である。
国民の大半が毎月のように高い金を払い、妖人のケアや被害の復興などに割り当てられている。確かに平穏の時間は長いものの、それらを一瞬で奪い去る怪物はいるものであり、元に戻る時間は幸せを奪われている時間でもある。
戦わずとも平等であることと、金で公平さを出されてしまうものだ。
「キッス様。頭ばっかり下げて……」
「保護していませんですから、修復はやはり時間がかかりますね」
白岩と飛島は現状の把握を急いでいた。
「表原ちゃんは大丈夫だったかな?」
「傷は戻っておりました。見つけられませんでしたが、ダイソンが意識を失い、完全消滅されるまでに元に戻ったのは幸いでしたよ」
ダイソンは箒の先端に触れた物を消し去る能力を持つが、消えた部分は転送という形で仮想の焼却炉に送られる。見た目通りのゴミ処理能力であった。
『僕ちんの鼻でダイソンを追跡できるのに、なんでキッス様はしなかったんだ。飛島』
「それはですね、ラクロ。どうして、動けないダイソンが消えたかというのを推察すれば分かるはずです」
『んー……あ!別のSAF協会の誰かが来ていた!ってこと?』
「そうですね。誰の臭いかは分かりませんが、キッス様の勘なら誰かが分かっていたんでしょう。あの場でダイソンを助けた存在が……」
「それ以外考えられないもんね!」
戦いが終わった後。残っているのはほとんど、虚しさだけである。笑顔が出るような報告は乏しい。
そんな中、ここにやってきたのはサラリーマン達の団体。その中心にいるのは
「また酷い惨状ですね。キャスティーノ団の録路に、SAF協会と来ましたか。それならばこちらも十分なバックアップを致しましょう」
「!……」
キッスはあまりいい顔をしないで奴を見たが、大人達は彼を見て頼りの声をあげた。
それでも罵倒には変わりない。
「沼川さん!ちゃんと保証をしてくれるんだよな!?」
「被害が酷いのよ!ちゃんと見積もってよ!」
沼川左近。その後ろにいる連中も、妖人達のトラブルに対応している保険・補償関係の皆さんであった。
「ええ、ええ。大丈夫です!皆様にちゃんと保証致します。ひとまず、この場は我々も手を貸しますよ。キッス様」
「……すまないな」
「私共の専門ですしね。妖人でない者達にとっては、バックアップこそが最低限で最大のフォローですよ」
くくくく。録路がいる証明もとれたから、たーっぷり良い儲け話になる。各種保険料のアップ、加入者の増加。因心界への不信が広まれば、また都合の良い制度のための毟り取りができる。
人は不安を持てば、安全や安心を買いたがるものだ。
たーっぷり、暴れてくれよ。"萬"。正義が潰れない程度に悪が暴れるだけで、平民は怯えるのだから。
「早急に復興の手配は済ませようか」
相変わらずの小物だな。大方、儲け話の事を考えているんだろ。お前も奴の掌の上で踊っているだけなんだがな。
沼川達が裏でキャスティーノ団の連中と組んでいるのは知っている。だが、結局はそこまでだ。私達が捜している存在には辿り着けず、沼川達のような者達が再び現れる事になるのだからな。
お前達の処理は"萬"を片付け、キャスティーノ団の壊滅が完遂した時にするとしよう。
キッスと沼川が表面上、良い人ぶっていても。裏は互いに罵りあい、嘲笑う。
一方、
「……っ………ふ」
「目、覚ましたか。ダイソン」
少し離れた場所にて、ダイソンが目を覚ました。
とはいえ、自身の肉体はボロボロであることに変わりなく、今は助けられた者の背にぬっちゃりとくっつく形で、敗走している状況であった。
今はとーってもゆっくりな速度で動いている。
「シットリ…………済まない」
「"相手がレンジラヴゥ"であったのは不運な事だ。私が倒すべき相手の1人」
違う……。
いや、分かっている上で言っているのか?
「ルミルミ様もお許しくださるだろう。"録路やレゼンに遅れをとっていなかった"と、伝えればな」
「……だから、アイーガではなく、お前が来たのか」
「キッスが来たせいで、罠を見抜かれてしまったがな。意気揚々と追跡した者達を殺してやろうと思ったのに」
「色々とすまないな」
それでも落ち込んでいるダイソンではあったが、十分過ぎる収穫があった。
「ジャネモンの"新種"。さらには"進化"まで発見できたのだ。ルミルミ様はそれだけでも喜びなさる」
「レゼンを取り逃がしたかもしれないのにか?」
「その指令は私からだ。ルミルミ様は何も言っていない。そもそも、あのお方なら負ける事など思っていないだろう。私も思っている」
叱咤するときと励ます分をわきまえている。
人間を酷く嫌悪していても、妖精同士、支え合って助け合う精神を持っているのは当然なものか。
「体の事を思え。ひとまず、因心界の事は録路達に任せよう。奴等もジャネモンを使うはずだ。それだけでこちらの思惑通りなのだからな」
◇ ◇
人間界ではまた大きな争いが起こりそうな予感であった。
それならばと、妖精の国では何が起こっていたか。
「ふむ」
妖精の国の統括、サザンはとある小説本を読んでいた。
「レゼンは無事に因心界と合流できたようだが、ルミルミ達からの攻撃もしつこいだろうな」
「暢気に本なんか読んでいて良いんですか?」
レゼンがいなくなり、サザンも側近の話し相手の1人を失って寂しかったため……。ある妖精を秘書のような形でいさせていた。
ミニエルフの妖精であるため、事務のようなことも卒なくこなしているので、大いに助かっているところだった。
王様は偉いものであるが、大変な雑務をこなしているのだ。そうでなければ王ではない。
「人間界では今、SAF協会との抗争が起こっているそうですよ」
「うん、知ってる。イスケが報告してくれてる(イスケはキッスの妖精)」
「こちらも動かないと!因心界が大変ですよ!」
「心配性だな、ロゾー。分からなくもないが」
ロゾーとしては因心界の戦力をより強めるべきと思っているが、妖精は人を選ぶことができるが、人の選択を変えることが難しい。キャスティーノ団の戦力になってしまう事もあるため、今投入するのはどー考えても得策でない事をサザンは理解している。
「レゼンと因心界を信用するのだ。私が送り出したレゼンならば、必ず、理解してくれる。まず、生き残ってくれる」
戦績も聞いている。
未熟で自信のない少女を上手く扱って、ジャネモンを倒したり、アイーガを撃退、コココンの討伐にも協力したという。寿命のリスクが迫っていても、吉報ばかりだ。
「そこにいる者達の結果が決めることだ。私達はゆっくり今、平穏を楽しむべきさ」
「サザン様は時折、王の風格が抜けますね」
「息抜きは大事だ。民の気持ちを知るための散策に講じるのも、王とか、上司とかの務めだよ」
そういうからロゾーは、サザンが読んでいる本のタイトルを覗き見た。
別に隠しているわけじゃないし、堂々と読んでいる。
何を読んでいるんだろうか
「この本か?"聖剣伝説"だ。知っているだろ」
「!!それ!妖精の国、ベストセラー本じゃないですか!!誰しも読んで、知っているストーリー!"聖剣伝説Ⅱ"は名作ですよ!」
「そうだな。私が読んでるのはその前作だがな……」
「その方のモデルは今も、人間界でご活躍されている妖精なんですよね!!因心界にいると聞いた事があります!私、大ファンなんです!」
"聖剣伝説Ⅱ"
それは妖精の国で売られている、妖精の物語である。
モデルとなっている妖精が人間界で行なってきた事を物語にされており、中でもこの"聖剣伝説Ⅱ"は有名であり、感動されるものであった。
「いつか"聖剣伝説Ⅱ"の妖精のように、人間界で活躍をしたいです」
「多くの妖精は彼に憧れるものだからね。妖精の良き見本だ」
元々、ハイスペックなモデル。
妖精界史上最強の剣を入手してから始まり、滝を4つに斬り落とし、最強の剣との別れ、不正の妖精100体斬り伝説、超巨大蛞蝓との死闘、最強剣士大会の優勝。さらなる鍛錬を積み、かけがえのない仲間達と共に成長していき、そして、人間界へと降り立った妖精。
1人の少女に妖人契約と婚姻を結び、悪の組織と戦い続けていく。
妖精と人間との愛も描かれている恋展開、仲間達との友情も添えた、大作バトル物語である。
非常に綺麗な作品に仕上がっている。
「人間界でどんな事が起こっているか。報告されたことだけで、よくこんな面白いお話を書けるものだと思うよ。ライターさんというのは凄い」
「面白いというか羨望ですよ!目指したいって気持ちを、応援させる夢のある話ですよ!契約した少女との恋愛事情も面白い仕上がりじゃないですか」
「私、男だからそーいう恋話は分からないんだがね。夫婦漫才は知っているが」
「!って、サザン様!もしかして、この方のモデルを知ってるんですよね!教えてください!もし、私が人間界に降り立った時!サインをもらいたいんです!」
「それは構わないが、無事に会えたらの話しだぞ」
今回のお話は、妖精の国に伝わる"聖剣伝説"から、葛藤と苦難のある話である。
◇ ◇
「約束の物は入った」
キャスティーノ団の本部では、録路がSAF協会から頂いた何十体もの妖精とジャネモンを召喚できるアイテムを並べ。
「こっちも人数は揃えたぜ」
近藤頭鴉が387人の、無法者達をかき集めて来ていた。
「うひょ~、壮観!録路も頭鴉もやるじゃん!私、なーんもしてない」
「お前に期待はしてない」
「それもそーだな」
「なによー!」
権田飴子は2人の言葉に少々ムッとしたが、早速。彼女と適合できる妖精はこの中にいた。これで彼女も妖人化ができ、どんな能力を身につけるか楽しみにしていた。
「小宮山とセッティがいなくなったが、それでもお前等。俺の言う事を聞くよな?」
「……ふん、正直。聞きたくないけど」
「金、次第だよ」
「お前等の言う事はついでだぞ」
残り3人となった、下部組織の"萬"のメンバー。
「因心界の注意をひきつける役なんでしょ」
イムスティニア・江藤。
日本人とインド人のハーフ。色黒な東洋系が強い女性。服装もインド寄りで日差しを避けるため、ターバンなどを巻いている。
「世界を終わらせる役者達には見えねぇな」
茂原伸。
かなりイッちゃっている眼をした、少年。萬の中では最年少。痛い中二病を患う。
「金ありゃなーんでもいいんだよ!恨みや野望とかより金だよ!金!」
岱勿弁刃。
宝石や指輪などの高価な代物を身につけている青年。お金や高い品物にガメツイ。
この3名が残る"萬"のメンバーである。非常に個性ある3名であり、暴走しがち。というか
「小宮山いないと纏まりねぇよな」
「ふんっ!」
彼女がいない事が少々悔やまれる。この問題児達をよく指揮していたと、録路は彼女を評価する。
そんな彼女を引き継ぐかのように女性である江藤が掛け声をする。
「リーダーは私!とりあえず、みんな!個人行動!!」
「群れる狼など弱者。闇の使いは1人で平気なのだ」
「金も宝も分けないからな!ちょっくら強盗してくる!」
「あんた達、私のカレーが食べられない事を後悔するといいわ!!」
そして、3名ともバラけて解散……。
「あいつ等に任せて大丈夫か?録路」
「……曲りなりにも妖人だ。そんなことより、頭鴉も妖精と適合できるかどうか調べろよ。不正な契約だと不利もあるぞ」
「おおっ!そうだな!俺の捜している妖精がいるかもしれねぇか」
「お前の性格の悪さなら使いこなすのにそう時間はかからねぇよ」
「なんか嫌な事言われたが、許してやるよ」
「あとはお前が集めた連中に、ここにいる妖精と適合できる奴等がいれば、多少の戦力になるだろ。最悪、そっちは不正でも構わねぇや」
キャスティーノ団の戦力強化。
その間に"萬"の連中が因心界の注意を惹きつけるという形だった。
真っ当に戦うというよりはエンジョイする3人だ。そして、その楽しみ方も異なっているため、因心界の対応は困難と見ている。
派手にやる金大好きで本末転倒の馬鹿、じっくりと釣りをするのか読書をするのか、カレーを食うのか分からん馬鹿、姑息で陰険、高みにいるクズに憧れている馬鹿。
3馬鹿と(セッティを加えると4馬鹿)、称している彼等が時間稼ぎぐらいはやってくれると見込んでいる。
録路達のような正統派とは程遠い能力を持っている妖人達なのだから。
◇ ◇
ウーーーッウーーーッ
サイレン響く街中。
最初に因心界の者と激突した"萬"はこの人物。
「強盗だーー!!」
「ほ、宝石を盗まれた!」
何食わぬ顔で店に入れば、ショーウィンドウの中にある宝石を見つめ。従業員達の前で堂々とショーウィンドウに穴を空け、宝石を掻っ攫う。なんとも単純なやり口で堂々と盗みを行なう。
罪悪感などなく、この混乱する場を楽しんでいる男。
「わははははは!人が大事に守ってるもんを奪うってのは、気持ちいいもんだな!」
岱勿弁刃。
その能力で盗みを中心に悪事を行なう者であった。
「おー、岱勿!次、どーするんだよ!」
「慌てんなよ!もう少し、楽しませろって。馬鹿みてぇに必死に追いかける警察や因心界を嘲笑うのも、逃走の醍醐味なんだからよ」
強盗仲間と一緒に逃走を図る。犯行の際は車3台を手配しており、盗み役である岱勿。運転手役が2名。攪乱役に3名、ブローカー役1名という。計7人の強盗グループでやっている。
「くそーー!宝石を盗みやがって!」
「許さねぇーー!」
堂々と盗まれた側が怒りをあげるのも当然。だが、それすら岱勿達の計算に入っていた。利用するのだ。
「おーっ、良い邪念じゃねぇか。使ってみろよ」
「了解っす!」
「出でよ、ジャネモン!!」
ボーーーンッ
小さい邪念ながらも、ジャネモンを生み出すには十分なもの。
『じゃね~~~!』
「い、いきなり怪物が現れたーー!」
「因心界!なんとかしてくれーー!」
退治には苦労しないが、岱勿達を見失う程度の事である。追跡は非常に困難を極め、沢山の被害報告が因心界に伝えられていた。
「ぎゃはははは!」
「いい気味っすね!」
「強盗で一生暮らせるんじゃーないっすか!!」
普段なら小宮山や録路などに首輪をかけられている状態であったが、自由を手にした岱勿はうっぷんを晴らすように派手な行動を開始した。
彼等に計画性というものはなく、100%言えることは
「この世の全てを盗み出し!!強盗王に、俺はなる!!」
「いよっ!!盗みの岱勿~~~!!」
「俺達を新世界に連れてってくれ~~!」
ノリノリの悪ノリ強盗軍団であること。
盗む技術もそうであるが、逃走する能力の高さも相当なものである。
彼の能力は以前、佐鯨達の急襲の際に地下への逃げ道を作ったことや、アイーガや此処野を救出する際に地下から地上へ繋ぐ穴を空けたりもしていたものだ。
この彼を捕まえたり、倒したりするとなれば、戦闘能力の高さとは違う。相手を逃さない術が必要になってくる。
因心界の幹部、"十妖"は早急な対策を求められた。




