Bパート
「た、大変です!!キッス様!ヒイロさん!飛島さん!!」
因心界本部に急報。
書類整理をしていたキッス達に届いた報せは予想していなかったことであった。
住民達からの通報と革新党のネットワーク、衛生からの情報などで100%の特定ができた上で、
「え、SAF協会が動きました!」
「!?」
「馬鹿な!?」
「……誰が出てきた?まさか、ルミルミかシットリ……?」
全員に緊張が走る。
「ダイソンです!!かつて、……因心界の妖人を含め、3000人以上の消失者を出した、妖精です!」
「!!」
その相手に最も強い反応を示したのは、飛島であった。かつて、戦った事のある妖精であり、とてつもない屈辱と無念、絶望まで与える敗北を味わった相手。目の前で何人もの仲間達を殺され、因縁の相手だけに目が血走ったのは当然であった。
「ダイソンが、出てきた……か」
「落ち着きなさい、飛島。場所はどこ?」
「貝部町です!今、物凄い勢いで街が消されているそうです!街全てを消しかねないほどです!」
キッスとヒイロの読みが外れた。まったくノーマークの相手が突如動いた。
「飛島、私と行くぞ」
「はい!!」
「ヒイロはここに残れ!シットリがこんな手を仕掛けるとなると、陽動かもしれん」
「ああ、本部のことは任せておけ」
「一般市民は助けられないかもしれない。並の妖人でも歯が立たない相手だ。早急に全非難指示を出せ」
キッスが動く。
飛島と伝言さんと一緒に急いで、支度をしながら情報を調べる。
「近くにいる妖人は誰だ?」
「白岩さんが丁度、その街にいます!あと、表原麻縫が……」
「敵の狙いは表原ちゃんというわけか。白岩がいるというのに強気な行動ですね」
「それだとしたら、まだいいがな。ルミルミの行動は読めんし、シットリもただ、それだけの行動とは思えない」
SAF協会の動きは本部を騒がせるほど、大きな事態を呼び込む。こんなにも早く仕掛けてくるとは思わなかった。だが、
「そ、それと!これは革新党からの報告なのですが……」
「なんだ?」
「キャスティーノ団の、録路空梧もいます!奴等、もしかすると。共同戦線を結んだかもしれません!」
「!」
「シットリならやりかねないかもしれませんね」
事態は思った以上に混乱しているものだった。
表原の心配だけでなく、白岩の心配もするキッスであった。
◇ ◇
そんな非常事態だというのに
「あ、見つけたーー!」
「はー、30分くらい捜して見つけられましたね」
そんなことが起きているとは全く知らず、表原達は捜していた。
「何しに来た。見ての通り、寿司食ってるんだが……」
「録路!戦わないけど、監視はさせてもらうよ!」
「というわけです!」
録路空梧のことである。
戦う気はないが、見逃す事もあまり良いとも言えない。向こうにも戦う意志はないため、このような代案を白岩は提案したわけだが
「あたし、道迷いやすいから!あんまり動かないで!ホントなら留置させたいんだけど!」
「ふざけんな。その気なら戦うぞ」
「ほらやっぱり!そーいうことになりますよ、白岩さん!っていうか、なんであんなにパフェを食べたのに寿司までいけるんですか?」
文句言いながら、またテーブル席で飯を食べる(録路の食いっぷりを見る)事になった表原と白岩。
「うぜっ」
まさにその通り。録路の気持ちは全く持ってそれであった。
「録路くんのキャスティーノ団の裏には大物がいるらしいからね!それを教えてもらうまで、しばらく監視させてもらうよ!」
「知るかよ。アホな頭でまともな事なんかすんな。足手纏いの思考だ」
ガーーンっと、2人に落ちてくる言葉の隕石。
しかし、すぐに白岩は立ち直って録路に提案する。
「ま、まー。トップなんだから口が固くて当然ね」
「だから、知らねぇーよ」
「ここは妖人同士のマナー!妖精達の会話でもして、調査しちゃうぞ!ほら、レゼンくん!喋って!録路もマルカちゃんを出しなさい」
以前に野花達がしたように妖精同士で会話をするのもマナー。そこで機密情報をやりとりするのはどうなんだろうと思うが。
「マルカ、テキトーに話していていいぞ」
『う、うん……でも。相手があの大天才のレゼンじゃないですか!どどど、どんなこと話せばいいの!?録路!』
「知らん」
録路はフツーに乗ってくれた。まだ今日の事しか分かっていないが、表原はこんな一面の彼を見て、ふと思ったことがあったが。本人にそれを伝えるのはまだ先の事である。一方でレゼンは白岩の方に意見を出した。
「白岩さん、妖精は……?」
「ん?ああ。あたしの妖精はあたしの傍にいないよ。普段、あたしより忙しいから」
「いや、因心界の規則じゃ妖精は持ち歩く事だって言われているんじゃないのか?」
「あはははは、持ち歩くサイズじゃないよ。できたら、可愛いんだけど。でも、あたしにはこれがある」
そう言いながら、白岩が取り出したのは可愛らしい携帯のようなもの。初めて見る表原は
「え?これ妖精なんですか?」
「ううん、違うよ!でも、これで遠くに居ても声が聞けるし話せるの!もちろん、あたしの妖人化もこなせる!」
白岩はちょっちょと弄って、自分の妖精に連絡を入れる。
ピロピロリン
『なんだい、印?』
「今、大丈夫?あたし今、表原ちゃんと録路くんと食事しててさ。妖精同士の会話をしたいから連絡入れたんだけど。たまには妖精同士腹を割って話すのも、良いでしょ?」
『……まぁ、2,3分ぐらいならいいかな。ちょっと今、忙しくて。仕事中にプライベートな事をしていたら怒られそうだけど』
「あははは、あたしのプライベートでもあるから!仕事に熱心過ぎて、嫉妬しちゃうなぁ!話してよ!」
この携帯の向こう側にいる妖精は、白岩とまったく逆の存在なのかと想像する。
それでも白岩の気持ちを優先するかのような言動に、どこか一般的な人間と妖精の関係とは良い難いものがあった。
『分かったよ。レゼンくんともゆっくり話してみたかったし、マルカちゃんとのお話をするのも貴重そうだ』
「うん!そうそう!というか、教えてくれたのはそっちだもんね」
レゼンというミニエルフの妖精から見れば、携帯電話っぽいものと、テンパり気味なオーブントースターと話すというのはシュールなものであった。
『あわわわ、こ、こ、こ、こんな豪華な方々と、お、お話ですか』
「マルカって言ったか?あんた喋りは大丈夫なのか?」
適合者では表原と白岩には聞こえないが、緊張して小刻みに震えるマルカの行動に
「可愛い……」
「この中で一番イメージに合う妖精なんだけど」
ちっこい生物を純粋に可愛いと思えた。
『マルカです!オープンの妖精で、……録路がご迷惑をかけているかと思いますが、これからよろしくです!』
「ご迷惑っていうか」
『私達、君の主人と敵対しているわけだけど』
『あ、ああ!そーでした!』
レゼンと白岩の妖精の声は、表原と白岩だけでなく、録路も聞き取れていた。この中の人間では全員、その声を理解できる唯一の人であった。マルカの声を聞き取れる限り、
「お前!ちゃんと喋れ!対等だろうが」
『いだぁっ』
デコピンかまして、それが恥だって事を教える。こっちもこっちで普通の妖人じゃないし、言葉は分からなくてもなんとなく、表原が思ったことは
「録路さんって、案外優しい?」
悪友同士のノリの強い、表原とレゼンのコンビ。
仲間を超えているラインにいる、白岩とその妖精。
上下関係があるものの絆のある、録路とマルカのコンビ。
妖人とはただただ安直な信頼関係や仲間、相棒というものではない。
「世間話でもしようか。俺、まだこの人間界に降りて日も浅い」
感情論なり、探り合いなんて、レゼンも今は起こる気もない。マルカの行動から見て、彼女の発言に信憑性は薄い。録路が安易にマルカを出したところも分かる。
「因心界はゆる~い感じだが、キャスティーノ団ってどーなんだ?マルカ。他の妖人とか、ちゃんと活動してるのか?妖精の虐待とかあったりするもんか」
「レゼン、あたしはあんたに虐待されてる気がするなぁ~」
「うっせ、気のせいだ」
「でもそれ、あたしも気になってたよー!キャスティーノ団って妖精にとって、どんな感じ!?」
マルカの声は分からずとも、録路視点ではたぶん何も教えてくれないため、聞き入る表原と白岩。そんな2人のことを気にしないで寿司を食ってる録路。何を言ってもいいんだろうかと、マルカは
『こ、個人的な事もありますが』
保険を挟んでから。
『妖精の多くも、人の多くも。自由な印象ですね。他者へのご迷惑は多いですが……、その代わり、自分に自信を持てるというか。自分がやっているという、強い印象を残せます。わ、私。録路と出会わなかったら、引っ込み思案のままだとか』
「それは今でも変わってねぇだろ、マルカ」
因心界は涙家を中心とした法の整備や組織の結束力あって、基本は受け身。自ら仕掛けるときは入念な準備と周辺の被害を抑えた、制圧戦や殲滅戦である。
SAF協会は人類を滅亡させる危険思想故の攻撃性を持つが、無闇や無謀といった作戦は少ないものだ。
『妖精の皆さん、力を使いきらないと妖精の国には戻れないんですから!確かに危険ですけど、どこへいるにしてもそこは同じでしょう?』
「まーな。分からなくもないが……」
『楽をしたい存在の発想だね。危険を疎かにして、早道を通ることは賢いとは言えないものだ』
『うっ………でも、……でも……そうでもしなきゃ』
マルカの自信のなさをカバーするように録路が口出しをした。
フォローにしちゃあ、なっていないが。
「弱い奴を虐めるのが世間様の悪役の特権だろ。マルカでも勝てる弱い奴を俺が選んで、勝ってるだけだ」
「酷い!……酷い!!」
「そんな理由でキャスティーノ団にいたんだ。もったいないなぁ」
人間に危害を与える危険な人物であるが、そんな理由が事実だとしたら、ちょっとだけでは同情する。
同時に
「でもそれで!人に迷惑をかけるのはどうかと思いますよ!」
「迷惑?表原、お前そこのレゼンとかいう妖精に迷惑をかけられてるだろ?」
「それめっちゃ否定はしません!」
「おいコラ!」
「妖精だって迷惑な存在だ。ならお互いに迷惑かけあっても構わねぇ、自分勝手でいいもんだろ。それくらいの力持って押し通すくらいでどーする?」
はぐらかしが多く、いまいちとパッとしない言葉であるが。
正しいとか間違っているとか思えない意見であった。でも、それでいいのだろうか?
『録路くん。君は弱い者が虐げられる事を寛容に思うのかい?』
そんな考えを思っているとき、白岩の妖精が質問を投げかけた。
「言葉の綾だな。弱いもん、見誤る事、不運な事。そう単純なことで食われる事は分からないだろう」
生物を1つ殺して食える寿司という料理の前だと、当たり前。自然の摂理として正しいんだろう。
「強い奴が必ず食らう立場である事も限らねぇ。お前の言葉を深く言えば、責任のない奴の特権だ。ふざけたことを言ってんじゃねぇよ」
『ろ、録路。口が悪いよ……』
思っていたものと何かが違う。
あえて言うのなら、
「やりたい事があって、これをしているの?」
「因心界は自由にみえて、自由じゃねぇし。せっかく力もらっても、制限されるなんてやってられんねぇからな。それに俺は警察みたいな、お前等が嫌いだ。ろくなこともしてねぇしな。自分の思うがままに生きるんだったら、このやり方が一番いい。そんだけだ。ちっと、面倒な事もやっているが……」
キャスティーノ団のこと。少しは分かった気がするが、なんとも言えない感じだ。
場所や環境を変えて、人が変わる事もある。それでも変わらない人もいる。
因心界に留まることで安全はあるんだろうけれど、それでも戦いという場に赴くこともある。それにそこで死んでしまうという事も珍しくはないだろう。命をかけて、誰かを護るというのは危険な任務である事を表原だって今、知れている。それならまだ弱いという安心感を狩るのも、理には適っている。
「でもっ」
ズオオオォォォォ
その時、巨大で邪悪なエネルギーを感じ取った。
明らかに自分達の居場所を知らせるようにだ。
◇ ◇
「い、家が……周りが……」
「消えていくーー!」
「い、一体何が起こっているんだーー!」
「む、息子が消えてしまったわ!」
この世から突然、誰かがいなくなる。それが目の前で起こる惨劇であれば、より心に浸食される。
恐怖、焦燥、不安が生まれていく。
やがてそれはお互いを結びつける協力とは違い、伝染するように人々に広まる。
「ただ1つの邪念では足りんな」
ダイソンは自らの能力で人や建物を消していき、人間達を恐怖にさせ、それを一纏めにするジャネモンを生み出そうとしていた。
統率された複数の意志というのは強く、そう容易く振り解けない。
「さぁ、舞台は整った!この街にある恐怖を糧に、誕生せよ!人間を滅ぼす、ジャネモンよ!」
ダイソンが掲げたのは……
「奴等を恐怖と絶望の世界へ、誘え!!」
バララララララ
大量のばら撒かれる、広告チラシの様なものであった。
そこに描かれているものは、この街にある恐怖・絶望の邪念を表し、伝える紙媒体の吹雪。
「な、なんだ!?紙がそこら中に……」
「うっ……」
「ああああぁぁっ」
恐怖を互いに共有し、邪念を集める。
これより生まれるジャネモンにひとまず、
「ふ、当然の"新種"だな。ルミルミ様とシットリに良い報告もできる」
これより生まれるジャネモンが想像以上に強大な奴だってこと。
集まる邪念が媒体としてできたものは
モサモサモサモサ
「じゃね~~~~~~!!」
地下から這い出るように巨大な根が浮き上がり、濃い緑色に覆われた森林が地上に育ち、雲へと昇ろうとしていた。
「人間共を消し去り、緑ある土地を取り戻すジャネ~~」
パサアアァァ
強い憎しみも持って、そのジャネモンは人間達に襲い掛かった。自らの種をばら撒き、人の恐怖につけこんで人の中に入り込んで、養分にしながら成長していく。人などの生物を媒体に森が広がっていく。
「ひいぃぃっ」
「あぁぁぁっ」
人々のさらなる恐怖がジャネモンをさらに増長させていく。成長の著しさには召喚したダイソンも満足していた。そして、ある予感。
「じゃね~~!人間共よ。この土地を奪った数千年の痛みを思い知るじゃね~~!!」
「ふはははは、いいぞ!ジャネモン!人間を滅ぼせ!人間という愚かな生物を駆逐しろ!かつての世界を取り戻せ!」
このジャネモン、想像以上に成長が早い。これは噂に聞いていたタイプかもしれないな。
表原麻縫の抹殺だけに来たが、こいつをしばらく暴れさせて様子を見るのも悪くない。因心界の幹部共も出てくる。そいつ等の何人かをこのジャネモンで葬ることもできる。最悪でも、足止めに使えそうだ。
体全体を大きくし、広がっていくタイプなのも、俺にとっては好都合だ。
◇ ◇
ガチャアァッ
「!あれ、……もしかしてジャネモン!?」
「で、デカッ!森!?というか、高っ!なんでいきなり!?」
寿司屋で食べていた表原と白岩も外に飛び出した。出現したジャネモンが放っている強い力を感じ取ったのだ。
遅れる形で、興味なさ気に外に出てきた録路は。
「ったく、誰だ?あのジャネモンを出したのは」
「あなたが一番可能性があるのでは?」
「ねぇーよ。この街は飯が旨いから潰すようなマネしねぇよ。ま、俺の部下が勝手にやってるかもしれんが。俺の性格を知ってれば、こんなことを狙ってするわけねぇーだろ?な?」
こんな危機的な状況でありながら、録路は空に両腕を伸ばしながら
「あーっ。次は何食いに行くかな」
「ちょっ!録路くん!ダメですよ!勝手な行動なんかしないで!」
「うっせーな、白岩!あのジャネモン、強そうだし。人間共を狙ってるみてぇだ。それならお前以外の因心界も動くだろうよ。キッスや粉雪が来たら、どーしてくれんだ。こっちは飯食いに来ただけなのによ」
いや。さっきからパフェに寿司食ってるのに、まだ食うのかこの人……。
「それに正義の味方とやらは困った人間を助けるんだろ?俺なりの譲歩をしているつもりだぞ」
ここで録路が気分を変えて、白岩と表原に挑めば……。分からない展開になるだろう。
情報が入ってこないだけに今、人間達を襲っているジャネモンの方が脅威ではある。
「俺も困ってる人間なんだがな」
「悪の組織の親玉がそんなこと言っていいんですか?」
「自分勝手が最優先だ。頑張れや、因心界のアホ共」
そう言って録路はふらっとどこかへ行ってしまった。
白岩はどーやればいいのか、プンスカ気味に愚痴る。ただ戦うだけなら得意なのであるが、監視だったり、護衛だったりなどを織り交ぜられると頭がパンクしそうになる。
「もぉ~!どっちもこなすなんて、あたしには難しいんだから!」
録路は突発的な戦闘などは好まない。だが、好機と見れば仕掛けてくるのは容易に想像がつく。粉雪やキッスであれば、目を離しておきたくはない相手であったが。白岩にはそのような考え方、疑い方はない。
純粋なことが誰の目に見ても明らかであるから、分かりやすい。故にお互い助かってもいる。
「しょーがないんじゃないですか?」
「録路には戦意が無かったからな。ここで見逃しても平気だと思うぜ。あんなにデカくて強そうなジャネモンがいるんだ。因心界にはもう連絡はいっていると思う」
「こう間近で話してみて感じたんですけど、録路さんって。あまり悪い感じではないんですね。なんというか、悪ぶっているだけの真面目さんみたいな?」
「妖精のマルカも、そう手強い相手じゃない」
嘘や作り話でもなかった。
理由は知らないが、表原とレゼンが思った録路の評価、人物はほとんど同じ。
「何か事情があって、やっている感じ」
「マルカのためって……考えに見えなくもないし、それに近い何かはあると思った。あの手の妖精が大義を成すには真っ当な手段をとるのが、正解じゃないのも理解はとれる。ま、そりゃあ生活のための万引きとか、その程度に近いもんにも感じるがな」
全てを成功させるのは難しいものだ。取り逃がすリスクも当然あるが、今大事なのはこの街を襲うジャネモンの退治。襲われている住民達を助けること。
「そーだね!よーしっ!録路くんには悪いけど!ジャネモン倒して、きっと後から来てくれる粉雪さんやキッス様に録路くんの捜索をお願いしちゃおー!決定!」
そして、ついに。
「あの森みたいなジャネモンはあたしがやるよ!」
因心界の三強。あの粉雪と同格の強さと呼べる者の戦闘が始まる。
レゼンが録路をあっさりと見逃したのに、彼女の強さに興味があった。という理由がなかったわけでもない。
「表原ちゃんとレゼンくんは、住民達を護って!あたしって身体能力でゴリ押しが基本だから!」
白岩は先ほど見せた、この場には居ない妖精と連絡がとれるアイテムを取り出した。
魔法少女が持ちそうな可愛らしい通信アイテム。
慣れた手付きで操作し、その妖精と連絡を取り合う。
「愛してる」
白岩の妖人化は距離を選ばないのが、貴重だろう。
多くの妖人が妖精と共に戦ったり、活動しているというのに。白岩とその妖精は離れ離れでも活動ができるのだ。
「繫がる力に愛を込めよ!」
キュイイーーン
通信アイテムのディスプレイからピンク色のハートマークが噴水のように溢れ出し、瞬く間に白岩の体を覆い始めていく。それと同時に黄金の光を放ち出す。
バレリーナのように白岩の体はゆっくりと美しく回りながら、着ていた服が消えていく。左腕、右腕、脚部と順々に、可愛らしいハート重視の妖人化のコスチュームが発現していく。
回転が止まると同時に両手の指でハートマークを描くと同時に、あの立派な胸をしっかりと覆い、太もも程度までの丈に抑える半袖ワンピース系のコスチューム。髪も新たに結われ、髪飾りも変化。イヤリングまで装飾済み。
まつげも少し伸び、口紅も入って大人らしさも演出されている。
その姿は白岩とは違った可愛らしさにカッコ良さも加わった、素晴らしい妖人化。
「みんなの愛を繋ぐ!"レンジラヴゥ"」
白岩印。もとい、レンジラヴゥの姿である。
変身ポーズもキッチリとって、完了である。
「ちょっとーーーー!!凄いじゃないですか!!」
見惚れもあるが、同時に許せなさがある表原は早速レゼンの小さな首を掴んで、当然のように訴える。
「あれですよ!!レンジラヴゥのように!可愛らしくて、変身シーンに各部の設定と服装が変わる瞬間の設定が、事細やかに決められていて、それでいて完璧な変身過程と服装、ポーズを兼ね備えた妖人化を、あなたはできないんですか!?妖精を名乗ることを恥じてください!」
「どーでもいいんだろ、そんなもん。変身シーンが長いと隙だらけじゃねぇか」
「お前は全ての変身ヒーローのアイデンティティを侮辱した!!」
「尺稼ぎと使い回しが大半だろ?だから気合が入るんだよ」
ぎゃーぎゃーと、己の理想、現実をぶつけあう表原とレゼンであった。
「私はちょっとだけね!白岩さんもね!粉雪さんのような、邪悪な如き、凄まじい妖人化なんじゃないかと。同族意識を先ほどまで思ってましたよ!でも、白岩さんのレンジラヴゥは別の頂点というか、原点の頂点の1つじゃないですか!!魔法少女の最高峰の頂のような変身ですよ!!愛のヒーローを形にしてるなんて、分かってる妖精がいるじゃないですか!!」
「言っておくが!妖人化して、無様にゲロ吐いてるお前が悪いと思うぜ。資格ねぇーんだよ!そもそも清らかさや可愛いらしさとか、お前にあると思ってんのか!?ははははっ、お前は一生無様な人間なんだよ!」
表原とレゼンのドロドロな言い合いに、ポカーンとした表情で見ているレンジラヴゥ。彼女から見ると先ほどまで、表原とレゼンはちょっと素直になれない程度の仲間意識かと思っていただけに、こーんなどストレートな罵り合いをする仲だと思わなかっただけに驚いている。
というか、人間と妖精がこんなに仲悪いの初めて見た。故に、呆然としている。
この喧嘩を眺める。
「ちゃーんと、こーいう勉強をしてください!!子供だろうが、大人だろうが!!カッコイイとか、可愛いとか!学ぶきっかけってそこにあるんですよ!!」
「そーいう奴等は三日坊主なんだよ!世の中の動きはいつもみんなの幸せで回っているんじゃねぇんだよ!数多くのみんな苦労に、ほんのささやかな幸せがあって回っているんだよ!好きなことってのは時間と本質を知る事によって、変わっていくんだ!」
「なに大人ぶったっていうか、知ったかぶった事言うんですか!?レゼンは教える事が上手かろうと、教え子から慕われないタイプですよ!!」
「あー、いいよ!別に慕われなくても!!お前はあーだこーだ、我侭ばっかで!いいか?成りたい自分、成りたい変身がありゃあよ!まず、テメェから努力しろ!吐いてんじゃねぇよ!巻き込んでんじゃねぇーよ!」
「いっつもいっつも!レゼンが強めに回すからでしょ!?全然あれ、可愛い変身じゃないし!コンビ解消したい!契約解除したいんですけど!」
「こっちだって解約してやりてぇよ。テメェの秘めたる才能だけしか見てなかった、その時の俺を止めてやりたいくらいだぜ!」
プンスカプンスカ、言い合って。一通り終わったかな?って顔でレンジラヴゥが声をかける。
「表原ちゃんも妖人化して、ね?」
「ええっ!?」
「戦うのはあたしがやるけど!自分の身を護るためにもさ。あたし、敵をぶっ飛ばす勢いで学校を壊した事とかあるし。粉雪さんみたいに華麗に戦うこと、下手なの」
「あれの戦い方は華麗じゃなくて、残忍なだけだ……。まぁ、表原。そーいうわけだ」
「回転弱めで!ちょっと可愛い変身を希望します!美容室行ってさ、憧れのモデルさんと同じ髪型にするくらいの、優しいサービスをしてください!」
ボオォンッ
「お前が吐いてるんじゃ、みっともなくて、サービスする気になんねぇーな。アホウが」
レゼンは大型ドライバーに変化し、表原の頭上に突き刺さった。
グイイイィィィィィッッ
「あ、ちょっ。さっき食べたばっかのものが……」
というか、なんであたし。食べた後に変身することが多いんだろう。1,2時間ぐらいの食休みがないと無理。絶対無理、これ!
回りながら両手で口を抑える表原。
「すごー。目、回らないの?」
物凄く引力とか重力とかがかけられているんだろうなー、という解析する気もない不思議エネルギーを見ているような目でレンジラヴゥは表原を心配する。
そして、超高速回転が止まり
「おえええぇぇっ」
立ちながら表原は変身姿になると同時に速攻で、ゲロった……。
めちゃくちゃ、気持ち悪かった……。
「おぷっ、げほぉっげほぉっ」
「え?表原、これも変身の一部なの?」
「そんなわけないでしょ!!レンジラヴゥ!今ここで、自殺させようって感じの言葉を投げかけないでください!!初めて言われたら、自殺しますよ!!ホント!ねぇ!!慣れてますよ!!」
「それはな。その……」
レゼンは溜め息ついて言うが、"そこ"だけは自分の台詞だ。
レゼンよりも先に、自分自身に強めに言って
「『あたしだけかいっ!マジカニートゥ!』」
マジカニートゥの変身完了!
「大丈夫?マジカニートゥ?」
「大丈夫です!ちょっと、練習します!」
「………調子の良い奴だ」
これでマジカニートゥ、レンジラヴゥの準備が整った。戦闘準備が整い、およそ400m先にいる巨大で広がっていく森のようなジャネモン。その周囲で逃げ惑う住民達。単純なことだけ言う。
「あたしがぶっ飛ばす。周辺を護ってね」
「はい!」
「おぅ!」
そう言った指示。
マジカニートゥとレゼンの2人は、レンジラヴゥの言葉は普通に受け取ってしまった。この子に普通というのはないんだなって、秒速で知ってしまう。
トーーーーンッ
「は?」
「あ?」
地面をかるーく、蹴ったような勢いにも関わらず。初速という言葉が速度と勘違いしてしまう、小学校時代の可哀想な勘違いが、そんな言葉は無かったと思わせるかのような身体能力の突出ぶり。
評判。"白兵戦なら、最強は白岩だろう"
その理由の1つを挙げるなら、因心界三強の中で最も優れた身体能力を保持している。
その言葉が正しい。
ドゴオオォォォォッ
「じゃね~~~!?」
「思ったより大きいけど、軽いね。核を壊せば一瞬で終わるタイプ?」
跳んだ、蹴った、相手が吹っ飛んだ。それも空の彼方まで……。
まったく動けずに見ていたマジカニートゥは顎が外れたかのように、口を開けながら
「ちょっ、どーいう身体能力なんですか!?あれ~~!?」
400mほどの間合いを、一歩の跳躍で縮め。敵に突撃したかと思えば、一蹴りで敵の体長の半分近くを吹っ飛ばす。自分の出る幕なんてどこにあるんだと!?確認したいぐらいの、今まで出会った誰よりも比べる事ができない。突出過ぎる身体能力を目の当たりにした。




