Aパート
その出来事は。
「………ん……んんっ……」
表原が病院で意識を取り戻したのは深夜のこと。
因心界の幹部会議が終わったのが昨日のこと。
その天井を見た瞬間。もう見慣れた景色となっていたが、これまでと違って自分のことよりも他人を心配した。
この時も自分の頭の上で眠る妖精。
「くーっ……」
「レゼン。あたし達、勝ったの?」
この心配はレゼンにじゃない。
死と隣にあった一戦を終えて無事に帰還した実感をレゼンの安堵ある睡眠から、自分と因心界のことは知れるが。
「ろ、録路くんは大丈夫だったのかな?」
向こう側に立つ、一瞬だけ戦った相手のことを気遣ったこと。
それを今から振り返る。
◇ ◇
表原の歓迎会もぼちぼち盛り上がって終わり。
キッスの号令の元。
「これより、先ほどの班分けでの活動を開始する」
因心界の幹部と表原は4つの班に別れて、この1ヶ月近くを共に行動する。
SAF協会の牽制:
涙キッス、太田ヒイロ
キャスティーノ団の調査と遊撃:
網本粉雪、白岩印、古野明継
萬の討伐A班:
佐鯨貫太郎、飛島華、表原麻縫
萬の討伐B班:
野花桜、北野川話法、蒼山ラナ
「あたし、帰るわー」
「こっちだって話すことないわ!」
「ちょっ、ちょっ!仲良くやりましょうよ。この任務中は、お2人のパンチラショットを僕が収めるチャンスなんですよ!真面目に話しましょう?アングルは?時刻は?」
ダメだ。
B班、纏まりがない。
「あはははは!あんた達、大丈夫なのー?」
「粉雪が断るからでしょ!l」
粉雪が爆笑しながら、指さして。不安要素だらけを曝け出すB班を指摘する。
「……ちっ」
内心ではキッスも似たようなことを思っているだろう。能力なしで察知した北野川は、屈辱とかを込めて。手短に。
「野花!蒼山!今回はあたしが仕切らせてもらうわよ!」
「な、何勝手な事を言ってんの?」
「ローライズパンチラがお好み?北野川?」
ドグシャアアァァッ
「あたしの後ろに立ってんじゃねぇよ。殺すぞ」
お前の話しだけは聞かんと。ちゃんとした鉄槌を下す。いつも持っている小型ハンマーで蒼山を撲殺しておく、北野川。パンツを見られないように入念に、両目を踏み潰しながら、野花に命令を下す。もちろん。
「あたしが、この3人の中じゃ権威はあるから」
"十妖"に振り与えられた№は、実力や実績だけでなく、権力もある。戦闘面では野花の方が上であるが、その他の能力では北野川の方が上回る。居場所も特定していない状況であれば、北野川が動かなければ始まらない。
「あたしが捜す。蒼山が追いかけ。野花が倒す。分かったわね?」
そう言って、北野川はこの部屋から退出する。
ようは北野川からの連絡を待てという指示。シンプルであるが、調査に関して言えば、その道のプロ1人の方が安全だし、ヘマも少なくなる。
「ちゃんと連絡するかしらね?」
そこんところを心配する野花。とはいえ、こんなにも早く終わり、会議らしいもんもない。一言二言の終わりに、野花も少し感謝する。ほんの少しだけであるが。
「素直じゃないなぁ、北野川」
「白岩。あなたも本部で自由行動してなさい」
「いいんです?」
「あたしだって、自由にやるけど。革新党のネットワークを使って、地道に情報を集めていくわ。野花達が敵を倒してくれた方が、相手も活発に動くだろうから今は落ち着いたものしか拾えないけどね」
「わっかりましたー!じゃあ、あたしは自由行動してまーす!」
粉雪と白岩の行動も手早く決まる。
2人の場合、この1カ月の中盤と終盤で動きを見せると言ったところだ。
「私達はいつも通りで行こう」
「そうだな。シットリが動くとも思えないし」
キッスとヒイロの2人もいつも通り。
「私は病院に戻らないとマズイですね」
「なら、俺が病院まで見送るよ。古野さん」
古野もいつも通り。病院で怪我人の手当てに勤しむ。ヒイロに送られる形であった。
「さて、私達はどのように敵を見つけ、倒すかという算段を立てましょうか」
「おう!飛島!なにか良い方法はあるのか!?」
「どーするんですか!?」
バランスを考えればA班はかなり良いものだ。
冷静でリーダーシップをとれる、飛島。正義感の塊で戦う意欲もある、佐鯨。器用な能力を持つ新人、表原。
「B班はきっと下っ端を捕えて、北野川の能力で居場所をキャッチするはずです。私達もそれに習って、キャスティーノ団の動きに迅速な対応をし、そこから追いかける。受けの姿勢ですが、その方が嵌められることもないでしょう」
闇雲に探せば、敵に悟られる可能性がある。ほぼ楽しんで活動をするキャスティーノ団のことだから、そのしっぽのところは早期に見つかるだろう。B班の違いと言えば。
「まとまって行動しましょう。事件が発生したら、3人で迅速に現場に向かう。これでいいです。翌日からの行動にしましょうか」
「は、はい!」
「よーっしゃ、俺としたら最高の見せ場だぜぇ!」
やっぱり纏まっている。飛島がホントによくやっている。
各班、大まかな作戦、準備はこの場でほぼ決まったと言える。
「粉雪」
「分かってるって、キッス」
みんなが話し合い、あるいは。退出をした者達がいながら、ここで堂々としているか、自信があるのか。
キッスと粉雪にしか交わされていない、とあるお話。
「黒幕の件も、お前に任せていいな?」
「ええ、本番になったら私をそっちに回しなさい」
「私とヒイロは遠慮なく、SAF協会とやり合う。奴等が動いたらの話しだがな」
「人間のことは人間に任せなさいってことよ」
「?お前も人間だったのか?」
皮肉と皮肉。
そーいう信頼がこの2人にはある。笑顔がちょっとだけ怖い。
因心界の中でも古参も古参。
◇ ◇
「お・も・て・は」
背後からの気配と声に、純粋さしか測れない。振り向くと
「ら~~!」
「呼んだ?」
ボヨーーンっと、その立派過ぎる胸の突撃をもらう表原。
解散後にすぐに声をかけてきたのは、今日初めて会ったばかりの白岩であった。
「この後、暇~?」
「病院に戻るところでしたけど」
「じゃあ、寄り道できるね!お世話にもなったし、これからも一緒にやるわけだし!二人ならもっといいから!超美味しいパフェを食べに行かない!?パフェパフェパフェ!!」
腕が滾ったように震わせ、ちょーちょー。パフェ食いに行きたい白岩の眩しい笑顔。
「北野川を誘おうと思ったら、帰っちゃったし。並ぶのも嫌がるから。表原ちゃんはどー?平気?」
「パフェですか。最近、病院食ばっかりだったし。レゼン、美味しいもの食べない?」
「甘いもんだろ?俺、好きじゃねぇな」
「でも関係ないから行こう!」
「なんで聞いた、この野郎!」
パフェとか久々すぎる。表原は目を輝かせながら、白岩と一緒にパフェを食べに行く事になる。
電車で二駅。洋菓子の有名店が集う街だった。
そこに向かうまでの間であるが、
「連絡先の交換をしよう!好きな音楽とかある?なにかスポーツとかする?あたし、テニスとかボーリングとか得意なんだけど!」
白岩主体で話していく、話してくれる状況。
アホな印象が強い白岩であったが、そんなところが前向きに出てくると、かなりお喋りになる。
「漫画とか動画とか、ゲームも少しするよ」
「そーいう感じが好きなんだー!あたし、そっち系は疎いけど!オススメを教えてよ!」
ちょっと折れる形で表原も話す。よくよく思えば、あんまり他の人達の事を知らない。白岩が色々と知っているとは思えないが、この口の軽さ。明るい雰囲気に呑まれる感じに。表原の方からも白岩自身からの視点、意見で構わないから。
「因心界のみんなのこと、知ってもいいですか?」
他の人達への興味を持った。
あまり自分でも、そーいう気持ちを持った事はない。社会的にそれが必要かどうかも疑わしい事であるが、何かを知るというのは前向きな好奇心がなければ成り立たないこと。ほんの少し、内面的に強くなれた。第一段階を突破した程度のこと。
「じゃあ、パフェ食べながらにしようよー!それが友達でしょ!」
もう友達認定。
白岩の感覚がかなり緩く、それがきっと。人の良いところばかりを伝えるような印象。
落ち着くというか、楽しくできそうな。
こーいうムードメーカーはとっても貴重で、人間達の空間を照らしてくれる明りだ。
「やっぱり甘いものは大正義だもんね。怒ってる北野川でも、和ませるんだよ。粉雪さんだってそうだし。キッス様もそうだと思う!一緒にパフェ行ったことないけど」
「みなさんと行ったことあるんです?」
「もーちろん!……キッス様はお誘いできなかったけど。北野川も、粉雪さんと野花さんも、佐鯨くんとか蒼山くんともパフェを食べに行ってるよ!」
えっ……あの蒼山とパフェを食べに行っているの?
表原とレゼン、かなり顔を引きつって白岩を見てしまう。そんなことをまったく気にもせず。
「超おいしーパフェがあるところ知ってるから!すーっごく美味しいからね!並ぶけれど!」
「は、はい!」
お目当てのパフェがある店の前に向かう間に、白岩から沢山、因心界の話を聞けた。彼女からの考えが先行しているため、参考とまでは言いにくいが。
初めて知った事がある。
「へーっ」
「なんか意外だな」
因心界が創設されたのは最近の方であり、白岩もまだ新参の方であった事。
創設期から現時点まで在籍している妖人は、涙キッスと網本粉雪の2名のみ。
"十妖"のような幹部体制ができてから、野花と飛島が幹部に加入。
佐鯨と北野川は歳こそ違うが同期。実際に戦ったこともあるらしい。
古野は見た目こそ40代っぽいが、26歳であり、まだ妖人1年目ぐらいである。
そして、
「あたしと蒼山くんは同期なんだ!だから、仲良しだよ!まだ、4年しか妖人やってないかな?あ、因心界に入って4年が正しいかも」
「よ、4年も……」
「いや、4年しかやってないという意味の方が強いぞ」
キッスと粉雪の2人についてはよく分かっていないが……。
野花と飛島は10年以上も妖人としての経験を持つベテラン。佐鯨と北野川も6年以上は妖人として生きており、それなりの実績と経験、実力を持つ。蒼山と古野も稀有な能力であるため、異例の幹部までの昇格であるが。
「4年で粉雪さんの……クールスノーと互角の実力なんだろ、あんた」
「実際に戦ったことはないけど、あくまでそんなこと言われてるね」
白岩の最大の功績は、キャスティーノ団の前身。エンジェル・デービズという組織を壊滅させた最大の殊勲者、それが白岩印である。
このエンジェル・デービズは、録路も此処野なども在籍しており、戦力的には現在のキャスティーノ団を上回っていた。その組織の大半を彼女が倒し、それ故に因心界の三強と呼ばれるほどとなっている。
実力も、噂も、間違いのないものである。
アホっぽいけど。
「北野川は昔は悪だったけど、今は改心して、みんなの平和のために頑張ってる。素直じゃないけど。蒼山くんは確かに変わってるけど、前を向ける人だと思うよ。なによりメンタルは凄いと思う。あたしや北野川のパンツとか、飛島さんのパンツまで見て、盗ったりするんだから。すーっごい、メンタルないとできないよね!」
「蒼山は絶対違う。あれはガチの変態です。メンタルが凄いんじゃなく、おかしいだけです!」
「この間ので、野花さんは初なのか……」
というか、白岩はいいのだろうか?
「パンツなんて買い換えればいいじゃん」
「それで済みますか!?あなたの方がメンタルは強いですよ!」
白岩印という人物の考え方が少し分かった。
この人物は人の悪いところを見ない。良いところばかりを見てきており、過去に囚われない。こーいう人は少ないと思える。表原の短い人生からしても。
「佐鯨くんはスポーツ万能で羨ましいな。あたし、妖人化してないとのろまだし、おっちょこちょいだし、迷子になりやすいし」
「あ、そんな感じはしてましたね」
「結構あっつーい子でね!単純真っ直ぐ、一途でね!」
「それは見ただけで分かる」
「サッカーしてたり、バスケしてたり、野球してたり、柔道とかボクシングとかもできてて。その道ではすっごーい、スポーツ子らしいの。いいなぁーって思う。同じ学生だし」
確かにスポーツ万能に限らず、勉強ができるというだけでも、同じ学生からしたら羨ましくある。表原も中学生だから分かる。褒められたり、認められたりするのがあるのは、……良い。
「あたしより頭は良いし……」
それたぶん、あんたがアホなだけだ……。
っと内心で留めてあげるレゼンは優しいが
「佐鯨くん、見た目。アホっぽいですよ!頭良いんですか!?あれで!」
ど天然な気持ちからかは不明だが、表原が驚いて聞いてしまう。
「うん!蒼山くんやあたしより、偏差値の高い学校に通ってる!!」
「あんたと蒼山に比べられる佐鯨を皮肉ってんのか?」
歳と経験の少なさから、アホ寄りではある。
「飛島さんは苦労人なんだよね。歳は近いけど、キャリアは倍あるし。いろんな事から教えてくれる良い先輩ですよね!人としてなら、飛島さんがいなかったら"十妖"の大半は潰れてますよ。潔癖症で繊細な方ですけれど、キッスさんや粉雪さんとは違ったリーダーシップがありますし」
「あー。以前、一緒に戦いましたから分かります!安心感あります!すっごく!」
「みんなのお兄さんって感じです!1人っ子なので分からないんですけど、イメージはそんな感じ!」
「あー!私も姉さんって感じに思う!綺麗な人だし。っていうか、白岩さんも1人っ子なんですか!私もです!」
"十妖"のメンバー全員と出会っただけに、飛島とヒイロの存在は大きいと思う。
正直、数多くの経験と常識的な思考を持っているのは2人だけであろう。他8人は鬼畜だったり、変態だったり、アホだったり、よく分からないと……不安な感じがあった。
とはいえ、そんな兄とか姉とかの年上の良さ。レゼンが鼻を高くして
「ま、兄や姉ってのは頼れるもんだよな?アホなお前達の気持ちも分かる」
「!なによー!なんか知ってる感じねー!兄弟について!」
「俺にも妹がいるからな。頼れる兄貴ってのは敬われるもんだ。兄は妹の前でカッコつける必要があるから、大変なんだぜ」
「妖精に兄弟なんかあんの!?」
正直、初耳の表原。色んな意味で驚いてしまう。しかし、そんなことは常識だよって顔で白岩が教える。
「妖精に家族だってあるよー。知らなかったの?」
「知らないですよ!普通、考えませんよ!」
「アホかお前。多くのことは人間だけのことじゃないだろ?例えば、猫だって、一度に沢山の子を産むわけで、兄弟姉妹なわけだ。双子みたいな括りかもしれないが」
「うぐっ……なんか納得し辛いけど、分かってしまう感じだね」
ちょっと馬鹿にされている感あるから
「ふん。レゼンの妹なんて、どーせ。嫌な性格してるし、性根が絶対悪いわ。きっと外見は、照明器具の妖精でめっちゃくちゃな妖人化をさせるんでしょ!」
「妹侮辱すんじゃねぇー。俺ほどじゃないが、結構すげー奴なんだよ。お前なんかと比べる事が罪になっちまう」
「あはははは、まぁーまぁー。喧嘩は良くないよ。それも人と妖精同士。仲良くやんなきゃね!パートナー!愛と友情が力の秘訣なんだよ!」
微笑ましいやり取りだと思って、白岩が言うもんだから。お互いの顔の向きは正反対でもちょっとぎこちなかった。
そこが、ジョークや冗談を言える、ホントの仲だってことが良く分かる。人に容易く伝わるくらいにだ。
「あ、着いたよ!あそこあそこ!」
そして、話しているとあっという間だ。
色んなことを知れて良かった。仲間のことをこれからどー知ればいいのか。聞けばいいのだ、見ればいいのだ。感じればいいのだ。良いところも悪いところも。
「確かに並んでるー」
「でも、これなら20分くらいで入れそう!ここのデラックスバナナパフェはいいよー!」
11人待ちってところ。
「ここってテレビやネットとかで紹介されてませんでした?オススメ洋菓子店コンテストとかで」
「せいかーい!大正解!!この街が誇れる、洋菓子店なんだよ!そりゃも~!粉雪さんも宣伝してくれるくらいに!色んな甘さを引き出してくれる、超絶品パフェのお祭!」
心と胸がリアルで動くほど、興奮している白岩。ここの超常連さんらしい。店にならぬ。天に祈って、食べたいものを幸せそうに妄想し始める。何度でも食べているが
「はぁ~、早くデラックスバナナパフェとミレニアムストロベリーマッチケーキを食べて~、癒された~い」
「結構、大食感?……だから、その胸……」
甘いもん食べ続けてもあまり効果はありません。
ほぼほぼ、遺伝です。諦めましょう。
そして、待つこと15分。
「お待たせしました!2名様ですね!あちらのテーブル席をご利用願います」
可愛いウェイトレスに案内される表原達。
「そうそう、思い出したんだけど。初めて蒼山くんをここに誘ったとき、あのウェイトレスの格好が可愛いって言ってたんだよ」
「それはどっちの意味で?」
「あたしも可愛いと思う。あんな服着て接客してみたい!でも、蒼山くんはカメラで後ろから撮影許可をお願いしてたんだよね」
「ヤバイじゃないですか」
どーでも良すぎる変態情報であった。せっかく自分も、可愛いウェイトレスさんを見ていたのに残念な気分になる。
気をつけろということか。
「表原!違うの頼もう!合わせて4種類食べよう!」
「うーん、食べられるかな?白岩さん、大きめの頼む気ですよね?」
「俺も食べてやるよ。少しはいける」
「じゃーあたしが2つ頼んで、表原ちゃん1つ、レゼンくんが1つ!それで決まり!」
まだ2人共決めてもいないのに、白岩は慣れた手付きで店員を呼ぶチャイムを押す。早すぎるせいで慌てる表原。食べたい甘みを思い出す。ウェイトレスがやってきて
「ご注文ですね……って、白岩ちゃん。また友達連れてきたの?」
「そーですよ!あたし、いつものデラックスバナナパフェ!あとこの小豆抹茶パフェ!レゼンくんは?」
「……あー、じゃあ。ミレニアムストロベリーマッチケーキ」
「うん!ミレニアムストロベリーマッチケーキ!いいよ、いいよ!」
白岩が食べたかったものをチョイスするレゼン。なんか、それを選べよっていう目をしていた。そんな気がしたからだ。一方で表原はテンパりつつも、メニューを指さしながら伝える。
「パ、パイナップルのなんかありますよね!それで!」
「……あー、パイナップルとマンゴーの雲パフェですか?」
「あー!いいの選ぶね!」
どれを選んでも白岩は喜ぶだけであるが、喜べないことが起きる。
「申し訳ございません。実は今日、雲パフェはあちらの方の注文で最後になっておりまして」
「え?」
じゃあ、なにを選べばと混乱してしまう感じになるが
「!!」
「は?」
白岩とレゼンはウェイトレスが導く方に視線をやったとき、驚きと戸惑いがあった。
これから食い尽くしてやると乗り込んだお店はもう、かなり食われている光景。たった一人の男にパフェの大半を食べられていた。ガツガツと20杯くらい……。それでもまだまだある。
「!……なんだ、テメェ等?」
そして、表原達の視線に気付いて、睨みつける男。大柄というよりおデブちゃん。いや、そんなことはどーでもいい。よりによって、
「録路空梧!!あなた……」
「なんだ。白岩か」
敵意のようなものを出す白岩と、しらけた声を出す録路。どこかやり取りに慣れている感じがしていた。
「なんで!!パイナップルとマンゴーの雲パフェを食べてるのよ!!あたしも食べたい!!っていうか、食いすぎ!」
「お前、相変わらずだな……」
敵に。それも、現在最大の敵を相手にそんな言葉を吐かせる白岩はホントにアホだと思った。
◇ ◇
一体これはどーいう事だろうか?
店側もこれを考慮してくれたのは、2人共常連客であったからだろう。
「大分前だが、そんなことあったな」
「ありましたよ!ヒイロを連れて来た時!先にあなたがいて、頼みたかったデラックスバナナパフェを全部食べたのはあなただった!忘れませんよ!」
普通に会話していいのだろうか?それどころか4人席で、向かい合って、第一部のラスボスのような存在と話していて良いんだろうか?
「これいいのかな?レゼン」
「よくねぇけど。白岩が戦う気ないなら、それでいいんじゃないか?」
こーしてパフェを分け合って食べるなんて、どんな状況だ。これ……。こーいう場を作り出せる白岩は天然だけじゃなく、才能もあるんだろう。立場を和ませる力がある。
「俺も忘れてねぇよ。直後、お前にボコられたからな」
「当たり前です!スイーツは女の子の楽しみなんですから!」
「男が食ってなにが悪いんだよ。ったく」
話しの流れからして、白岩がここで本気を出せば。録路を倒し、そのままエンディングに行けそうな雰囲気であるにも関わらず。
「あやうく、あたしと表原ちゃんが食べたかったパイナップルとマンゴーの雲パフェが無くなるところでした」
パフェ1つで見逃そうとする白岩であった。ついでに表原も少量であるが、頂く。邪魔されたが、
「もう3杯は食ってるからやるわ」
「全部寄越しなさい!」
命は助かった録路。甘い物を譲るだけで許されて良いのか分からず、手をつけられない表原。それとは正反対に注文したパフェと一緒に食べまくる白岩。
「んー、サイコー!パフェおいし~」
「……どっちが新人なんだ?お前だけは因心界の中でも調子を狂わせやがる」
食欲失せたという感じではないが、ゆっくりペースでチョコレートケーキを食べる録路。
2人共、戦意がない模様。そーいうときはこーするんだろうか。
そして、表原と録路がふいに視線を合わせたとき、
「あ?そーいや、隣の奴。どっかで会ったか?」
「え!そ、そうですけど」
「表原ちゃん!上に乗ってる妖精がレゼンくん」
勝手に喋るなよ。しかも、敵に……
「!あー、思い出した。粉雪と一緒にいた奴だな」
「は、はい!ですから!なんだって言うんです!?」
「白岩ってアホだよな?」
「そ、そーいうことをなぜいきなり言うんです?」
でも、凄く同意する。
そうしてレゼン共々、縦に頷く。敵を前にして、こんなことをやり始めるのはアホとしか言えない。それと録路も気付いているんだろう。粉雪やキッスと違い、好戦的ではないし、気分によって見逃す奴であることを。
「プライベート中はプライベートのままが良いですから」
「お前、因心界の№3ぐらいだろ?いいのか?それで?」
敵にすら心配される白岩の態度である。
「ま、俺も俺だ。この店をまた営業停止にさせるのは、気分じゃねぇーんだ」
「敵にも色々あるんですね」
敵という存在は、ただただ自分勝手なものだと思い込んでいたが。常に正義の反対をするわけでもない。
そーいうのを間近で知れると不思議な感じがする。
何気ないことであった。
「てっきり、今。あたしや白岩さんを攻撃するかと思ってました。もしかして、油断を」
「常に隙だらけのテメェ等がそんな言葉を吐くのは、恥ずかしくねぇのか?」
あたしも隙だらけなのかと、ちょっと愕然としながらも。横でおいしそうにパフェを食べている白岩を見ると、心配が増す。油断だらけだ。
「んな心配するなよ。表原」
「レゼン!あんたもパフェ食べる気!?」
「録路は妖人化をしていない。先制攻撃はもらっても、こっちは2人だ。どちらかは妖人化できるし、こうした目の前でやるんなら、攻撃をもらう前に妖人化もできるはずだ」
確かにレゼンの言うとおり。録路がここで仕掛けてきても、実力で上回っている白岩なら盛り返せる。油断を曝け出そうと、互いに対応できる状況であるのは事実だ。加えて、どちらもここでの戦闘はもうしたくはない感じであった。1人だけ盛り上がる感じ。間違ってはいないのであるが……
「い、いいの?だって、録路くんって超大ボスなんですよ!一緒に飯を食べるってどーいうこと!?」
「食べてるのはパーフェ!仲間も敵もカンケーない!甘い物、大正義!」
「珍しく、良い意見だな」
敵が録路であった事も幸いしているだろう。
此処野だったら奇襲、強襲。なんでもアリに殺しに掛かっていただろう。
敵と一緒に食べるパフェ。旨いと舌は訴えても、……
「ホントに美味しいですね~」
「でしょー」
「味と評判が合致している」
素直な感想がでる。
仲間だ、敵だの。忘れて一緒にパフェを食べているわけだが、白岩に連絡が入る。
ビィーーー
「もーっ、食べてるときに……」
「電話ですか?」
「!」
録路がそれに反応し、少し身構えた面になるが。白岩はなんら気にせず、電話に出る。
店で電話をするとは少々マナーがなっていないが
「なんですか、粉雪さん。それも自ら……」
『白岩ーー!あなた今、録路と一緒にいるわね!!さっさとぶっ殺しなさい!!』
「ひっ」
隣に座る表原にも聞こえる、粉雪からの直接のご指令である。そして、その声は中身と同じく、録路にも伝わる。
「マルカ。出ろ」
『の、暢気にパフェ食べるのは良くないって言ったじゃん!!』
録路の妖精。オーブンの妖精、マルカが出てくる。一触即発のところ、白岩が録路にも伝えるようにジェスチャーしながら
「嫌です。パフェを食べるのが大事ですから」
どーいう理由だ、それ……?
「革新党のネットワークですか!?まったく、プライベート中に連絡を寄越さないでください!」
『プライベート中だからって!あんた!敵を目の前にしたらぶっ殺せって言ってんの!!マイペース過ぎるわよ!』
電話の内容が過激すぎるのは、粉雪の方だと思ってしまう表原であった。
それと録路とレゼンは周辺をチェックし始めた。白岩達よりも前にきていた録路には感じていた。客としては来ているのかもしれないが、こちらを意識している視線。監視の目。
「……ふんっ」
粉雪の情報網。革新党のネットワーク。
革新党の信者及び、そのファン達からの目撃情報などで相手の位置情報を捕える。1人1人を殺しても、人数は数十万以上。全国各地に散らばっており、これを振り切るのは困難極まる。
仕組みについては、白岩も聞かされてはいる。その上で
「あたしは今、戦いません。ご指令も受けておりませんし、あったとしても。この大切な洋菓子店で戦うことなんか、しーません」
『派手にぶっ壊しても、街ごと壊しても!私達、革新党が建て直してあげるから!録路、殺せ!大チャンスよ!』
「立て直せても、壊れてしまった事実と時間はあるものです!録路くんも戦う気はないし、こちらが戦う意志を見せないのも、パフェの安全だと思います!」
『人間よりパフェか、あんた!?』
あの粉雪を相手に天然の対応で押し切っている……。それだけで表原は唖然として、白岩のやり取りを心配そうに見守っている。先輩であり、年上であり、同格であろうと
「ここを任されているのはあたしです。あたしの判断で、パフェ食べます!」
『あ!白岩!あんたっ!覚え』
ピッ
連絡を切る。とんでもないゴリ押しを見た。
そして、間髪入れずに。表原のスマホが鳴る。当然、相手は粉雪。少し震えた手と表情でそれを理解しながら、電話に出る。
「も、もしもし」
『表原ちゃん。白岩がマイペースだから、あなたが録路を殺しなさい』
「い、い、いきなり物騒な事を言わないでください!こ、こ、粉雪さんがこちらに来て戦えば良いじゃないですか!それまで待っててくださいよ、録路さん!お願いします!あたしじゃ勝てない事は分かりますよね!?」
「待つわけねぇし、お前等の理由も大概だな」
『あたしも暇じゃないのよ!というか、白岩!あんたが戦えばちゃっちゃと片が付くでしょ!ボコりなさい!聴こえているでしょ!』
「粉雪さんの声は聞き取れますけど、内容まで聞こえませ~ん」
『じゃあ、ちゃんと大きく可愛い声で伝えるわよ?』
粉雪の性格もそうであるが、彼女達が持っているネットワークもかなり強力なものだと分かる。
『殺せ!殺せ!!殺せ!!あのど汚い豚をあんた達が解体してやるのよ!』
「電話でなに言ってんですか!?どちらかというと、粉雪さんが戦いたくないからあたし達に押し付けてる感ありますよね!?好き嫌いはそちらも同じじゃないですか!」
『ええ、そうよ。私、汚いデブ嫌いなの。だらしなくて。触りたくないし。汗とか嫌じゃない』
「こっちの戦意を奪ってくるな!」
ぎゃーぎゃー騒ぐせいで妙な注目を浴びる。
録路はそれに嫌悪感を示し、席を離れて。
「騒がして悪いな、俺だけ会計を頼む」
「か、かしこまりました」
店を出る。まだ腹がちょっと物足りないから
「もう一軒、行くか」
◇ ◇
表原と白岩が、録路と出会ったと同じ頃。
この街を訪れた妖精が一頭。人間を使役し、ここまでやってきた。
「ふーーっ」
その人間。性別は男、中年。
ガラガラガラ
人生が情けないと思わせるような、いくつかの清掃用具を乗せた台車を動かす惨めそうなおじさん。
今は妖精に操られているため、白目も向き、気分悪そうにしているのが余計に……。
「良い……良い街だなぁっ……」
不正な契約を結ばされ、意識を妖精に奪われているわけだが。この人間の心の奥底にある、世界や人生の憎みを糧に自分自身の能力と肉体を動かしている。
つまり、持つべき破壊衝動と有する破壊能力が一致し、強大なものになるのだ。
「幸せそうな街、俺を見下しているような街、掃除するぞ、この世界と共に……」
不気味な独り言を発しながら、
サッサッ
「お掃除ご苦労さんでーす」
「どーもぉ……」
この街にあった、とある集合住宅の掃除をしている。葉っぱ、ポイ捨てタバコ、空き缶、紙くず、プラスチックの容器……。丁寧に片付けていく。そして、その貢献に挨拶をされる。優しいものであるが
「ってちが~~~う!!」
「ひぇっ!?」
「何をしているんだ、俺は!!世界を滅ぼす掃除をしに来たのだぞ!マンションの掃除をしに来たのではな~~~い!!」
つい癖が出てしまう、潔癖な性質。
とはいえ
「このような綺麗な街だというのに、ポイ捨てタバコ、空き缶を無造作に捨てるなど!なんと人間は汚い!自分達の手で作り出しておきながら、自分達で放置するとは!!かような事が幾年も続けば、人は人を見捨てる境地に至るのだ!世界を、宇宙を、仲間すら、全てを捨てる悪の生物」
「お、おっさん。大丈夫か?独り言多いし、顔色も悪いぞ」
「頭が痛いんですか?救急車呼びます?」
「やかましい!!今いいところだったのだぞ!!空気よめいっ!!人間共は吸っている清らかな空気の味すら忘れたようだな」
なにも関係ない通行人達に逆ギレしてしまうが、それでも構わないのだ。
この街全てを掃除する。
「レゼン!表原麻縫!街ごと俺に消されるが良い!!」
SAF協会の中で武闘派と呼ばれる妖精、ダイソン!
表原達のいる街に襲撃を開始した。
「ジャネモン!!……っと、生半可な邪念じゃ心許ないか。今出してもやられるだけ。幹部の誰かしらは付いているとシットリが言っていたな」
彼が知っているのはここに表原達がいるという事ぐらい。アイーガの情報を頼りにこの街にやってきたが、傍にいる幹部が
「まさか、キッスや粉雪、白岩でないだろうが。それらに見合うジャネモンを用意しなければな」
フラグをキッチリ回収しながらも、そこまでの準備を講じるあたり。シットリの言いつけと、相手を尊敬し認めている証拠。ダイソンがただの強者ではない事を証明している覚悟。
まだ誰も、ダイソンがいる事を知らないという不利が大きいのもある。
スパアァァッ
特大ケーキを斬って、口の中に放り込んで、胃の中で溶かし消しちまう。そんな簡単で原始的な消失トリックを見せられたかのように、"ある物"を振るっただけで起こった。
「始めようか、因心界。レゼン」
ダイソンの近くに建てられていた集合住宅の全てを、その能力で消し去ってしまう。
建物ごと、人間ごと、消えていく。
瓦礫が崩れる衝撃、音。人が叫び、苦しむことすら全て消えていく。
ダイソンの能力の前に消えていく。破壊と似ているが、消失という現象の方が似ている。
スパアァァッ
表原達はこのダイソンを相手にどう立ち向かうのであろうか?




