Bパート
「ぐおぉっ、ごぉっ……」
そこにあるのは殺意。1つずつ消して、0になっても続くもの。負の値に到達しても続くような、奪い、殺すという運命を背負った男の執念が生んだもの。
人は奇跡というのだろうか、
「ぜ、ぜ、……ぜってぇ、……許さねぇ……」
殺すために生まれた、絶対の自分。
此処野神月の重傷は今も、治療も応急処置もなく、それでも命を繋いでいた。
それどころか、近づいた者が何をしようと殺すという意志が、わずかな命を熱く燃えさせていた。
そして、そんな野郎なんか死んでいいと思っている男が、此処野の隣にいる。
包囲される不正な妖精達に命を狙われている人間2人。
「シットリにアイーガ。……それと俺の後ろにいるのはダイソンか」
アイーガと此処野を救った録路。しかし、そんなことなど関係ないと思っている大ナメクジの妖精、シットリと。コココン同様に不正な契約を強いて、人間を操作しているダイソンの2名は録路を逃がしたくなかった。
敵としてでもあり、利用価値がある男と判断しているためだ。
とはいえ、
「ちょっ。シットリ。ここは退いてあげなよ……」
「少し黙れ。アイーガ」
「はい!!私は退散します!」
アイーガは乗る気なし。礼儀良く言えば大人しく、この場から退散する他なかった。
シットリはジメジメとした戦意を崩さず、録路と会話をする。
「録路。お前達の後ろには"ナニ"がいる?」
録路はその問いに、シットリを馬鹿にしたように。自分の頭を指さしながら
「お前、馬鹿か?それはそっちもだろうよ」
「興味がある。知っているんだろう。お前はそれが同一人物と分かっているはずだ」
"この人間界に今、沢山の不正な妖精を送り続けている輩がいるという事"
「因心界は血眼になってそいつを捜している。私達以外にいる、そんな奴。お前はコンタクトをとっている」
「そこまで頭が悪かったら、もう捕まってるだろうよ。あいにく、俺もそいつを知らねぇ。奴から落ちてくる金と指示でやっているだけだ。人間ってのは、そーいうもんじゃないか?人間じゃねぇから分からねぇか、お前は」
答えないのなら。あるいは……。シットリの指示を待たず、ダイソンは録路に敵意を向ける。それを感じ取り、半身の状態となり、両者と向き合う録路。この不利でも戦闘体勢をとる。
「やんのか?ダイソン。構わねぇぞ、シットリも」
『ちょっ!録路!落ち着いて!二人相手に、SAF協会のナンバー2、シットリがいるんだよ!無理無理!』
マルカが飛び出し、交戦を控えるように声を出す。もっとも
「止せ。ダイソン」
「いいのか?シットリ。こいつ、何か知っているんじゃないのか?」
「録路の言葉に一理ある。"この者"は相当キレる。録路も、"この者"を捜していると見た」
「……ふん。踊ってやる気はねぇんだが。……で?」
因心界における、巨悪の2大勢力。
キャスティーノ団とSAF協会。この2つの組織を出し抜いて、動いている者。
「ぜひとも、"この者"をSAF協会に引き入れたくてな。お前達のような塵屑を扱う者でいるのなら、惜しい存在だ」
シットリのそれは本心である。
そこに……。
「何者か分からぬ以上、目的も分からない。因心界を潰すという側面では、私達は共通の意志を持つ。時間を稼ぎたいというのなら、ジャネモンのアイテムをいくつか譲ってやるし。しばしの間、お前達に因心界の事を任せてやっても構わない」
同盟というより、停戦に近い。
両者の激突を避けた方が、利があるのは当然か。
「どのみちそこに転がってるゴミが、私達のジャネモンをお前に売っている。早くもらってタダでもらうか、遅くもらって金払うか。それだけの違いであるが?どうだ?」
普通であるなら怪しさしかない。SAF協会のメリットを考えれば、キャスティーノ団と因心界を先にぶつけさせ。なんらかの準備をしようとする、そんなところか。
「お前達もお前達で、相当な数の妖精を集めていると聞く」
「ん~?」
「俺はそれをいくつか要求した。此処野にな。少なくとも、此処野の条件の方が俺には合っているんだ。ジャネモンとかいう遊び道具も、妖精の力を介入させていると……俺は予測しているんだがな」
互いに腹を探る。
それも、この場にはいない。裏で動く存在の腹を含めてだ。
分かっている事と、知らなかった事。互いに共有した。
録路も今、シットリが話した情報が確かなら。自分の後ろにいる者がなんなのかは、予想通りから納得いく者に考えが変わった。
「はっ、はははは。俺はお前等も嫌いなんだよ」
「同じくだ」
「人間やってんだ。好き勝手できる力を求めて何が悪い?俺の興味はお前達ほどじゃねぇが、危険因子なお前等と関わる気がないのは、俺と考えが似ているわけじゃねぇのか?そいつはよ」
SAF協会の底は分からない。とはいえ、その構成員の数は妖精がほとんどを占めており、少ないのは事実。弱すぎる者は何も役に立たず、足を引っ張る可能性が高いと見ている。
シットリの性格が反映されている、少数精鋭の構図。だからそいつを引き入れたいのは納得ができる。
因心界の3強。そして、その後ろに控えている妖精の国の総統、サザン。
SAF協会にしろ、キャスティーノ団にしろ。彼等がこれからも戦い続ける相手は巨大な正義の力が詰められている。ひっくり返すのは単純な力だけでなく、優秀な頭脳も必要だ。
「喋りすぎちまったな」
そうでもないと思う。
録路は警戒を解かず、この緊張の中。
「俺は帰るぞ。この処理はお前に任せるさ、シットリ」
録路が視線を落として、此処野のことを指している。
重傷の此処野の事をシットリに任せる辺り、録路からも好かれていない。
「待て。停戦の答えだけは今、聞いておきたい。私達がお前とコンタクトをとるのはそうないのでな」
シットリとしてはここで、録路に『うん』と言わせるまで帰らせる気がない。武闘派のダイソンを呼んだのも、確実に交渉をするためのものだ。
録路も当然、それを把握している。むしろ今。
「シットリ。俺はお前達が嫌いだ。なぜなら、この馬鹿と同じく人間を殺すこと、滅ぼす根本しか見えないからだ。そこに利用される意味はねぇ。つまんねぇよ」
「……決裂か?死にたいって事でいいんだな?」
「!」
シットリの殺意に周囲の者達が身震いするほどの威圧。味方であるダイソンも危険と判断し、ペースを護るために録路に半歩近づいた。そして、録路自身も飛び出しているマルカに触れ
「行くぞ、マルカ」
『!す、するんだね!?』
妖人化。
「『このナックルカシーに食えねぇもんはねぇ!』」
力には力を。
これで対等な立ち位置で話し合える。
懐から取り出したチョコを頬張って、臨戦態勢のナックルカシーは
「なっほど。お前、強いな。領域がちっと見えたくらいだ」
現状の自分とシットリの差を素直に認めつつも。
「だが、それで。俺がお前に従う意味にはならねぇ。そーやってくる輩だからこそ、余計にお前達の事が嫌いになる。手段選ばないのも、1つの手だけどな。お前はそれを真っ直ぐ、信じて選ぶ」
力の貸し借りじゃない。ギブアンドテイク。その価値は様々だから面白い。
契約の中身はかなり録路に不利、無益があるが。
シットリにとって、もっとも嫌な要求を録路はすんなりと言った。
「此処野を助ける条件でやってやるよ。生きててもどーしようもねぇ、クズなのは認める。俺がお前の話しに易々乗れば、此処野なんか要らねぇもんな。むしろ、今が最大の好機だ。……へ、汚ぇ手使いやがるよ。ナメクジらしいぜ」
その挑発にシットリがナックルカシーににじり寄る。分かった上でやっているとしたら、利用価値と同時に、殺害価値も増すというものだ。
精一杯に、知恵らしい頭が出した答えは。
「それで済むのなら、此処野を助けてやる。だが、こいつの生死はどーでもいいだろう?尽力の限り、手をやっても死ぬ時は死ぬ。どーなろうと私には関係ない」
「おう。俺も此処野なんてどーでもいい。お前がムカついている面、見たかっただけだ」
録路と此処野を同時に消すというのはまだ得策ではない。まだ両方には利用価値がある。
シットリの頭は自分を傷つけられてでも、信仰している者のためにその足と姿で生きることができる。
本来の強さに加えて、精神的な部分の強さも計り知れない。
取引の上ではSAF協会がキャスティーノ団を取り込んだとも言える中身。録路にアイテムといくつかの妖精を渡し、無事に帰らせる。
その確認をとった上で。
「ダイソン」
「おう」
「因心界も動く。おそらく、キャスティーノ団を先に狙うはずだ。そこでお前には、レゼンの抹殺の指令を出す。幹部共がまた散り散りになる、わずかな時を狙え」
「!!俺が行くのか。俺じゃあ、"消す"しかできねぇぞ?」
「構わない。アイーガは最低限の事をやっている。こちらで追跡さえできれば、レゼンを仕留める機会はある」
レゼンの力に適合者が追いつけば、キッス、粉雪、白岩と並ぶかもしれない。それはルミルミ様の危機に繋がる。
味方に引き込むなどという悠長で甘い考えは、敵に嵌められる。妖人とは、成りたての頃が最も不安定なものだ。ダイソンはアイーガとは違う。確実にレゼンを消す、戦闘特化の妖精だ。
◇ ◇
そして、場面は野花家が運営するホテルに切り替わる。
ボオオォォンッ
コココンの死亡により、彼の持っていた異空間を作っていた貝殻が破裂し、中に閉じ込められた者達は解放された。
「これも僕のおかげというわけか」
相手を嵌めるという事に特化した分。異空間のセキュリティや容量、規則は貧弱な部類。
キッスのような人外身体能力を基本に持っていれば、中から打ち破られた可能性もある。あるいは、スカートラインがやろうとしていたように、外から大量の異物を投入されての空間破壊もある。
強い奴には滅法強く。弱い奴には弱い。コココンの能力はそーいうものだった。
もっとも、接近されて攻撃された以上。全てにおいて彼は負けたと言える。
バサッ
囚われた者達は詰め込められた衣類などの柔らかい物資が、クッションとなって無傷となっていた。
「ふーっ……。飛島と蒼山がやってくれたわね」
「た、助かった~……」
初めて、異空間に閉じ込められる恐怖を知った表原。シーツに包まれての脱出であった。
「あーっ。ビックリしたぁ」
「急になんか拾ったら、閉じ込められるし」
妖人じゃない者達にとっても衝撃があったのは当然だ。
解放されたからといって、物資が散らばった状態。
「汚れちゃって、よろしくない」
元の位置に戻すことであれば、蒼山が後処理をやってくれるであろうが。汚れたり、その最中で壊れた物を直すというのは難しい。人間のようにほぼほぼの再生が備わっているわけでもないし
「桜お嬢様!ご無事ですか!?」
「ええ。大丈夫よ。ただ異空間に閉じ込められただけだし」
「本当ですか!?本当ですか!?」
「平気、平気。あ、レゼンくんに。セーシ」
元はといえばって、そんな感じに。
セーシは野花の手に渡れば、彼女に話した。
『野花がちゃんと妖人化すればここまでの事はなかっただろ』
「仲間を信頼するのも、仲間だから」
『上手い事言って。だったら、お前の力を信じるのも仲間だろ?』
「そっちこそ」
なんだかんだで。絶妙な信頼感がある野花とセーシ。一方で、レゼンには……。
「レゼン!怖かったよーー!」
「ただ部屋に閉じ込められただけだろ?」
「そ、それでも全然動けなかったんだよ!こー手足が少ししか動けなくて!しばらくしたら、飛島さんと一緒に色んな物が中に入ってきて!服とかシーツとか、色んなものがドバーーって、窒息しそうだった!」
「分かった分かった」
「もーっ!なんで怖い思いばっかりするのー!あたし、最悪だよーー!」
その年頃らしい素直さ。怯えぶりが自然なものだった。体験語って、自分が酷いって事を伝えるから。
「お前が無事でホッとしたよ」
「え」
「いやホントにな」
あの鬼軍曹が、デレる。
小さい妖精のくせに、兄貴気取り。それとも親気取りか。
「囮にするのは予定通りだったけどな」
「なっ!」
それでも弄りという口の悪さは健在。レゼンに怒りながら、囮に使われたことを注意する。今度はレゼンに囮をやって欲しいと訴えた。
「野花さん。大丈夫ですか?」
「飛島。ありがとね。これからの後始末は私が引き受けるわ」
「あの馬鹿を少しは使ってあげてください」
戦場の死者は、最初の見せしめで死んでしまった者達だけである。
蒼山が自分の転送した物をその能力で元の位置に戻していくが、
「ちょっと!これ私の衣類なんだけど!汚れてるわよ!」
「こんなトラブルに巻き込まれたから、会社に遅刻するじゃないかー!」
「因心界!ちゃんとこーいう事に対応してくれるんだよな!!」
その間にも、コココンの襲撃によって、住民達、利用者達からの声が広がる。無論、助かってホッとしている者達もいるのであるが。
「妖精の襲撃が起こるなんて!ちゃんとした抑止が機能しているのか!?」
「本当に暮らしは護られているのか!?」
厳しい声の方が比較的高い。野花は自分達の従業員も使って、保障などや安全面についても説明していた。飛島はこの場を野花と蒼山に任せ、表原を連れて撤収。
「ひ、飛島さん?」
「あなたがいてもしょうがないわ」
「この前もあったろ。しょうがないことだ」
敵を倒してもその爪跡は消えない。因心界の力があっても、敵を倒すことを重点に置いている。
その後の保障なりは因心界やそれらをバックアップする組織、保険会社とのやり取りである。
飛島は表原を車に乗せ、病院に戻っていく。
「怪我はしてないですよね?」
「は、はい!」
飛島は運転しながら、キッスに連絡。蒼山の無事の発見とコココンの襲撃の件を報告。またキッスの雑事が増えてしまう中身である。
「私共の戦いにはいつも損害があります。キッス様が掲げる、戦わない抑止力は素晴らしいものと思いますが。不正な妖精には、そのような法など無意味でしょうね。キチガイには通じない理屈と同じです」
「あのラッコみたいなのが不正な妖精なんだ。レゼン」
「……ああ。色んな妖精いるけど、あーいうタイプは自分本位で人間界をメチャクチャにするからな。生きるためとか、自分の快楽のためとかな」
コココンは後者タイプ。SAF協会は前者タイプ。
まだその辺の妖精事情や人間事情を詳しく知らない表原にとっては、ただただ純粋に。
「どーしてそんな事をするの?」
疑問である。
本当にそれを思えば、
「コココンのそれは明らかに遊びだが。妖精だって生きていくために、やるつもりの奴もいるんだ」
「その境界線をいかに判断するかは社会の法ですね。その法も、我々因心界が絶対を持って、通すための力が必要なんです」
単純な力がなくてはルールはできず。ルールができても、力がなくては護れることではない。
それだけではない。
「例えば、そんなことをしなきゃならない人間や妖精がいたら。助けられる環境を作りたい。そんな願いを因心界の所属者は持っていようと、社会も人も、妖精も。なかなかできず、出し抜き助かりたい者がいるのが現状です」
「………誰もが平和とか、幸せを望みたいとか」
「上手くいかねぇさ」
レゼンの言葉はかなりの現実主義的なもの。
「ぶつかり合って比較するからこそ、平和とか幸せとかが生まれるもんだ。讃えられる者には、当然、下がいる。どっちが良いかどうかは、考える必要もないけどな」
まだ経験の浅い表原には知る必要はない。いずれ、自分自身でぶつかり合う。正義の矛盾。望まれている事の違い。
金と秩序のための法の遵守。
因心界が戦っているものは、正義の強さに比例するように、SAF協会だとかキャスティーノ団だとか。単純な悪の組織との戦いだけではなかった。
「今日はもう散々だったし。ゆっくり遊べ」
「え!?いいの!?レゼンらしくない!!」
「…………」
遊べ……そーいう言葉は、"忘れろ"って意味だというのを飛島はすぐに理解した。自分も最初の頃、人を救うために戦っていた。それでも、護りきれないものがあれば、例え敵を倒しても周囲から批難される現実があった。どうして自分はこんな正義を護るのだろうと、苦心もした。生き残る大切さがあっても、生き残ってしまう罪もある矛盾。
だったら、もう辞めてしまった方が………。その時、消えてしまえば良かったと……。
それでも護りたかった者まで捨ててしまう事を、時間の中で気づく。
強さを捨てるというのは、勇気とは違ったことだ。
前を向く。吹っ切れている人もいる。深くは考えない馬鹿もいるし……。
もっと先を見て戦っている者達もいる。
「あ、そうだ!レゼン。あなたもゲームしない?」
「なんでだよ?興味ねぇよ」
「いや、レゼンの事がムカつくから!華麗なテクニックで私の凄さを……」
「だったらなおさらしねぇよ」
「…………」
精神的なギブアップをさせない。それが罪かどうかは、その分岐点で決まる。
レゼンは判断したんだろう。まだ表原には自分の命の責任だけが限界であることを。レゼンにいくら力があっても、表原の意思が砕かれ、立ち上がれないのならもう使えない。
彼女にはそーいった背景はない。
今、形成中だからだ。どーなるかは本人次第。
次回予告
キッス:ルルよ。次回予告に出て、大丈夫か?ここはお姉ちゃんのソロパートでもいいんだぞ
ルル:大丈夫だよ!お姉ちゃん!!むしろ、そっちの方が心配!
キッス:次回
ルル:『因心界”十妖”の集結!白岩印の登場!!』
キッス:うむ、完璧だな。いよいよ、白岩の初登場回か
ルル:……お姉ちゃん、なんで表原も会議にいるの?あたしを入れないでさ……。
キッス:まだ安静にしていなさい。病院を護っていてくれ




