Aパート
「始まるぜ」
「!」
ナックルカシーがそう言った時、マジカニートゥが驚いたのは無理もない。
「……”今から”だって言うんですか」
此処野も、金習も。
激しい戦闘をしていながら、互いに測っているだけのもの。力量を探るのも大事だ。
ザバアアァァァ
此処野も金習も、冷たい海水に両足を浸かりながら……。
此処野はジャネモン化をしながら、アタナを構えている。自ら動こうとせず、金習の動きを待っているようだった。それは金習も気付き、先手をとる
ザーーーーッ
海水が入ってくる。金習が下半身に力を入れると、両足が肥大化していく。
「!!」
すでに人間ではない性質。膨れ上がる身体は明らかにパワーだけを発しており、
「やべぇ。マジカニートゥ。捕まれ!」
「え?」
護る都合を考えるナックルカシーが、いち早く、金習の動きを察知した。その察知があろうことか正しく
ドゴオオオォォォッッ
此処野に向けて襲い掛かる、大津波となっていた。
「ぎゃあああぁぁっ!!蹴りで津波を起こしたーー!!?」
「人間かよ、こいつ!?」
マジカニートゥとレゼンが驚き役と状況解説役を兼ねている。しかし、ナックルカシーと、金習と戦う此処野は冷静で静かに、この状況に対応する。ナックルカシーが気付いたということは、此処野も気付いている。
ドスウゥゥッ
アタナを突き刺した。それを杭として、津波から耐えようとするなら、この一手で終わっていただろう。此処野が瞬時にやったのは、天井への突き刺しだ。上へと逃げたのだ。
起こした津波で足をとったところからの猛撃。それを防いだ形であるが。海水を蹴り上げ、金習の周囲は濡れた程度の床。津波はフロアの壁にぶつかり、波及。一瞬で荒れる海を再現。そこに
「!」
鞭の如く、撓りながら、上へと逃げる此処野を追撃する、金習の伸びる左腕。アタナを防御につかったことで、この速攻。此処野も蹴りで応戦した。お互いにぶつかって、金習はすぐに察する。
先ほどの人間状態よりもパワーが大分上がっているな。
あの姿はジャオウジャンと似ている。その類でも、自分をコントロールができる奴もいるのか。白岩を洗脳するような事ではなく、自ら望めばできるのか。
一撃の中で冷静な思考。そして、金習が引き起こした大津波が、今度は自分自身にも返ってくる。そのまま弾き返してもおかしくはないスペックではあったが、あえて金習は津波に巻き込まれたのだ。
ドバアアァァッ
自滅……。
そう思えるが、あれが人力で発生させた津波くらいで死ぬわけもない。跳ね返って来た波ということもあり、その勢いとパワーは大きく減少もしている。
「津波を利用して、海中に隠れたか!」
まだ決して、海水の量が危機的なものではないが……。フロアを平坦に流れる水も、一か所に固まれば相応の水量となる。流れる水の中に隠れることで、マジカニートゥもナックルカシーも警戒せざる負えない。おまけに
「海中に隠れたんじゃ、此処野さんは探知もできないじゃないですか!」
”シャイニングレーダー”での感知は、アタナの光を浴びた者の位置を特定できる。しかし、水面や鏡といった、光を反射・屈折させるところに対象者が入ってしまうと、光が弾かれて探知ができない。金習はそれを知っているわけではないが、地味に厄介な手段であった。
ザーーーーーッッ
流れる水の中にいる金習を捜す3人。未だ、天井にいる此処野は動けない。視野を広く保とうとする中、まともに動けないところに、水の中から突如として放たれる、水飛沫。
液体である海水を掴んだイメージで放たれ、性質はそのまま。しかし、此処野の身体を蜂の巣にする水飛沫。
「ぐっ」
銃弾ほどの威力はないが、怯みや削りには十分。海水という状態ながら武器としては十分過ぎること。
なによりも……。金習の学習能力の高さからして、この技法を高められる事も容易。
「最初は上手くいかないな」
金習本人も、今のは上手く行かなかったと認める。液体がモノを切断、破壊をする事もある。その威力を今、この実践で学習、会得をしてもおかしくはない。そして、あえて言うなら
「ジャネモン化してなきゃ、今ので終わってたぞ!」
身体能力の強化が入っている此処野が怯んだ程度の威力。もし、生身の人間が喰らえば、即死か良くて、致命傷。肉体レベル、技術レベルは今の時点でも成長余地を持ってのこと。
金習の一撃一撃が必殺に近く、隙を見せたり流れを掴めば、あの世に送れるほどの実力者。レゼンがこの人間の底知れなさ、不気味さに声を荒げるのもおかしくはない。”妖人”の存在価値を失うほどの人間の強さ。
「あれを人間としてカウントしていいの!?壌さんとかいるけど!」
次の攻撃を喰らうまでに対策を講じる必要がある。
だが、金習は水の中。海水も増えていく始末。戦闘で悩みを抱けば、隙になる。此処野がすぐにアタナを天井から抜き取り、金習が潜んでいるかもしれない海中へと投げ込んだ。だが、アタナの投擲は此処野を床に落とす事。津波の勢いは落ちたとはいえだ。金習が利用する海水とぶつかること。
ドゴオオォォォッッ
アタナの投擲で金習をやったか、そう思う奴は誰一人としていない。金習からすれば、平然と避けられる。そして、そのまま此処野に襲い掛かろうとする。
「!!そうか!」
此処野の狙いが金習ではなかった。フロア全体に海水が流れ込んで、やがては海水に包まれるってんなら。……さらにフロアを広げれば良い。アタナの投擲は風呂の栓を破壊するのと同じく、床に大穴を開けて、海水をさらに下へと流すルートを作ったこと。
様々な軍事訓練を再現できるフロア。しかし、この軍事施設の構造は地下7階と大変に大きい。それでも再現できるということは、このフロアの広さはもちろん、再現するための壁や設備が備えられている。此処野は床をぶっ壊すことで、海水を下へと流し、仕掛の1つを無力化させていく。
しかし、そうしてできた隙。
「武器がない君はどうする?」
金習が一気に此処野との距離を詰めた。彼との格闘戦を選んだのは、絶対に逃さずに仕留めるため。アタナがいなければ、瞬間移動もできやしない。当然、握らせもしないと金習は迫っている。
バギイイィッッ
「っっ!」
「くく」
金習の拳と此処野の膝。人体でも硬い部位で応戦したのに、ダメージが蓄積されるのを感じ取る。
槍使いであるが、格闘戦だって自信を持つ此処野だ。身体能力の強化も相まって、金習との格闘には望むところもあった。そんな中で
「すぅー」
「!!っ」
此処野にとっては、”知っている寒さ”であった。
金習がそれを使ってくることは、別に武術を学べば辿り着く事である。この距離で息を吸い込んでの連撃は、一度どころじゃないくらい、知っている。
現時点での身体能力でも負けている上に、技術面までそのレベルで来られれば、わずかな防戦が常に張り付いて死まで追いやってくる。対処の見誤りの一つが重くなる。此処野はそれを知っているから、金習の攻撃が止むまで間違えずに防御し続けること。という以前からの対処では足りないと、経験から分かっていた。
攻撃の予測、攻撃の長さ。これが学習をし続ける金習と相性が良く、わずかな優勢をそのまま押し切ってくるのは何事にも大切だ。
ゴガアァァッッ
「っ!」
一発一発が急所狙いであり、ガード越しでもこじ開けてくるパワー、回転数が上がってくる攻撃の数々。
金習の猛撃を目にしているマジカニートゥ達も
「あのままじゃやられますよ!!」
「防いでいるだけじゃダメだ!反撃を少しでもしねぇと、此処野がやられちまう!」
マジカニートゥとレゼンが此処野をよく知らない故で、その劣勢を声に出したが。ナックルカシーはまだ平常であり、むしろ
「あれくらいならなんとかする。そーいう顔だ」
ジャネモン化してなきゃ、間違いなくやられていただろうと思う。凌げている時間が増えている。
素の身体能力がそれでも金習に及ばねぇとしても、ただの殺戮馬鹿のままじゃなかったようだ。レゼンの言う通り、反撃の1つで連撃を止めるが正しいが。それすら読んで、防御を崩すのも危険。此処野はそーいう反省を活かし、絶対に崩さずに反撃するというシンプルな対処法を講じるのは正しかった。
「!」
金習が此処野を猛撃ですぐに沈められなかったのは、この人物の情報を学習しているためもある。
感情のまま、一気にやるというのはなく。確実に殺すなら、相手を知るのは大事だ。
故に、自分の体が異形でありながら、人間の形状で此処野を追い詰めていたのは、お互いにまだ冷静さがあること。仕掛けるにしても、小手調べだった。
グググググッ
金習の鳩尾付近から、ありえぬ筋肉の揺らぎ。続けて、右肩の上からも揺らぐ。
此処野が相手を把握、視ているという認識の広さは、常に人間を相手にしたものではないと、金習の思った通り。
グイィッ
新たに腕が2本も生えて来た上に、それが此処野を正確に襲い掛かると来た。手数が増えるだけで、今のこの防戦を突破されることは、普通に思うところであったが。此処野はすぐに金習の左へ位置をとりにいった。
「また腕が増えた!しかも速い!」
普通の戦闘タイプであれば、それに絶望し、防御を崩してしまっただろう。しかし、此処野の動きは自分の身体から無数の腕を生やす行為を、人間で維持するなら怖くねぇと分かっている動き。むしろ、今は的を増やしているもんだと……
ガギイィッッ
「へぇっ」
確かに手数が多くなった分、一撃の間隔は早くなったが、此処野という動く上に防御もする的を捉えるには”攻撃の隙”が少ない。此処野を狙える打撃の数には、限りがある。早くなったと感じるのは一瞬であり、タイミングを変えてきたという金習の動きに動じなかった。
そして、この猛撃をただ受け続けているわけもない。
”すぐ”にそうしなかったのは、此処野もまた駆け引きを望んだからだ。
金習の猛撃を確実に止めるには、相対する彼の虚を突くか、防御を崩さない反撃が必須。その後者の選択で確実なことは、金習の背後から攻撃を行うことだ。投擲したアタナを光に変えながら、自分の手に戻す間
「!!」
あの槍。光に変わったり、発生させるだけじゃなく、手元から離れても精密な操作ができるのか。
バッッ
両者のバックステップ。それが金習の猛撃を止めたという事実、此処野がひとまず凌いだという事実。そうなる。
アタナが槍の形状のまま、此処野の手に戻って仕切り直し。
金習が気付かずに攻撃を続けていれば……
「おしーい!あいつ、気付かなかったら、背後からグサッて刺せたのに!っていうか、卑怯な作戦だよ!」
「「お前が言うのかよ……」」
「え?なんでレゼンもナックルカシーも私に訊くの?」
不意打ちを対策とするのはどうかと思うが、あの猛撃を止めるには良い考えである。
「金習にダメージ覚悟で喰らう気はないし、その隙がありゃあ、十分に距離はとれて落ち着けるか」
ナックルカシーから見て、此処野のここまでの動きは100%。いや、120%と言えるくらいの立ち回り。自分達がこうして観戦しに来るまで、凌げていた事も含めてだ。
金習にはまだまだ……全然見えてこない、余力がある。
右肩と鳩尾付近から生えた腕を元に戻して、再びの人間の形状のまま
「ちょっと侮っていた。君も中々やるなぁ」
「……………」
「一連のやり取りから、君は私と会う前から色々な経験を、その若さでしているようだ。異形達との触れ合い期間が長いのかな?」
対処法が違うであろうが、ナックルカシーが戦っていれば、此処野よりも遅れてはいたし、損害はより大きいだろう。
此処野がそーいう対処をし、金習がその感想を率直に述べたところは……お互いを良く知ったという印象だ。
「まぁな」
金習の人体変形に驚きもするだろうが、そーいう奴を此処野は知っている。それも間近に。
津波に対しても、……いずれは、自分の手でぶち殺す野郎にそーいう対策をするべきだと、アドバイスをもらった事もある。
一匹狼を気取っても、生きていれば誰かのおかげを感じ取る。
「舞台を変えさせてもらおうか。君が床に穴を開けるから、海上戦ができない」
ゴウンゴウンッ
海水が止まり、次の舞台は…………何もない!
「な、なんか。普通の……障害物やら何もない感じにしましたね。良かった」
「市街地、海上。その次に、何もなしか」
「…………」
障害物や建物がなく、かといって、リングのようなモノもない。
「殴り合う興行はつまらないんだ」
「そうか?」
アタナの光を満遍なく広げられるのアドバンテージもあるが、金習にとっても、全員が隠れられないステージと言える。なにより……。
「小細工が得意そうな君を正面から潰すのには、これも良いでしょう」
「おう、言ってろや」
果敢に攻めても、此処野がそう崩れるような奴じゃないと分かった。
そして、学習できたことがいくつかあり、それが次の……ある意味でステージに立てたこと。
金習が構え、此処野がアタナを構えて迎え撃つところは変わりない。
常にそーいう形成でいることは此処野にも、あからさまな狙いがあり、金習がそれに気付かないわけもない。とはいえ、そーやって先手をくれるのならば、……お言葉に甘える。
着実に……
「!!」
此処野が金習と相対する時。今までに感じた事のない、プレッシャー。
ギュギュッ
何もないステージだからこそ。一気にバックステップで距離をとったのは、明確な逃げである。背中を見せなかったのは当然とはいえ、
「なにを露骨に退いてるんだ。あいつはまだ何もやってねぇだろ」
ナックルカシーも苦言するほどの、急な此処野の行動。そして、驚きのある表情だった。
何もないって状況は実力差をより体感できるモノであるが。
金習は嘲笑うことなく、此処野へとゆっくりと歩む。
「…………」
その歩みよりも大きく、此処野は後ろへと退く。間合いを詰められる事を拒否しているのだ。
彼が見えていたものが。
「……マジか。このやろー」
平然とその域まで、行ってるんじゃねぇ。
冷や汗をかきながら、今の金習とどうやって戦うかを練る。




