Bパート
童話にもあったか。幸せの青い鳥。あれはどーいった話だったか……。
「!!」
錦糸が青い鳥となって、舞い散らした青い羽。それに触れたクールスノーは、いきなり別の空間に飛ばされた。雪雲を産み出し、自分のフィールドを作れるクールスノーの戦い方からして、こーいう転移は振り出しにされること。
そして、飛ばされた先というのが、これまたファンシーというか。非日常的というか……少なくとも、ステージの上に立っていた。ステージの外側、360度は全部が客席のようになっており、人がいたり、全然違うキャラクターがいたりと、アバターのような雰囲気を出す者達が客席でワチャワチャと騒いでいた。
「……………」
なにここ?懐かしい感じだわね。どっかのコンサート会場?
敵はたぶん、あの女か。
クールスノーが舞台の上から慎重に見渡していれば、空を飛んでいる青い鳥を見つけ、それがゆっくりと降りて来てクールスノーと同じ、舞台の上に立つ。
「ニシシシチャンネルによ~こそ!!ここは私、錦糸千登勢が作って来た動画の世界!!世界に伝える、発信基地!!ここではフォロワー達の”思い”が全て!!チャンネル登録と高評価をお願いしま~す!」
人間と鳥が、半分半分となった姿で、クールスノーにこの異空間についての説明をする。
暴力の化身とも言えるクールスノーも迂闊には手を出さず、かといって信じずも、錦糸の言葉に耳を傾けていた。
「ここから出たければ、この空間の創造主である私よりも目立たなければいけないよ!!制限時間は12時間!!無名のアカウントで頑張りなさい!!」
「……………」
辺りを見渡している。クールスノーは舞台や客席の様子を見ていて、ハイテンションな錦糸には少しだけ顔を向けるも、スルーしては
「えっ!?ちょっ!私の話を聴いてる!?」
錦糸の言葉を無視して、クールスノーはゆっくりと舞台から降りて、遠い客席の方まで歩いて行った。突然の行動に錦糸も自分に意識を向けないかと、声を出したが
「はいはい。分かった分かった。あとで相手をしてあげるから」
「あ~~?なに、あんた~!?その態度は減点よ!!視聴者を舐めてない!?」
クールスノーが行動に移した。舞台から降りて、客席に足を運んだのは……そこに座っている、人間とも人間じゃないとも言える、キャラクター達の様子。見ただけでアバターであるのは確かであり、それを確証させて、錦糸の言葉と共に推理する。
「…………ふーん」
動画の世界か。つまり、客になっているこいつ等は、視聴者ってわけね。どんな能力かはまだ未知数だけど、こいつ等を味方に回す方がこの空間だと有利になるわけね。あの鳥女が戦闘を得意としてるわけじゃないだろうけど、攻撃を無効化するタイプは十分に想像できる。
トットットッ
客席の奥は背景の壁ね。ステージは中心部に位置してるだろうから、……賽玉サッカースタジアムと同じぐらいの広さか。リンクしてるわけじゃなさそうだけど……。空には雲がない。ここはドーム状になってると見て良さそう。雪雲を発達させるには時間が掛かりそうだし、あいつになんらかの妨害も予測しないとね。
クールスノーが慎重にこの空間を把握する事に時間を掛けている。もちろん、この空間の創造主である錦糸よりも理解する事はできないだろう。何より、まだ攻撃の1つも見せていない。錦糸の様子からして、クールスノーの承諾。あるいは、彼女が言う時間制限が攻撃の一種だろうか。
そーいう事も含め、クールスノーは外側の様子も確認しておく。
ハーブも驚き、賞賛する行動として、異空間に封じ込められても現実世界に雪雲を残したままにする、精神力。
雪の降り方は落ち着いて、攻撃性を失っているものの。雪が感じ取る情報は、クールスノーにも届けられていた。
「…………」
ヒイロとハーブがそのまま戦闘中ね。処刑台にはルルと飴子ちゃんかしら?、それとイチマンコ。北野川は別のところ。……表原ちゃんと黛ちゃんがいない?キッスもいないみたいだけど、あいつもこーいう空間に飛ばされたとは考えにくいわね(レア度からして)。雪が届かない室内に入っただけの可能性がある。
雪が把握できる敵は……ハーブの1人だけ。つまり、こいつの味方はもういない。
借りにするのは嫌だけど、この勝負はもう好きにした方が良さそうね。
現実に置いて来ている雪雲のエネルギーを、今いるここに運び込めれば簡単に大雪でこの空間を覆い。錦糸の言う、この異空間も破壊できるかもしれない。しかし、雪雲を解除する事はできても、それを回収できるかは未知数。
それにこの空間の全容も分からない以上は、奥の手はいきなり使うべきではない。
錦糸の言動は戦闘向きではなく、搦め手。そのルールはこちらも知るべきだ。
「…………」
一度、客席の方から舞台を見ると、色んな小道具が見えた。……というより、ゲームを開始した合図はもうできたって事で、錦糸が具現化したといったところか。
「お?舞台に戻ってきたねぇ~。もう始めちゃってるよ~!」
ステージの上にある七色の針を持った大きなアナログ時計。長針が一本、0の位置。そいつが1週すれば、12時間。
そして、クールスノーのためにか。用意された小道具は、動画撮影用の道具一式、投稿するための方法。そして、謎の8面ダイス……。
「カメラとか動画投稿は知ってるよね?今時、知らないって遅れてるわよ」
「親切にありがとう。私、知らないわ」
「あはははは、お・ば~さん。どーしようもない人」
錦糸千登勢は軽い口で煽りながら、クールスノーにと近づいて来た。それはもはや無防備であり、クールスノーが牽制がてらにしては、本気過ぎる高速の一撃を放つに絶好機。
バギイイィィッ
何一つ反応できず、錦糸の首に直撃したクールスノーの拳。その勢いで錦糸は軽々と吹っ飛び、舞台の外へ追い出した。個人としては、
「舞台に戻って来なさいよ。もう始まってるんでしょ?」
ここで錦糸を戦闘不能・殺害をする事、空間から出られるのなら話が早かった。とはいえ、こーいうふざけた空間で、本体の命を簡単に奪えるとは思わなかった。
「……殴ったね?あぁ~、たぶん、痛かった~」
その”たぶん”って言葉に、理解すらできていない。クールスノーも手応えがあり、錦糸も舞台への復帰の仕方を見るに、錦糸はこの空間内では、無限残機型。
「リセマラ?セーブ&ロード?」
例え、死ぬダメージを与えても蘇って来れる。
「私は結果、死ねばいいんだけど」
「無理でしょ?絶対に無理!ここなら何度でも私は蘇る。どんなに死のうが、記憶も忘れて蘇る!」
記憶データを流して生まれるアンドロイドみたいな存在としていられる、ある種の無敵。
空間の創造主とは、絶対的な優位がある。力技による突破は、かなりの難易度がある。空間の破壊をしなければおそらく成しえない。それは、今のクールスノーの状態ではちょっと難しいのは事実。
まだ、錦糸の空間の全容は把握できていないし、持久戦に持ち込むような戦闘の方が有利なタイプとして
「あんたのルールで戦うしかなさそうね。あんたを殺すには」
「今訊いちゃうことかな~?前の私は許さないわよ」
短期決戦はやっぱりなし。クールスノーがこのまま暴力で錦糸を甚振りまくっても、疲れるだけで成果を得られない。無限残機型は、究極のところを言えば、本体の諦めがないといけない。あるいは、敗北感。違う土俵で負かせても、それはそれ、これはこれ。そーいう人生ってあるだろ?
無限残機型の生命力を見たことで、確信した事は2つある。
1.クールスノーの能力を半減・無効化する手段は、この制限時間内なら存在しない。
2.現実に置いて来ている雪雲のエネルギーは、この異空間にいても回収できる可能性が高い。
いきなり全力でぶつかれば、この空間をぶっ壊して、錦糸を現実世界でぶちのめせるが……。それからハーブとの連戦を考慮すると、やりたくないわね。ヒイロがちゃんと弱らせてくれりゃあいいけど、この戦闘力0の女に、こっちが100%を出し切るってのは割に合わない。少なくとも、今はまだ……。
12時間の制限も嘘じゃなさそうだし、用意されたもんでこいつに対抗しておくのが、今の最善ね。
「あ、教えを乞う感じの顔ってできます~?」
「あら?そーいう顔はできないんだけど、どーやってこの道具を使えばいいのかしら?それと、あんたの戦うやり方を知らないと何もできないんだけど。説明不足は知能の低さよ」
もしも、戦い方がタイマンという想定ならば。錦糸千登勢は、ここでクールスノーに無限残機と称される生存方法すら、突破された事だろう。それに気付いている側、気付いていない側。
クールスノーは、”才能”はともかくとして、”経験”と”努力”、”知略”に関して言えば、錦糸は並かそれ以下。この空間能力は、クールスノーの経験からして”才能”在りきじゃないとできないと褒める。
「しょうがないなぁ~!」
もちろん、錦糸が赤羽よりも馬鹿ではない。むしろ、一般人的な考えはある。理性も知性もしっかりとある側だ。クールスノー達が考えてる領域とは違うとは述べておく。
錦糸が嘘を交えて、クールスノーにこの空間のルールを教える事は本人の気質からはなかった。それが彼女の深層心理とも言える行動。だが、表向きの彼女はあくまでクールスノーを、この優位な状況でも自分の”優勢さを示して”の勝利。
「さっきも言ったけど、この空間はフォロワー達の”思い”が全て。いっぱい情報を発信して、フォロワー達から評価をもらいなさいな。私も当然増やすけど、あなたの無名なアカウントが私のフォロワー達の”思い”を超えた時、この空間から出られる。ま、あなたは0からで、私は約10万人っていう大差があるんだけれどね?」
とにかく、SNSのアカウントを駆使して、”GOOD”や”フォロワー”を獲得していかなければならない。12時間という短い時間で、10万人以上の”フォロワー”を手にする。
そして、当然ながら、この間に錦糸ももっと”フォロワー”を集める努力をする。
どう考えてもこの勝負で勝とうとするなら、強さよりも知名度であり、12時間という制限時間も極めて短いこと。言葉を伝えてもサラッと流れるが、SNSの常識とも言えるルール。
「撮れ高を狙えってか?」
クールスノーは用意してくれたスマホなどを持ちながら、錦糸に確認をする。見た感じ怪しい感じはなく、具現化されたものでも一般的な奴。動画の撮り方やSNSに投稿するまでも、分かりやすく載せているサイトまで付けている。
「正解!!それこそ全て!!私もあなたも、撮れ高目指してGOGO!」
理解が早くてノリノリで踊る錦糸であるが、それくらいは把握できている。分かってないのが、お互いが手に持つ8面のダイス。面は、”A”~”H”。……と思いきや、バラバラだ。”A”、”K”、”C”、”J”、”H”、”X”、”U”……。この8面。クールスノーが握るダイスには、そう書かれる。錦糸の方のダイスはどうなっているか、ここからでは詳しく分からない。
ただ、直感的に
「このダイスは、撮れ高をアシストする道具と見ていいのかしら?なんの意味か分からなくて、私は振りたくないんだけど」
そーいう意図だと思った。そして、それに律儀に答えてくれる錦糸は、決して伝わっても問題ないから
「きゃはははは!分かるんだ~~!!そうそう!そのための、このテーマダイス!!」
SNSはなにがバズるか分からない。だからこそ、それができたときの興奮は忘れられない。
クールスノーが警戒するこのダイスを、錦糸千登勢は振ってくれた。
出た目は、”N”。これはクールスノーにもない、ダイスの面。
「”N”か……と来れば」
”N”……”N”が出てくるモノは……。
錦糸の背後で空間が歪んで現れ始める場所は、巨大な外国の街とそれを示す立派な自由を象徴する女神像。
「ニューヨーク!!」
「!!」
その頭文字で始まる”地名”や”場所”、”状況”。これらは空間の創造主である錦糸ですら分からない。
できた空間の中に入れば、そこで自分が色んな行動ができる。ただし、制限時間は10分まで。一通り、スマホで撮影をし、SNSで投稿をする。これが互いの撮れ高を高めるための道具である。
ダイスは一度使用すれば、また違う面を表示する。それもまたランダム。
錦糸はお手本として、空間への出入り、動画撮影、SNSへの投稿までもちゃんとクールスノーに見せてあげる。そして、
ピロリーン
「わ~い!フォロワーが増えちゃった~!!……という感じで、あなたも頑張るのよ!制限時間を過ぎたら、どうなるか……教えないけどね」
無事じゃ済まないのは確かだろう。
そんな無謀な戦いを強いる錦糸は、さらに絶望感を見せるように、お互いのフォロワー数を表示する機能もこのステージに表示させる。
「あは!今ので、13万2009人の登録者になったわ!さぁ、頑張るのよ!!」
「……………」
舞台の上に突っ立っているだけでは、このフォロワー勝負に勝てる見込みがない。とはいえ、自分の積み重ねと同じように……むしろ、それ以上な行動ができる錦糸だ。
どんなやり方であれ
「ふ~~~ん」
クールスノーは諦めた。
なんとまた舞台から降りて、客席に向かうのだった。これには錦糸も注意するし、このお助けするダイスの活用しない事にもだ
「!ちょっと!!ダイスをステージ外で振っても、意味がないわよ!!空間が変わるのは、ステージの上でだけ!!あんたの後ろにマークしたところ……」
「分かったわよ。実演ご苦労」
撮れ高を得るには、色んな場所や状況を……。そーいう親切な指導にすら、耳を傾けず、クールスノーは……強引にもお客様として座っているアバター達を乱暴に飛ばして、自分の席を複数奪い取り
「じゃ!私、5時間くらい寝てるから。制限時間が6時間になったら、起こして頂戴」
「……舐めてんの?……動画制作も有名になる事も、大変なのよ……」
「あー、はいはい。それじゃ」
ふざけた態度。錦糸のような立派な動画投稿者、SNS信者からすれば、暴挙的な行動。だが、それもそのはず。クールスノーはそーいう人間ではない。そして、その側面に立たないからこそ、物事を別で考えている。
SNSの評価でこの空間の勝負が決する。
そーいう解釈が正しい。そして、錦糸が真っ当に続ける努力、視聴者に応えるような企画・実行。純粋に溢れることだ。
眩しすぎる。
「ちゃんとやりなさいよ……」
そこに影はできる。
「ふふっ……」
せいぜい、ムカつけば良いわ。
SNSの評価が正しい?周りの意見を集めるゲーム?……違うわね。
この勝負(使い方)は、”他人をいかに蹴落とすか”の戦い。
”精神の削り合いよ”
「……すーぅ……」
この空間内で堂々と眠るクールスノー。
彼女の戦略は、およそ真面目に望む者からすれば憤慨するべきことであり、そーいう……所謂、人間にある負の感情。それを利用する事であり、そーいう妬みや嫌悪こそが、人が覗きたがる事を理解している。
人を讃えるという事は、案外、心からできるモノではない。それは自分がその人より劣るという明確な事実であり、不必要に輝くから目が眩んで、判断を鈍らす。
それよりも、……だ。
「もーっ、真剣にやりなさいよ!あんた、12時間過ぎたら、私の玩具になるんだからね!」
制限時間を過ぎて敗北した場合、錦糸の言う事しか聞かない玩具となってしまう呪い付き。そんな敗北後に待ち受ける脅しすらも、寝ながら躱してしまうクールスノー。
目の前に競いたい相手がいるのに、見向きもされないこと。
「私がもっとバズって焦っても知らないんだからね!!」
錦糸はクールスノーの態度に腹が立つ顔をするも、カメラの前ではそれを見せないよう振る舞う。自分自身もダイスを振って、色んな場所で撮れ高を狙う。
注目される事が喜び。
「イースター島でモアイと一緒!顔も同じマネ~!」
それが自分自身のため。
「今度はエッフェル塔の上でダンス~!」
この能力を使えれば、色んな自撮りができて、多くの自慢ができる。自分は他とは違うことを伝えられる。
「滝行体験!体も張っちゃう、錦糸ちゃんだぞぉ!」
色んな方法で自分をアピールしまくる、その度に少しずつ増えていく。継続は力なりと示すように。
一方でクールスノーは
パシャッ
自分に夢中になっている錦糸の隙を付き、何かをしている様子。錦糸と同じく、自撮りの類をしているのは確かではある。しかし、お互いのフォロワー数を表示しているボードに、クールスノーのアカウントは変化なし。
いくつかを撮り終えた後、自分が宣言した通り。一休みの仮眠をとる。
錦糸はクールスノーが寝ようが、自分のために自撮りをしまくる。ここは自分の世界。そう思っているが、……フォロワーという他人から見られる事がどーいう事を示すか。そう深くは考えていない。
シンシン…………
遠いところからのSOS。
絶対に錦糸にはバレないようにと、、最大に警戒しての最短の攻略。
クールスノーのメッセージを”受け取った者”は、水面下で動いてくれた。あとはその準備が整うまで、時間を潰すだけ。
「すぐに検索すれば出て来たわ」
気が進まないな。
しかし、それが一番良い作戦であるのには違いない。瞬時に敵の有利過ぎる状況で、必殺の砕き方を編み出せるのは、性格はもちろん人格としても問題がある。そーいうところも人として好めるし、部下として従え、仲間としても頼もしい。
このクソ度胸と戦略。
「……すー……すー……」
もし。
錦糸千登勢が愚直に発信を続けるというのなら、クールスノーが大逆転できる。相手に掛けている制限時間は、逆に言えば、錦糸千登勢にもあるペナルティー。
幼稚にも、その優れた情報発信ツールへの理解が甘ければ、どうなる事か。
「……すー……すー……」
1時間、2時間、3時間……
「いえーーいっ!!15万人の登録!!ありがとうございます!!」
4時間、5時間、6時間……




