Eパート
悪への躊躇い。人の思う、”これくらい”ならいいだろうという、ほんの小さな邪念は小さな成功と共に育まれ、やがて、手に負えず、法にも裁かれる狂暴さになる。
とても小さな邪念であり、誰しもいつかは使っては忘れてしまう、悪の心。
ゆっくりと確実に成長していき、自分を狂わせ、滅ぼす。
「そーねっ……」
どうして成長をするか?答えは単純であり、悪にも正義にも、同一の結果がある。
”成功という体験”である。
誰しも嘘をついて、得をすることもある。真実を話さず、助かった事もある。学んだからこそ、正解を出せた事もある。なにより、性質が悪いのは”失敗した”という事でも、悪い意味での体験である。次への反省として、その悪の心は育つ。
「今日は何にしようかしら……」
一人の主婦はスーパーで今、今日の夕飯を何にしたいかという口ぶりをしながら、商品棚に目を通す……。その目は明らかに狙っている目だ。考えている事もきっと違う。なぜなら、この主婦は……
”今日はどの商品を万引きしようかしら”
ちょっとした出来心だった。自分と夫の少ない収入では、子供にも満足な食事を出せないし。自分の推しも応援できない。
そうだ。これは自分の家計のため。物価が高くなる社会が悪いんだ。万引きは、万引きされるような店が悪いんだ。
そのような心にもう、体は支配されている。毎日とやってきて、コッソリと盗む……1品2品。……やがて、高いモノへと変わっていく。こうして成功してきたからだ。例え、見つかった時も金を払って謝って許されたことっ……。いいんだ。これくらいの悪さはみんなしている。
自分だけじゃない!!周りだってみーーーんなしているっ!
「……………」
万引き(欲しい)商品に手を伸ばしたその時。主婦脳内から全身に行き渡った、”ある”こと。
それからは全てが白い世界に包まれ、まるで天国と錯覚するかのような……
「あれ?」
ハッキリと意識を取り戻した時。スーパーから出ていた主婦のカバンには、それはもう自分が驚くべきことであり、はち切れんばかりの量の商品が詰め込まれていた。当然ながら、こんな数の量を買った覚えはない。そんな金もない。これは間違いなく、自分が、万引きをしてスーパーを出たという事だった。
そして、それを証明するかのように……。
先ほどまで主婦が立っていた商品棚には、到底できないであろう空っぽの商品棚が出来上がっていた……。
◇ ◇
ブロロロロロロ
ブゥンブゥンッ
「おせーぞ!このクソ車っ!」
後ろから煽り運転をする車。前の車が遅いからと苛立った車の運転である。蛇行運転、クラクション。そこには相手を見下すという人間の無意識もあり、そのエスカレートの果ては……自分の力の誇示。
人間不思議と、車に乗ると気が強くなるという。
強くなるという事は、良い事である。しかし、”強くなるという気”だけでは勘違い。その勘違いが生み出す、もう1つはきっと、本人には幸せの1つには入る快楽であろう。しばらくに、欲するモノだ。
「あー、鬱陶しいっ!!」
一気に車のアクセルを踏んで、自分の運転を見せようとしたその時。
「あれ?」
運転手の1人はいつの間にか、病院の中のベットの上。それも左足を骨折した状態らしく、ギプスをされて吊るされていた。
さらに思わぬ事に、ベットで寝ている自分の傍には警察官や弁護士、被害者の皆様もおり
「あなたは煽り運転によって、こちらの方のお子さんとぶつかり、大怪我を負わせました」
「は?」
「あなたには刑事責任はもちろん、慰謝料などを含めたお金が……」
「は?」
「ウチの子は来年、中学受験なのよ!!なんて事をしてくれるの!?」
「は?は?は?」
な、何が起こってる!?なんで俺が病院にいて、ガキを轢いちまったっていう話になってるんだー!?金なんかねぇよ!もう仕事もできねぇじゃねぇかよ!!
◇ ◇
「まったく、酷い会社ねぇ!!」
女性のお客様が一人。
頼んでいた通販の衣類が届いたわけだが……
「全然っ、カタログと違うじゃない!!私のウエストでパァンパァンじゃない!!これじゃあ、着れないわ!!文句言ってやる!!」
よくアリがちな企業へのクレーム。お店に対する不満を吐きたいのは、自分への不満の裏返しだとも言うが……。そーいう事なんて人生にいくつあるか分かったもんではない。
コールセンターが使える時間になったと同時に、クレームだと意気込んだ。
文句を言うための衣類もテーブルに乗せ、10:00丁度となって、女性は電話をする。
プルルルルル
「もしもし!!」
こんな人を騙すような事をするんだから、怒られて当然である。
【お電話、ありがとうございます】
機械音の指示に従い、番号を押していき、担当が出て来るまで待つ……。
相手方が電話に出た瞬間
「あれ?」
いつの間にか、自分はスマホの通話を止めていた。
「あれあれ?」
時計を見るとコールセンターが開く、10:00から……いつ間にか、コールセンターが閉じる、18:00まで進んでいた。そして、それはスマホの時計じゃなく、テレビの時間、置時計の時間。
果てには、空までもだ。もう太陽が沈んで、月が昇るほどの出来事。
「嘘!?もう、18:00!?昼飯も食べてないわっ!夕飯の支度もしてない!!……あれ!?なんか、ウエストが細くなったような……」
◇ ◇
「あーもう、会社潰れねぇかな!!ぜってー、辞めてやる!来月、辞めてやる!通勤もしたくねぇ!」
誰しも思う出来事。自分の会社が潰れて欲しい。学校が潰れて欲しい。
そんな冗談だけど、本気で思う。嫌な事がある、あったとすりゃあ、一日でも早く終わって欲しいモノだ。
男性会社員は常々言うのだ。
「あーっ、早く仕事が終わらねぇかな!?」
自分のロッカーの前でグチグチとぼやきながら、今日の仕事をする。
ホントに労働とは面倒である。ムカつく事だらけ。もし、もし、もし、……3段階くらいの保険を掛けて願うことは。
この社内をグチャグチャにしたい。目一杯暴れたい。
俺はこんなところにいてはいけない人間なんだと、高慢にもなって暴れたい。
「えーっ、先月の売り上げについてだが……」
上司達の無意味な会議。やる意味が分からない仕事。
生まれ落ちて培った理性を突破し、行動さえできるのなら、自分からこの会社を潰してやりたい。ムカつくしかない事をして、お金を稼ぐなんてしたくはない。
グググッ
男性会社員は拳を強く握った時。それを、……
「あれ?」
男性会社員はいつの間にか、会社に出ていた。そして、退勤時間をとうに過ぎていたこと。
「まぁ、いいか。さー、家帰って、ゲームするぞー!」
意気揚々と帰っていく会社員であったが、彼がいたはずの社内は……倒れている上司や同僚。強盗が入ったとしか思えないような、荒された仕事スペース。後日、彼が警察に捕まって、解雇を言い渡されたのは当然の事である。
しかし、男性会社員はそんなことを”覚えて”いない。
◇ ◇
時間の感覚は個人で異なるものだ。だが、多くの者が抱く時間の感覚で正しいこと。
それは紛れもなく、幸福である時間はとてつもなく早いのだ。
「これがお前に宿った力だ。赤羽」
人間が持つ幸福とは”思い通りになっている”瞬間である。
行動の善悪に関わらず、自分の思いが行動にできるとはそれほど幸福。老いた時にはもう遅いくらいだ。何気ない事が幸せであると。
「……実感ねぇな。これ、凄いのか?幸せにする力みたいな感じか?」
人を幸せにする能力と言えば、聞こえはいいが。ちょいと違う。
みんながみんな。不思議な事に、幸せだったり不幸だったり、波が激しいものだ。赤羽の解釈では、この力を理解するには足りない。
「世の中は、”自分の思い通りに動く”。俺もお前も、そーいう権利があっていいはずだ」
1つ1つを説明したいが、赤羽をして
「長い!!」
「いや、短ぇよっ!」
簡単なんだが、赤羽がそれを理解する気がないというのが問題である。彼には授かった能力と、どこからか分からない強い自信と身体能力の強化を感じる。汚い体を捨てる事ができ、新たな肉体を手に入れた感覚。
「まぁいい!いいもんもらった!じゃーな!」
「あーーっ、ちょちょっ!!」
生まれ変わったという実感が、すでに赤羽の幸福を支配していた。謎の無敵感。謎の自信。酷く言えば、ただの勘違い。だが、凶悪な”邪念”を発するのは、そーいう強くて禍々しい、”思い込み”というものだ。
人が思う力とは強大であり、その方向が間違ってしまうと、誰にも止められない。
「言い忘れたが!!これだけは言う!俺もお前も、命を狙われる立場になった!」
「はぁっ!?じゃあ、要らねぇよ!!」
「もう遅ぇよ!!契約しただろうが!」
「契約違反だ!!なんで命を狙われなきゃいけない!?」
だって、お前が聞かなかったじゃん。という真っ当な悪の意見を言うところではあったが、ハーブとしては意外にも叱咤から入った。
「どっちも変わらないだろ!!今のお前と俺は!!」
あれこれ言いたいが、これでハーブの準備は整った。傍におくことで安心して行動ができるものだが、これは自分と同様に制御不能の化け物。ハーブはその力を与えたことに後悔はない。後悔をしてしまうのなら
「全力でこのしょうもない世界に訴えろ!!それさえしてればいい!!俺はお前の全てを肯定する!!」
「……………」
おそらく、同種。おそらく、相容れない。
分かっている事は、この世界でただ一人しか存在しないことだ。
ザッザッザッ
「赤羽。お前とはもう2度と会わない。だが、思っていることは意外にも同じ」
社会や世界への憎しみだろ?
俺達で壊そう。
◇ ◇
赤羽は自身の能力の恐ろしさを把握してない。
まだ彼の能力は使用段階。実験中。実用化には至っていないレベルである。害こそあれど、その恐ろしさにはまだ人間の悪い感情がある。それが事実。良い事よりも悪い事の方が、幸せになれる時は多い。
「酒とタバコをやってねぇと、生きてられねぇぜ!」
幸せになれる瞬間はホントにふとある。仕事の合間の一服。あるいは、仕事終わりの嗜み。
一人の中毒者は、すでに赤羽とハーブの”炎”の熱を帯び、残すはその瞬間だけを狙っていた。
タバコの自販機を前にその者は
「タバコ、タバコ」
ジュポッ
一本の煙草に火を灯すと、いつの間にか
「!!?ぶふぉっ」
10箱以上のタバコを丸々口の中に入れて、吸っているという異常な光景。
「げほぉっ、おえぇっ!?なんだあぁっ!?」
当人が混乱するのも無理もなく、そして、咽る。たまらなく咽る。突然のことですぐには気付けなかったが、
「おぉっ!?おぇっ……」
いつの間に、俺はこんな大量のタバコを吸っていたんだ!?まったく、覚えてな……。
「ごほぉっ!!ごほおおぉっ!ぐ、ぐるじぃぃっ!息が……」
中毒者には見えない体内。今、彼の体は数十年の時間、タバコを嗜んでいた事になっていた。それは一瞬のことである。
「おおぉぉっ!?死ぬぅっっ」
髪が抜け落ち、色素を失くして、白髪になる。唾液も汚れていき、歯が抜け落ち、肺に至っては死にかけの高齢者と違わぬほど、酷い有様。
ものの5分で苦しみのたうち回って死んだ。
◇ ◇
ゴクゴクゴク
「………うぷっ……」
「あ、あの……店のビールを全て飲んで、大丈夫ですか?」
「……………」
頼んだ本人としては、1杯のはずだった。しかし、気付けば店の中にあった24本のビール瓶。アルコールの類の全てを飲み込んでいた。それは体のSOSを発するまでもなく、
バタァンッ
「た、倒れたーー!!救急車!!救急車!!」
アルコール依存症。それがさらに短時間で凶悪化し、体全身がアルコールとなったと言える状態。そして、それを止めることは誰にもできないのである。ホントに一瞬の内で行われてしまう。
なにより性質が悪いのは、この現象に見舞われた当人は……まったく、このことを記憶・把握をしていない。
タバコの異常過ぎる本数に気付かず、体が酔っ払ってもまるで分からず、万引きをする行為にも気付かず、暴走した運転も覚えていない。
この力は、”自分を思い通りに動かす力”でもないし、”人を幸せにする力”でもない。
本質は違う。
こいつの恐ろしさ。
◇ ◇
「今日は新台の4パチといこうか」
朝から並ぶパチンカス達。少ないお小遣いから、頭を痺れさせてくれるパチンコを求めてやってきた。
開店と同時に、目当ての台に座り、タバコとお酒、おつまみ……。
1万円分の玉をケースで購入し、
「いざ!」
パチンコを始めたと同時に
「あれ?」
いつの間にか、パチンコが終わり。
自分の横には10箱分のケース。財布の中身はスッカラカンで、いつの間にか貯金にしていた口座からも金を降ろして、パチンコにのめり込んでいたようだ。すでに時間も閉店間際。
「おいおいおい!!」
勝ったか、負けたか。よくは覚えていない。
パチンコをやっていた事を忘れている。
「財布の中、スッカラカンでもう夜じゃねぇか!!今月、どうするんだよーー!?」
◇ ◇
「やっぱり『美少女剣士、アゲハ』はたまらんですなぁ~」
ゲーム好き、アニメ好き、漫画好き。色々、いることだろう。
彼等・彼女達も例外ではなく。
「シーズン3まで、楽しむぞ~~」
長編アニメのシリーズ物。連休になったらやりたいものだ。映画やドラマの一気見は至福。
自分達が楽しむ、それを視聴する。
ピッ
「あれ?」
OPが始まったかと思えば、すぐにEDが流れてしまう。そして、周囲と同じように時間が流れてしまう。
始まりと終わりを自分が決められる立場であると……。
「アゲハちゃんが見れないよーーー!?なんでええぇっ!?」
必死に最初から再生を連打するも、再生されるのはOPの数秒と、EDの数秒だけ。
漫画も同じく、1巻の1話を読むと、いつの間にか最終巻・最新刊の最後のページにスキップされる。
ゲームに至っては、起動とEDだけの悲しいリピート。
体験できない娯楽。
「ふあぁっ!?あれぇっ!?」
一人空しく。何十回も最初からアニメを見る事をしてしまった男性は、
「俺の腕が白い……。それになんだか、眠くなってきたし、……体が変に重いし」
永遠の幸せを望めば、終わる最後でようやく気付ける。自分の体の圧倒的な変化。
「俺、白骨化してるじゃん、やっだ~~、死んじゃうよ~~……」
ガシャァンッ
自分が白骨化するまでアニメを見続けてしまうという異常。それでいて、アニメの事を何も覚えられないという不幸な死。
副産物の現象ではあるが、確実にみんなが奪われているのがある。
この力の恐ろしさは、
”幸福・快感な時間を得られない”
というものである。
次回予告:
キッス:気味が悪いねぇ~
粉雪:今更、何言ってんの。
ヒイロ:とんでもない事をするんじゃない。
…………
表原:いや、あんた等ノリノリなんかい!!ヒイロさんまで!
ヒイロ:俺は断ったつもりなんだが……
キッス:この構図で描きたかったんだって。全然上手くいかなかったけど
表原:それならキャラを合わせなさい!雪使いの粉雪さんが真ん中で、光使いのヒイロさんが右で、トップのキッスさんが左って!……でも、性格的にはしっくり来る!
白岩:あ~あっ、ホントならヒイロの代わりにあたしなのに~。
ヒイロ:さすがに話の展開を考えて、俺がやることになった。不本意だがな。
表原:次回
キッス:『因心界 VS レイワーズ!そんなの気にして生きてられるか』




