Eパート
自分の新たな視界はしっかりと捉えていた。
「その白い膜。……ヤバいな」
ペドリストの姿が白く美しく見えるのには、本人の清潔さだけでなく、その周りにも汚れと呼ばれる存在が小さく消えているからだ。ペドリストの近くには何も残らない。
わずかな粉塵も、ペドリストの白い膜の中では消えていく。優れた視力が、その白い膜に触れて何が起こるかまでも捉える。
「小さくなるのか。それに触れると……」
能力を常に発動することで無敵。だが、それは能力を開示してるも同じ。気にも留めないほど小さい物体がその中でさらに小さくなるのを捉えた肉眼。ペドリストの能力の性質に辿り着ける事は、金習の異常さを知るに十分。
相手がどうとかペドリストには関係もない。
「今からそっちに行く」
「君がいくら近づいても、私は近づけないんだろう?」
ペドリストは、言葉と共に金習に進んできた。その歩幅を見てから金習もゆっくりと下がる。
1,2、……明らかにペドリストとの接近戦はNG。金習は確信できる。
それでもペドリストは金習に近づくのだ。この無敵バリアを張っている限り、なんであろうと小さくし、無力化させる。死んだことにすら気付けないほどの凶悪性。
ペドリストには自信があったが、金習は看破する。
「しかし、なんだ?……君、どうして”歩いている”んだ?」
「!!」
「今の君は間違いなく無敵だ。走れない体にも見えない。それをしない理由はなんだ?」
無敵が必ずしも、最強ということでもない。そして、どちらも勝者とは言われない。
「君を見てすぐに気付いた。言うなら」
ペドリストが多少、戦闘への意欲を見せたところで激しい戦いを好まないのは分かる。無敵を称することは、平和や防衛に近く、そして、素晴らしい。だからこそ、この言葉が似合う。
「愚かだ」
「……………」
敵を無に帰す、無敵ではない。敵を寄せ付けない、無敵でもない。
ペドリストらしく言うのなら、”敵を敵とは思わない無敵”と言える。
死んだことにすら気付けない凶悪性も、互いに深く悲しむことをしない慈悲があるかもしれない。近づけばどうなるかを、すぐに伝えられるという点も、対処を講じたりや敗北感を知るにはとても分かりやすい。
金習の強さは前者となる。彼が多少の恐怖はすれど、それにビビることなどなく、頭をちょっと捻ればペドリストの攻略は難しくない。
”本体のペドリストが激しい動きをとれない理由は”
「君自身も危ないか。もしくは、より被害を増やすかのどちらか」
おそらく、後者だろうと金習は直感する。
ペドリストはなんでもかんでもその無敵バリアで小さくさせるが、”ペドリストが歩いてくるということは”、彼の足元はその能力を無効化させているか、おそらく、張っていないか、……極端に弱体化させているか。
いずれにしても、
「心も力も制御できない奴は、弱者にも敗者にも満たない。……生物失格!お前は戦うに値しない存在だ!」
ペドリストと”戦うこと”で勝利は掴みとれない。奴は、誰だろうと敵とは認識しないからだ。
そんな存在を負けさせるというのなら、ペドリスト自身ではなく、”別の誰かや別の場所”を奪い取ること。
例えば、大事なモノを人質にとったり、……例えば、自分が大事に思っているところとか。
バギュウウゥゥッ
「!!」
島が泣いた。
地面が食われる音というのは、土が鉄を喰い、水が海に挑み。……自然界の断末魔と言える音。絶対に勝てないモノに、何度も挑み続けさせられる。涙を流そうが、諦めたいと心を決めようが、そんなのを認めさせない。これほど残酷なモノはない。
その残酷を続けて、打ち勝ったところで……弱者はホントに強くなったと思うだろうか?
「失礼。私もやってみたいだけなんだ。ワクワクするというのかね?」
「じ、地面を手で食っているのか!?」
金習の左手が一瞬にして、龍に変化し、地面に……エロシュタイン島に突き刺したと言える。
荒ぶるように龍は島を地中から食い始めていき、島の崩壊を早める。
龍の腹部は金習の左肩付近に備わっているのか、左腕が膨張し始めて、大砲をも超える威圧感になる。
ズボオォォッ
「!!そ、その姿っ……」
ペドリストは金習の左腕を見た瞬間……色もそうだし、何より龍に変わったその姿は、エフエーの髪と同化していた龍に酷似していた。龍の口がペドリストに向けられ、禍々しい光を発生させながら、冷たい風を放つ。
無敵バリアがなければ、その殺戮に対して淡々と驚くことはできなかっただろう。
ビカアアァァァッ
禍々しくも眩い光は生物の思考を止めさせ、辺りを高熱で包みこむ。その後に来る、体を四散させるほどの強風に、食った地面をさらに固めた砲弾に変え、対象者へと放つ。
ガゴオオォォッッ
船底に穴が開けば、船が沈むように。海から顔出させるための地盤が、半分以上も削れたとすれば……。確実に島の崩壊は起こる。金習の一撃……地面を喰うことも加味すれば、二撃となるが。
この自然界の力を利用した咆哮は、近代兵器として売り込めるくらいの威力がある。しかし、それを持ってして
「無傷。そして、届かないのか」
「……エフエー、メーセー、キョーサーの能力を合体させたのか」
ペドリストを狙っていた一撃!その余波で島を半壊させようともしていた!
「君の中から感じるのは、僕の仲間だ。……それをこう利用するのかっ……」
「3……いや、4だろうね。私達を相手に、君1人でそれを耐えたというのなら」
それほどの合体技を”単独”で防いだペドリストの力は、
「ここにいるんだろう、3人よりも……”単独”という点では君の方が上のようだ。素晴らしくて困るな。私は君を評価せんのだがな?」
紛れもなく、レイワーズの中でも”別格”と呼ばれるだけのモノを持つ。
しかし、その力を自分のためでもない事に使うという点では、レイワーズとして失格。”邪念”を動力にしている生き物として、失格。
ペドリストVS金習。金習の最大の攻撃を持ってしても、ペドリストのバリアを破れない限りは、ペドリストの敗北はなく。金習が愚かにもペドリストの無敵バリアに触れるというミスをしない限り、敗北はない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
互いに決定打なく、先に訪れるのは島の崩壊。
そして、海中戦になることだろう。
いくら無敵バリアを張れても、海中でそれを維持し続ければ……やがて、全てを自滅させる事になる。ペドリストがそれを知らないわけがない。護りたいモノのために戦うのなら、そんな選択をとれる奴じゃない。一瞬でも解除すれば、本体のスペックが高くないペドリストがすぐに力尽きるだろう。
一方で金習は、数刻程度なら海上を走れるほどの身体能力に加えて、近くには自分が保有している潜水艦がある。倒して勝てるというわけじゃないが、確実に逃げ勝てるというものだ。
「……………」
どんなに
「……ありがとう」
どんなに金習と戦っても、ペドリストがここから生還する見込みは皆無なのだ。
”みんなを救いたい一心”
自己犠牲。それで構わない。揺るがない。”邪念”とは程遠いが、そんな気持ちもまた、生物が持ってはいけない邪悪な感情だった。全てを救うことは、この世界にあってはいけない感情であり、思想なのだ。……悲しい夢なんだ。
「寝手。最後に、君と出会えて良かった」
◇ ◇
「ちゅ」
ペドリストが島に残るという判断。
それが結果として、金習という存在の上陸に繋がり、……確かに”生還”は皆無であっても、”勝利”できる可能性がないわけではない。
「……ちゅ~……」
ようは、島の崩壊よりも先に、金習を小さくして無力化ができるのなら。それはペドリストの完全な”勝利”と言える。どんな形であれ、金習が小さくなってしまえば、島の崩壊から抗う術はないし、自分が上陸してもなお続けている砲撃に巻き込まれて死ぬ事もある。
ペドリストに、無駄死になんかさせたくない。
崩壊する島の物陰に隠れ、やってきた侵入者を見る一匹のネズミ。
「……………」
青色の一つ目鼠。これはペドリストのペット(?)と言える、あのネズミくんであった。
彼が生物の肩より上に行く事で、体が徐々に小さくなっていく。攻撃的なことはしないが、群れで襲い掛かって表原達を小さくした実績を持つわけだが……。今のペドリストが本気の状態では、その人格戦術ならぬネズミ算戦術は使用できない。
”無敵バリア”がそれほどの出力であり、自分に回せる力が限られているのだ。
だから、ペドリストはネズミくんを同行させていない。寝手達と一緒に島を離れろと伝えていた。
それを許せるものか。頷けるものか。自分と同じ存在がこんなことをする。恩にしろ、背負い込みが過ぎる。……それはネズミくんも同じ。
「ちゅ~」
”無敵バリア”に金習が触れることはない。だから、自由に動ける自分が金習の隙をつき、小さくする。幸いなことにペドリストも金習も、自分の存在に気づいてはいない。瓦礫の隙間にいる小動物の気配になんか気づかない。必ず、その機会はある。
問題があるとすれば、金習の無力化までに至る時間。ペドリストが”無敵バリア”を解いて、攻めに出てしまうこと。
1分、……2分……。
決して長くはないが、金習を相手に1分以上も体に触れ続けるというのは現実的ではない。数秒ならともかく、それ以上となれば……不可能ではないが、厳しい。それを分かっていても、進まなきゃいけない。
ネズミくんは冷静に金習の隙を伺う中で、その機会を見出す。それは金習がこの島を半壊させた攻撃にある。
島の地中を喰いまくり、エネルギーに変換して、対象にぶち込む。
ペドリスト以外でその攻撃を完全に防げたかどうか、……。だが、それほどの攻撃には明らかな隙がある。さらに、ペドリストが攻撃を未然に防ぐような行動はできない。
島の崩壊がペドリストの負けとするなら、金習がその時間をあまり使いたくない。必ず、もう一度やってくる。ペドリストに対しては無効であっても、島には大打撃を与えられる。
「…………ちゅ~」
ネズミくんは、その隙を突く。
金習に触れるまではできる。そこから1分以上もあの破壊力が傍にいる中で、凌ぐこと。自分の体の小ささ、小回りの良さ。それが大技を用いる金習とは対となって、勝算をわずかに高めている。
ペドリストと金習の対決の中。落ち着いて、見逃さず……。
「……感謝は済ませた」
ペドリストが肝を冷やしつつも、彼自身の勝利条件には金習にこの”無敵バリア”を触れさせること。
ようは接近する事だ。
身体能力の差が歴然としており、島の崩壊を少しでも食い止めるのが役目である以上、”無敵バリア”の解除はない。歩くのみだが、金習に近づくが……
「まぁ、まともには相手をせんよ」
金習もそれが分かっていて、決して、ペドリストから視界を離さず、かといって近づき過ぎない。間合いを20mほど、余裕を作っている。島の崩壊は視界や行動を遮り、ペドリストに”身を隠される”という一か八かを警戒している。金習の頭の中にはもう、ペドリストが自らを小さくして、自分に接近してくるだろうという可能性も考慮しているから逃げることはしない。
互いに最善をとっており、それでもなお、攻防を続けるのだ。ペドリストから離れつつも、攻め側に立っているのは金習に他ならない。
ズボオォォッ
「お前が死ぬよりも島を壊す方が早そうだ。正直、時間を使いたくもない」
「!!」
15m。余裕を持って、20m。
金習は再び、自らの左腕を龍へと変化させて島の地中を喰らった。この間合いなら、ペドリストからの攻撃は届かない。無防備な数秒の溜めも、相手がその隙を突いてこれないのなら、金習も遠慮がない。今度はペドリストを狙わずに、島そのものを狙って崩壊させる。全体が海になれば、ペドリストに打つ手はない。
その隙が
「ちゅ~~~!!!」
ここしかないと、ネズミくんは金習の横から飛び出していった!
奴がその攻撃が完了するまでに、金習の体を無力化させる!
いくらあの威力でも、少し小さくなっていれば威力は下がる!
恐れるな!僕の大事な仲間を守るため!僕のために君が死んで欲しくない!
「ちゅ~!ちゅ~!」
金習の肩へと駆け上がり、金習の体を小さくさせる!小さくさせる!!小さくさせる!!!
それだけでも必死で!絶対に止めてくれって!ネズミくんは金習の顔を掴もうとまでしていたが、
「!?」
肩に昇れているのに、金習の顔に触れられない!?それに金習の体に変化がない!
「ちゅ!?ちゅ~!?」
なんで!?なんで!?なんで!!?
パニックになる!どうしてこうならない!?止めてくれ!!そんな攻撃を使われたら!島が崩壊して、ペドリストが死んでしまう!!
そんなネズミくんの必死さとは裏腹に、金習の攻撃準備は完了。
「海に溺れて、死んだお前を回収しよう」
この時、金習はネズミくんに気付いていない。気付くわけもない。
しかし、ペドリストは気付いているようだ。そこで時間が止まったようになり、ネズミくんとペドリストだけが感じ取れることだった。
「ごめんね。やっぱり、僕だけが死ぬと決めた」
「ちゅ……」
「まだ僕には、愉しみ足りない人生なんだ」
これは……。
「僕の代わりに世界の子供を頼むよ」
ペドリストの言葉の後に、彼から噴き出る白い光。……それが何を意味するか、分かっても理解はしたくない。ただただ、ネズミくんは一つしかない瞳から零れる涙が止まらなかったのだ。
◇ ◇
「ちゅっ!?」
ネズミくんが目覚めた時。ハムスターケージの中におり、そこにある可愛い感じのベットの中で寝ていたようだ。そして、沢山、泣いたかのように辺りが濡れていた。しかし、どうでもいい。
「ちゅ~!ちゅ~!」
どこだここは!?ペドリストはどうなっているって!ハムスターケージを揺らしながら訴えると
「!あ、気が付きました!?言葉が分かるかな?」
「ちゅ!?」
やって来たのはアセアセと、……知らない女子高生らしき人と、結構な歳のおじさんの3名がいた。
アセアセから失礼させていただき、
「ここは因心界の本部で、あなたは寝手の幻覚を見せさせて頂き、その……」
これを私に言わせるんかいって顔ではあるが、そうしないと彼……ネズミくんが先に進まないだろう。
「3日ほど、激しく泣いて、苦しませてごめんなさい!」
「!」
3日も見ていた夢……。そうだとしたらって思うかもしれないけれど、こうして自分が必死になって止めてた記憶が抜けない事と、ペドリストの言っていた言葉が遠い昔ではないことが、心の中で分かる。
アセアセからは知る事もできないが、自分達が助かった事がそれを確信できる。
「あなたのご主人のおかげで、みんなは無事に島から脱出できました!……その、あなたも含めてです!護ってくれたんです!」
「……ちゅ……」
「ご主人の事は……私達にはもう分かりません。島がない事だけは確かです……。それでも。勝ったとか、負けたとかでもなく。護ったことは事実なんです!!ありがとうございます!!」
「……ちゅ~……ちゅ~……」
言葉を喋れるのなら、どう言えばいいだろう。
ただただ、流れる涙を止めたい。ただただ、悔しくて嬉しくて、心がおかしくなってくるのを伝えたいのに。
「ぢゅ~~~~」
なにもできなかった。なにもさせなかった。
だけれど、ここから自分がするべきことは、自分が見つけなければいけない。
今はひたすらにこの檻の中でまた泣き疲れるまで、……。
「ぢゅ~~~~!!!」
ありがとう、ってこんなに心が苦しいんだ。って思った。
「……………こ、これでいいですかね」
ペドリストの生死は相変わらず分からない。ネズミくんが今後どうなるかも分かっていない。アセアセだって、寝手の勝手で自分の処遇がどうなるか、気が気でない状況。
そーいう状況に置かれている人が多い。その1人が
「私達が彼の面倒を見るよ」
「いいですか、田熊さん達」
田熊勇雄であり、もう1人の女子高生が……
「はい!ちょっと家族が増えた感じに思います!」
「可愛いペットではある。私は今、新たな家族を作っている気分だ」
今、やるべきことが分からずも、生きている。結局、答えは出ないかもしれない。けれども、こうした仲間を迎え入れるのは自分達の役目なんだろうなって。
レイワーズに関わった者達の”宿命”なのかもしれない。
◇ ◇
プカプカ……
「最後の抵抗のつもりか?」
ザ~~~
「しかし、死は恐れ。意志と力を半減させる。自殺を抵抗するのは、そーいうことだ」
エロシュタイン島。……元、エロシュタイン島。
そこは砲撃も含め、金習とペドリストが激しくぶつかり合い、島は完全に沈んでしまった。島は海の中に沈んでしまい、金習からは誰一人として生きてはいないと確信していた。
その現場で半日以上も時間をとらせたのは
「多少、小さくなった君を捜すのは時間が掛かったよ」
ペドリストの死体を発見する事であった。島が完全に崩壊した後、金習はすぐに脱出。一方でなお、ペドリストは残って抵抗を続けるも……さすがに海中に引きずり込まれたら、どうしようもない。
”無敵バリア”を解除し、この溺死を受け止めるに至った。しかし、ただで死ぬ気などなく、自分の事に興味を示していた金習に対し、自分の体を小さくし、発見を遅らせたのはホントに嫌がらせである。
「私が強くても発見と回収は別問題だ」
おかげでこの金習はエロシュタイン島の沖合で半日以上も停泊していた。
その間に、エロシュタイン島に生還者がいること、ロバート裁判長が死んではいない事などの情報を掴み。色々な動きに影響が出る。少々、厄介なルートを歩まねばならない可能性も出てきた。
グシャアァグシャアァ
「小さくて、肉が少ないが……」
ゴキュゴキュ
「味はなかなか」
ペドリストの力が魔術過ぎて、学習する事はできなかったが……。ひとまず、キョーサーの能力をお借りし、ペドリストの力を確保する金習。これでこの金習の体の中には、エフエー、メーセー、キョーサー、ペドリストの4名の力を宿した。
さらに自分の残機を加味すれば、その厄介ぶりは世界の厄災レベル。
その彼が次に狙うところは……




