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MAGICA NEAT  作者: 孤独
第9話『此処野達はカチコミに来たよ!!因心界VSSAF協会!病院大バトル!』
19/267

Bパート

因心界の本部。そこには必ずと言っていいほど、涙キッスが控えており、最低でもあと1人の"十妖テウスエル"もいる。

そこからそう遠くない場所に因心界専属の病院があり、ここに表原が入院している。ついでに前々回の戦いで負傷した涙ルルもいる。

重要な拠点である以上、戦力が比重しているのは当然と言えよう。


「蒼山が行方不明だと?」

「はい。"十妖"で唯一、連絡がとれません」

「……まったく、どこの誰のパンツを追いかけているんだか。なぁ、飛島」


白岩は此処野の回収に向かったが、すでに逃亡されており、本部にまた戻ってくるところ。

これから重大な戦闘が始まる前に、戦力のチェックを怠りたくはない。


「探しに行ってくれないか?」

「非常にイヤですが」

「ちゃんとスパッツ穿いたり、ズボンにして探しに行け。可愛いパンツは穿いてないだろう?」

「バカを釣る予定はないですが、キッス様よりは良い物を選んでますよ。ま、蒼山が戦力だというのなら、探しに行きましょう」


飛島も蒼山の消息を探しに本部から離れる。涙キッス1人で本部を守っている形となる。

巨大な戦力の動向は非常に大切であり、なんらかの手段でSAF協会もキャスティーノ団も、因心界の情報を得ている。飛島を捜索に出した以上は、よほどの事がない限り、本部を離れる事ができない。

いや、




「ふん。俺にピッタリの役じゃねぇかよ」



逆算して、攻め込んで来るのはこの時期と推測。

予測がつかないところで暴れられると、被害を抑え込むのは大変な事だ。キャスティーノ団の対応に追われているのは数だけでなく、暴発的な騒動が多いからだ。一方で、SAF協会は非常に計画的で、互いに壊滅的な被害を生み出す事がしょっちゅうであった。

キッスもただ本部で雑事をこなしているわけではない。戦略、戦力を把握している。SAF協会にはあの男がいる。

外に転がった空き缶をなにも障害と思わず、踏み潰すように。

殺人、破壊、殲滅を喜びと感じるイカレ野郎が出てくるのは、分かっていた。おそらく、本人も。



『此処野。お前には因心界の病院を襲撃してもらう。私から強力なジャネモンを14体、貸してやろう』

『シットリ。お前は出てこねぇのか?』

『ルミルミ様が瞑想の間、私が傍を離れるわけにはいかん。なんだ、一人じゃ怖いのか?』

『それはお前だと思うぜ。子守と留守番がそんなに大事なんだなぁ、ってよ』



などというやり取りがあって、さすがにいつも以上に厳重な因心界の本部と標的のいる病院を単独で襲撃する事はなかった。本人としてはやりたかったが。



パシイイィィッ



「じゃね~~~」

「じゃねも~ん!」



キャスティーノ団が保有しているジャネモン生成アイテムとは、比較にならないほどの凶暴なジャネモンを生み出す。シットリに渡された14体ものジャネモンの操作権を握って此処野は、



「テメェ等!あそこに見える因心界の病院を攻め込め!途中の目ざわりな人間はぶち殺せ!!弱った奴から順々に死に追いやるんだぞ!」

「じゃね~~~!」


シットリではその風貌が目立ちすぎて、因心界の本部や病院に近づくのは難しい。此処野か、人間を洗脳したアイーガしかできない事であろう。

病院から1キロもない地点で14体もの巨大なジャネモンの出現。



「うわああぁぁっ!ジャネモンがこんなに大量発生している!」

「因心界の本部がすぐ近くにあるのに!?一体なんで!?」

「逃げろーーー!」

「因心界、早く来てくれーー!」


此処野の指令がそうさせているのだろうか。ジャネモン達は病院に向かいこそするが、関係のない一般人にも牙を向ける。それも弱い奴から順々に


「うぇーー」

「五月蝿い、じゃね~!」



ドゴシャアァッ


子供、老人。明らかに判断能力と身体能力が欠けている連中から始末している。非道過ぎる怪物達は、此処野の心理の影響を受けているんだろう。

病院からでも14体ものジャネモンが確認できる。



「やれやれ、一体どこの馬鹿なんだろうね。病院、住居、会社が多くあるこの場所で……」


病院に専属している古野も、この光景に溜め息をもらしてしまう。

平穏が一番だというのによっぽどの馬鹿は、嫌うのか。


「あちらの正気を疑うな。確実な玉砕覚悟だ」


太田ヒイロも表原とレゼンを護衛している立場から、この病院内にいる事は当然である。

それに加え、



プクーッ



「おバカさんがいるわね、相変わらず」

「粉雪ちゃん」


パァンッ


「政党会議から戻って来て早々、粛清時間になるなんてね。私も行くわよ、ヒイロ。古野さんは病院で負傷者の手当をしていなさい」


膨らませたフーセンガムをキレイに割っている。指示にも余裕が含まれている。こんな異常事態をはいはいと、気にしていない強さ。網本粉雪も戻って来ていた。因心界の三強の1人。彼女がこの病院にいる事を知らないわけがない、SAF協会。それに怖気づく事もなく、特攻を可能にしているのが、


「出て来いよ!粉雪!!ヒイロ!!古野!!1人ずつ殺してやるからよ!!」



此処野神月の狂気である。

ハッキリした強さを度外視した、すべてにおいて命知らずの、"人間卒業野郎"。

ジャネモンの騒動を利用し、容易く、そして、堂々たる登場で病院の正面出入り口を視界に入れる。



因心界VSSAF協会が始まった。



◇      ◇


「『てつき白染しろぞめ、クールスノー』」


病院内で注射打っている姿は、外でやるよりまともだとは思う。

網本粉雪、クールスノーに変身。


「気をつけてください!粉雪さん……じゃなくて、クールスノーさん!」

「ええ、あなたも気をつけてね。表原ちゃん。レゼンくんも」


クールスノーが窓から飛び降りる事を気にしたわけがない。それはない。

ジャネモンの大量出現に怯えるなって言うのは無理がある。それが囲まれているのだから、恐怖でしかない。それでもクールスノーは特に警戒もしておらず、敵と相対する。

表原も窓からちょっと覗いて、見守る。すると



「あれ?」

「あなたは……」


同じ事を考えていたのか、隣の部屋の人も覗いていて、表原と目があった。どこかで見た事がある人。

向こうから先に言ってきた。


「表原麻縫!」

「うぇっ」

「……クールスノーさんの観戦ですよね」

「う、うん。あの……どこかで会ってますよね?」

「あたしは涙ルルです!理由ワケあって、ここで入院しているんです!」


詳しい理由聞かんでも、病院送りされてればだいたい察しられるものだが……。

そんな2人のやり取りはともかくとして、クールスノーと太田ヒイロの2人と、此処野とジャネモン14体が向き合った。涙ルルとしては、あの此処野がここでやられて欲しいと願って、クールスノー達を応援していた。



「闇に堕ちた悲しい此処野くん!このクールスノーの雪で、その腐った脳みそを凍らせてみせる!」

「よぉ、カスの粉雪。いんや、クールスノー。相変わらず、気持ち悪い事を言ってんな。それカンケーねぇのに。それと太田。今日は殺しに来てるからよ、感謝しろよ」

「"人間卒業野郎"が来たのね。キッスの読みは鋭いこと」


どちらも狂気に満ちているが、クールスノーには応援がついている。


「クールスノー様ーー!なんとかしてくださーい!」

「みんなを救ってください!」


住民や駆けつけた妖人達からの、温かい応援。今日はレベルが違い過ぎると悟っているからだ。

そんなキャピキャピした応援を目障りそうに


「観戦させてて良いのかよ?周りの奴、お前がくたばる姿に泣いちゃうぜ?お前もハンカチは持ってるよな、自分の涙と血を拭くハンカチをよぉ」


此処野の指名はいきなりのクールスノー。

イカレてやがると、クールスノーの強さを知る人はそう抱く。

そして、クールスノー自身も此処野を嘲笑い、


「くすくす……。あんたの方こそ、"人間卒業"がホントに今日できても、"童貞卒業"はできていますか?あいにく、私。あなたの命はとっても、童貞をとってあげないわ」


両者、命を賭けろと伝え会うに十分な挑発をしかけている。そこに


「クールスノー。此処野は私が相手をする」

「?ヒイロ、どーいうこと。あんたは……」


剣を抜き、挑発合戦を止めて制するヒイロ。クールスノーを指名したかった此処野も嫌そうな顔をしていた。


「あ?テメェはあとだよ」

「いや、先に私から君を指名したい」


それは非常に単純な理由。


「クールスノーは周りのジャネモン達を片付けた方がいい。どーやら、クールスノーの対策をしているようだ。シットリらしい考えだ。無策じゃない。君がジャネモンを片付けている間に私が此処野を倒しておく」


クールスノーが現れたら雪が降るはず。本人が降らせるはずだ。

それができないというのは、此処野の能力ではなく、周囲にいるジャネモン達の能力であるとヒイロは見抜いている。おそらく、此処野のこの強気は粉雪の能力を封じているからこそのものと見ている。

当然であるが、クールスノーだって気付いている。そんな分かりきったこと。分かっているからこそ



「余計な事よ、ヒイロ。あなただって全力は出せないでしょう」

「心配には及ばない。彼程度、私1人で相手にできる」

「さっきから何言いたいんだ、クールスノー。太田。テメェ等……」



圧倒的な不利は変わらず、それを理解しなくて良いから、この余裕を伝える。



「頑張ったわね。能力がちょっと使い辛いと、あなた達を全員殺すのに10分くらいの時間と手間が掛かるわ」

「いい気になってんじゃねぇぞ……」

「素手で殺してやるんだから、存分に残念がりなさい、此処野くん」




狂気と狂気。

冷静な思考じゃない。

此処野が狂気を発し続けようと、それを上から雪崩のように冷たく厚い狂気が覆う。近くにいるヒイロも異常だと感じている。クールスノーはたまたま目に入った、ストーブ型のジャネモンを



「1頭、……40秒は相手になってよね?もちろん、此処野くんも」




ドゴオォォッッ



超高速の飛び蹴りでぶっ飛ばし、地面にジャネモンの体型の跡を残すほどの破壊力。それでも強化されているジャネモンは起き上がろうとするが、両手に纏われているのは白い雪。降らせずとも、両手に纏う程度の雪を作れる。



「"宝雪輝連撃ほうせきこうれんげき"」

「じゃ、じゃね~~~!?」



人の手に雪を纏った程度にしか思えないが、



ドガガガガガガ



削岩機が行っているかのような、連打と破壊力。ストーブ型のジャネモンは見る見る内に破壊、解体、粉微塵にされていく。クールスノーの圧倒的な体術。妖人の力が少量あれば、この程度の怪物を沈められる。

あまりの瞬殺劇を見た此処野とヒイロは、


「……ちっ、シットリの野郎。使えねぇのを寄越しやがって。能力を妨害するだけじゃムダなんだよ」

「クールスノー相手に計算通りになるとしたら、甘いんじゃないかな?」


武装型の妖人は、身体能力や出力に難があったりするものであるが。クールスノーにはそれがまったく見られない。妖精を2頭も使用しているだけでなく、本体の肉体レベルも相当なものである。


「太田。お前、少しは使えるんだよなぁ?俺を楽しませろよ」

「君の方こそ、粉雪ちゃんが来る前に終わっちゃダメだよ」


此処野は左手を前に出し、広げる。その手に集まり始める光、



「アタナ!」



カーーーーッッ


「!」


白い光を発して現れたのは此処野が所持している妖精。槍の妖精、アタナであった。

此処野に握り締められ、妖精その物を武器としているようだ。

自由自在に出したり、消したりできるこの妖精は相棒というより愛用って感じだろうか。

ヒイロは剣術、此処野は槍術。


「妖人化できねぇテメェなら、アタナだけで十分だ!」


ヒイロの剣より、アタナのリーチの方が遥かに長い。此処野自身が妖人化せずとも、異常発達と言える素の身体能力は高く、戦闘経験も相まってこのリーチ差を上手く扱える。



カキイィッ




連撃の隙間をまるで見せず、ヒイロは踏み込めずに攻撃を防ぐのに手が一杯。徐々に後ろへ下がっていく。一方で此処野は攻めに攻める。武器の差、自信過剰な精神状態が、慢心を生み出す。



ギチィッ



攻防の繰り返しでガードが一瞬遅れたところ、さらに踏み込んで



「獲った!雑魚がぁっ!」

「!!」


ドスウゥゥッ


鎧を纏うヒイロの左胸を、アタナは貫いていた。そのショッキングな光景は当然、心配そうに観戦していた表原達に衝撃が走った。



「太田さん!!」

「やべぇっ!心臓を貫かれたぞ!!」

「あああぁっ!太田さんが!」



風穴を空けられた箇所からは確かな血、伝わった衝撃の手応えが確実なものとし、此処野は勝ち誇る笑いをとる。


「ふへへ」

「油断している」


心臓をぶち抜いたという手応えがあったが、ヒイロはさらに体を削る事に躊躇無く、アタナに体を貫かれた状態で前進していく。痛みを堪えている顔ではない。覚悟を決めている顔だった。


「君を相手に無傷は考えていない」

「!!アタナ、一度消えろ!!」


貫いて殺す武器である以上、貫かれて死なず、致命傷にならない時を想定していない。

ヒイロの予想以上の捨て身は此処野を動揺させ、アタナを消して、ガードにまわすという対処をとらせた。此処野が踏み込んでいるのだから、そんな付け焼刃の防御は間に合わない



ズパアァァッ



「ぐおぉっ」


一太刀を浴びせる。両者、体から血を噴出し。次いでの攻撃が早かった者は。

手負いのヒイロの踏み込みがさらに早く。此処野はアタナを再び召喚し。



ズダアァァッ



二太刀もヒイロ!


「舐めんな!クソ騎士がっ!!」


だが、攻撃には攻撃を返しに行く此処野は、アタナのリーチ差を活かし、左足を刺した。

力が入らず、貫くまでに至らずであるが、前進をわずかに断った。



「んのやろぉっ!」



アタナの先端を押すように蹴る。ヒイロの左足が今度こそ貫かれ、アタナを通してヒイロは地面と繫がった。機転の速さは戦闘意欲から生まれるものだ。

アタナを手放した状態で此処野は前進。殴り合いを選ぼうとするのか。ヒイロは彼の最接近を拒むように剣を振るった。斬られる覚悟がある。



ズバアァァッ



「心臓がねぇのか、動かしたのか。しんねぇし、どーでもいいが」

「!!」


此処野が斬られて組み付いたのは、ヒイロの右腕。いや、手首を懇願するように掴んでいる。


「骨と筋肉はある!ぶち折れりゃ、剣は握れねぇ!そうだろ!?」


刺して動きを止めていたアタナをまた消しながら、ヒイロを地面に投げ飛ばし、


「くっ」

「武術ってのはよぉ!殺人術なんだよ!!」


右手首に全体重を乗せ、曲げにくい箇所に向かわせる。


バギイイィッッ


確実に砕けた手応え。証明するかのようにヒイロの剣が地面に転がった。

念入りに此処野はその剣を蹴り飛ばして、ヒイロに使われないようにした。一方その一瞬で起き上がり、なおかつ此処野を蹴り飛ばしてみせるヒイロ。それにホッとしているような表情で呑んでいる此処野。



「随分、よわっちい蹴りだったな。ガキも殺せねぇぞ。どしたぁ?疲れたか?」



余裕を持って、此処野は再び、アタナを左手に召喚させて握る。

武器の差がモロに出た展開。

肉体損傷は確かに差があるが、両者のダメージはほぼ互角と見れる。


「惨めによぉ、穴だらけの死体にして、"彼女"に返してやるぜぇ。太田よぉっ」

「それは君にはできない」


右手首を折られるだけでなく、心臓を貫かれても生きているヒイロ。

二太刀を浴び、出血がとまらず、強気の言葉とは裏腹に足に震えが出ている此処野。

若干の余裕を見れば、心臓を貫かれても行動しているヒイロだろうか。武器と肉体損傷で見れば、此処野だろうか。

両者、全力を出してはいないが。ほぼ互角の実力を見せつける。

攻めの機会を伺う。



◇      ◇


「ふむ。粉雪ちゃんと太田くんが戦闘を始めたかい。こりゃあ……」


目を閉じるなってのが無理だ。

この繋がっている両目がパッチリ開く。手に持っているコーヒーのせいじゃない。


バタバタバタ



「負傷者を病院に運べ!」

「市民の人達を警護するんだ!


妖人の本部が近いこともあって、それらに対応している人材も多い。因心界の三強、網本粉雪。さらに太田ヒイロの戦闘によって、他の人材は安全と治療に専念されている。

病院の広い待合室がもう慌しい。負傷者、避難者が次々やってくる。


「忙しくなるねぇ。サング。コーヒーが手放せない」

『古野、そんなに暢気のんきでいいのか』


治療の中心となる古野明継とサング。

2人も本格的にやるとなっては、全力で取り組む必要がある。そして古野はサングをかけて


「『立ち寄れ、ドクターゼット』」


サングラス型の妖精であるサングを一度かけ、


ポイッ


華麗に投げ捨てる事で妖人化される。投げ捨てられると同時にサングは粉のように消えていき、古野の力を引き出させる。そして、妖人化における肉体の変化は……


グイィィッ


「うむ」


特にない。身体能力の強化は、北野川のシークレットトークとなんら変わりない。

それどころか外見的な変化もあまりみかけないのである。しいて言えば、


「両目が離れた」

『"寄れ"言っておいて、目が離れる妖人化になるなんてね……』


彼の特徴的な目の寄りがなくなって、普通になったくらいである。

ドクターゼットの能力は、"部位を互いに引き寄せ結び付ける"という能力である。医療分野においては、外科手術に特化していると言える能力。

折れたり砕けた骨、切れた筋肉や神経を互いに引き寄せて結び、元通りにくっつける。

怪我の対処が早いほど回復の精度が高い。さらに



ピイイィィィッ



「!なんだ、結界か?」

「今、何か通ったよね!?レゼン」


この病院を覆えるほどの治療結界を張ることができる。妖人達には感じ取れるもの。


「これは古野さんの。ドクターゼットの能力ですね!」


この治療を一度受けているルルは、この力と結界を知っている。


「"接合結界"」



パチイィィンッ


結界の設置が完了すると、透けたオレンジ色になった。

この中にいる怪我人達は、ドクターゼットに決められた治療を受ける。患者の判断、治療箇所の判断、治療手段も、それぞれドクターゼットが判断、操作できる。複数人の同時治療を可能としている力。

病院にいるだけで、治療される状況。


「お、折れた骨がくっついたーー!?」

「打撲したと思ったけど、治ってる!?」


骨や筋肉などの損傷はあっさりと治っていく。反面、


「えーーんっ、足痛いよー!血が出てるよー!」

「あらあら、擦り剥いているわね」


出血といったものは治療できない。傷口を防ぐという能力ではないからだ。

また内蔵の損傷を治療する事も苦手である。

こちらの方は人の手がどうしても必要になる。ドクターゼットは完璧な治療、修復ではなく、大勢の人々を治療するための能力である。得意不得意がハッキリしており、妖人のような戦士を助けるのには適しているが、普通の市民を助けるのには不向きという面がある。



「眩暈がするよ」

「不安だなぁ」



病原菌や不安から来る貧血などの症状にはまったくの無力である。


「不安だよね?怖いよね」

「うん」


オレンジ色のカチューシャを付けた少女は、不安という部分に偏った邪念を見つけ


「不公平だよねぇっ!みんなで不安は共有しなきゃ!」


奇妙なオーラを発するナイフで切りつける。


「邪念の源よ、今こそ芽吹き悪に咲き誇れ!!出でよ、ジャネモン!!」


斬られた者の体から出てきたのは血ではなく、心にある黒い闇が吹き出ては、その者を覆い始めた。


ボオォォンッ


「じゃね~~~!?」


人間そのものをジャネモンにしてしまう。

しかし、まるで天使のような姿をしており、両翼が生えているジャネモン。そこまで大きくない。


「うわああぁぁっ!?」

「ジャネモンが出てきたーー!?なんでぇ!?」


運ばれてきた患者、市民達も驚き、混乱する。


「お!やったっ!"新種"のジャネモン!」


ジャネモンを生み出したこのカチューシャの少女は、SAF協会のアイーガである。避難してきた人達に紛れて、この病院内に潜入。SAF協会の襲撃に加えて、怪我による不安に付け込んだ邪念で強力なジャネモンを生み出した。

クールスノーと太田ヒイロは、此処野のおかげで足止めを食っている状況。


「さぁっ!レゼンをひっ捕らえるか、殺すか!行くわよ、ジャネモン!!」

「じゃね~~!」


病院内の戦力は手薄な上に、混乱している状況だ。

戦場になってはまずいところだ。しかし、こんなことを堂々と目の前でやられちゃあ。


「お客様、困りますよ。他の患者にご迷惑です」

『古野!この子はSAF協会のアイーガだ!あのカチューシャが本体だよ!』

「!新しい幹部さんね!古野って言ったかしら?レゼンの居場所を知ってるでしょ?」

「今はドクターゼットですよ。お2人共」


アイーガとジャネモンの2人を相手に、単独で止めようとするドクターゼットであった。

戦闘向きではないが、妖人としての仕事の1つだ。

通常の治療専門の能力者と違って、自動で治療できることもあって。


「クールスノーが来るまでの時間稼ぎはしましょう。患者の命を守るのが、私の役目」


敵と一戦交えることもできる。時間稼ぎで良いのなら、十分こなせる役目。


「なめんじゃないわよ!おっさん!」

「私、こー見えて20代なんですけど……」

「え、嘘……」

「免許証あるんでみせましょうか、確か内ポケットに……」


話術も加えれば、ドクターゼットの方がこーいう事で上手。アイーガが油断しているとも言える。

アイーガの後頭部に襲い掛かったのは


ドゴオォッ


「いっ!った~~!血が出たーー!椅子が飛んできたーー!?」

「ひっかかりましたね。私の能力は遠くの椅子を操るのです」

「マジで!?」


そー言われると、アイーガはこの広い待合室の椅子に意識を向けた。その隙を突いて、今度は観賞用の植物が生けられた植木鉢やら机やらを操って、アイーガにぶつけまくる。

ドクターゼットは能力で、アイーガに物体を引き寄せているのだ。



ドゴオオオォッ



「うぎゃああぁっ!騙したわね!あんた!!卑怯者!!椅子以外も動かせるじゃない!」

「騒動を起こしている、あなた方に言われたくないんですがね?あっ、あなたの治療は一切しないんで、痛いの我慢してくださいね」

「もう怒った!舐めてるでしょ!このアイーガを見くびってもらっちゃ、困るわ!」


物体の遠隔操作をできるが、肝心な出力と精密性は乏しい。刃物類いを引き寄せる事も当然できるが、刃先をしっかりと合わせて攻撃する事まではできない。あくまで物体と物体を引き寄せるだけ。

攻撃的な性能はないに等しい能力。

アイーガもタンコブとちょっとした流血で収まっている。


「ふふんっ!私、一度支配した人間達の技能と経験を模倣できるの!車の運転やヘリコプターだってお手の物!そ・れ・に!」

「!!」


病院内どころか、社会的に見せちゃいけない物を取り出した。

それは


「銃器だって扱える!人間の兵器を頼るのは、ちょっと気分悪いけど。殺すことなら気分上々ってね!」

「銃かい。危ないなぁ」


拳銃である。銃弾を弾いたり、回避したりできる身体能力はドクターゼットにはない。銃弾をぶち込まれたら、筋肉や神経の接合はできても、銃弾を取り除くことはできず、血も止められない。少し相性の悪い武器を使われる。

とはいえだ。



グイイィッ


「!あ、あれ?ちょっと、なんで勝手に銃が持ち上がるの!?」

「あなた、馬鹿なんですか?」

「えっ!?なんでそれを今……」


ドクターゼットの能力は、物体と物体を引き寄せる能力だ。それも様々な物を同時に行なえるレベルにだ。

銃を向けたアイーガであったが、銃は病院の出入り口に引き寄せられるよう自動化されていた。


「あ、あんた!なんかしたわね!」

「してますけど、わかんないのですか?」


此処野のアタナではできない芸当であるが、銃という実物であれば容易なこと。武器を用いるタイプにとって、ドクターゼットは無力化できる。物を別の場所に引き寄せればいいから。それで武器を掃えなくても、コントロールは難しくなる。


「ちょ、ちょっとジャネモン!あいつの相手をしなさい!私が直接、レゼンを殺しに行くから!!」


ようやっと場面が動いたかのように、アイーガは召喚したジャネモンに指示を飛ばすのであったが……


「『れとだいだいきらめけ、ハートンサイクル!』」


怪我をおして、ドクターゼットと同様の意志を持って、SAF協会と対峙する者に阻まれる。



ドゴオオォォッ


「じゃ、じゃね~~~……」

「あんたもやられるんかい!!いったい誰よ!」


銃とは比べ物にならないが、こんな場所と状況では出力も制限しなければならない。小回りも良いとは思えない小型ミサイル群がジャネモンを爆撃していた。


「ドクターゼットさん!あたしも、力になります!」

「ハートンサイクル。無理はいけませんよ」


涙ルルことハートンサイクルもここに来た。

病室で戦うより、この広い待合室なら少しは能力が使いやすい。

とはいえ少しだ。今のところは相手が少し恵まれていたのもある。そして、相手だって馬鹿であっても強いのだ。


「も~っ!これじゃあ、シットリに怒られるじゃない。あの気持ち悪い体液を喰らう~」



ブゥゥンッ


「!」


アイーガが銃を仕方なく諦めて、具現化したのは弓矢。なんで時代を逆走するかと思える変更であるが、すぐにドクターゼットは気付く。あの武器は手元に自由自在に発現できるもの。自身の能力が通じにくい武器。


「ジャネモン。マジでやるわよ」

「じゃね!も~ん」


ここからSAF協会の実力が発揮される。


「非戦闘員相手に粋がらないで頂きたい」




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