Aパート
因心界の本部に連絡が入る。
この時、直接やり取りをするのは涙キッスと野花であった。
「そうか、録路は取り逃がしてしまったか」
『ええ、こっちはもう後処理をして帰るだけです。エンジェル・デービズの小組織"萬"を2人、仕留めたこと。録路も致命傷ですぐには動けないと思います』
「ならば、一気に叩きたいものだな」
『ですが、北野川が得た秘密によれば、奴等。妖精やジャネモンを生成するアイテムを録路が大量に確保しているらしく、SAF協会に所属する、此処野神月も録路を助けに来た』
「共同戦線の可能性か。ま、あり得んだろうが」
キャスティーノ団の戦力増強を意識しちゃいない。所詮は人間の集まりが多いものだ。
録路の強さの底も知れた。
佐鯨で抑えられる戦力がトップ。その彼よりも上回る戦力が、3人もいる因心界の組織力。
あとは炙りだして、壊滅させるだけの簡単な仕事になる。だが、
「絶妙なバランスは崩れた事実。此処野が助けに来たのは偶然ではないだろう。SAF協会が動き出すのも想定していた」
『確かに動きが少なかった。それは狙いを定めていると』
「うん。白岩も遠征から本部に戻ってきたところだ。どちらかとの全面戦争は近い。それまで幹部の安全は守れ」
『了解』
ピッ
これまではキャスティーノ団との抗争が多かった。そのいずれでも因心界は勝利し、戦力を削れてきた。
しかし、もう1つの組織が今日まで大人しくしていた事は、別に警戒していた。知らないところで何かの企みをしていたか。それとも戦力を鍛えていただけか。
秘密を知れなくても、キッスにはSAF協会が辿り着くだろう、狙いは分かっている。
「レゼンくんと表原ちゃんが危ないな」
◇ ◇
すっかり主人公を忘れてしまった。
それくらい久々のご登場である。
「い、いたたたっ!」
表原麻縫。今、必死にリハビリを受けているところ。1つの戦いをしたり、観戦したりで、外も内も強くなってきている。残り3週間を切って。
「死ぬことが分かってるのに前を向けるようになったな」
「いや、レゼンくん。君が非常に鬼軍曹なのは分かった」
急ピッチで寿命に耐えられる強さを得るためのリハビリをしているところである。担当している古野も、引いているほどのリハビリという名の、運動である。
ヒイロの活躍によって、観戦だけで済んだ前の戦い。レゼン本体のダメージも抜けたため。
「どこかでまたどデカイ戦いが必要だな、質だよ質」
「ふーん。因心界同士でやるのはどうだろう?」
「!」
「幹部なら死線をいくつも潜る。粉雪ちゃんはどうかな?いや、ダメだね」
「一番、殺害率高いのと戦わせたらダメだろう。自問自答で終わってるし」
本人が今いないから酷い事を言っている2名。
質のある戦いを求めたい。そして、
「いや、本当の命のやり取りが必要になる。寿命を超えるということは自然の摂理を逆らうことなんだ。いくら因心界の幹部と立会いが叶っても、表原には甘さがあるし、馬鹿だから油断もある」
命のやり取りの中にある。勝つという気持ちと、生きていくという気持ちの育みには作られた環境では養えない。
急速なレベルの中で重視しているのは、表原の脆すぎる精神性の改善である。
寿命が無くなるその時。必ず、生き抜いてやるという意識の強さが覆すきっかけになる。
「あーーーっ!もうイヤだーーー!休みたいよーー!」
スパルタ拷問リハビリ。
死にたいなら死ねやの、精神。
松葉杖なしで歩くのがやっとこさの表原にとっては、まだまだこれでも足りていないリハビリだったとは、本人は知りたくないだろう。レゼン的にはショッカーの改造並みな事を課せたいぐらいであった。
◇ ◇
ぷはぁっ
「生き返ったぜ。テメェとのラーメンなんかムカつくがな」
「相変わらずだな、録路」
「"人間卒業のクズ野郎"に礼なんか言えるか」
その頃、なんとか生き延びた録路は、高速道路のサービスエリアで補給を行い、窮地を脱出。キッス達は彼の回復能力を甘く見ていた。
「此処野、取引したいほどガメたい時か」
「俺にも立場があんだよ。お前等のおかげでかなり事が進んだらしくてな」
かつては同じ組織にいて、因心界とも戦ったわけだが今は違う。
此処野が所属している組織はSAF協会と呼ばれる組織。エンジェル・デービズの解体を機に、SAF協会の一員に加わった人物。
「こーいう商売は上手く行く内にやるってもんだ。横流しや似たような奴が出てくる前にやれるだけやる。基本だねぇ」
「…………ふん。お前等から妖精を買ってもいるからな」
「上手い事やってきたんだがな、シットリが随分五月蝿いからしばし、大人しくしてぇ。なぁ、録路」
エンジェル・デービズの頃からの付き合いがあり、悪党という意味ではもっと知っている。こいつの考えは読めない。良い事を考えていないのは事実であるが……。
「つまり、最後の商売だから高くつくってわけか?最終勧告のつもりか」
「ピンポーン。お前、気前も良いしな。いや、悪いとは思ってんだよ。食費やべぇのによ」
「使えない代物だったらぶっ飛ばすぞ」
「面白ぇ、やってみっか……なんてこと、言ってる暇もねぇが。いつもんとこの振り込みを済ませたら運んでやるからよ。早くするんだな。マジでシットリが五月蝿ぇから、届ける余裕がねぇかもしれない」
かつての仲間というより、商売相手だから助けたという単独の行動であろう。
だが、少し腑に落ちない点がある。
それはお互い様かと黙っている録路。此処野だってきっと探っているんだろうが、手の内を明かさない事の方が関係は続くだろうから。
「んじゃ、俺は先に行くからな。テメェはテキトーにここを降りてくれ」
「言われなくてもな」
少しは丸くなったのかと、意外な変化を思った録路であったがすぐに撤回する出来事を此処野は起こす。
サービスエリアの飲食店を出て、駐車場に向かう此処野は乗って来たトラックの方に向かわず、なにやら人を探し始めた。
「うぇー、うぇー」
「もぅ泣かないの、静かにして」
「えーん、えーん」
「渋滞でぐずっちゃったか」
親子連れの一組を見つける。まだ幼い子供とその親。
理由に相応しい相手を見つけると、そのことに可哀想だの、苦労だの。うるせぇーだの、チンピラ風情のやり取りなんか軽すぎる狂人の性。
ドグラシャアァッ
「死ねば黙るだろ?」
人の子を、生まれて間もない子を、抵抗すら知らないまま襲う。
なんてことも思わずに親子連れの背後から近づいて、一撃で根源を黙らせると同時に
「お前等の泣き声が五月蝿かったんだよ」
弱く助からない子供を先に殺すという絶望感を与えてから、親も一緒に。ついでに愛車をも壊してしまうほどのこと。絶対の暴力が成せる理不尽を現実に、常識として持ち込もうとする狂気力。
「やろぉ、変わってねぇな……」
プライドなんてものはないが、あれほどのど外道が生きている事が世界の罪と思えてくる録路。
此処野はその家族3人のみを駐車場で殺害。その騒ぎで警備員だけでなく、警察なども出動する。横たわっている死体3つに気にも留めず、ここが平凡な風景の中であると思わせるように、組織の仲間に連絡を入れていた。
「パトカーでそっちに向かうから、待ち合わせ場所はどこだ?」
『此処野。パトカーって事はまた騒ぎを起こしたの?』
「自分で運転したくねぇだけだよ。タクシーじゃ金が掛かるじゃねぇか?」
『……分かったわ。まだパトカーは着てないようだから、一人になったらもう一回連絡しなさい。案内はしてあげる』
「おーっ、ごめんなぁ。俺が人間だから迷惑になってな」
自分のことを人間などと、のたまうクズ。
パトカーがやってきた後は非常に大人しく、手錠を両手にも両足にもかけられる。それに抵抗すら見せなかった。完全に動きを封じた状態で運ばれる此処野。だが、そこからこの男。パトカーに乗車し発進もしないうちに
「かーっ……かーっ……」
「こ、この男……寝てるだと!?どーいう神経をしている!」
「き、気をつけろ。超危険人物だ。我々の応援だけでなく、因心界に連絡を」
殺されないとでも思っているのか、睡眠をとる。人権とは与えられるものではなく、認められるべきものであろうと思う一面である。
警察はこの超危険人物を知り、警察の数だけでなく、因心界に連絡を入れていた。妖人には妖人というレベルの事ではない。彼の名を告げられた時、即座に返した事は因心界三強の1人、白岩印の出動であった。
「厳戒態勢!5台のパトカーで包囲したまま、連行する。因心界に引き渡すぞ」
高速道路を走り、一般道に降りる。
3,40分ほどの仮眠で目を覚ました時。
「ふぁっ……あーっ、固ぇシートだな」
「ひっ!」
「あ?」
より厳重な拘束をされている事に気付く此処野ではあったが、なんのこれしきという溜め息をもらしながら、
バヂイィッ
手錠の拘束を物ともせず、素手の力と自身の肉体で解く。
「テメェ等、もう降りていいぞ」
このあと10分もしない間に警察達は、彼1人に全滅させられた。
因心界の応援も間に合わず、この超危険人物は車を所持して逃亡してしまう。勝手気ままな破壊者に相応しき、暴力の強さ。
◇ ◇
ゴオオォォォォ
とある施設の地下室。そこの広さは野球のグラウンドほどのものがあるにも関わらず、たった一つの生命が半分の面積を使用し佇む。
彼を表現する液体の音は
ヌチャァッ
ヌメヌメした、べっチャリ感。
地下でありながら外以上の風が吹き荒れている通気性は、彼の体を乾かすためにある。ノッソリノッソリ動きながら、頭の回転は非常に高い。体に生えている無数の手足が様々な情報を精査していく。
此処野を仲介役として、キャスティーノ団を利用し、
「現在、37頭。順調であるが、頭打ちも近いか」
"とある物"の種類を数えていた。まだ比較的安直だから、計画通りといったところか。
自軍の戦力を整えるのも大切であるが、相手も、他もそう変わりないままというわけではない。特に妖精の国より降り立った、とある妖精の名は聞いていた。
この巨大でヌメヌメした生物も妖精であるからだ。そうはまったく思えない大怪獣も妖精なのだ。
「因心界はレゼンを加えたようだな」
噂はよく聞く。
妖精の国きっての大天才。唯我独尊の天才。
「ルミルミ様のかつての同志、サザンが直接送り込んだ、超A級の妖精」
この妖精は早めに発見し、始末すべき者だ。
涙キッス、網本粉雪、白岩印、ヒイロ。奴等因心界に、これ以上の戦力が増強されるとあっては、ルミルミ様のSAF協会が劣勢に立たされてしまう。なんとしても、レゼンは。適合者が奴と馴染む前に適合者もろとも葬り去る必要がある。
あるいは……。
「……する」
SAF協会の構成員は7名。統括は1名。計8名。
それ以外は存在していないとされる、超少数武闘派の組織にして
「人間界こそ滅する世界」
それがSAF協会の根本であり、理念に基づいて動く。
抜いた刃を当たり前に人に刺す連中。なぜなら、多くの構成員は妖精という人間界においては異例過ぎる組織。種類に分かれた生命であるからこそ、当たり前の事。出られない檻で一緒に獅子と人が暮らせば、どちらか殺し合って安全を作るのは不自然ではなく、自然なこと。
そこに怨念あり、恨みあり、あるいは無邪気でもあり。
人がいなくなるこの世界を望む、妖精達。
この巨大な地下室に今、集められる。バイクと車も入り込んでくるほど、不思議な空間にもなる。
ブロロロロロ
キーーーーッ
「悪いな、遅れるし。アイーガを出迎えに寄越しちまって。ちょっとは信用してくれよ」
此処野神月。
数少ない、SAF協会にコンタクトを許された人間。そして、狂人。
統括のルミルミにそのイカレた思想、素行、実力を気にいられ、エンジェル・デービズが解散された時にスカウトされて今に至る。共に人間を殺そうとする者、それが人間であってもこちらにとって有益ならば、飼い慣らす度量を持っているのも相当な組織である。ルミルミしかり、シットリしかり。
「いいや、此処野。お前を信用するのはその強さだけだ。私は人間平等になにも信用していないし、お前に至っては警戒をしている。ルミルミ様の言葉を受けても、私は信じぬ」
「シットリ。あんたのそーいうところが俺は気にいっている。俺だって妖精の誰一人、信用しちゃいねぇ。テメェ等と組むのは、因心界を始め、くだらねぇ人間共を終わらせるためだけだ。キッスと白岩、粉雪が片付いたら、テメェを指名する予定だ」
バチバチとぶつかり合う、強力な敵意。いがみあい、向かい合う。
ヌメヌメしたこの怪物。名をシットリ。……名前と外見まったく違う!
「お前が奴等と戦って無事に生きていたら、こちらから始末してくれよう」
シットリ。
SAF協会のナンバー2。統括のルミルミに代わって、彼が基本的に他のメンバーに指令を出している。
ナメクジの妖精。頻繁にヌメヌメしている。
生物型の妖精であり、人語も自由に喋れる。大きさも自由自在に調整でき、家具と家具の隙間に入り込めるほどの大きさになったり、集合住宅を飲み込めるほどの怪物的な大きさにもなる。
違法の妖精の一頭であり、ジャネモンの使役やその他の能力も持ち合わせる。SAF協会統括のルミルミにも、実力、性格、忠義、多くの評価で高い信頼を得られている数少ない重鎮であり、最古参。
「……ルミルミちゃんはいねぇのか?遊びに行ったのか?じゃあ、いっちょ。お前と殺し合いするか」
「瞑想のお時間だ。お前等が騒がしてはならんぞ」
「あ、ただのお昼寝の時間なのね」
ドゴシャアァッ
「瞑想のお時間と言っておろう。アイーガ!!貴様、ルミルミ様を愚弄する気か!?」
「タンマタンマ!なーんであなたの体液をぶっかけられるの!?"あたし"がこいつから剥がれたらどーすんの!?」
アイーガは自分の顔よりも先に、髪につけられたカチューシャを拭って、きれいにした。
それは間違いでもあり、正しいことだ。
「あ?」
現在は超巨体であり、実力も怪物的なシットリにぬめりある液体攻撃をもらってさらに威圧されれば
「この度は大変失礼な発言をいたしました。申し訳ございません」
「宜しい。アイーガ、口を滑らすところと空気が読めないのがお前の悪いところだ」
あんたのルミルミ様に対する忠義も悪いところだと思うんだけど。
「いるならいいや。いねぇ時、教えてくれよ」
此処野を連れて来た、オレンジ色をしたカチューシャを着けた少女。バイクを運転して此処野を連れてきたが、そこには幼さがあって、中学生にいっているかいっていないかというところの容姿だ。バイクを運転できる技量があるとは思えない。現在はヌメヌメした液体をぶっかけられて、ちょっとヤラし過ぎる状況にされているが、気にはしていない。
この少女は確かに人間ではあるが、実は妖精なのである。
アイーガ。
カチューシャの妖精。
自分を装着した生命体を乗っ取り、支配できる能力を持っている妖精。乗っ取った生命体の経験、知識はアイーガに記録され続けており、幼い子供でも車の運転を平然とこなしたり、職人的な技術ですらも容易く模倣できる。
この少女の身を支配し、SAF協会で活動している。
ちなみにカチューシャは色、模様を自在に変えることができる。
「他の連中は?」
「此処野、お前を呼んだ理由が分かるだろ?」
SAF協会のアジトの1つにて、とある作戦が実行されようとしている。
その作戦の実行役というより特攻役に選ばれているのが、此処野なのである。
「……あー、秘密ってわけかい。まだ新参扱いですか。はいはい」
「信用していない。故に私とアイーガ、ルミルミ様以外のメンバーを知らせるわけがない」
その言い方であると
「私も次の作戦に組み込まれてるわけ?」
「うむ。アイーガ、お前は聞いた事があるか?"レゼン"という妖精を」
「!!」
「姿を知ってるなら、なおの事都合がいい。この妖精、私と同等かそれ以上の実力を秘めている。因心界とコンタクトをとった可能性もあり、早急に我々がレゼンを消し去るか。アイーガ、お前が適合者を乗っ取り、レゼンをこちらに引き入れろ。望ましいのは後者だ」
本人達が知らぬ間に狙われる案件。
表原麻縫とレゼンの2人が、SAF協会という危険組織に敵として認識された瞬間。
とはいえ、SAF協会はその人数の少なさ故の情報不足がある。2人の位置と因心界の関係については、割り出してはいない。
「こちらも因心界の動向を探った。涙キッスは本部にて相変わらず不動であったが、粉雪と白岩が妙な動きをしている。あのヒイロも本部から移動しているそうだ。こいつ等を調べれば、分かるかもしれん」
「ほー……お!そーいや、太田ヒイロがマジに戦場に出てきたな。俺、会ってるわ」
「詳しく聞かせろ」
「ただのジャネモン退治だったがな。涙ルルっつー、ゴミを救いに来てたな。キッスの指令だろう。そーいや古野っつー新しい十妖の他に、少女と妖精を連れてたか」
太田ヒイロを知っているシットリは、彼が単独で戦場に出てくるというレアケースについて、考える。
各々のメンバーの様子もそれなりに知っているため
「その少女。怪我でもしていたか?」
「そこまで覚えてねぇけど。古野は本部の医務班だ。俺は奴の出動はゴミ達の手当てに思えたが……」
「!あ、ちょっと横槍でいい?シットリ」
「構わない」
「それと関係あるかどうか難しいけど、粉雪と野花が因心界の病院をここ最近で何日か警護していたのよね。最低でも7日は警護してた」
様々な情報をジグソーパズルのようにはめ込んでいけば
「ヒイロが来て、古野が来て、その少女と妖精も連れて来られた。粉雪を始めとする、十妖も絡んでいる。施設や患者を護るためか?……違うな。ずばり」
「分かった!その少女がレゼンの適合者なんだ!妖精もいたんだよね、此処野!」
最後のピースを横取りされて、ガッツポーズされること。悔しいばかり。
怒りで浴びせるのは体液である。
ドブシャアァッ
「私がカッコよく謎解きしてる時に、答えを言ってるんじゃない!アイーガ!!空気読め!!」
「あんたの見た目は名探偵じゃないじゃん!化け物じゃん!なんで私がこんな仕打ちになるわけ!?」
ついにSAF協会が因心界に、表原とレゼンに向かって、その狂気の牙を向ける。
それが遠くないことも両方共に分かっていた。表原は除かれるが……。




