Dパート
一人は金を使って、千を超える存在を操った。
一人は金を使わずとも、仲間の力で戦った。
たったそれだけの違いが、圧倒的な勝敗の付け方を出したんだろう。
ゲシィッ
「なるほどね」
『だいたい分かって来たにゃ』
「かなり不用心です」
北野川話法。
妖人化して、シークレットトークとなり、イチマンコが率いる人間達を偵察。テキトーに4人ほどとっ捕まえて、こいつ等から搾れる限り”秘密”を得た。洗脳する能力は恐ろしさもあるものだが、洗脳している使い手にとってはそれによる情報漏洩や誤作動というのを想定していない。メーセーと伊塚院長が、激しく動揺しては敗れたのだから、強すぎるからこその脆さもあるもの。
シークレットトークの能力を用いれば、この操作している人間達から、イチマンコの正確なプロファイルを取得する事ができる。彼女の能力はもちろん、性格や状況によっての行動パターン、自分では気づいていない本心というのが、本人の知らないところでバレる。
これだから、シークレットトークの能力は強力かつ恐ろしい。
攻めて来た方法が人海戦術である事も含めて、確信する。
まだ、録路達がイチマンコと交戦していない時に、相手の情報を連絡した。
「ルル。敵のレイワーズ、イチマンコの最大の尊厳破壊は、瞬殺してやる事」
それが5秒で負けてしまった、大恥を晒したレイワーズのイチマンコの大敗北であった。
だが、その敗北。一人の力ではなく、イチマンコには持たない仲間達による敗北である事が、後の彼女に影響を与えたのは事実だった。
◇ ◇
「げはあぁぁっ!?」
ナックルカシーの一撃をもらって怯んだイチマンコには、顔にできた傷を見るよりも混乱していた。
こちらの指示をまったく聞かない2体のジャネモン。
「な、なにをしてるの!?あんた達!」
支配権はこちらにある。確かにそのはずなのに、
「そのデブを殺せぇぇっ」
イチマンコの指示に2体のジャネモンは応えず、あろうことか逃亡を図ったのだ。
こちらの必死な声をまるで他人の喚き声としているような。あるいはそれよりも、悪意があるような
「っっ」
まだ、混乱している。こーいう時、どんな気持ちになればいい。どーすればいいとか。
イチマンコは無意識ではあったが、自分の能力で札束を作り始めた。だが、その使い道って奴に迷いがあった。そんな戦場における正統派にとって、身を護るには
「”牡牛座”」
奪い取ってくださいと言うべき、札束だ。見逃すなんてするわけもない。力で奪うかのように、イチマンコの頭上にはハートンサイクルから生み出されたミサイル群が降って来た。
ドゴオオォォォッ
「~~~」
裏切らないでくれる金も、護ってくれる金もなかった。
ハートンサイクルの攻撃を受けて、イチマンコの体は焼けながら思案していた事は……。自らの金の使い道。
”なんで”……と
「っ」
なんで裏切る!?なんで言う事を聞かない!?なんで攻撃してくる!!なんで防せげない!?
なんでっ!!?
「ああぁぁっ」
逃げず、かといって、身構えず。立ち止まるとは違うが、悶えるように体に付いた炎を振り払おうとした。
どちらかと言えば、炎よりも現状の自分の事に思い悩む感じだ。
そのイチマンコに対して、ハートンサイクルは空中から一気に接近。なんと、イチマンコの体に両腕でがっしりと掴んで、空中まで持ち上げた。
「これが」
ハートンサイクルの狙いはイチマンコの弱みを的確に抉ったものであった。
シークレットトークからの情報で一気に戦意喪失を狙う。
「あなたの弱点!」
イチマンコを空中に連れ去ったハートンサイクルは宙に止まった。それは2秒・3秒。相当に短い。
それはイチマンコが人間の操作を止めさせるには無理な時間。今、ハートンサイクルが空中で止まった事で銃を持つ周りにいる者達は照準を合わせた。つい先ほど、自らの課金で武器がさらに強化されたばかりのもの。ハートンサイクルの防御に通じるものであるかもしれないが、人質のように掴んでいるイチマンコに通じるであろう武器。
まだ混乱しているイチマンコには状況が分かってやいない。分かっているのは、自分を掴んでいるこの女が
「じゃ、弱点……?」
自分が小馬鹿にしたいくらいの、小娘だって事。
不意をついたからとかの感情が優先していて、自分がどーいう状況かは分かっておらずに
ドドドドドドド
地上から四方八方に、ハートンサイクルを狙いつつ、人質としているイチマンコ目掛けて射撃が行われた。
それを見ていたりすれば激高したり、必死な顔で止めようとしていたであろうが。イチマンコはハートンサイクルに煽られた事と裏切られた事による混乱が解けていなかった事で、分かってはいなかった。
その体をいくつもの銃弾で貫かれてもなお、
「ぐふうぅっ」
なんで、……こんな奴の攻撃がこんなに効く!?
「!」
さっきよりも銃撃の威力が上がってる!長期戦になったらホントにヤバかった!
ハートンサイクルの装甲は銃撃によって傷がついたが、イチマンコへの銃撃はより重傷となっていた。
燃やされ、空中に飛ばされ、銃撃され。
「なんでっ!」
空中から落とされっ。
「なんでっ!!」
落下していくイチマンコには、今。自分がどれだけのダメージを負ったか、分かってはいない。
握った札束を持ちながら、防御も回復も、回避も、考えずに
「なんでっ!!」
自分が敗北する理由を叫び続けては、自分の金をまったく使えずに終わっていた。
洗脳された連中を利用しイチマンコに大ダメージを与えつつ、動きを封じてのハートンサイクルの切り札が
「”戎爾星座”」
イチマンコの本体を確実に捉えつつ、彼女に動くことすら許さないほどのミサイル攻撃が炸裂した。
オーバーキルもいいところで決着がついてなお、攻撃を緩めることなく
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
大爆発に加えて、削ってしまうほどの猛攻撃。イチマンコの悲鳴すら上がらない。
瞬殺を成した上で絶対に立ち上がってこれない再起不能を全うした。
「ぷはーー……」
相手が相手なだけに……。手加減なく、全開で集中砲火。
攻撃が終わったあと、ハートンサイクルは地に足をつけて、四つん這いになるくらい。ヘトヘトになった。
「さ、さすがに起きてこないよね」
爆炎と土煙などがあって、イチマンコが生きているのか分からなかったが。……動きはない。万が一、相手をシットリクラスのタフさだと想定したらと思うと……。
ベシィッ
「った~!?」
「あんたも無茶苦茶し過ぎ」
ハートンサイクルの戦闘を近くで見ていたシークレットトークが駆け付け、あまりのオーバーキルぶりに頭を叩いた。二人共、レイワーズの強さを知っているだけに、こんだけの攻撃も致し方ないところか。
「さすがに死んだでしょ。今ので生きてられたら困るってば」
「そうですかね……」
「あいつが洗脳した連中も洗脳が解除され始めてる。決着よ。あんたの勝ち」
ハートンサイクル VS イチマンコ。
一瞬の隙をついた勝負であったが、ハートンサイクルのオーバーキルによって勝利。
イチマンコ、戦闘不能!
◇ ◇
凸凹コンビには見えない。
しかし、戦い方というのが互いの弱点を補っているというのは、コンビとしての素養有り。
そして、恐ろしいのは互いに単独でも恐ろしく凶悪である事だった。
「うぉ~~い。土塗れだぜぇ……」
自身の能力で似非の雨に、人々を苦しめる病原菌を撒き散らしている最中。
月継は、ジャネモン化した両足の蛇のような生物の制御に苦慮しているわけだが、月継の内心が反映されていることに、本人自身は気が付いていない。
『ギョギョギョギョギョ』
「ま、お前等のおかげで助かった。実際、無傷?か。今のところは……」
悔しさではなく、不満に近い感情。
それが原動力となっている。エフエーの欲する邪念を発し続けるがため、月継は未だに無傷であった。
不満に近い感情には、嫉妬?見下し?……安心?
「恐ろしい女。おっぱいもだけどよ」
どこかしら”何”かと比べる。
自分の考えは絶対とするし、そうじゃない奴など人間のようなモノとは言えないだろう。
月継は、レンジラヴゥの強さを一目見た瞬間。口には出さないが、”恐ろしい”などという表現では済まない畏怖を感じた。
ヤベェ……って、感じではある。
おおよそ、”自分が比べる”という思考ではいけない。
「俺には付き合えねぇタイプだな」
自分はあくまで、司会者で第三者にいる神様のような立ち位置で。”誰か”と”誰か”を比べあって、周囲に向けて批難をする。一人でダメなら、自分のような考えを持った仲間未満、信者以上を募っての攻撃を考えるようなタイプ。
勝てないと感じ取るや、かといって降参するような事もなく、いかに自分を安全な位置において戦おうとするか。そして、勝利を求めず、何かしらの優越感を求める。協調を求めたがる。
姑息だなんだと思われるが、人間比べてなんぼ。仕方ないじゃん。
『ジゴゴゴゴ!!』
「お、落ち着け!勝手に動くなって!股が裂ける!どうして、同じ方向に行かないんだ!?お前等!仲悪いし!」
味方になると頼りにならないが、敵に回すと厄介。
月継は、”絶対に勝てないレンジラヴゥとの対決”を、”絶対に回避して勝つ”という方法を瞬時に描いた。
彼女が召喚するように、空からを剣の雨を放った瞬間からだ。
強さを見極めるなんて芸当は、ジャネモン化したばかりの月継にはできないが。レンジラヴゥが一度きりで止めてしまった、剣の雨を見た時。
「逃げ切れば勝てる。俺が勝ち誇ってりゃいいんだよ」
レーダーみたいな能力もあるのかと思ったら、なかなか彼女が近づいて来ない。
時折、闇雲に放った攻撃が飛んでくるが掠りもしない。無理な大技じゃないと、同じ街中にいる今の月継には届かないこと。レンジラヴゥには接近戦に自信があっても、何かしらの理由で追いかけられない事を察知した。今、自分の両足がこんな状態で、人間の動きとは言えない。地中に潜って移動だってするしで。
ちょっとしたワクワク。
月継の心情は楽しんでいるも含んでいるが、レンジラヴゥもこの街全体は楽しんでいるところなんてない。
ザーーーーーーー
一度は雨雲を弾き飛ばされたが、再び合体して雨量がさらに増した。そして、触れる雨は濡れずに蒸発。その最中に病原菌が空気中に散布されている。
住民達の体温を上昇させ、体の不調を継続させている。高熱、吐き気……、満足に動けるようにはなっていない。唯一、寝手が必死にこの病原菌の抗体を作ろうとしているが、なかなかそれが集まらない。
「うぅっ……」
月継を倒す他はない。その役目である、レンジラヴゥは今。胸を抑え込むように家の壁に寄りかかって、座り込んでいた。月継を捜しているような状況ではない。
「ふーっ、ふーっ」
呼吸が荒い。意識はしっかりしているが、気を失いかけてる住民達とは違う苦しみだ。体から、月継の攻撃では現れない出血もいくつか見られる。彼女が受けている攻撃は、月継の攻撃がトリガーとなって、”別”の攻撃を受けている。そうとしか思えない体の症状。
「ヒイロ」
彼から預かっている力。それはあまりに過剰であったのには、ルミルミ達を抑えつける上で仕方がない事。そして、その調整役であるヒイロが人間界には戻って来れない事。分かってはいたが、苦しい。体と心が争って、自分が壊れてしまいそう。
「早くぅ……」
回復能力を”抑えて”はいるが、その能力が徐々に暴走し始め、逆にレンジラヴゥの体にダメージを与え続ける。絶え間なく撒き散らされる月継の病原菌は、レンジラヴゥの体内においては、微弱にも至らない毒でしかないが、過剰に対応しようとしてしまって内部から白岩の体を削っていた。ヒイロが与えた力があまりに大きすぎるせいでもあり、レンジラヴゥの戦闘スタイルが大技中心であったのも悪い。
短期決戦を仕掛けようと、大技を使っていたが……。月継の意図にはなかったが、逃げられてしまっている。
結果論であるが、この街に近くに、ムノウヤやエフエー、寝手などの強力なジャネモンと妖人がいるせいで、天から自動で敵に向かった剣を降り注ぐ”ラブリースラッシュ”の効果は、月継に対しては半減ほどだ。
彼等がこの近くにいなければ、月継が倒れていただろう……。月継本人の想定外で、運が良すぎる。
「……あぁ」
長期化はダメだ。月継の居所も分からない。レンジラヴゥが動けるのはわずかといったところ。
いかなる怪物が……。
「そーだ。その手があるじゃん」
今、レンジラヴゥの、”戦えずに負ける”という必敗の状況。それを覆す、怪物の発想が生まれる。
「ヒイロが教えてくれたじゃん。あたし、馬鹿」
ヒイロが見込んでいる妖人が弱いわけがない。今、問題となっているのは動きが辛い体。敵の弱い攻撃に、自分の過剰な回復が苦しめている問題をひっくり返すため、相手の攻撃手段を断つではダメだった。
月継を仕留められなかったのなら……。




