Fパート
朝日が完全に昇りきった時。
「ちょっと……」
北野川は焦りの表情を出していた。涙一族の施設でキッスが起きてくるまで、待機中だった北野川達なのだが。
「早く、キッスを起こしなさいよ!!マズイわよ!」
日の高さからいって、常人なら起きているお時間。
キッスが長い時間の監視を1人で行っていたため、警戒などもしないで爆睡してもおかしくないのだが。
緊急事態だ、起きてこいと
「ルル!!キッスを早く叩き起こしなさい!!」
「そ、そーは言っても……起きないんですけど。っていうか、お姉ちゃんの体って硬いし」
『あと1時間くらいは起きないだろうな』
キッスの相方、イスケをしても無理。
そんな反応をするもんだから、北野川が無理矢理寝ているキッスの元に駆け寄っては
ゴンゴンッ
『いだっいだっ!』
「起きろーーー!!早く、あたしを助けなさい!!」
『北野川!止めろ!俺でキッスを叩くな!』
イスケをキッスの顔に叩きつけて、起こそうとする北野川。
部屋の中にいたルルには事態が読めなかったため、なんでそんなに慌てているのか?
「何が起きたんですか?」
まだ何も起きてはいないが、とんでもない奴がこっちに向かって来ていたのだ。
そのせいは間違いなく、キッスに有り。
「ルミルミがこっちに向かって来てんのよ!!キッス!早く起きて、対処しなさいよ!!」
キッスが檻ごと投げ飛ばす形で解放したルミルミが、完全に檻から脱してから、再びここにやってきたのだ。
ルミルミがここへ戻って来た理由は、まだルミルミの目的が果たせてないからだ。
その目的のために、戦闘が起こるというのは当然。でも、
「あんた抜きでルミルミとまともに戦えるわけないでしょーが!!」
キッスがいるのに、爆睡中とかふざけんじゃねぇ。
その怒りが届くかのように大きなサイレンがこの施設内に鳴り響く。
侵入者の警告など、圧倒的な強者には無意味。
ウーーーッ
ウーーーッ
ルミルミが、キッスとルルと戦う際に鳴ったサイレン。
今度のルミルミは、堂々と真正面からここに戻って来た。空を飛んで見下ろし、
「邪魔する奴は消す」
コソコソとせず、目的のために力で来る。
そんな勝負を北野川達が挑むかと言えば、NOである。
「なんでキッスが起きるまで、あたし達は隠れるの?」
まぁ、黛はやる気満々であったが……。
「ば、馬鹿言うな!ルミルミは最強の妖精だぞ!!北野川の言う通り、キッスを呼ばないと無理だ!」
自分の実力に自信なさげもあるんだろうが、茂原は黛の暴走を止めてあげていた。敵うわけないのは分かっている。
それに録路も同じようで、ルミルミとの直接対決は望まない。
ルミルミが上空から見下ろすという事は、建物の中に隠れやすくもある。なんかしらの目的があるとするなら、ルミルミも多少自重はすると録路は感じて、黛達は戦闘をしないように隠れさせた。
「戦闘になったら、全滅する」
茂原の言葉は本心。
「弱い奴……」
「うるさいなぁ!弱かろうが、死ななきゃ勝ちさ!」
黛の言葉も本心。戦闘さえなければ、ルミルミに殺される事はない。戦闘にならない隙をつけば、ルミルミを倒せる。精神的な隙が、奴の明確な弱点。
一方でルミルミは、上空から見下ろしながら……。キッス達がいるのを分かっていながら、姿を見せないことに疑問を持っていた。
「ふ~ん」
全体を見渡しながら、ルミルミは何を見ているのか。
キッス達がどこに居るのか・隠れているのかを探っているのか、それとは別の”何か”を探しているのか。
黛達は隠れて機を伺っているところ。しかし、1人だけは偶然にも別の奴と会っていた。
「なんでお前がここにいんだ?」
ルミルミがここに到着する。その3分前。
空からただならぬ気配がし、よく見ていれば小さな天使が飛んでくる……って、それはルミルミしかいねぇという判断。瞬時にバラバラに分かれて隠れたわけだが
「それはこっちが聞きてぇよ」
予想などしていない邂逅。
ルミルミと戦えない言い訳にはいいかもしれないが、どう動くことやら。
録路空悟は
「此処野。なにしに来たんだよ?」
「あ~……、ルミルミちゃんを捜しに来てたとかで?納得できっか(というか、ルミルミちゃんもなんでここにいるんだよ)」
なぜかは分からないが、ここにいる此処野神月と戦うのであった。
◇ ◇
ブロロロロロロ
此処野が涙一族のルーツに辿り着く、その30分ほど前。
ある人物と出会っていた。
キイイィッ
約束された場所に此処野がつくと、神妙な表情で自分に背を向けている男がいた。
「来たか、此処野……」
男が見据える先には、涙一族が住んでいた場所。しかし、自分が入れば警報が鳴り、前のルミルミのような事になるだろう。
涙一族じゃない者がそこに近づく事は難しい。
「なに黄昏れてるんだ。らしさがあるし、絵になるけどな」
アタナを取り出し、そいつといつでも殺し合いができる状態にする此処野。ゆっくりと近づいて
「……………」
アッサリと背をとったのだが、反応がない。不機嫌な気持ちになってもいいのにだ。
それがつまらなく感じ、此処野はアタナをしまって、そいつの横に並んで訊いた。
「南空。ボケ始めたか?」
「最近なったところだ」
「はははっ、そうかよ」
革新党、南空茜空との再会。
ついこないだ、殺し合いというじゃれ合いをした仲であったのだが……。
「私がお前を拾って何年経ったかな?」
「俺とあんたが繋がってたとすりゃ、大変だろうよ」
「ああ、大恥だ。バカ者」
しかし、その仲。敵のようなものではない。
此処野からすれば、自分の育ちに関わっているほどの存在の1人が南空であった。そいつを殺そうとしていたという、此処野のソレにはルミルミも目を付けてたんだろう。
とはいえ昔話など、南空にはどーでも良くて。けど、此処野には求めたいことで
「連絡した通り、お前の”両親”についてだ」
「…………嘘じゃねぇよな?」
「それを知りたいがため、お前は”革新党”に従っていただろ?」
「やっぱり、お前は知ってやがったか」
此処野という凶悪な殺人鬼にも人の血は流れている。両親の顔や名前すら知らないが、此処野は捜していた。
「早く教えろ」
「……慌てるな。話は最後まで聞け」
そう南空に言われてもだ。此処野には
「そいつ等を殺してぇんだよ!!自分を捨てた奴なんか!どーしようもねぇ奴を殺してぇ!それは何も悪くねぇことだろ!?俺は変わらねぇさ!そうやって、生きて来たからな!!」
それがすでに叶わないモノ。自分がそう続けられる理由に変えていやがる。
タチの悪い殺人鬼。タチの悪い夢追い人。
「現実を知らずに突き進む奴ほど、有害な奴はいないものだな。周りを考えん奴」
「悪いかよ!俺はもう楽しい!理由にできる殺し合いが特に、楽しくて楽しくて、俺の生き甲斐だ!!」
「だから、お前はスパイに向いている。味方側には置けない」
南空は此処野を、SAF協会などのスパイとして送り込んでいた。
とはいえ、シットリがいたせいで、相当警戒されていたため、SAF協会では思ったほどの成果は挙げられていなかった。
此処野と革新党の関係についてはもういいだろう。
本人にとっては
「で、俺の両親は誰なんだよ!?」
「……お前の父親についてだけ、今は話す」
「あ!?勿体ぶんじゃねぇ!」
なんだよ、それって表情になる此処野。しかし、それを無視して南空は
「お前の父親は、もう死んでいる」
「!!?」
「悪いが、お前の夢や復讐とやらはもう叶わない。それだけは先に言ってやる」
南空のその言い方に彼の胸倉を掴んだ此処野は、
「それで俺が納得すると思ってんのか、爺!!」
「父親が死んでいるのは事実だ。名は言わん」
「何も答えてねぇだろうが!!」
「………」
南空の目は此処野に向いておらず、景色の方に向いていた。その視線に此処野も胸倉を掴むのを止めて、彼の視線に合わせてやったところで南空は口を開いた。
「お前の父親は、涙一族の人間だ」
「はぁっ!?」
「お前は涙一族の人間であり。その事を知っているのは、私と粉雪様、野花壌の3人だけだ」
…………
「私がお前に告げた以上、4人になったな」
涙一族はSAF協会との戦いにおいて。
ルミルミとシットリの激戦の際、総力戦を仕掛け。生き残ったのは、キッスとルルの2名だけだった。
そうあったはずなのだが、
「……ホントなのか?あの涙メグを騙したのか?」
涙一族の棟梁であった、涙メグについては此処野だって知っている。あの血縁主義者からすれば、革新党にそんな一族が紛れている事を掴んだり、何かしらの事をすると思っていたが。
「奴はお前を”知らず”に、死んだだろう……真相は分からない」
「俺があいつ等の血を引いてるって。冗談悪ぃ。ペッ」
痰を吐き捨てた。……そーいうイザコザがなかった事に、革新党のお力や野花財閥の協力があったということは察した。
だが、
「南空からの口とはいえ、俺がそうだと決めつけるものにはならねぇ」
嫌なのだ。子を捨てる酷い父親を想定して今までしていただけに、そーいう事情があるってことを言われると。
なんだ気持ち悪い。
「お前等は俺を”意図”して隠してたのか。戦う術を教えてた事まで!」
「そうなるな。話はここまでだ」
「おい!!」
「父親の名前やら、その素性とやらは……あそこにある」
もうこれ以上の口を開かないとして、あとの事は涙一族の里で調べてこいとした南空。無論、ほぼ何も知らされていないような情報で、此処野がアタナを取り出し、南空を殺しに掛かったのは当たり前の事。南空もそれを察して、向かってくる槍のアタナを捌いてから
「それは勝手に探してこい」
「情報を小出しにされて欲しくねぇな」
「父親に関しては、現状は最大限の情報だ」
その先の情報が欲しかったら、特別料金を支払え。それがおそらく、南空が此処野に依頼したい任務後の報酬。力ずくで続けても、南空は絶対に口を開かないと此処野は知っている。
「あそこには涙一族が因心界が保管していた、妖精達が数多くいる。それを奪取すること」
「それでいくら?」
「お前の両親が、お前を捨てた理由。それと、今現在。そこには涙キッスと涙ルル、北野川もいる。奴等の始末。もちろん、全員のな」
「それでいくら?」
「お前の両親の名前から全て。最後に涙一族と”妖精の国”に関する情報だ。これについては、お互いの歴史が重要とする」
「それでいくら?」
「お前の母親に”一度”だけ会わせてやる。あとは好きにしろ」
ミッションは3つ。
いずれの成果で此処野にとって、得られる情報が異なるわけだが。彼として少し意外に思ったのが、
「……俺の母親は、生きてるのか?」
「ああ、その事についてはそうだ」
「どんな面してんだ。生きてるなら、俺の今を知ってるはずだろ。恥に思ってるのかー」
胸ポケットから煙草を出して、一服する此処野。少し安心しているような緩んだ表情。
全てのミッションをクリアすれば、全部の事が分かる。とはいえ、キッス達の始末なんて高難易度。それで得られる情報が、”両親の名前”を含んで全部。逆に、無難な情報収集や妖精回収で、南空からもらえる情報の方が大きいというか、怪しいというか。
「まぁいいや。今のところよ、俺が俺を怪しんでるのは俺の父親が涙一族って事だ。それが証明できねぇとしたら、お前の言う事なんか信じられねぇ」
「もっともだ。だが、簡単だ。涙一族の里に踏み入れれば、一族以外の人間には警告がされるそうだ。お前がそれを受けないなら、それが事実だ」
「……俺にやらせるわけと、俺がお前達に扱われた理由が分かったよ」
「……だといいな」
そう思う此処野と、そう思っていない南空であった。
◇ ◇
「……………」
涙一族の里は広い。
少し前に、ルミルミとキッス、ルルの2名が戦って荒れ果てた庭。それだけでも大庭園のほどはあり、高さこそないが、駅のターミナルとも思われそうなくらい、一つにまとまった和風テイストな豪邸。
ルミルミは庭園の上空。
北野川、キッス、ルルの3名は、キッスとルルが使っていた私室。
黛、茂原の2名は、すぐに庭園に出られる部屋に入り、ルミルミの様子を伺っている。
「おい、録路。お前、俺とやる気か?」
ルミルミの方は、此処野がいるという事を把握しておらず、此処野がルミルミを知っているのは彼女が常に放っている強者のオーラから、あれほど強い奴はいない。そーいうモノでの察知。実際に姿は見ていないが、
「実はやることねぇーんだよ。お前の企みに協力してもいいんだが」
「断る」
此処野が秒で断ったのに、録路に対してへの信頼があった。一緒に戦ったり、時にはじゃれ合って、認めている同期の1人。
「油断できねぇ奴だ」
先に、此処野の方が録路に気付き。録路もそれに気が付いた。という遭遇。録路の方から近づいてきたところに、
「お前、キッスの下についたのか。誰かの下ってのが、お似合いだがよ」
「お前は末端がお似合いだもんな」
「言ってくれるな」
おそらく、録路の戦闘の意志がある。それを抑えつけてくれているのが、外にいるルミルミの存在だ。
此処野が知っている限り、録路までここにいるとは思っておらず。少なからず、驚きが優っている。殺し合いの
「……珍しいな。なんの値踏みだ?」
「ここでお前と戦う気がねぇーって事だよ」
「お前なら問答無用できて、俺に返り討ちされると思ったんだが」
「一言余計だな。テメェも……」
殺し合いは望むところとする此処野に、戦意が薄いこと。
録路も長い付き合いでそれに気付いている。コソコソせずとも、キッスと戦いに行けばいい。何かの目的でここに来たと読んでいる。
ルミルミを捜していた。という理由も分からないではないが、
「だったら、お前がルミルミを連れて帰ってくれ。正直、キッスが寝てて勝ち目がねぇー」
ルミルミを追い返す手段に、此処野を利用するのが最善手。録路は瞬時にこちらの無力ぶりを此処野に伝えたのだ。
その上で、
「できねぇーのなら、お前を再起不能にしてから、ルミルミと取引するしかなさそうだ。お前なんかでも、ルミルミは助けるだろうからな」
以前に此処野がボロボロな体になった時も、ルミルミの治療によって復活できていた。それを録路は知っているから、ルミルミとの直接対決を避けるべく此処野を脅す。そんな脅しに屈するわけもなく、無論、今の此処野に録路と戦う暇もない。ルミルミがいるのは、此処野だって予想していない。
あれが思いっきり暴れて、ここらへんを自分もろとも、破壊しちまう恐れがある。ルミルミが涙一族に感じる憎悪というのは理由は知らずとも、理解していた。
「……お前如きに殺せる俺じゃねぇーんだが、ルミルミちゃんが邪魔だってのは同意かな」
行方不明だったルミルミが、何を考えてんだが。此処野には分からない。もちろん、録路にも分かっていない。
刺激させないで決めるってんなら、……。此処野は右手を出し、録路も右手を出し
「「じゃーんけーん……」」
やり方……ではなく、どっちがやるかの事。どうやって、この状況を動かすかどうか。意外にもやり方は一致していた。
ジャンケンが終わった後、勝った録路は妖人化をし、此処野を掴んで一気に投げ飛ばした。
ドゴオオォォォッッ
「!!」
その投げは此処野が幾度もぶつかる壁をいくつもぶち壊し、大庭園にまで投げ飛ばしたもの。
一方で此処野も何事もなく、受け身をとりつつ、アタナを出して戦闘態勢に入る。
戦う気がないと両者が思っていたからこそ、
「此処野!?なんでいるの!」
「おっ、ルミルミちゃん!いや、君を捜しに来たのもあるんだけどよ……」
ルミルミの気配だけでなく、実際に見て少し安心する此処野だった。
「ルミルミちゃんの用事はなんだよ。俺も協力してから去ろうや」
「……仲間がいるとは思わなかったから、ちょっと嬉しい」
「………………」
地面に此処野。空中にルミルミ。そんな状態、戦況の中でナックルカシーは大庭園に出てきた。
勝ち目がないと言いながら前に出てきた事はルミルミの動きを伺うためだ。
そして、おそらく。
「此処野くん。ナックルカシー達を任せる」
「オーケー!じゃあよ、ルミルミちゃんは自分の目的をやっててくれよ。こいつ”等”の相手は、俺がしてやるよ」
ルミルミが殲滅・殺害の目的なら出方を伺わない。
目的は訊かずに、その実行を優先させることでナックルカシーと黛達を戦わせずに素通りできる。
ナックルカシーと此処野はそれを判断しての、取引。ナックルカシーが大庭園に姿を現した時、此処野もアタナをナックルカシーに向けて、ルミルミを急かせた。
「とりあえず、今はな!」
「信頼するよ」
ルミルミは自分の目的のため、此処野にこの場を任せた。
ナックルカシーもそれを見た後、此処野との対決をするわけだが
「よーーーしっ!あたしがルミルミちゃんをシバけばいいってわけね!」
「わーーー!黛ちゃん!ちょっとーーー!」
隠れていろって指示を出していたはずなのに、ルミルミ達の様子を見ていた黛と茂原が、ルミルミの前に飛び出してしまったのだ。
「あ、黛……と、誰?」
「ごめんねぇ!ルミルミちゃん!ちょっとあんたと……」
そして、ルミルミに飛び掛かって当然……。
バギイイィッッ ガアァァンッ
「なによ、……こいつの強さ……」
「僕まで一緒にやらないで……」
ルミルミに多少の手心を加えてあげたのか、黛も茂原も一発だけでKOしてあげた。
そんなやられぶりを見たナックルカシーは呆れつつ、
「だから、お前等じゃルミルミの相手にならねぇって……」
ルミルミの強さにも驚愕はする。
此処野にその役をやらせて間違いなかったとして、いちお訊いてやった。
「で、お前の目的はルミルミに任せていいのか?」
「お前が俺を見逃すのか?」
「お前がルミルミをちゃんと帰せるのかを心配してんだよ」
おそらく、ルミルミの目的がキッスの命じゃないって事は分かった。ナックルカシーからすれば、最悪を考えての事だったが、
「”お前等”に好き勝手されんのも、俺の中じゃ面白くねぇからよ」
「おっ」
「少しは”俺”の勝手にさせろ」
「お前と喧嘩すんのも久々だなぁ。この豚野郎」
ナックルカシーの拳と、此処野が持つ槍のアタナの先端がぶつかり合った。
互いの激突でも、互いに無傷。
おそらく、決着には時間を有する。互いに互いを知り過ぎているのもある。
ゴギイィィッ
ナックルカシーの体でも、此処野の体でも、槍のアタナが発するものでもないが、重くて鈍い衝撃音が戦闘中に現れる。拮抗している実力がぶつかれば、鉄と鉄がぶつかって互いに削れるような。鉄の質量が無くなるくらいまで。
◇ ◇
「馬鹿とデブが戦ってる」
北野川とルルは、寝ているキッスを護衛している。
録路と此処野が戦闘を始めているのに気づいていて、
「あのぉぉ……」
「お姉ちゃん……」
ルミルミの考えが分からない。しかし、キッスの考えは心の秘密が読み取れる北野川と、妹であるルルには伝わっていて
「狸寝入りを止めろーー!」
「起きてよーーー!!」
仰向けで、必死な寝たふりのキッス。両腕を広げて
「ぎゅーっと……」
目を瞑って、誘う言葉に。北野川はイラつきながら、一緒に起こそうとするルルを思い切り、キッスに向かって突き飛ばし、
「わぁっ!?」
「むひひひひ、ルルの体は気持ちいいなぁ~。大きくなった?」
寝ているところに飛び込んできた妹を抱きしめて、ぎゅ~~っと、胸や大事なところまで感じてから。
「はい、エネルギー100%!涙キッスがお目覚めよ!」
「お、お姉ちゃん……酷いよ……」
「おふざけはその辺にして、着替えなさい。いつもの着物でも着ろ。あんたの寝間着、ムカつく」
人にこんな恥ずかしいところを見られて、恥じるルルに対して、堂々と楽しんでいるキッス。この姉妹なんて理解できんとする、北野川とカミィ。
キッスが着替えをしている。着替えに時間が掛かると思えるが、ワザとらしさあるスロー。状況を分かった上でやってるとしたら、
「あんた、ルミルミと事前に取引してたわね!」
「ん?ああ。……北野川は、そうやって秘密を探ろうとしなければ、掴めないと分かっていたからな」
「あたしとカミィの目の前で隠し事されるのって、腹立つわね」
北野川がキッスに起きる事を要求したのは、ルミルミを信用できなかった。
1つ間違えれば、自分の死を予感していたのもある……。
まだ1手、2手先しか読めない、見えないところであった。キッスは北野川に確認した。
「録路と戦ってるのは、誰だ?」
「此処野よ。あんたの予想通り」
「ふむ……。録路とまともに戦える奴としたら、順当だ」
「どっから来たのかは、私にも分からないわ」
「うん!お姉ちゃん、あたしにも分からない。どっちかっていうと、録路さんが発見した感じだと思う」
「……………」
此処野がやってきた事は想像がついたのだが、どーやって奴が来たのかがキッスには分からなかった。もちろん、北野川達も同じだ。
「警報は?」
「鳴ってないよ。っていうか、寝てないんだから気付いてるでしょ」
「ルルに夢中になってた時間もあったから……」
何かの誤作動か。
とはいえ、今。ルミルミの行動は読めていても、此処野が何をしてくるのかが分からない。
まさにそのタイミングで
ウーーーーー
「!なんだ?」
「いきなりなんだよ。うっせぇ!」
ナックルカシーと此処野が、戦闘を一時中断するほどのサイレンが鳴り。それに険しい表情を出すキッス達。
今、何かが涙一族の里に踏み込んできた。
ウーーーーー
それも大勢。堂々と真正面からここまで昇ってこようとしてくる。まるで上陸作戦のように。その正体については、キッス達の場所からでは分からないが、この正体は明確な敵意でここを狙っている。
ルミルミや此処野の反応を見るに、彼等からしても想定されていない存在であろうこと。瞬時にキッスとナックルカシーは感じ取った。
そして、キッスはまず
「ルル、北野川。すまないが、ここにやってくる奴等の対応を頼む」
「分かったよ!お姉ちゃん!」
「ホントにルミルミは約束を守るんでしょうね!?」
「信じろ。そうじゃなきゃ、お前も困るだろ?」
「あんたは?」
「落ち着け。今、正面から来る奴等は警備のシステムを堂々と通ってくる関係で、この屋敷まで来るのに時間は掛かるはず。まずは此処野”は”、追い払え。録路に任せていいけど」
何をすべきかの指示を出した後、
「私は、此処野がどうやって来たのか。誰かの手引きがあると睨んだ。そいつを捜してくる」
「き、気を付けてね!お姉ちゃん!」
「…………おそらく、私も同じなんだけど。”そいつ”が今ここへ向かってくる連中と関係があるよ」
「ああ。私も同じだ」
キッスは周辺の様子を探るべく、屋敷を一旦、離れる事にした。
ルミルミを信じての対応があるが、キッスの所在が分からないというのは、相手方の心理にも影響が大きい。
その相手方の心理。というか、その相手は
「まったく、山登りさせんじゃないわよ!変な結界張られてるし!」
ゴージャス&ド派手な金髪姉ちゃん。
明らかに山登りをしに来た恰好じゃない。
レイワーズのイチマンコが、この間手に入れた部下二人を引き連れながら、
ここの神秘や警告などを、迷惑な行為で踏み散らすと
「金の力を見せてやるわよ!!さぁ、雑兵共!!イケぇぇっ!!」
およそ、2000人に及ぶ人間が、涙一族の里へ踏み入れていく。圧倒的な物量で押し切ろうとする!




