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MAGICA NEAT  作者: 孤独
第45話『そんなお前が家族で不幸だよ。それでも忘れない』
162/267

Cパート


「あれ……?」

「えーっと……」


世界に発信された”暗示”は、瞬く間に広まって効果的なものになった。

”暗示”を見た者は記憶を奪い取られると思われたが、実際には違う。

記憶を”朧気”にしてくる中途半端な効果は、その人に考える時間を与える。

その思考時間こそが怖いものだ。



「人に感染する猛毒のウィルスは、そうすぐに人を殺しはしない。生き残るため、伝播する」



苦しんでいる中で思考ができるというのは、その苦しみについて考える時間がある。

老若男女問わず、記憶を”朧気”にしてくる。そして、それには優先順位がある。

これを仕掛けるきっかけを作った怪護は、”宿主”として契約した、田熊勇雄に教えてあげた。



「人間なんか感謝など忘れる。人の心の奥はいつも、不満、怒り。お前が手にした力は、人から”してもらった”出来事などを”朧気”にしていく」

「……………」

「血縁やパートナー、客なんか関係なく、人間関係を他人にしていく能力。そーいうもんだと思ってくれよ」



他人に対する感謝というのはあるものだろうか?

タダ飯を喰らい、掃除もできず、洗濯もできない。それでいて、ぎゃははははと隣で笑って、風呂、飯、寝ると、騒ぐような存在を、家族や友人以外でできるだろうか?金や仕事などという目的などなく、他人に対してこなせるものだろうか?


不可能だ。


金が世にある理由に、人には価値があって。価値に対する考え方も備えている。

そのバランスを崩してしまう。この”暗示”能力は脅威。人間同士の殺し合いを誘発しやすく、特に年齢差がある関係の時には非常に起こりやすい。




バギイイィッッ


「や、止めてください。……鈴原さん……」

「なんで死にかけの爺を介護しなきゃいけないんだ!!」

「臭いし、ウザいし、腹が立つし!死にかけだし!」


老人ホームや介護施設では、逆らいようのない暴力が頻繁。

弱い者達は容赦なく捨てられる。それは年寄りだけの話しじゃない。



ドンッ


「なんで他人のガキを籠りしなきゃいけないの!!」

「やってらんないわ!!保育士なんか!」

「教師なんかやってられるか!他人なんかと関わりたくねぇ!」

「うわーーーん、田中先生達が給与泥棒してるよー!」

「暴力と仕事怠慢はダメだよー。田中先生、斉田先生ー!」


小学生・保育園児などを始めとした、小さい子供達は大きい大人達からの暴力に襲われる。そして、それを助けたり、止めようとする警察や周りの大人達もいないという状況。

しかし、小さな子供達にはあまり”暗示”の影響を受けた者が少なく、正気を保っては先生達の名前を呼ぶことができている。寝たきりやあまり動けていない老人達にも、子供に次いで”暗示”の影響が少ない。”朧気”になる記憶はあれど、生きてる時間が長い影響もあるのだろうか。



「仕方のない犠牲だ」


その数はまだ少ないと、怪護は言っている。

それよりも多く、確実に増えているのは


「お前と同じような境遇を持つ家族は、救われるだろうな。いっそ、息子だとか娘だとか。忘れられたらどれだけ幸せだったかを、噛みしめている事だろう」

「……分かってる。”暗示”をかけた場所は、そう願ってのことだ」



人間。自分の興味、立場にあるほど。取り入れてしまう情報に偏りがある。

不幸な事件というのはそれだけ、周りも知りたがる。



「この力。恐ろしいな」

「分かった上でそこに”暗示”を仕掛ける、お前の発想は”宿主”として選んだ甲斐があるよ」



田熊が放った、記憶を朧気にしていく”暗示”。

対象者が一瞬でも”暗示”を見ただけで効果が発動し、一番に記憶を”朧気”にされるのは”暗示”のマーク。そのものである。

野花、粉雪、北野川達も、……その”暗示”を見てはいるのだが、記憶ができておらず、どこで攻撃条件を満たしてしまったのかが、把握できていない。もちろん、記憶の”朧気”が思考を妨げているのもある。

そして、恐ろしいのはこの効果範囲である。

設置できるのは1か所のみであるが、それが存在する限りは見た者達に効果が発動するため、なんとか大勢の人間に見させればいいという問題をクリアするだけ。その問題も


「自分が起こした事件を使って、”暗示”を見させるとはな。ニュースにさせられるだけの知名度があって成せるな」

「……生きているとメディアの本質も分かるからな」


自分のかつての地位。殺人事件。自宅まで駆けつけるメディアの姿は容易にできる。

ネタ欲しさ。誰かの不幸で生きている連中を利用することなど、田熊にとっては簡単な事だった。

今、日本中で記憶が朧気になり、至るところで人間達の同士討ちが起こっている。同士討ちというより、人の格差を無くそうとする運動なのかもしれないが。


「怪護、どこかに行くんだろ?」

「ああ。お前も来るだろ?」

「車で送ってやる」


”暗示”そのものを解くに田熊が任意で解除するか、死亡するしかない。

能力発動からどこかに待機しているわけではなく、この混乱に乗じて動きたい怪護の気持ちを簡単に汲み取った田熊は、自分の車を用意してあげた。

この”暗示”はあくまで記憶が朧気になってからの混乱であり、それに起きる人間によっての個人差があったり、効果を軽減させる術などもある。また、圧倒的な力量さ対峙する者にあったのなら、とても強い奴にはダメージと呼べるものはできないだろう。確実に敵を葬るのなら、怪護が自ら赴く必要がある。



「ニュースを見ない人間もいるもんだからな。こーいうニュースをスレタイで嫌うのいるだろ?」



”暗示”が仕掛けられた場所は、田熊の自宅である。

それをメディアが撮影し、拡散させた状態にしてから効果を発動。

文字や音だけで情報を拾っていれば影響はないが、多くの人間は映像や画像をチェックしてしまうもの。百聞は一見にしかず。

とはいえ、”暗示”を見ずに、逃れた強者がいることを怪護は理解している。情報が錯綜している今、ロクに動けない敵を確実に自分が出向いて葬る。



◇           ◇



『お菓子持ってこいって言ってんだろ!!いつまで時間かかってんだ!!婆!!』



イライラ。

もう自分で働くことなどせず、親に支えられること、歳にして34年。社会からリタイアし、家の中で過ごしている者はせがむ。

日の光も浴びず、自分の体臭がムンムンとする部屋の中。

2次元の世界に入り浸る者達は



ギィィッ……



『あのさー』


リアルの事など知らぬ。自分には関係ない。こんな、こんな、家庭で産んだお前達が悪いと佇む。

産んだ親なら

部屋のドアを開けたらすぐに



ドスウゥッ



『お前はなんかしてきたの!?誰に養ってもらってんの!?出てけ!!この世からも出てけ!!』

『か、か、……か、母ちゃん……ひでぇよぉ……ぼ、僕だけは愛してくれよぉ……』

『なにが酷いだ!?何が愛せだ!!何もできねぇあんたが!わがまま言わずに、死んでしまえ!!』


いつも朝食~夕飯、夜食に至るまで、料理を作ってくれるその包丁で体を刺させる。

今までずーーっと、こんな大きい子供でも愛情をこめて養ってくれたのに、自分を殺してくるとは思いもしなかった。

そんなニュースだって飛び交う。

まだ、警察達も動けぬ状況でも、ネットに近い連中が家族に襲われるという非常時の情報は流れていた。




「うーーーんっ。これは一体」



そーいう情報を拾い始めたのは、SAF協会の寝手喰太郎である。

旅館の一室でネット情報を集め、因心界とレイワーズの情報を集めている最中だった。彼のような変態引き籠り野郎は、自分と同類が不幸になる情報は仕入れる気もないし、見向きはしないのだが。

一斉に起こった記憶の混乱や、虐待事件、暴行事件などを見て



「レイワーズの仕業か」



どんな攻撃をしているのかが検討も付かなかったが、このレベルが暴れる。社会を大きく乱すほどの力には危機感を抱かず、楽しさを感じるのは、まだ寝手が……




コポポポポポポ



「はぁ~、今度は紅茶とケーキですかぁ」


一方、寝手のパートナーであるアセアセは、旅館の調理場を寝手の能力で利用させてもらい、勝手ながらオヤツの用意をしていた。ケーキの材料だけは買ってきて、それを調理する事を楽しんでいるわけだが、


「此処野みたいな修行とはいかなくていいですから。白岩ちゃんみたいに農業したり、ムノウヤとトラストみたいに日蔭ぼっこでもいいから、外の空気を吸って欲しいです」


せっかく、出かけているのだから、家にいる時とは違って外に出て見聞を広めて欲しいと思うアセアセ。

寝手のおやつを作っているわけだが、SAF協会のメンバー分のケーキを用意する辺り、こーいう家事がやっぱり大好きなんだろう。2種類のケーキを作ってるし。

寝手が先に食べる分として、紅茶と共にお盆に乗せて運んでいく。残りのケーキは旅館の冷蔵庫の中で冷やしておく。

作っている時と食べる時は楽しいけれど、提供するまでの間はどこかため息をついてしまいそうになるアセアセ。

寝手の元へ届ける最中、



【次のニュースです。昨日、午前10時04分。父親が息子を殺してしまう事件が起こりました】

「ん?」



音量は決して大きいものではないが、そのフレーズには両耳をピクりと動かす、アセアセ。

親子で殺し合いが起きるなど、自分の家にヒキニートがいたら気にするな、なんて言えない。ちょっと足を止め、旅館のお客様待合室にあるテレビを眺めた。


【『もう限界だった。本当に息子がしてしまうと感じた』】

「うわぁ……」


その事件概要を見ながら



「あ~、人事ひとごとじゃないですね。っていうか、寝手の場合、人に迷惑をかける側ですか」



やっぱり知りたくなかったーって、感じの顔になる。こうして甘やかしていると、寝手がいつか暴走しそうで不安がる。父親が息子を心配するも聞き入ってもらえず、あまつさえ小学校を襲撃してやるなど仄めかす。

かなり父親に同情してしまう。アセアセの立場だったら猶更である。



「ホントに心配で、父親の気持ちがあったんですね」



親としての苦悩がヒシヒシと伝わった。どうすれば、正解なのか分からなかった。でも、自分がいる生きている内にしたかった。そんな行動なんだなって、アセアセは情状酌量があればと願う。

しかし、


「うーーん」


はぁ、いつになったら寝手はちゃんとしてくれるんでしょうか。妖人としての実力は、シットリ先輩に認められるほどで、自分なんかが契約していいレベルじゃないのに。女性への癖はともかく、あーいう怠け癖をどうにかして欲しいです。

寝手ならきっと、誰にも負けない妖人になってくれますよ!

ルミルミ……あれ?……誰を待ってるんだっけ?……っていうか、私は一体どーいう方達といるんだっけ?


「……………」


えーっと、このケーキをあれに食べてもらって、元気になってもらって……?あれ?……あたしは何をしてもらってたんだっけ?あれは自分にどーいうことをしてるっけ……。いつも私を振り回して、私を良いように使って、強請ったり、世話をさせるような、どうしようもないことばかりを私に押し付けて



「………んーー……」


私はなんであんなのと契約したんだっけ?

私はあいつにいいように使われて満足なの?



ガラララララ



「あー。アセアセ。ケーキをありがとう」

「ケーキ……。あー、これ、ですね……」

「テーブルに置いといて。あとで食べるから」



ケーキを作って運んであげたのに、背を向けて応えるなんて、……私はなんでこんな奴の世話をし続けているの!?

こんなのと過ごす私の生き方って、絶対に間違えている。

PCにかじりついて、エロいことばっか考えて、稼ぎもロクにしないで、命令ばっかりの酷い奴っ。



チャァッ



「あんたなんか」


アセアセは、頭に残る不満に動かされるまま。

手に持っていたお盆を振り上げては、無警戒でいる寝手の頭頂部にめがけて



バギイイィィッッ




お盆を一発で破壊するほどの容赦のない力でぶっ叩く。元々の寝手の体の弱さを考慮すれば、一瞬で気絶するほどの威力。そして、アセアセの表情はそれでも不満が消せずに


「役に立たない人間なんか!死んでしまえ!!」


追い討ちをかけるように、床に倒れた寝手を踏みつけたりして暴れるアセアセ。持ち込んでいた寝手のPCをぶっ壊すほど。不満を我慢しきれずに、本人に対して不満の矛先を全てぶつける。

寝手は意識を失いながら、アセアセの暴力を喰らい続ける。




「トラスト、気付いたかい?」

「ああ。ジャオウジャン様の気配が至るところで感じ取れる。相当広いな」



アセアセに襲撃された寝手。それとほとんど同じ時刻。



「アセアセらしからぬ、声も聴こえた。あんなに怒りの声を上げるなんて、彼女のキャラじゃないよね」

「そこまで分かるのか?耳が良いんだな」



森林の中で日蔭ぼっこ&農業をする白岩を監視中のムノウヤとトラストも、田熊の”暗示”が日本全土に流れた事を感じ取れていた。

旅館から離れていても、寝手とアセアセの様子を影から感じ取れていたムノウヤは意外にも


「大変だな~」

「……………」


助けにいこうとする。表情をしつつも、トラストの動きを伺うようだ。彼の表情をウザいように見つめ


「なんだ?助けにいかないのか?おそらく、お前と寝手は気が合うだろ?」

「真面目な君にも、ホントは気の合う奴がいるだろ?」

「冗談も休み休み言え」


アセアセを止める事は造作もない。問題はそこに辿り着くまでの時間。ムダな会話のやり取りをしていても、ムノウヤの方が早くつくし、制圧できるだろう。そして、ダメージを負っている寝手を考慮するならば


「白岩を呼んできてよ。僕達は彼女を監視してるんだから、寝手を助けるよりも早く言えるじゃないか」

「両方、ムノウヤがやれ」

「イヤだね」



怪我の治療が可能なら白岩も呼ぶ必要がある。その役目をトラストにさせたい、意地悪なムノウヤ。白岩はまだ寝手の窮地を知らないで、農業を楽しく学んでいるところ。

トラストはそんな彼女を見てからか。


「……頼めばいいんだろ?」

「そうそう。別に彼女は誰にも敵意を向けてないから、簡単に聞いてくれるよ」

「なんで失敗する前提で俺に話す?」



仕方なく。それはとても仕方なく。

トラストはそう思って、白岩に寝手を助けるように伝える。……というのは恥ずかしいからか


「アセアセがケーキの用意ができたとか言っておけば、勝手に行くだろ」

「意地でもしないんだね。つまんねぇ~」




◇         ◇



自ら行った事件のニュースを利用して”暗示”を拡散した。

田熊と怪護の狙いは8割以上は成功としたと言えるだろう。集める情報の中にトラップが仕掛けられている攻撃というのは、対処が非常に困難であり、ダメージよりも記憶を朧気にする追加効果が”暗示”を見た者達を増やした。



「……おい………」



8割以上の成功があるなら、2割以下の失敗・未達成がある。



「表原……!!」



そもそも、ニュースを見なかった者達。情勢に疎い連中による行動。

こーいう輩には中々”暗示”は掛からないが、怪護達と戦うという目的を与えるかどうかも怪しい。所詮、何もしていない人間達じゃないと”暗示”を見ることがないところに田熊が仕掛けたのだ。

むしろ、見ていないからこそ。自分がやったような不意の殺意を受けやすく、いましめとなってくれるだろう。

気にしているところに、そいつ等はいない。

怪護と田熊が警戒しているのは”暗示”を見たとしても、その効果を軽減・回復できる手段に気付いた連中の対処にあった。



「……えーっと……この小さいのは……」

「いいからっ」



多くの人間達が”暗示”を見てしまい、その攻撃を受けてしまっていたが。奇跡的に難を逃れたり、元々そうあった人物にはこの”暗示”が聞いていなかった。


「チョコレートを口に流し込めっ!!」

「ふがあぁっ!?」


ぼーっとしている表情の表原は今、”暗示”を見てしまい、色んな記憶を朧気にされていた。

口に突っ込まれたチョコレートを食べていると、思い出してくる。

この小さな悪魔に契約をさせられてから、酷い仕打ち、酷い試練、すっごい怪物との戦い、すっごい怪我を負ったり、本気を出せと言われたり



「……あっ!」




一瞬、不満で拳を固めてしまったが。

思い出してくるのは、この妖精と出会ってから、またもう1回。生き始めたような人生の連続。色んな人達との出会いと交流。辛くても怖くても、ここが自分にとって居心地が良い場所。

必要にしたくて、必要にされた。



「レゼン……」

「気ぃついたか!?とにかく、菓子を食え!!」

「え。……は?」

「食いながら!思い出していけ!!今、お前は!!」



レゼンもチョコレートを食べながら、必死に自分を呼び掛ける。

そして、言われた通りにチョコを食べながら、思い出していく。”朧気”になっていた自分の行動や周囲の状況。

今は自宅に戻って来ていて、ゆっくりとテレビを流しながら過ごしていて、……



「……俺は…………娘が……」

「あたしは……生きちゃ……ダメな……」



思い出すと、自分の体にも殴られた痕があって。こんな手や足に、親を傷つけた感触が残っていた。

そして、自宅の中では自分の両親が誰かにメッタ打ちにされ、意識が朦朧としているような倒れ方をしていた。


「お、お母さん!!と、どーでもいい人!!」

「ブレねぇな、お前!!さすが親父の〇玉を蹴り殺した娘だ!!」


ハッとして気付いた。

父親の徹は意識が朦朧としているが、大事な股間を抑えて気絶寸前。

しかし、それよりも酷いのは母親の巫女の方であった。

いつも乗っている車いすが壊され、顔や体には無数の打撃痕があり、応急処置はされているものの危険な状態。特に精神的な部分が酷く弱っていた。


「助けなきゃ!お母さん!!」


どうしてこんなに?という疑問と、どうして自分が母親を虐待したのか、理解ができなかった。

焦燥を抱えたまま、レゼンに求めた。


「本気を出すから!!」

「馬鹿!!そこに本気を使うな!!大切なもんを考えろ!!」

「家族は大事なんだよ!!」


妖人化。マジカニートゥになれば、母親と、ついでに父親も助けられる。

それはそうだと、レゼンだって分かる。

それでも。


「本気の出しどころを誤るな!!今は”自分の家族”を救う事じゃーない!!」

「!!ふざけてんの!?」

「俺は、……お前の判断を”今”でも正しいと思ってる!!分かってるんだよ!!」

「っ……なんだと思ってんの、レゼン!!」



ドガアァァッ



怒りをぶつけたのは、家族でもレゼンにでもなく。

家族がいつも使っていたテーブルに向かって、蹴りとなって放たれた。通常の人間でやったんだから



「……いたーーー!!固っ!!」

「アホか」



痛がる。こんな自分を、これで許して欲しいと願った。

そんな表原にレゼンは今の状況を説明する。


「今。日本中でなんかの記憶喪失が起こってる。俺とお前が正気を取り戻してるのは、”糖分”を摂取してるからみたいだ」

「だ、だから。チョコとかを食べるようにしてるんだね」

「ああ。”糖分”を摂ってれば、記憶は維持できるみたいだ」

「ニキビ増えそうで嫌だな~」

「お前ん家。結構、お菓子が買い溜めされてたぞ」


表原と徹が記憶を失っていた間。

レゼンと巫女は丁度、おやつのヨーグルトとバナナのデザートを作っていたところ。レゼン達も”暗示”を見てしまったが、”糖分”をすぐに補給していたため、難を逃れていた。

父親と娘の喧嘩が終着するまで、”糖分”の確保と補給に勤しんでいた。もちろん、状況の解決にも。



「この原因を作ってる奴をぶっ倒すだけだ!」

「!……まー、それだよね!」


痛がるのを止めて、母親の様態を見た。

自分達に殴られた傷よりも酷く思うのが、辛かっただろう自分の事を支えた強い記憶を奪われていること。


「わ、私は……、生まれ、……なきゃ……」


きっと小さい頃には何度も思ったんだろう。

そんな境遇があっても、大人になって、母親となって、自分という五体満足な子供を産んでくれて




ギュゥッ



「お母さん!大好きだよ!」

「……?………」

「だから、あたし。……お母さんが自分を責めない、強い人って、信じられる!!」



”朧気”になって精神状態が不安定でも。

自分を半分以上含んだ子が握ってくれる手に、……不思議な勇気と



「いって……麻縫…………頑張って……」



愛する娘だって分かる。送り出す背中に希望を乗せられる、頼もしい姿。

外に出る玄関の前。レゼンが表原の肩に乗って、


「お父さん!あたしは、大嫌いだけど!お母さんはお父さんのこと……子供と同じくらい大好きなんだからね!!」


顔を向けなかったのは、娘としての気持ちが強かった。

ホントに救って欲しい人に譲る。さっさと立ち上がれと思ってる、鬼畜な思いをしながらも


「お母さんを頼むんだからね!!あたしは先に、世界を救ってきます!!」



自宅を飛び出した表原はすぐに妖人化、



「『あたしだけかいっ!マジカニートゥ!!』」



そして、速攻で”本気”を出す。それは今までの本気とはちょっと違った、特殊な代物になった。


「”少年 HOLLY WOOD”」


マジカニートゥ。

第二段階の能力は、彼女の周りにある8つの菱形が散らばった後に線を結んで、空間の範囲を定めて、その中で本気になった事に対して、適した能力・状況を生み出せるものとなる。

自分に都合が良い能力ではあるが、その範囲が決められており、作り出して発動するまでのタイムラグ。一度、発動すると次の本気までに1時間という時間が掛かること。得られる能力の不明瞭な点も相まって、使用する際には状況の見極めが非常に重要。

1つの目的に対しては有効でも、いくつかの課題を対処するには不向き。

今の状況に協力できる仲間がいるのなら、仲間にカバーをしてもらう事でいいが……。



「レゼン!頼んでいるからね!!」

「分かってる!心配すんな!」



レゼンがいる。

今回の目的には、敵を倒すという在り来たりな目的ではあるが。マジカニートゥとレゼンの状況からいって、敵の目的も居所も何一つ分かっていない状況。

敵の索敵をレゼンの頭脳一つに任せ、マジカニートゥはこの状況から逃れるべくことだけを考えていた。記憶が”朧気”になってしまえば、敵と戦うなんてことはできない。

シットリ戦のように戦闘範囲を決められればいいのだが。

それではいけない。

最優先に自分とレゼンを護ることを優先し、彼女が作り出した空間の特徴が




ビキィンッ



「へぇー。これは、サングの。ドクターゼットの治療空間の応用か?」

「レゼンを中心に自動で動く空間を本気で願って、弱そうな効果を無力化する事だけを思っての本気!!」



”本気になれる空間の範囲を動かすこと”

本来の制約を取っ払っているため、空間内で起こる効果は極めて弱く、限定的に絞られてしまったが。この状況下でも戦う事ができる本気に仕上げてきた、マジカニートゥ。



「ホント、お前は。やりゃあ、できるんだよ。ガキなんだから」

「うっさいなー!!敵を見つけなきゃ、レゼンなんて要らないんだからね!!」


軽口を叩きながら、どこかに向かって走っていくマジカニートゥ。敵の索敵をレゼンに任せているというのに、マジカニートゥの頭も冴えているのか。

ある程度、敵の狙いには意図があると見抜く。


「きっと、みんなが危ない!!こんな状況じゃ敵味方も分からなくなって、同士討ちしちゃうし!敵と戦える状態じゃないよ!」

「そうだな」

「だから、あたしはどこに行けばいいかなんだけど!レゼン!」

「……それは勿論」




怪護と田熊が向かう場所。

能力を把握したことで、行き先はほぼ決まっていると言えた。

レゼンの言う、向かう場所。助けるべき、仲間の元へ。

マジカニートゥは猛ダッシュで先回りする。まだ手遅れじゃないと願ってのこと。



◇             ◇




ビーーーッ



「……悪いな。どうやら、私の仕掛けた”暗示”が強すぎたみたいだ」

「軽い交通事故が頻繁してんなぁ~」



車で移動する怪護と田熊であったが、自分達が蒔いた種とはいえ。記憶の”朧気”は一般市民を大きく巻き込み、交通事情に大きな乱れを与え、その情報網もグチャグチャにしていた。


「もう近くに見えるんだがな」

「構わねぇさ。急いでいいもんじゃないし。ゆっくりとしてれば、それだけ”暗示”を見る奴がいる」



東京のどこかにある車の中に標的がいる。そーいう特定は困難だろう。

怪護が特に焦らない理由は、自分達の能力を理解してのことだ。


「私と似た力を持つ者を消すんだな」

「沢山いんだよ」

「”妖人”だな。一時期、国の中に話になったし、知り合いにそーいう方々がいる」

「なんだよ。知ってたのか。噂程度じゃなくてさ」

「私も”人間の進化”に興味を示したが、世界に広まれば社会の根底を脅かしかねん。今、自覚もしている。嬉しくはないな」



最後の一言が本音。

それを共に分かっていて、


「な~、遠回りしてんだろ?田熊」

「…………」

「別に俺はお前を責めてねぇし。お前の時間稼ぎなんか全然意味はないと思っている」



目的地に着くのが遅い理由に、田熊が最短ルートを走っていない事もあった。

どこかにある良心がそうさせている。そのブレーキを踏む行為に怪護は無意味と評し、どこで切るかを任せてすらいる。

田熊には分からないのだ。



「どれだけのクズや無能である大人な子供が、死ねばいいんだろうか?」

「さぁな?」


田熊の性質がよく現れた能力であった。

記憶が”朧気”になっていく順番があり、不満・苛立ちが残っていく中で思考をさせてしまうのだから、周囲から疎まれる存在は真っ先に襲われ、最悪は命を落としてしまうだろう。

で?無能が死んだから?だから?なんなの?

そんな事を気にする奴がいるか。




ブロロロロロロ



車で移動中。

怪護はこの混乱した状況で、自分と似た連中で敵対する・止めに来る奴等を潰しておきたいのだろう。田熊だって分かっていて、


「少なくとも、お前は有能だ」

「嬉しいな」

「だから、そーじゃなくなったら……分かっているな?」

「俺が”宿主”であるお前と組んだ以上。誰にも負けねぇよ」


怪護が敗北・あるいは諦めるまで。自分は付き合おうと思っている。

もしかすると、どこかにあった。不幸な家族達を救ってくれている、良いキッカケとなっているかもしれない。自分のような家族はきっとダメなのだ。だから、そーなった家族には家族じゃないと思った方がいい。

誰かに養われて、生きている家族なんて、……誰だって死んでしまえって、思うことだろ?



「着いたぞ」



田熊と怪護の二人が目指した場所。

そこは確かに敵地。

怪護がどっちを選んだかというと、


「おーーっし。じゃあ、涙キッスと野花桜を殺しに行くとするか!」



因心界の本部!

野花桜と野花壌の2名がいる場所だった。

怪護はここに涙キッスもいると踏んでいたが、運が良い事にキッスは不在。田熊の”暗示”を見たとしても、その効き目が薄いと思っており、彼女との戦いが五分五分くらいの生死を決める戦いになると覚悟もしていた。

逆に野花桜が、”暗示”を見ていたとしたら、ここに着くまでの時間も考慮すれば無力化はされているだろう。


「情報を取得、伝達する中心がこーして麻痺してれば何も問題はない!」

「…………」


因心界の本部に入った二人。そこには、”暗示”の影響からか。

多くの関係者達が我を忘れて彷徨っていたり、精神力を奪われたからか倒れている。侵入者が来たというのに誰一人、対応しようとしない。それに加えて


「言い忘れたんだが、田熊」

「なんだ?」

「お前の能力は俺達にも連動している。俺達を”同時”に見ちまった者達にも、”暗示”が掛かっちまう」

「……どーりで来る途中で交通トラブルが多いと思った。何か隠してるとは思っていたがな」

「弱点を補うためには、いくらか手段を用意するもんだろ」



怪護と田熊を”同時”に視認してしまうと、”暗示”に掛かったと同じになってしまい、記憶障害に陥る。

敵であることを忘れてしまう能力。

対策できるとしても、戦闘中にその対策をしながら肉弾戦が強い怪護と渡り合うのは困難。伊塚院長とは異なり、田熊に実質の戦闘能力を持たないが故、怪護自身も弱点のカバーには工夫をしているということ。



「さて、標的の2人はどこにいるかね」

「……通常なら上を目指すべきだろう」

「それもそうだな。しらみつぶしでいいだろ。顔は事前に知ってる」



キッスも野花も幹部以上の役職。本部の上。幹部以上じゃないと使えない部屋にいると思うが、自然。

エレベーターを使って上へ、上へと目指しては



チーーーーンッ



「?なんだ、めんどくせぇな」

「20階までのようだな。まだ上の階がある」


境目を作るように、20階までのエレベーターだった。

ここから上を目指すにはセキュリティ上、このフロアにある別のエレベーターを使わないといけない。それを捜すことと通らなきゃいけない部屋がある。

幹部一同が集まって、会議をする場。



ギイィィッ



怪護と田熊が扉を開いて、そこに入ると、すでに先客が1名いた。




「……一度はね。キッス様や粉雪さんの椅子に座りたい気分でしたよ」



クルリン、クルリン、と椅子に座って回っている妖人が一人。



「それとね。あのお二人みたいに、カッコよく。それでいて、強く」



この会議する場で威厳を感じさせず、回転する椅子に座りながら回り続ける本人。



「世界を護っちゃう。そんなヒーローって、男女関係なくカッコいいですよね」

「……お前か」

「知っているのか?怪護」

「ちょっとな。しかし、意外だな。お前とは縁があるようだ」



標的ではなかったが、注目をしていた妖人の1人。

回る椅子と本人は怪護達に向かって止まり、宣言する。


「怪護!!あたし達は、あなたを倒します!!」

「みんなを戻してくんねぇとな!!」

「マジカニートゥ。ふざけているお前が、今の俺に勝とうなんざ、まだまだ早ぇ」



マジカニートゥ VS 怪護!


みんなの記憶を取り戻すための一大決戦がこの戦場で始まる!



おまけ:


表原:ふっふっふっ、あーははははは

レゼン:どうした、そのテンション?

表原:ふふふ、ほほほほ

レゼン:敵が来た時にどうやって声を掛けようか、考えているのか?

表原:そ、そそそそ、そーいう事考えてないし!ぜーんぜぜん、ナッシングだよ!

レゼン:笑って待ち構えるような強者の風格ないんだから、大人しく不意打ちにしとけ

表原:ちょっと酷くない!?あたしだって、大物感出して、敵と戦ってみたいんだよ!

レゼン:お前にゃ無理だ。そーいうのはしない方が似合ってる。



挿絵(By みてみん)


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