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MAGICA NEAT  作者: 孤独
第45話『そんなお前が家族で不幸だよ。それでも忘れない』
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Aパート

「ぎゃはははは」

「きーききききっ」



なんでか分からないが、息子は最近飼い始めた猿と楽しく過ごしている。気が合うのか?時折、猿に向かって会話をしているようだ。少し頭がおかしくなったのだろうか。

犬や猫に言うような、命令や注意とは違った。友のような言葉を発する事もある。



ジャポンッ



息子は食事の量とお酒の量を増やし始めて、料理も皿洗いにも時間がかかる。だが、それよりも心配なのがある。

今まで以上にゲームに嵌まる時間とそれに騒いでいる時間が増えた。

猿の喚き声も聴こえるからなおさらだ。


「……………」


先日。

息子と同じような息子が通り魔のような事件を起こしたと、ニュースで流れた。

それについてどのように思うべきか。死者が出なかった事が幸いだと言うべきだろうか。

どうするべきだったのか。



「いってきます」


亡くなった妻に挨拶をしてから、日課のランニングに出発する。それはもう何かから逃げるようにだ。

自分の住む街を歩き、周りの人達や様子を知る。



ブロロロロロ



「パパー!今日ね、誕生日だよー」

「覚えててくれたのか、紗友里ー」

「ふふふ、あとでケーキでもご用意しましょうね」



あんな大事件が起きたというのに、周りの人達は平和に楽しく過ごしている。バスや車の流れもいつも通り、電車も平常運行。

何も変わりはしない日常。

パトカーや救急車のサイレンなんかを望んでいるわけではない。ないのだが


「……………」


とても幸せな日常が壊れたらどうなるんだ?

復讐する相手を親ではなく、周囲に向けたり、まだ生きて短い小さい子供達に包丁を突き付ける。


そんな息子をどうして想像してしまう?


「今日は晴久の運動会だなー。元気に走ってくれるかな」

「もちろんよ。パパが仕事を頑張ってる間、晴久も頑張るって」

「あははは。久々の休みを息子の運動会か……悪くないなぁ。晴久も小学2年生だもんなぁ」


ランニング途中ですれ違った両親の会話を耳にした。

近くの小学校で運動会があるらしい。

そういえば、子供達の作ったポスターが貼られていたのを思い出す。息子もそれに参加していたな。私は仕事の関係でなかなか行った機会が少なかった気がするが……。

子供に構ってあげられなかったことが原因なのだろうか。

普通の家族のように接し続けることがいいのか。私達、家族はあのような普通ではないが、今は普通になりたいと強く思う。



「はぁ、はぁ」


私は…………


私は。



◇         ◇



父親の姿に憧れた。母親の家事に助けられた。

国を支える人を父に持ち。そのような父親でありたい。

そうして、成った。

頭脳、肉体、仲間、妻、新居、お金、地位……そして、子供。

こう脈々(みゃくみゃく)と、日常と歴史が繋がれていくはずだ。

自分もようやくその代となった。子を持てば、誰でも任される役目。



『英吾も立派な人になるんだぞ。人のために働く、良い人になれ。価値は後からでもやってくる』



勉強をさせた。学校で多くを知ってもらった。発見を楽しんでもらった。

運動をさせた。友達と多く触れ合う事を知ってもらった。出会いを楽しんでもらった。

旅行をさせた。日本・海外と、まだまだ知らぬ事を知ってもらった。世界は広いのだ。

生活をさせた。何気ない事でもそこには人がいる事を知ってもらった。社会は一人では生きていけない。

体験をさせた。本人の人生にゆとりや意味を知ってもらうため。何かを見つけるのも、良いだろう。




ガシャアァァッ



父親はさせた。父親は、父親は、父親は、子を大切に思ってのこと。



『英吾!なんですのっ!このプラモは!また、お父さんに強請ったのですか!?』

『そ、そ、それは1学期が終わって……』

『許しませんよ!!お父さんと違って、私は!!あなたには!!あなたには!!お父さん以上の人になるのに』



母親はさせた。母親は、母親は、母親は、子を大切に思ってのこと。



勉強をさせた。これから先、知識が何よりも必要だからだ。なんでもやらせた。

運動をさせた。トップを目指せと専属のトレーナーさんまで用意して、何事にもトップになれるように。

旅行をさせた。世界には自分のライバルがいるという事を、知ってもらうため。競争こそが成長と。

生活をさせた。友達を選ぶ自由などは与えなかった。許さなかった。本当に息子が付き合うべき人は、ここにいる人達ではないから。

体験をさせた。完璧な教育と完璧な環境で育ってくれれば、



『いい加減にしろぉっ!!ふざけんなぁ!!』


理解が足りず、たしなめてくる父親。

理解が足らず、理想を口にする母親。

うんざりだった。なんだこの不運。なんだこの人生。

プチンっと、脳にある良心の境界が切れた。



バヂイイィッッ



怒鳴っては自分の好きなプラモデルコレクションの一部を壊した母親に対し、その顔面を強く拳で殴った。

胸を抑えつけた手もあったが、声を出した時には形の違う手へ。



『俺の人生だ!!これは、俺の人生なんだよぉっ!!』



床に倒れた母親にマウントをとり、目を血走って拳を固め、魂の全てを吐くと同時に暴力を振るった。

どれだけ母親への恨みを吐いたか覚えてはいないが、酷い大けがを負わせたほどだ。

だが、英吾にとっては。母親が息子の大切にしていたプラモを壊した悲惨さよりも、大した事がないこと。頭は潰せなかったし、首もポロンとは取れなかった。

自分の拳で不満のあった母親を殴ったことよりも、この世に生まれてこの方。”初めて”。田熊英吾という人間が本性を誰かに打ち明けた。その事がとてもとても喜べること。

こもっていた自分を解き放った時。


英吾は絶頂していた。


自分の心を吐くこと、嫌いな奴をぶん殴ること、強烈に脳裏に焼き付いた。

これまで勉強して覚えたこと、運動をして学ぶ体の動きや反応、旅行で見てきた世界や情報。

ティッシュ1枚で包んで投げられるくらいにしょうもないもんだった、それほどの出来事が母親への暴力。後に繋がっていく、家族への暴力。


自分のやりたい事をやる。

ただ、そんだけだった事がこれほどまでに楽しいものだったか。

横暴こそが快楽。




ピーポーピーポー



母親は自ら、救急車を呼んだ。

その際、息子への暴力をこぼしたが。まだ、中学生の息子を警察が逮捕などできるわけもなく、家庭の問題として処理される。

母親の負った怪我は……体としては顔面打撲と診断されたが。

母親なりの愛情をこのような形で返してきた息子に、どれほどの精神的なショックがあっただろうか。打撲から退院こそすれど、それ以降は心身が虚弱となり、病院の入退院を繰り返すようになる。

息子との関係も上手くいかなくなり、父親を介して話をするようになった。しかし、以前のような苛烈さなどなく。むしろ、父親もそれほど苛烈なことだと思い直したためか、英吾を護るためにも彼の気持ちを重視するようになった。



彼が”生きてくれるのなら”、などという。

親が子に思う気持ちを続けていった。

それが家族としての責任だと、思い続けていた。


それも、もう。本当にもうすぐ




◇        ◇





トントントンッ




エプロンを付けて包丁でキャベツの千切り。鍋には油をタップリ入れて、衣をつけたお肉。


「トンカツ」


贅沢過ぎると思う事かもしれない。

自宅で手作りのトンカツ。息子が好きな料理を、今は父親の手で作れてしまうのだ。料理の腕に限らず、時間を使うという行為は良いものだな。



ジュ~~~~~



「……………」



もし今。大地震でも起きてくれたら、火災になるだろうな。

そういう悪い考えを思ってもいる。

しかし、そーいう皆不幸という天変地異は、みんなが立ち上がるため、考えるためにあるもの。

そーいう切り替えができていて、そんな偶然を求めているのは……



コトンッ



「ごはん、みそ汁、トンカツ、キャベツの千切り、漬物の大根ときゅうり」



なかなか良い出来だ。トンカツ定食として、振る舞えるだけのもの。

息子に食べてもらうためにも、ドアの前まで運んであげて



「英吾ー。今日はお前の好きなトンカツだからな。置いておくぞー」


置いてあげる。田熊勇雄自身は、戻っていく。

気配がしなくなってからか、英吾は扉を開けて



「トンカツかよ。FPS中に食えるもんじゃねぇーだろ!つーか、寿司でも頼めよ!ったくよー、ケチ!」



文句を言いながらも飯を部屋の中に入れる。

英吾が食事をしている間、ゲームをしていたのはゴックブであった。


「きーききききっ(人を撃ち殺すゲームというのは面白いな!)」

「ゴックブ。お前、きゅうりとか食えるか?俺、この味嫌いなんだよ」


特に味わいもなく、淡々と胃袋の中へ食事を入れていく。いつも父親が飯を作ってくれているから、どんな味なのか分かっていないようだ。むしろ、食べづらさというか


「衣が落ちると汚れるし、箸を使う料理は止めろってんだ。ゲームができねぇ」

「きーっきき(俺がこの1ゲームを終えるまで、黙って食っていろ)」

「終わったら、ちゃんと代われよ」


ゴックブのゲームプレイを見ながら、トンカツ定食を頂く英吾。

彼もまた、ゲームに夢中ではあったが、



コンコンッ



「?」



ガチャッ



「英吾。……お前さ。ニュースは見ているか?」

「なんだよ。ゲーム中に入ってくるな!勝手に入るなって事も分からないのか!」


突然、田熊勇雄が部屋にやってきては部屋の扉を閉めた。それに気付いている、英吾とゴックブであったが。2人共ゲームに夢中であり、その事に気付いていながらも見向きもしなかった。だが、


「ネットとか見てるだろ。ホラ。この前。……無職の人が通り魔になった事件。あれ、お前と境遇がさ」

「なんだよ、一々!!知ってるよ!つーか、2回目じゃねぇのか!?前に自分で言ってたろ!」

「それでなんだがな。父さんな。……”父親”として、お前に訊きたいんだ。お前、もうこんなことを止めて、自立したらどうだ?その歳で中学時代の事を、気に持っていたらどーする?15年以上も前の事だぞ」



父親なりの厳しい言葉を伝えたつもりではあった。

しかし、英吾の反応はいつものように、両親に対しては冷たい言葉で、熱く叫んでいた。



「お前達のせいで俺はこーなってんだよぉぉっ!!!責任とるのが、親の役目だろうが!!最後まで責任持て!!」



こうして言えば、両親が黙って従うことを子は知っている。

そして、今。勇雄は自分が言っていたルールを破って、こうして訴えてきたことを念入りかつ、感情的に込めて



「なんだったら、俺が近くの小学校行ってガキ共を殺してやろうか!?俺はもうどーなってもいいんだよ!!それが嫌だったら、飯を運ぶことだけしてろ!!口出しすんじゃねぇ!!」

「きーーきききっ(その通り!親は子供に責任を持てってんだ!)」


激しい声を放った後。

意外なほど、田熊勇雄は静かで微動だにしていなかった。すぐにドアを……開けることするなく。


「分かった。……私には責任がある」


意味深な言葉を吐いてでも踏み止まりたかった。息子に振り向いて欲しかったと願っていた。

今の田熊勇雄の両手には。その振り上げている両腕の、その先に



「……………」



ドゴオオオォォッッ



薪割りの斧が握られており。その狙いは、自分の実の息子である、田熊英吾の後頭部めがけて振り下ろされたのであった。

そして、田熊勇雄は


「いい加減にしろぉっ!!馬鹿息子!!!」


死んだのを確信するやいなや。

抱えていたストレスが爆発し、自分と死んだ息子しかいない、この世界となって今。


「なんでテメェみてぇなのが生まれたんだ!!なんでお前は周りの人のようにもなれないんだ!!みんな働いてるんだよ!!結婚してる方もいるんだぞ!!お前よりも苦労してる人なんざどこにでもいるんだよ!!そんなこともできなかったのか!?」


頭を割られた息子に向かって、何度も斧を振り下ろしては


「お前がいるせいで!俺は周りと関われないし!お前が面倒を起こす度に俺は苦労して!母さんだって、お前のせいで死んだ!!返せよっ!!なんで俺一人でお前の世話をしなきゃいけなかったんだ!!俺はっ俺はっ……」



田熊勇雄の絶叫は家の外にも響くほど大きいものであったが、それを遥かに上回るほどの”邪念”が噴き出していた。未だ見えない深海のような、青と黒の色合いをした邪悪な色と量、重さ。

家どころじゃなく、町全体が潰されそうな濃さ。元々の有能さに”邪念”が加わること。伊塚院長の狂気に匹敵するものであり、場合によっては、揺るぎない信念も感じ取れ、


「これがっ!!これがっ!!親としての責任だ!!死ね!!二度と生まれて来るんじゃねぇ!!この世界で呼吸をするんじゃねぇっ!!死ねっ死ねっ死ねぇぇぇぇっ!!お前みたいな、世界が悲しむ奴等はいなくなれええぇぇっ!!!」




田熊勇雄のそれは完全な覚悟を持って、悪の道を行く。息子の英吾は母親に似ていると思われていたが、本質や心の奥は父親とまったく同じもの。

伊塚院長とはまた違う形ではあるが、人が持って生まれ、育ってしまった邪悪。


「荒れるな。これから……」


やがて、自分に会いに来るだろうと感じ。

怪護は田熊が暴れている家の中におり、彼が作っていたトンカツ定食を勝手に食べているところであった。

気持ちが収まった時に契約を申し込むため。



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