Fパート
乾燥した季節の火は危険だ。
一気に燃え広がる。
雪道の中、夜遅くに帰ってきて疲弊した両親は、お酒とタバコを少し嗜んでからベットの中に入った。娘の粉雪の事など、どうも思っておらず、とっくに眠ったと思っていただろう。
寝静まった後、粉雪は母親がタバコに使うライターを使って、タバコの一箱全てに火を付けた。さらにその近くには紙などの燃えるモノを置いておき、火が広がるようにしていた。
「フブキ」
『う、うん』
適合者になる条件。
助けてほしいと願いつつ、親を殺してほしいと言われたのは複雑だった。
家に火を放って遠くに逃げよう。
不安だった自分の体の弱さを、妖人化することで一時的に克服し、どこの誰かも知らない人に助けを求めよう。粉雪はそう考えて、実行に移した。どうせ死ぬのならこんなところで死にたくはない。
行く当てがないのは、フブキも結局同じ。
付き合ったのなら、とことん、付き合おうと止めようとはしなかった。
そして、フブキが見込んだ以上に、この時の粉雪は狂っていた。死の近くにいたからこそ、大きく歪んだ人間性と将来性を感じさせ。その事がより、妖人としての資質を高めたのだろう。
『テンマと再会したらどうしよう』
フブキにも、とある事情があって、強力な妖人を求めていた。
街の中を探って見つけた、この原石とは離れたくなかった。
精神的にも不安定であり、妖人化するや否や、天候を猛吹雪に変えてしまうほどの力。
粉雪は燃える自宅を背にして走り、走り、走る。
逃げれば逃げるほど、降雪量は増し、火事になっている家はより燃える。その炎を止める消防車も雪の影響ですぐにはこれず、炎に呑まれていくだけ。
共にいるフブキが、この時の粉雪をどう思ったか。
それを告白するのは数年後のことになる。
「はぁ……はぁ……」
両親からの虐待。満足にも摂れない食事。
体の一時的な強化とはいえ、慣れない疲労に粉雪も倒れる事となる。
やっと全てから逃げ果せた。……そんな満足はない。
逆だ。
あんな地獄を乗り切ってやったからこそ、そんなことを変えていきたい。
体にある疲労とは反面、若さや幼さから来る無限大のやる気が死の淵を超えている。
フブキが心配に声をかけ、励ますも、……フブキにできるのは妖人化の維持だけ。この体を救える手が欲しかった。
「…………奇妙な気配がしたが、子供とはな」
「!」
粉雪が倒れてから1日半。妖人化したままの彼女が倒れていた場所が、雪に埋もれたせいで発見が大分遅れたが、妖人の気配を感じ取ったからか。人間的なものを感じ取ったのか。
近くに滞在していた南空が粉雪を発見した。その時の彼女の様子は、酷く虐げられていた姿でありつつも、獅子のような表情をしていたと思った。子供でもあり、逆境を乗り越えてきている表情、正義感に近い悪党ぶり。
妖人化した姿もこの間近で見たことも含めて、
「私が助けてやる。腕の良い医師も近くにいる」
「……………」
何も知らない人間を信じられるかどうか。
そんな運。
もう全て使い切っている、そーいう吹っ切れが粉雪の中にあったのか。
死んだように眠った。
南空に保護される事になり、後に南空の養子となって育てられることになる。
それが粉雪、フブキ、南空。3名の出会いであった。
◇ ◇
ゴオオオォォォッ
クールスノー VS ムキョ。
居所を把握しているクールスノーと、一時的に居所を見失ったムキョ。
戦闘においての情報の差は大きく、また持っている引き出しも大きい。単純な力比べのような強さじゃない戦闘であった。
猛吹雪の中、空中で待機しているムキョに異変が起こる。
「……………(なに、これ)」
機械的な体の影響からか、無関心な冷たい心がそう成せているかは分からないが。ムキョの体はとても寒さに強く、この猛吹雪による体温低下に対しては抵抗があった。体内の熱を外にも出し、雪を溶かしてはいた。
だが、その溶かした液体が少しずつではあるが、ムキョの体に貼りつき始めていたのだ。
溶接しているような優れた粘着力でムキョの体を固定し始め、さらに雪を纏わせる。
ここまでフブキの能力のみで戦い続けたのは、この手の内を晒さないため。クールスノーのフィールドの中では、いかに自分の領域であろうと、戦うのは危険。
体にかかる負荷と、それを取り除こうとする動き。
クールスノーの居場所を見失っている状況で、そのミスは大きなものとなり。クールスノーが見逃すはずもない。
ドゴオオオォォォォッ
再び、雪崩を発生させる。今度のは今までより滑らかで非常に柔らかい雪質だ。
空中にいるムキョをも飲み込もうとする高さにもなる。襲い掛かる雪崩を回避したり、武器で迎撃したりと逃れようとするムキョ。そして、クールスノーの居所を見失っていた最中。彼女がついにムキョの赤いグリッド線の空間に入り込んだ。
「『洗礼』」
もうここしかないと、ムキョの全力射撃がクールスノーを襲った。その速度よりも早く、雪崩を操作しつつ、自分から離れてしまったスノーボードを取り戻して装着したクールスノーは、雪の上を滑っては弾幕を回避し、ムキョの真下に迫る。
その道にジャンプ台のように雪道を創造しており、空中のムキョに向かって飛んできた。
「さぁ、ここまで近づいたわよ」
「!」
想像以上に二人の顔は近くなった空中戦だ。
ムキョはクールスノーの瞳に、自分と同じ色を見えたのだが……どうやら彩度は違っていたようだ。あれほど輝ける目は、この”虚無”にはなく、羨望する。
まだムキョの反応は反撃を示しており、迫るクールスノーに銃撃をお見舞いするのであったが、
トーンッ
それよりも早く。装着しているスノーボードすらも足場にして、2段跳躍をするクールスノーに届かず。
クールスノーはムキョの空中戦を支える、プロペラに意識を向けていた。
「堕ちな」
高速で回転するムキョのプロペラでも、自身の体を鋼鉄ばりの雪で固めた攻撃で粉砕する。
バリイイィィィッ
飛行の維持を失ったムキョは地上へ……いや、雪崩の下に落ちる形になり。クールスノーのフィールドに、足を踏み入れる。
「………………」
そこからはもう、どうにもならないと、ムキョは悟る。
悟るが。悟っているのに、……瞳が死なない。
生きているのに死ねない。死なないから生きているのか。
雪の上で立ち上がるも、クールスノーはムキョの両腕も危険と判断し、
バギイイイィィッ
足蹴にしつつ、分解する。
基本攻撃がこの銃撃であったため、空間は補助的な役割が多いと判断できていた。
勝ち目がない戦いにされたと言うのに、
「なによ、その目。……どこか嬉しそう」
クールスノーにはそう見えた。変な奴だって思っているようで、……気持ちが少し分かる気がする。
ムキョはこの状態でようやく
「どうして、そんなに強くいられる?」
口から自分の言葉を発した。
意外にも人の声だ。少し楽し気に話せる声質。
クールスノーはただの無口っ子だと思っていただけに、
「ちゃんと言えるじゃない」
人と思って、そんな返しをしてから。答えてあげた。
ムキョの言葉の真意。”虚無”の悟り。
「私がちゃんとしてなきゃ、誰も付いて来ないわよ」
自分の命がどうしてあるかなんて、多くの人間は考えやしない。その中で、極小の確率で、命の価値を見いだせずに死んだように生きていく。誰にも必要とされていないような命に気付く、きっかけ。
その原因を他人にあると思う一方、自分にあると改められる己の強さ。
全て報われる事はない。それでも、それが、……
「自分で何かをできないから、”虚無”に囚われた気持ちになる。あんたは、まぁ……できてるのに、そんな気持ちになっただけよ」
「…………それなら、”虚無”が勝てないのは確かだね」
他人のせい。大いに結構。
それでも自分の命は、自分が主役。
”虚無”はそれを忘れていた。そんな忘れた心で、主人公のように輝く瞳を持った人間達には勝てやしない。
その気付きで嬉しい反面、悔しい反面、……心ができたみたいに、ムカついて……”虚無”を司る、ムキョが思うべきではないそんな言葉を残す。
「次は、人間に成りたいな」
「次頑張れば、成れるわよ」
慈悲として全てを悟らせた後に、クールスノーはムキョの顔面に渾身の拳を叩き込んで、ぶっ壊す。
一瞬の苦しみも感じられない。”虚無”のような即死で逝かせてあげた。
クールスノー VS ムキョ。
圧倒的な実力差を見せつけ、クールスノーが無傷の完勝!!
そんな中でクールスノーも、ムキョの最期の姿を見つつ
「ホント。あんたって、私にとって嫌な相手だったわ」
◇ ◇
鎮火された跡地にて。
「先ほど負けたムキョはともかく、……お前が1番に消えるとは思わなかったぞ」
訪れた者が1人。
ここは伊塚院長のお屋敷。……元、お屋敷だろう。
そんな場所にやってきたのは、レイワーズのキョーサーであった。その出で立ちは、レイワーズの中でも人間離れしていた姿。そして、メーセーと並んで非常に欲深く、ジャオウジャンの復活のためには手段を選ばないタイプ。
だからこそ、メーセーが敗れたという事実に
「メーセー。この我と最後の争いをすると思っていたが、なんと情けない奴だ」
落胆した。
メーセーが聞きたくもない言葉だろう。
彼と似たような邪念を司るキョーサーは、メーセーをライバル視していた。その中で彼が選んだ伊塚院長というのは、それだけの邪念を持っている人材と言えた。
ムキョが敗れたのは、自分の”虚無”に妥協したのが大きい。
だが、妥協するような邪念だ。
敗れて当然と思う、キョーサー。彼女に興味などない。
メーセーが敗れた地にやってきて、残っていた彼の体とその力の一部を回収しに来た。
「だが、共にしてやろう。そんな慈悲をみせよう。メーセー。我の下で、ジャオウジャンとなるがいい」
怪しく光る両目と共に、口が大きくなっていき
ガブウウゥゥゥッ
”毒を食らわば皿まで”
それを体現するように、メーセーの体の全てを口に飲み込んでしまう、キョーサー。
「!……おっ、……おおおぉぉっ!!いいっ、いいっ!!フハハハハハ!!」
漲ってくれる力。同類を食らって進化していく、ジャネモン。
まだキョーサーは、己の”宿主”を見つけられずにいたが、……それはメーセーと同じく、しっかりと選ぶためだ。中途半端な”宿主”では、帰って足を引っ張りかねない。伊塚院長を選んだミスとしては、あまりにも老齢だった……それが敗北に繋がっている。
そして、キョーサーは自分と同等に値する人間に目星を付けた。そいつは、今後。因心界に牙を剥くであろう。
「さて、用は済んだ。なんとしてでも接触しなくてはな」
金習という男に、キョーサーは接近しようとしていた。
人間の邪悪と怪物の邪悪が交わる時、その世界は崩壊する。




