Bパート
「次、78ページ。方程式を学ぼうか」
「はい!」
その頃、病院で入院している表原麻縫は太田ヒイロに勉強を教えてもらっているところであった。
今は妖人であるが、一社会の中では中学生である表原。
レゼンによる地獄のリハビリを恐れ、逃げた先はこの人。まだ無事な頭に知識を教え込む事になった。
ヒイロは基本的に本部在住であり、因心界に関わる者達に教養をしている事もあるそうだ。表原のように中学生、あるいは小学生で妖人となる事も珍しい事ではないし。その能力によっては、一般的な学校に通えない事だってあった。戦いと勉強。同じものであるが、両立するために因心界という巨大な組織が対応するのは、至極当然と言える。
ヒイロのルックスはまるで男性モデル。学校にいるおっさん、ギリ良くてお兄さんなんて言えそうな、先生なんかより話しやすくて楽しいものだ。
頭の良さはないと自覚する表原であるが、そんな自分が学んでいると思えるほど、ヒイロの教え方は淡々しているだけでなく丁寧でいて、こちらが楽しめる方に誘っている。テンポの良さは大事だ。
「基本の理解が知識の基礎になるからね」
公式の説明からその利用の説明。方程式などの、数学的な知識や科学的な知識においても、1つ1つ説明をした後。理解を実感させるために問題を解く。そのために問題がある。
まずは正解するところの達成感。次に問題が正解に到達するまでの過程を楽しむ事。結果を求め、過程に悩んで、勝手に進んで行くことだ。
表原は順調に教材にある問題を解いていく。時間が掛かっても、ちゃんとした理解を得るため。
そんなアホが真面目に勉強をしている姿に、天才は在り来たりな事を告げる。
「アホウよ」
「なによ、馬鹿妖精。邪魔しないで。 麻縫だし」
「お前、中学2年生だろ?この問題、中一でやる範囲だぞ」
………余計なチャチである。
ドヤ顔して問題を解くのが、アホと言われてもおかしくない。
表原が顔を真っ赤にしながら怒るのも当然である。
「五月蝿い、五月蝿い!私が問題を解いて、ちょっと頭良い状態なんだから!」
「レゼンは天才肌だからね。1つ1つ、進むという事をしなくてもいけるんだろう。でも、表原ちゃん達のような人達が大多数なことだ。ここは時間に制限もないんだ。ゆっくり楽しく学んでいいんだよ」
「そ、そーですよね!太田さん!凄く聡明です!」
こんな教師と出会いたかったと思えるほど、ヒイロの教え方が表原にとっては神懸りに思えた。
学校の授業というのは"義務"という言葉があって、ライバルというその他大勢がいる。塾のように学校の延長を続けるような勉強方法もあったり、通信教育のように個人の自主性も育む勉強であったり、家庭教師のように先生と生徒が1対1でミッチリ勉強することもあったり。あるいは我流や学校で得られる知識だけで、昇る人もいるだろう。
1人1人に合う勉強方法が存在する。それに気付ける事、気付けない事。また、そんな方法を生徒は選べずに進む事もある。
表原は明らかに学校や塾という場所での勉強は苦手である。周囲のプレッシャーに弱く、理解に乏しく、コミュニケーションが下手で、ついていくだけの気力もない。ダメであるからこそ、自主性も育たずに怠惰になっている。
表原は家庭教師のように1対1で教えられるやり方が合っていた。無論、ヒイロの教え方が表原に合っていたのも奇跡的に良かった。不可能は山ほどあるけれど、やればできる山はそれ以上にあるものだ。
「教えていて気付いたけど」
「はい?」
「君は良く似ているなって。覚えられた事に喜んでいる顔が特にね」
「だ、誰とですか?」
似ているとは、やはり別の何かが合っていないモノである。
ヒイロは2人に勉強を教えていた事で、その違いにすぐに気付けた。
ピロピロリン
「っと、すまない。これは電源とかがないものでね」
良い先生。もとい、良い男性に出会えたと思えた表原。今から家庭教師をやって欲しいと願いたいところに、ヒイロの胸ポケットから鳴ったのは、スマホ(なのか?)とはちょっと違う形をしていた通信器具。
病院内であるため、携帯の使用は控えるべきであるが。こいつはちょっと違った通信手段をされているため、電波妨害の影響も受けない。ヒイロはそれをとって
ピッ
『愛してる』
突然の告白。
『繋がる力に愛を込めよ!』
突然の愛の叫び。
『愛のメタモルフォーゼ!』
「いきなりどうしたんですかーーーー!?」
ピッ
「ごめんごめん。彼女から嫉妬の連絡だった。他の子に勉強を教えるなって」
「えっ!?今の、太田さんの彼女からの電話!?どーいうやり取り!?もしかして、今見られてる!?」
ちょっと怖くなってしまう表原。一体なんだったのか?もしかして、まともそうに見えてそーいう人だったり?
少しばかりヒイロを疑ってしまう表原であった。
「大丈夫だ。どこからか監視されている気配も視線もねぇよ。つーかお前、そーいうとこ意識高ぇな。アホなくせに。何?期待してんの?家庭教師と生徒に恋があると思ってんのか?お前みたいなアホによぉ」
「ち、違うっつーに!馬鹿レゼン!後ろから刺されるのが怖いだけよ!」
「お前なんか正面から殺せるっつーに。無駄な自意識過剰は無能の象徴だ」
「殺伐とした話は止めようか」
◇ ◇
プーーーーッ
ゴトンゴトン
適合する人間と妖精がいれば、いつでもその力を使うことができる妖人に対して。邪念を使役するジャネモンはその根源元を探す必要がある。
管理が難しく、飼育するには難しい生態をしているため、一度使えば暴れ続けるのみ。安定性に欠けており、敵の戦力を削ぐ力であっても、増強には思えない。録路からそのアイテムを拝借しているが、面倒なのは変わりない。
「かーーーっ……かーーーーっ……」
月曜日の朝くらいに見かける光景だろうか。
酔っ払って、自信過剰、我が者顔で電車の座席でゴロリンゴロリンして眠る人。寝たいから寝ているといったところ。五月蝿いイビキに加えて、周囲のみんなを座らせない迷惑行為。
うるせぇ。うぜぇな。寝転んで寝たいんだよ。お前等など知らん。そんな迷惑なお客様。
「そのシケた財布パクるわ」
アレッチャーはなんてこと思わず、周囲に見られても堂々とする。人に醜態を晒すのであるのだから、文句の言いようがない悪に悪を重ねる鉄槌。目が覚めても、反応が鈍い。
「なんだっ?」
「お前の邪念を形にしてやる」
グサッ
邪念を発する存在をジャネモンに変えられるアイテム。その1つである特別なナイフでこの迷惑客を刺す、アレッチャー。
「ぐっ、うううっっ!」
「さぁ、暴れろ!ジャネモン!邪念を撒き散らせ!」
刺された男は徐々に膨れ上がり始め、人間という形状からも外れていく。変貌と言える姿になっていく。
乗車していた電車の車両が吹っ飛んでの緊急停止。
ドゴオオォォッ
「緊急事態!緊急事態!」
「謎の巨大化け物が車両から飛び出しました!」
ジャネモンの出現で死者も出るほどの被害。
電車の中から外へはじき出された者。
「お、俺も……巻き込むんじゃねぇ……」
吹っ飛んだ電車から追い出され、地上に叩きつけられたアレッチャーは、打ち所悪く死亡してしまった。この事件における唯一の死者である。
ジャネモンを不用意に生み出した事が原因である。
あんな巨大な怪物を狭い場所で誕生させたら、逃げられず踏み潰されてしまう事も、巻き込まれる事も仕方ない。使役する者がいなくなった事でジャネモンは制御を失い、力だけを暴走している。
『寝かせろーー!どこでも寝かせろーー!!俺のいる場所は全部俺の場所だーーー!』
その巨体は6階建てのアパートぐらいはあり、わがままを叫び続けながら道路のど真ん中で寝そべるのであった。
歩行者、自転車、車の人。
ドゴオオォォォッ
急に止められないし、ぶつかっちゃうのもしょうがない。
『い、いてぇな!!道端で寝てるのに!止まることもしねぇのか!!ポンコツ運転手!!』
「うるせぇ!こんなとこで寝てんじゃねぇぞ!!死ねよ!!邪魔だろうが!!」
相手は気の強い男性ドライバーだった。
運転手はぶっ壊されたトラックから降りて、立ちはだかる怪物を見上げ
「生まれたてのジャネモン。使役する奴がいなくなったタイプか。面倒な。誰が出したんだ?」
なにやら意味深めいた事を呟く。
また彼だけでなく、周辺の人達も突如現れた巨大なジャネモンに驚き、逃げ惑う。
「わーーーっ!怪物が現れたーー!ジャネモンとかいう奴だ!」
「因心界に連絡だーー!」
「食われちゃうよーー!」
怪物の出現。因心界に通達される事も、近くにいた妖人達の対応もある。
「ジャネモンの反応。ここから近いよ!行こう!ターメ!」
『ルル。気負い過ぎるな。状況をよく見ていこうぜ』
たまたま現場近くにいた妖人は、涙ルル。あとは因心界に所属している4名の妖人。合計5名の妖人が、アレッチャーが命を使って生み出したジャネモンと戦うのである。
先ほどジャネモンとぶつかった男性ドライバーは一時的に避難。因心界の実力。
「見てから行くとするか」
情報収集も重要である。
ただの雑魚ばっかりだったらスルーしたが、
「あれは涙一族の出来損ないと噂される奴じゃあないか」
涙キッスの妹が戦う。
最強の1人とされる者の妹とくれば、その実力は見ておくべきものだ。こうして直に見た事はなかった、涙一族が戦うところ。
観察されている事も知らず、みんなを護るために戦う。
「ターメ!」
『ああ』
モクモクモク
現場に到着した涙ルルは妖人化する。頭に捲いている白くてフワフワしているハチマキのような妖精、ターメは徐々に脹れ上がっていく。彼は雲の妖精であり、生物となんら変わりなく行動できる。
涙ルルを覆い隠して、その中から光が溢れだして行く。
ターメが薄れていくと共に現れてきたのは
「『晴れ晴れと橙煌け、ハートンサイクル!』」
オレンジベースの似合う、様になったヒーローとなった。涙ルル。もとい、ハートンサイクルであった。
「そこから退きなさい!さもないと、ぶち込むわよ!!」
『うるせぇーよ!小娘ぇー!騒がしいし、アスファルトも冷たくて眠れないだろ!』
「ベットや布団に入りなさい!もういい!入院させます!!」
ハートンサイクルが具現化するのは、超危険物と言って過言ではない代物。
超がつく熱量と推進力、爆発力。
殲滅特化のミサイル群がハートンサイクルの後方に具現化されるのである。
「いけぇぇっ!!」
ゴオオオォォォォッ
ジャネモンに向けて全弾発射されたミサイル。衝突、衝撃を感知して爆発を起こす。
巨大なジャネモンにとっては的でしかない。ハートンサイクルの集中砲火をモロに浴びる。この大爆撃がハートンサイクルの特徴である。
ドゴオオォォォッ
「やったか!?」
強い。確かに強い能力である。
火力と遠距離、数の暴力。炎熱、風圧も加味すれば、
「あたしだってお姉ちゃんぐらいにやれるんだから!」
因心界の幹部になれる。
選ばれているはず。
姉の役に立ちたい。
そんな焦りがハートンサイクルにはあった。先手必勝を意識し、絶対的な勝利を求めたが故にジャネモンの能力を甘く見る。
『うるせええぇっ!!寝たいんだよおおおおおおおお!!!』
響いた叫びと寝転んでいながら体全体を使った地団駄は、ハートンサイクルの攻撃を利用しカウンターとなって、場に影響を与える。喰らったダメージと邪念を倍増させて周辺に巻き起こす攻撃は、ミサイル攻撃が確かに強攻撃であることを示していた。
ドゴオオオォォォォッ
「うあぁっ!?」
「きゃあああぁっ!!?」
戦闘を始める妖人達。逃げ遅れた住民の者達。ジャネモンの攻撃余波を喰らい、一瞬で倒れて起き上がれなくなる。地面は4つに割れて、周囲の建物の多くが倒壊。火災も発生する状況。
「至急!大至急!!因心界の幹部を出動させてくれ!!このジャネモンは強過ぎる!」
◇ ◇
本部にその報せは届く。
「なに?ルルが戦っている!?」
飛島から緊急の報告を受けた涙キッスは、住民達の被害よりも妹がその現場で戦っている事に驚き、心配の顔を晒した。自分の立場上。本部から離れる事ができず、近くにいるであろう幹部に出動の指令を出す。
「粉雪はそう遠くないだろう。彼女に行かせよう」
「あの人は今日政治活動で、担当地区から離れておりまして、戻れないそうです」
「……タイミングが悪いな。白岩もその地区には居ないし。野花は……戦ってくれないか。佐鯨もいない」
過保護に思える。最高戦力達の名を挙げてから、本心零れて
「やはり私が出よう!ルルの身が危ないとなれば、私が守りにいく。そう約束している」
『落ち着け、キッス。心配なのは分かる。大切な妹だもんな。ターメは俺の親戚でもあるし、俺だって心配だ』
その彼女を止めたのは、涙キッスの妖精。イスケであった。
飛島にはイスケの声が聞こえないが、そのような事を言ったのは分かった。
『ヒイロが近くにいるじゃないか。レゼンもいる』
「!おっと。そうだったな。そうだった。忘れていた。奴は外にいたな!私はなんて良い采配をしていた!」
『病院からなら本部よりも現場に近い。ここはヒイロに任せるべきだ』
「飛島!ヒイロに対応するよう伝えるんだ!あと古野にもルルと住民の治療のため、出るようにと!」
「わ、分かりました!」
飛島も基本的に本部在住であるため、ヒイロとはよく過ごしている。本部の緊急事態に対応。しかし、ほとんどが伝言役なり連絡の引き受け。自分と似たような仕事ばかりこなしている。強いと言われており、幹部のナンバー2。でも、戦っているところは同じ幹部である飛島はまったく見た事がない。
「太田さんも古野さんも、了承してくれました。すぐに向かうと」
「おおっ。良かった」
「ですが。私の個人的な意見ですが、太田さんって強いんですか?」
◇ ◇
ドタバタドタバタ
慌しくなる病院。とある一室も慌しくなる。
「キッスさんの指令とあれば、やらなきゃね。失敗したら怒られるだけじゃなさそうだ」
「?どーいう事だ?」
「単純に助けてくれということ」
本部から連絡を受けたヒイロは戦闘準備を整えながら、レゼンと表原に話す。
「しばしの間、ジャネモンを退治しに行く。ここで待っていてくれ」
「が、頑張ってください!太田さん!」
前回は野花のバスがあったおかげで戦場で観戦ができたが、今回に限ってはそれがなく。ヒイロ自身もそれをやる予定はなさそうだった。飛島が言うように滅多に戦わないため、手の内はそのままにしたいところだろうか。
終始優しい人で良いなぁーって、表原は彼に感涙していた。……わけだったが。この病室を訪ねてくる者に予想外の言葉。
「太田くん。ちょっと待って」
「古野さん。俺、現地に行きますけど」
「私もルルちゃんと住民の手当てのために、指令が出てるんだけどさ。私、戦闘向きじゃないからさ。ヘリを使うんだけど」
「俺は走ってでもいいんですけど……あ」
「うん。君が離れたら、表原ちゃんとレゼンくんをどうするの?粉雪ちゃんは政治活動で今日はここに居られないって言ってたし。役目が果たせないだろう」
いやいや。また無理なんかしたくないと、表原は全力の拒否顔。
古野さん。なんて余計な事を……。
そして、分かったようにヒイロも納得した。
「良いかね?」
「構いませんね」
「え?ちょっと、なんですか!?なんですかーーー!?」
ブロロロロロロ
「あーーーっ、売られていくよーー!初めてのヘリコプターがーーー、私を地獄に連れて行くよー!!」
「五月蝿いぞ、アホウ。歌うな」
表原とレゼンも、ヘリコプターによる同乗。ジャネモンがいるところに向かうのである。
ヒイロはヘリコプターまで運転できる、とんでもない超人であった。
「いや、ごめんね。どっちも護らなきゃいけないのが、仕事だから」
「こ、粉雪さんみたいに戦わせるとかないですよね!!」
「怪我人を戦わせようとする人がどこにいるんだい?」
「私の頭の上にいます!この馬鹿な妖精です!」
「なんだと?」
「はははは、レゼンくんは妖精じゃないか。そんな人はここにいないから。私がジャネモンを倒して、すぐに戻る事にするよ。約束する」
そんなこんなで。ヒイロの戦闘を観戦することになった表原とレゼン。
「いや、なんか悪いね。やはり悪かったかい?」
「別に気にしていませんよ、古野さん。戦闘を見られることは、ね」
年配者に思えるが、妖人となったのはつい最近の古野も。ヒイロの戦闘は初めて見る。それは本人の嫌がりだったかもしれないと思ってはいたが、単純に
「本部在住だっただけですよ」
戦地に行かないだけである。
実行部隊の大半は粉雪、白岩、佐鯨、北野川、野花が占めている。これでことが足りていた。
◇ ◇
すはぁ~~
「くくくく、くはははは!!」
アレッチャーが生み出した、巨大なジャネモンは大道路のど真ん中で爆睡している。
このタイプのジャネモンは迷惑ではあるが、ジャネモン自身から仕掛ける攻撃はない。迎撃型と防御型を合わせた怪物なのである。
トラックを壊されてしまった運転手は、因心界の不本意な戦いぶりを観た後に、その筆頭である倒れた涙ルルの前に立ち、タバコを吸いながら嘲笑う。
「情けねぇな、因心界。お前等、それでも正義の味方か?クソ雑魚に護れるもんがあんのかよ?」
「っ………」
大ダメージを受けている涙ルルは立ち上がる力はなかった。残る気力を削るように、この男は厳しく、外道な声を飛ばす。
男はタバコに付いた火を消すために、涙ルルの頬に押し付ける。
「……つっ……」
「噂以上じゃないか、涙ルル。聞いてるんだぜ」
『妖人を輩出する名門、涙一族随一のおちこぼれ』
「くははは!家族にとってはお前みたいな奴は、ここで死んでくれた方が良いよな!?な?そーだろ、塵屑ルルちゃんよぉ。自分の無能ぶりで、一家の評価と因心界の評判落ちちまうんだから!くははは!灰皿係に転職するか?なぁ、え?おーい!」
「ぐっ、……っ……」
男から押し付けられる罵声とタバコ。
それ以上に来るのが、家族への罵声と家族からのプレッシャー。
涙ルルの心は相当に傷付いても、まだまだ足りていなかった。
「今、喫煙所が減ってるからよぉ。お前が灰皿役になったら嬉しいもんだよ。街の喫煙者、大喜びだ。な、人の役にも立たない、塵屑なルルちゃん」
嘲笑っただけじゃなく、さらに男はルルを痛めつける。弱った相手にトドメを刺すのではなく、甚振るという悪意。
ドシャアァァッ
「我が者顔と生まれで正義面してんじゃねぇぞ、雑魚が!」
「げふっ」
「テメェみてぇなガキは死んどけよ!なぁっ!頼むから死んでくれよ!生きててもいらねぇんだから!」
因心界をとことんに罵声する男。異常な奴であるのは周囲の人達に見てとれるもの。
しかし、それ以上に因心界という組織のまだ弱いところ。
「っ……そ、そんな……」
「こんなに弱いなんて……」
「選ばれたヒーローなんだろ?どーしてこんなに弱いんだよ」
全般的に強さの比重が偏っているからこその障害。
大抵の妖人はこの涙ルルのように、最初やその次で挫折や失敗を味わう。そこで辞める者、死ぬ者、また立ち上がる者。様々とあるが……。どの選択も良いとも言えず、悪いとも言えない。運命とは難しい。
「ま、ここで俺がお前にトドメを刺すのは超簡単だが」
「っ……いっ……」
「涙キッスを怒らせるのは少々予定を狂わせる。良かったねぇ、お姉ちゃんが護ってくれて。お前みたいな塵屑を庇ってあげなきゃいけない、お姉ちゃんがいて。あとでしゃぶってあげなよ?」
酷く弱い者を見ると、トドメではなく、甚振りたいという悪の性。
この男には人間でありながら、その悪意を抑えるという意識がまるでない。凶暴性と狂気具合は、キャスティーノ団の存在よりも黒い。
「俺も用事があるから、優しいお姉ちゃんとカスの粉雪、白岩のどアホには宜しく言ってくれ。……あー、名前は言わんでも分かるだろ、お前の似合ってる姿を観れば……!」
返事すらないが生きている涙ルル。
そして、立ち去ろうとする男の前に現れたのは、ちょっと遅すぎるヒーロー。鋼鉄(?)のアーマーに纏った騎士。
「おおぉー。遅いんじゃないの?太田くんよ。ヒーローは遅れてくるって言うけど、もう終わっちゃってるぜ」
「聞いてないな。お前がここにいるとはな……」
太田ヒイロが到着。そして、その隣にはサングをかけた古野。さらに後ろに表原とレゼン……。
「なになに?ど、どーいう関係です?」
「敵って事だろ」
何者かは分からなかったが、相当強いというのは実感できる。
レゼンは警戒しながら邪悪に満ちた男の様子を探る。相手はそんな視線よりヒイロの存在を意識している。
「……あれ?太田くんさぁ、あれはいないんだ。というか、本部から抜けちゃっていいのか?お前より涙キッスが来ると思ったが」
「ただの偶然で命拾いしたな」
「そりゃお前だろ。俺を相手に単身で調子にのんなよ」
くだらん問答を始めようとしたところに、古野が上手く入ってくる。ヒイロよりも前にでていきながら、男に近づく。いや、酷い負傷をしているルルに向かう。
「私達は負傷者の手当てに来ました。あなたはお怪我をしていないのなら、どいて頂きたい」
「ふーん。ま、あの塵屑を救いたきゃ、好きにしろ」
「太田くん。関係は知りませんが、私達の任務はこの男と戦うことじゃないでしょう?」
「ええ。向こうの眠っているジャネモンを倒すのが目的です」
「はいはーい。お邪魔したね……あー、分かってると思うがよ。俺はたまたまいるだけだからな!そのジャネモンは俺の作った奴じゃねぇからな。あんな雑魚を作るわけねぇーからよ」
男はなんも警戒せず、古野とヒイロ。そして、表原達の横を通り過ぎて、どこかへ行ってしまった。
「まったく食えない男だ」
「お、追わなくていいんですか?凄くやばそうな方に見えました」
「うん、あいつは危険だ。負けはしないけど、取り逃がすだろう。録路よりも性格と人格が悪い」
「太田くん。そろそろあのジャネモンを相手にした方がいい」
「分かっています」
因心界、"十妖"
太田ヒイロ。その実力、その能力が判明する。……前に。
スーーッ
ゆっくりと取り出したのは後ろに差していた大剣であった。大きくて、重く、厚い。あれが太田ヒイロの妖精かと思ったレゼンであるが、ヒイロは特に何もしなかった。
ズパアァァッ
その剣でジャネモンの足を斬ったのだ。
「え、普通……」
「いちお、敵を斬っているがな」
斬られた痛みと衝撃により、すやすや寝ていたジャネモンが怒りのままに起き上がる。
『いでぇぇっ!静かに寝かせろーー!』
斬られたダメージを力に変換し、攻撃してきたヒイロに襲い掛かる。
『攻撃したのはお前かーーー!!じゃねも~~~!!』
ヒイロと涙ルルとでは、経験の差がある。明らかな受けで構えているジャネモンを観た瞬間。防御か迎撃に特化した相手と見抜いていた。さすれば対応するべく動くのは攻撃箇所の見切り。
ジャネモンの攻撃で剣で受け止める。
バヂイィィッ
「なるほど、受けた衝撃に自分の力も乗せて返す。典型的な迎撃能力」
その巨体も含めて、耐久力と防御力もある。
こちらから一切の攻撃を仕掛けない条件で動く相手ならば
「小出しにしよう」
スパアァァンッ
ジャネモンの指を切り落とす。そして、即座に退く。
向こうから仕掛けず動きも鈍いとあっては、攻撃は容易いことだ。同時に敵の迎撃に対処、回避も可能。
『チクチクいてぇぞ~~!!』
受けたダメージを貯めることもできれば、多少の駆け引きはできただろう。だが、邪念を具現化して誕生した生物にそのような我慢はない。やられたら即、返す。そして、空振る。
隙間にしては大きいところを、ヒイロは確実に通って切り落とす。
『うぎゃあああぁぁ』
じわじわと四肢を削る。
「じ、地味……でも、グロイ……」
淡々と呟く表原。粉雪の戦闘を先に見ているだけあって、地味だがキレイな戦い方だとは思っている。
そして表原の上に乗るレゼンは、ヒイロの戦い方に疑問があった。
これまで多くの妖人がダサかったり、やばかったりした中で。
「……妙だな」
「え?」
「ヒイロは妖人化をしていない。それどころか妖精が見えないし、感じない」
剣を握った時にやったかと思えば、そーでもないし。そもそも、ヒイロに妖人としての資質は感じていなかった。
素の人間が妖人並に強い。そーいう特殊な例はないわけでもないのか?
妖人化していないのに、妖人を上回る強さ……。それが太田ヒイロなのか。
ピロピロリン
「!」
そんな想像を抱いていると、ヒイロが病室で使っていたあのスマホのようなアイテムを取り出した。
どうやら鳴っているらしい。あれが妖精か。
ヒイロは使う。先ほどと同じだった。
『愛してる』
「あ、もしかして!さっきのあれが、レゼンやサングのような妖精なのかな?」
「いや、なんか違うぞ……」
物体に宿る妖精は多い方であるが、ヒイロが手に持っているそれは妖精ではないのは明らか。意思がない。
戦いながら叫ぶヒイロは結構、様になっている。戦う意志がむき出しといったところ。
『繋がる力に愛を込めよ!』
愛について叫びながら、敵を細かく切り落としていく。人間がジャネモンになっているため、相手の死は確定していると言えよう。しょうがない事だ。
ヒイロは攻める。
『愛のメタモルフォーゼ!』
カーーーーッ
その瞬間。
ヒイロの体が紅く輝き始めた。力が目に見えて上がっている事を知らしめるような、変わり方。騎士姿に変わりないが、逆にそれが良い。
「わーっ。ちょっと!良い妖人化もあるじゃないですか!ロマンチックです!あれですよ!あーいう変身が良いんですよ!分かってますか、ドライバー馬鹿さん?」
「んなこと気にしてどうする?」
「大切じゃないですか!愛ですよ!愛!愛で変身だなんて!変身の醍醐味です!ヒイロさんの妖人化、羨ましいなぁ」
くぅ~っと、拳を握り締め。
「ヒイロさん!ファイトーー!」
表原は純粋に応援してしまう。そんなヒーローに見えた。一方で再び、レゼンは注意深くヒイロの戦いを見守る。
不自然すぎるのだ。
確かにあのアイテムと意味の叫びによって、力は飛躍的上昇している。
トドメを刺すのであろう。
ギリギリ弱らせてから、巨大な一撃で断つ。お手本になる定石通りの戦い方だった。
キュイイイイインッ
ヒイロの剣に紅い光が集まっていく。相手が迎撃に反応するしかできないタイプ。力を貯めるのは容易い。
「はああぁっ」
『じゃねっ!』
剣にぶった切られる。
両断されるのは人間と……邪念!?
「ぎいやああぁぁっ」
『ぐあああぁぁぁっ』
両者の叫び、苦しみ。
斬られたという事をそのまま現しているような、攻撃であった。
「なんかイメージと違う!!ふわふわした感じじゃない!浄化というか、殺菌みたいなんですけど!」
「もうお前の拘りについていけん!」
ドパアアァァァッ
粉雪の攻撃は完全に殺しに来ているが、ヒイロの攻撃には救いがあるように思われる。じわじわと弱らせていたが、それは前振りって奴なのかもしれない。
「ぐおぉっ……っ……あ、あれ?俺は一体……?」
邪念のみを攻撃し、振り払った。ジャネモンとなった人間は元に戻った。
ちょっと傷付いているけれど……
「ふうっ。これで終わりだね。古野さん、ジャネモン化された人の手当ても頼むよ」
ヒイロ、ジャネモンに一切の隙を与えず。完勝。
その力。未だに底知れず、解明もできない戦いであった。
これが因心界のナンバー2!!
次回予告
古野:ふむ、今回は表原ちゃんが戦わずに済んで良かったですね。傷が増えるのはよろしくない
表原:古野さんって、その見た目に反して優しいんですね
古野:そうやって子供はすぐに大人を傷つけます。そんな表原ちゃんの次回の出番は一切ありません
表原:えーっ、ないんですか!?私が楽しく動画や映画を視聴してたり、レゼンに隠れてお菓子を食べて、漫画を読んでる場面は
古野:そんな展開はありません
表原:うーん。残念だけど、次回!
古野:『ゲキネツ!因心界VSキャスティーノ団、危険グループ”萬”の集結!』
表原:あ!次の話はCパートまで!リアルで3週間も私の出番ないのか~




