Bパート
日暮れも近くなった。
「あ、あ、あの車を追うのが、め、め、め、命令」
「ま、ま、待て」
カーチェイスにしたら数が多すぎるし、追ってくる連中の表情は恐怖に怯えているかのような面。
伊塚院長の住宅近くに来た者達は、不審な車が近づいてきたら、追い払うように命令をされており、その行動を皆がとっていた。
色んな妨害があったが、逆にその命令がされているということは北野川と黛の二人はついに、
「見えた」
伊塚院長の屋敷を視界に捉える。高級住宅街が並ぶところの中でも、ぶっちぎりの広大な面積。
「ムカつく、上級国民」
黛の言葉でよく分かるくらいの豪邸と呼べる、屋敷だ。
今、囲いの外側を走っており、ここの門がまだ見えてこない。
「あたしが乗り込んで、その伊塚院長と関わってるジャネモンをぶっ飛ばせばいいのよね!?」
ウズウズと、好戦的な表情を作り出し、手に入れた妖精の力をフルに使いたい黛。待たせやがってという意気込みに、北野川は冷静だった。
「ちょっと離れる」
「はぁっ!?何弱気になってんの!?」
「バカね。屋敷の中を感じないの?それとも、自分の実力が分からないわけ?」
黛の実力を直に見ているわけではないが。
北野川は、イチマンコと怪護というレイワーズの面子を見ていた。中から感じる存在感の一つが、その同類と分かった。やっぱり関わっていたと確信した上で、
「無策で行くのは無理ね」
「全員ぶちのめせばいいんでしょ!!細かいことは要らないわ!」
「……あんた、あたしの知ってた”正義バカ”と似てるわね」
早く戦わせろっていう戦闘狂はなかったが、単細胞っていうか。一度決めた事はやり遂げてやるっていう真っ直ぐな奴。嫌いじゃない。
そーいう扱いを慣れているからか。
「もっと派手に行きたいじゃない?」
「ん?あんたって、そーいう能力があったの?」
「ないけど。どーせなら、派手にやりましょ。この上級国民様をぶっ飛ばしてやりましょ」
黛の考えよりももっと、えげつない手がいいと北野川は妖人化をして、分身体を出す。そして、黛も妖人化をし、
ブロロロロロロ
「待てーーーーー」
「車を追えーーー」
ブロロロロロロ
伊塚院長に命令された者達は皆、北野川が運転する”車”を追いかけていて、途中で離脱した北野川と黛をスルーしてしまった。
命令外の事に関しては、何もできない能力だった。
「これで時間を少し稼げたわね」
「一人乗せてて大丈夫なの?」
「私の分身よ。私と同じ器量があるから、逃げ切ってくれるわ」
北野川……もとい、シークレットトークは分身を車の中に残し、運転し続け、周りの人間達の注意を惹きつけさせた。
シークレットトークと、黛が向かったところはここから数100m近くにあった。
「ガソリンスタンド…………へぇっ、あんた。相当、派手なことを考えてるのね」
「車の中にライターがあったし、屋敷の一つや二つ。燃やしてやってもいいかなって。それにあの洗脳能力を考えたら、陽動できる状況を作りたい。相手は爺一人とジャネモン一人に絞る」
ガソリンタンクを5つかっぱらい、その容器を満タンにする。
とってもシンプルで凶悪な攻撃を提案するのに、黛は全然聞かなくても理解していた。
それはいいんだがとして、シークレットトークはここを大事にした。
「ジャネモンは、黛に任せるわ。あたしとカミィは潜入して、爺を殺す」
「それでいいよ」
戦う相手を決めた。黛はどちらかといえば、爺をボコりたかった気分なのだが。
「ジャネモンを殺さないと洗脳が解けないんなら、あたしの方が先に殺せるわ」
とにもかくにも、メーセーが伊塚院長に力を与えている。伊塚院長を殺したとしても、メーセーが生き延びてしまったら、また同じ繰り返しになる可能性がある。黛がメーセーを相手にしなければいけないのは、確かだ。
能力持ちとはいえ、相手が爺さんとなれば……。北野川が知る限りでは、南空ほどの武術の使い手じゃなければ、爺を殺すのはわけもないこと。
互いにそれでいい。という気持ちだった。
「…………分かってる?」
「は?」
こんな時、どうしてか。
北野川は、
「これからあたし達が戦うことさ。どーいう重さか、分かる?」
楽しみそうな気持ちは、時に油断を生む。どうしてか、黛を引っ張ってあげたいってお節介が言葉に出てしまう。
「負けたら、あたし達はあの爺の言いなりか、死んでる事になる」
「負けないわよ。そんな連中に屈しないわ。そー思ってるとあんたこそ、洗脳されちゃうんじゃない?」
「御免だわ。カミィだってもちろん、NOって言ってる」
負ける想像が怖くなる相手はそういない。思った以上に敵が強いって、後ろ向きな事実が分かっている。
だから、落ち着いているべきだと。万全のいくつかを揃えられる今しかないことは、
「じゃあ、”勝つって約束する?”」
手を差し出した。なんの手?って感じの顔をする黛だったが、
「もちろんよ!」
ギュッと握手をしてあげる。そんなに怖いならって、強く、優しく
「……痛いんだけど」
「ふふっ、あたしの方があいつ等より怖いよ」
黛なりの励ましを受け、北野川は覚悟をして万全を喫する。
これは自分達にとっての、命そのものを託す。
味方から大切な仲間と認める、大事な話。
◇ ◇
「不審な車が近づいているのぉ」
「いや、このお屋敷が広すぎるせいだぜ?囲いの外の近くだ」
伊塚院長とメーセーの2名は迎賓の屋敷の4Fから、北野川達が近くにいることを把握している。
洗脳されないところを見れば、二人共大した妖人だとメーセーは分かった。別に防壁と思っちゃいないが
「門なんて意味ねぇな。あの高さの囲いなんざ、飛び越えて来るだろうよ。それなのにあんた、なんで落ち着いている?ここにはお前の使用人達しかいねぇだろ?役に立たない警備共じゃ、止められねぇぞ」
多少、不安を煽る。
力のある侵入者がいたら、一溜りもない。
”名誉”に貪欲な伊塚院長ならば、”暴力”というどうしようもない行為を恐怖に感じるはずが
「私の偉大さを理解すれば、忠誠を誓うだろう?まったく、逆らう愚民は私の事を理解すればいいのに……」
関西全域の人間を操作可能という基地外な効果範囲と、複雑ではないとはいえ洗脳可能。
おまけにその空間を維持する力と、空間によって操作命令を変えていること。
「近づけば、私の偉大さに屈するだろう?」
「違いねぇ」
「私は足が悪いしのぅ。来てくれる方がいい」
恐怖に屈しない、名誉に見向きもしないような連中。
それをどうやって恐怖に落とし込むのか、メーセーには分からないものだったが、伊塚院長にはこの力の使い方を理解できている。……だが、その理解は医学や数字、あるいは現実を見たものではなく。”感覚”の話だった。
「メーセー。お前がここに入って来た侵入者を排除しろ」
「命令か?お前は俺の”宿主”だぞ?」
「お前に操られる私ではない。嫌ならば、消え失せい」
伊塚院長に屈することはないし、能力を渡しているメーセーがそれにやられるわけもない。しかし、現状では屋敷内で迎撃できる戦力は彼しかいない。伊塚院長が倒れてもらっては困るのはメーセーも同じ。
名誉と暴力の使い分けがよくできている奴だと、関心し。
「わーったよ。ここに入ってくる奴は、俺が相手にしてやる……だが、」
ドゴオオオォォォッ
「!」
「あっちの従業員の寮の事は知らねぇぞ」
強い勢いで建物に何かを叩きつけた音。それと飛沫が舞ったような音もする。それから来る臭いは、鼻を刺激しては、それよりも強い恐怖がやってくる。
ドゴオオオォォォッ
1つだけじゃなく、2つ、3つ、……4つ、5つと。
「が、ガソリンタンクをぶつけてきた!?」
「どっから来たんだ!?漏れ出してるぞ!」
従業員の寮に向かって、黛が妖人化した姿、エレメントアーチがガソリンの入った容器をぶん投げ、建物にぶつけた。破裂したガソリンタンクから漏れ出したガソリンに容赦なく、
ゴオオオオォォォォッッ
火のついたライターを投下する。たったこれだけで従業員の寮に火の手を上げさせる。
使用人達はその炎に戸惑い、動揺を見せる。
「消せ」
しかし、すぐに伊塚院長の命令が脳内を刺激し、使用人達は自分達の寮の火を止めるために活動を行う。屋敷の池を使い、放水の準備を始める。
「消防を使えないのが、裏目に出たな」
「メーセー。貴様はすぐに火をつけた奴を殺し行け」
「そうカッカするな。ここを燃やされてたら、ヤバかったろ?自分の屋敷からこっちに移動しといて、正解だったな」
「…………それは違うのぅ」
「あ?」
ガソリンは裏門の方から投げられており、従業員の寮と伊塚の屋敷に炎を巡らせた。
消火する手段はないと見て、北野川はまず、伊塚院長の使用人達から冷徹に殺す判断をした。洗脳できる人間がいなくなれば、伊塚院長の戦闘力低下は必死。だが、微々たるモノかもしれない。
伊塚院長はすぐに北野川の意図を察知した。メーセーのアドバイスがあっての事で、迎賓の屋敷に移動していたが。襲撃を恐れていたわけではない。
「火の手をここに近づけるでない」
「まぁ、屋敷なんざいくらでも用意できるぜ。こいつ等を洗脳し終えたらな!」
メーセーは窓から外へと飛び出し池の近くへと降り立つ、伊塚院長は体を起こして、杖を付きながら階段をゆったりと降り始めた。
「少々、もったいないのぅ。色々と遭ったんじゃが……」
自分の屋敷が燃える光景に少々、後悔するような言葉を発する伊塚院長。
階段を降りながら1Fにつき、ある場所の床を杖で突きながら……。
コンコンッ
「!やれやれ、妻も使用人も使えんと、面倒じゃのう」
地下への隠し通路。自分の屋敷と地下で繋がっているだけでなく、自分のお楽しみをするところへ繋がっている場所。
普段は使用人達に扉を開けさせているが、自分が分からないほど耄碌はしていない。
侵入者はここに来るという予感は、伊塚院長には分かっている。
とはいえ、その理解に対して
「あんたが伊塚院長よね?」
「悪い面をしてるにゃ~」
「!」
あまりに早すぎることだった。むしろ、待ち構えていたかのように伊塚院長の前に立ち塞がっていたのは、シークレットトーク&カミィ。
火を放つ前に、2人は囲いを飛び越え、伊塚院長の屋敷の方から潜入。そして、使用人達の秘密を暴いて、この地下通路と地下室がある事を把握。伊塚院長がここにやってくるだろうと先読みして、張っていたのだった。
「こりゃ~~、随分と可愛い子達が迎えに来てくれたのぉ~」
その言葉は諦めとかではなく、妙に思える興奮。
「香水に誤魔化されるが、ええ体とええ髪の匂い。お若いのぅ、……実に調教したい。その人を刺すような鋭い瞳、ええ色をする太ももと二の腕。小ぶりなお尻もええのぅ。多少、物足りないのは、そのオレンジの子。もうちょっとバストアップせんと、男の子と間違われるぞぃ」
「ほ~~?この状況で挑発ねっ……」
「この爺、気色悪いにゃ……。こんなのに操られたくないにゃ!!」
シークレットトークとカミィは互いに市販のハンマーを取り出し、伊塚院長を撲殺する様子を見せる。
そして、外に飛び出したメーセーはすぐに放火の犯人と対峙する。
「おーっ……お前か?因心界という組織の奴は?」
「そーいうのに入ってるつもりはないけどね。お前を殺しにきたわよ」
黛波尋。エレメントアーチが、メーセーと激突していた。
◇ ◇
屋敷に炎が上がった。それはつまり、北野川と黛が攻め込んだということだ。
「よ、よし」
陽動として、シークレットトークの分身が運転する車はまだ、追いかけられていた。
決められた空間内では一つの命令しかこなせないという欠点がある。伊塚院長はこの窮地に間違いなく、自分を追いかける事を辞めるだろう。そうすれば、今度は自分が自由に動ける。
シークレットトークは秘密を得られる能力ではあるが、北野川、分身、カミィと、3つの分身がそれぞれ自覚して行動できるという点も優秀過ぎるところである。
自由な時間をとれたら、北野川達の逃走経路を確保する役目に回るつもりだった。炎が屋敷全体を回るのと同じくらい、時間との戦いになる。
屋敷全体に火を放つ作戦はそこまで考えての事だったが、予想外な事は……
「な、なんで追跡を止めてくれないのは!?」
伊塚院長は、車で逃げる分身体を捕える事を諦めてはいなかった。自分の危機が近ければ解除すると思っていたのに、誤算。
その誤算を突かれるように
バヒュウウゥッ
「!!?うああぁぁっ!?」
タイヤの後輪が2つも、いきなりパンクした!
回りながら車は止まったが、
バァァンッ
「ひいぃっ!」
「捕まえたぁぁっ」
「この子を捕まえるんだぁぁ」
「俺が捕えるんだー」
車に張り付くように人々が群がり、分身体もこれには恐怖するほどだ。しかし、自分は妖人化した北野川の一部。制御下にあるのは北野川である。そんな安心感はわずかにあったが、
「!!ううぅっっ」
胸が突然と痛くなる。そんな苦しみに追い打ちをかけるように、ガラスをぶち破って入ってくる洗脳された者達。触れると伊塚の思想と偉大さが脳内を襲ってくるように、意識的に逆らえないようにされてしまう。
北野川の制御を奪い取るほどの数の暴力。
「ああああああぁぁぁぁぁっっ!!」
頭がぼやぼやとしてきて、伊塚の命令だけを聞く人形にされるようなもの。
これが完全となるまで、車の中は荒れるのであった。
そんな様子を洗脳されていないにも関わらず、別の車から見ている者。
「……………」
助手席にはサイレンサー付きの銃が置いてあった。その人物こそ、車をパンクさせた人物。
「……粉雪様のためにも、北野川もここで消えてもらう」
因心界と協力なんてする気がない姿勢を出している、南空だった。
同じく伊塚院長を倒しにやってきたというのに、その協力者である北野川の妨害をし、あろうことか伊塚院長に洗脳させるという非道な行い。その理由に
「伊塚の爺に洗脳された北野川を葬り、伊塚の爺も殺すのが理想だ」
北野川の能力の危険性を考慮しての行動であった。




