Dパート
「本気か」
此処野の中で敗北を……。
それが身体にブルリと冷たく流れた震え。瞬間、レンジラヴゥの前へと進んだ。狂気が身体を進ませたが、圧倒的な身体能力の差から生まれる、絶望的な実力差。
好きで殺人鬼をやっているわけではなく、得意だからする殺人鬼故。
敏感に反応し
「っ……!」
レンジラヴゥの蹴りを下がって避けた。
ドバアアアァァァッ
東京湾はレンジラヴゥの蹴りに触れてすらいないが、激しい海流が突如発生したかのように、荒れ狂った。
防御でもしてりゃあ、空高く飛ばされていただろう。
攻撃力の差は歴然。
プレッシャーの後ずさりは、生物的に正しい本能。勝てない奴とは戦うなっ!
「!」
此処野の足が止まる。戦闘狂の笑みの半分が、驚きになっている。
来ないのならと、レンジラヴゥは距離もカンケーなしに。
「"ラブリースラッシュ"」
空に魔法陣を作り上げ、その魔法陣の中から愛ある聖剣を落としまくる。雨ほどの量ではないにしろ、剣がいくつも頭上から落ちてくるのは恐怖でしかない。おまけにレンジラヴゥから眼を離すわけにはいかない。
「はぁーーーっ!!ははははは」
距離をとったら、始まらねぇ。
バギイイィィッ
聖剣と槍がぶつかる。リーチは此処野に分があるが、パワーとスピードはレンジラヴゥの方が上。一度アタナを受けて払い、さらに踏み込んでくる。距離を詰めるのは分かっていたから、此処野はアタナをサイズ変更させて対応。
ガギイィィッ
槍として扱うには短すぎるものとなるも、剣を持つ相手に詰められても対応できる。懐に飛び込んで隙を突こうとする作戦を封じた。
ガシイィッ
かに思えたが、レンジラヴゥは武器を考えない距離に詰めて、握る剣を捨てて、此処野の胸元を掴んで来ていた。
「此処野くんはこーいう間合い、大嫌いだよね?」
「!」
ドゴオオオォォォッッ
子供っぽくも、武器にオラつく相手にとって、組み合いをされた時点で負けである。
相手を掴んでぶん殴る。離さないようにぶん殴る。
「うええぇっ!?」
聖剣を使ったのはこの間合いにするための囮。身体能力にモノを言わせたこの戦闘スタイルは、狂気に満ちる此処野の殺人術を稚拙とまで言わせるほどだ。
ある意味、手段は問わない。
防御をさせずに腹部を二度もあの攻撃力で殴ったレンジラヴゥは、そんなダメージを軽く吹き飛ばすくらいの無垢な煽りをする。
「殺しが好きな人って、殺されるのが嫌だから距離をとりやすいね。正面から来られると勝てないもんね」
武器が槍だと顕著にでる。人間の身体ではどうあっても、槍のリーチ差を埋められない。逆にそのリーチ差を詰められれば簡単に終わる。此処野は色々と対応しているが、アッサリと破ってくる。彼にとって彼女は相性最悪だ。
指摘のつもりなんだろうが、侮辱されたと憤慨し、痛みを堪えて
「うおおぉぉっ」
素手での目潰し。胸倉を掴むのなら、逆に利用して投げ飛ばそうとするも、
バギイイィィッッ
「はははは、おしいおしい」
レンジラヴゥは掴んだ此処野を持ち上げながら、地面に足をつけさせないで行動を縛らせて回避。おまけとばかりに拳の連打を叩き込む。そして、連動するように
ドゴオオオォォッ
頭から地面に叩きつける。
此処野は地面に埋まった頭を自力で抜き、後方に一回転しつつも、アタナを手に作り出し戦闘体勢をとる
「はーっ、はーっ」
今の隙は死を覚悟できること。
対峙する女は
「分かった?」
ご理解したかなって、柄にも無く上から目線。勝利だけでなく、格の違いを見せ付ける仕草。此処野の実力の全てを小細工と一蹴できるほどの強さ。それを自覚する事で戦意の1つ、殺意の狂気が止むわけもない。どちらかといえば、戦闘よりもだ。
「君じゃ勝てないよ」
ギタギタにせずとも、分からせる勝敗。レンジラヴゥの気の緩むを極限まで待ちに待った。
理解はするからこそ、此処野も懸命だったのだろう。
アタナを強く握り締め、此処野は叫んだ。
「『瞳よ閉じれ、マフタブ』」
瞬間。アタナの輝きは白と黒、光と闇。
キュウウウウゥゥッ
レンジラヴゥの見る空を一瞬で闇で包み込み、太陽に代わって光となるのは、アタナだけ。
これが此処野神月の妖人化、"マフタブ"
妖人化の持続時間は全ての妖人化の中で最小。閃光に等しき一瞬。
接近戦かつ限定されたもの。
アダメと対峙していたレンジラヴゥは、彼女とは似て非なるが、集中から来る超思考をもたらせた。
「!!」
妖人化!?迅いっ!!一瞬であたしが避けられない攻撃が来る!!
前と後ろから!光と闇の中から!
ギュゥッ
光に包まれたマフタブがレンジラヴゥの正面を、闇に包まれたマフタブがレンジラヴゥの背後をとる。前後から同時に来る槍の突きは、いかなる強者であろうと回避も対処も狭める。
両を受け止めるも無理、両を躱すも無理。
すなわち、どちらかを受け、どちらかを躱すのみしか、この攻撃から逃れる術はない。そして、受けをとるならば
「……………」
光と闇に力は分散しておらず、これは一点集中。殺気をも込めている幻影。
光か闇のどちらかの槍が全力攻撃。これを誤って受ければ、……。この攻撃だけは避けなければいけない!!凄い、こんな隠し技を持っていたんだ。あたしが油断する時を待ってっ……。
一発逆転を狙った勝負。レンジラヴゥが対処を誤れば、即死に近づける。
「……」
光と闇。どっちが全力攻撃かな?
……此処野くんならきっと、こっちに集中する。
ドボオオオオォォォォォッ
それは槍の形をしたミサイルであった。公園の地を抉り取り、東京湾の果てまで光の爆発を引き起こし、海を大きく荒らした。
直撃していれば、いくら回復能力を持つレンジラヴゥでも、回復できない大ダメージ。本当の攻撃は避けねばならない。頭を狙っているし。
「…………ふーっ」
レンジラヴゥは闇に包まれたマフタブの腕を掴み、突きの軌道を変えていた。もちろん、それが全力側なら掴んだ部分から消し飛ばされていただろう。
「あたしには正直だなーって、君の事を思ったよ」
「!!」
この一撃を放ったと同時に、マフタブの妖人化は解けてしまい、此処野神月に戻る。一撃に賭ける故、攻撃を止められたショックと疲労によって戦意もろとも、地に堕ちて行く。
「あたしを超えたいなら、正面から来るよね?」
光側からの攻撃と見切って、レンジラヴゥはその攻撃を避けていた。
何度も此処野とは戦ってはいるが、彼が今まで妖人化をしてこなかった理由も分かった上で。
「ちょっとは"自分らしく"さ、戦った方がいいんじゃない!?」
助言もとい、鉄拳の教えを
ドゴオオオォォォォッ
崩れる此処野の顎をアッパーでぶっ飛ばし、グルングルンと何十回と上空で身体を回転させていく。30秒以上も空中にいき、
ドガアアァァッ
地面に突き刺さって戦闘不能になる、此処野……。
圧倒的な実力差を見せ付けたレンジラヴゥ。ちょっと冷や汗をかいたが、
「ふーっ……あ!」
公園という遊びに来る人達がいる中、此処野との死闘を行ったレンジラヴゥ。自分でやってるほど、余裕のない相手ではあったから、第三者に頼み込む。
こーんな戦いが始まるやいなや、物珍しそうに撮影を始める通行人を見つけ、頼み込み。
「今の戦い、カメラに収めた!?じゃあ、さっさとアップロードして!!それと、SAF協会のみんなに、2日後の午前11時に東京駅のバスターミナルで落ち合おう!!って宣伝してねー!」
宣伝&状況報告をお願いする。
この戦いと宣伝は当然のように、ネットの中に放り込まれるのであった。
「あたしは此処野くんを連れていくからねー!みんなで落ち合おう!」
此処野の奴、死んでるんじゃないかな?
◇ ◇
レンジラヴゥと此処野の一騒動から1時間ほど経ち。
「集合は2日後だったろう?」
「別に集まってはいない」
ムノウヤとトラストの2名は白岩と此処野を発見していた。あれだけ暴れていれば、目立つ。白岩と此処野はどうやらテキトーな宿泊施設に入って休むようだ。その宿泊施設の屋上で、トラストとムノウヤが無銭宿泊。
「早い方がいいんじゃないかな?」
「私はあの女が嫌いだ」
「ふ~ん。ま、苦手な味って奴だろうね」
掴みどころのない存在。トラストが嫌いと発言するも、人間的な意味ではないのはムノウヤには分かっていた。難しい気持ちだ。
白岩と此処野が、トラスト達に気付いているか知らないが、本当に集合予定の東京駅での合流を考えているトラスト。逃亡も楽じゃないため、その一日くらいは彼等がカバーしてあげようという。会話しないでも分かっていること。
「白岩のおかげでルミルミや寝手、シットリとも合流できそうかもね」
「……あいつ等は来るか?」
「それもそうか。ちょっと無理そう」
ムノウヤの言葉の中にシットリが入っているのは、死んだとも言い切れないと感じているからだ。現れないとしたら、もう絶対に……。
「ジャオウジャンは来るかな?」
「あのお方が人前に出るわけもない。危険な状態に在られるのは確か。集合次第、一刻も早く合流しなければなるまい。……白岩を連れて行きたくは無いがな」
「ははは。まー、メンバーを合流させるのが目的だからね。そこからどう動くか、……ルミルミが来ればいいけど。……奴がどうして音沙汰がないのかな?」
シットリの死を知っていれば、暴れていそうなものだ。睡眠期に入っていたからか、充電中なのだろうか。
「じゃあ、残るは寝手とアセアセの2人か。2人も無事だろうね」
彼等の場合は、これからも協力するかどうかが怪しい。
SAF協会のメンバーに言える事だが、シットリに率いられているような感じだ。そのシットリがいないとなったら、どんな風に動き出すか……。
白岩、此処野、ムノウヤ、トラストの4名は合流。
そして、呼び出しをされている、この2名は自宅にて。
「めんどくさー。外出めんど~……」
「シャツとトランクス一枚でダラダラしないでください!パジャマぐらい着ろ!」
エロ漫画を読みながらダラダラしている寝手と、ちゃんとみんなと合流しようと説得するアセアセであった。
急がず、待てというのだ。
「一日くらいはダラダラさせてよ」
「あたしは全然ダラダラできないんですよ!!買い物に行きますからね!もぅ!!」
寝手の体たらくに、ぷんぷん怒って買い物に行くアセアセ。
アセアセには面倒だとのたまっているが、寝手の本心は合流する気であった。心配なのは、こんなやり方だと因心界などの勢力までやってくる。どーいう状況かは、把握しておきたいところ。
ネットの情報によれば、黛が因心界に囚われている。(ダイソンの生死は不明としか分かっていない)。
「……………アセアセは行ったね」
たまたま自宅に戻ってきたから、寝手としては新たな切り札を使う機会が来たと買い物に行ったアセアセを確認し、押入れの中に大切に閉まっていた、"彼女"の様子を見た。
お菓子は自分が食べるためでもあったが、彼女に食べさせるためでもあった。
「部屋の中に女の子が住んでるの、まだアセアセは気付かないからな~」
情報が錯綜していて、ネットの良さも悪さも色々と見ている寝手だ。
「悪いけれど、因心界の本部に行って情報収集を頼むよ。向こうもまだ混乱しているだろうからね」
尊厳、意識、じっくりとぶっ壊して、寝手の言葉にしか反応できない女にしてやった。
面倒な怠け者かと思いきや、その凶悪ぶりはラフォトナと争っただけあるスリープハンドだ。現場の様子は正確に知らなければいけない。
妖人である彼女をスパイとして、因心界の本部へ派遣した寝手であった。
そして、買い物にいったアセアセは色々と思い出していた。東京駅で自分がやっていた事、色々と。
「そうでした~」
ヒイロさんに頼まれ……。東京駅でヒイロさんの幻影を外に配置していた。お礼にもらったサインが手元にないという事は、あまりに理不尽過ぎるのでは!?
でも、……もしかすると、シットリ先輩が死んだのは、ヒイロさんが……。
ごめんなさい、シットリ先輩。
でも、それよりもごめんなさいをしないといけません。寝手はどうやら、ダラダラして過ごしそうですよ~。
◇ ◇
「革新党はすでに白岩のいるところを掴んだけど……」
SAF協会の合流。それを前に、召集をかけている白岩の位置を掴んでいた革新党。
粉雪はキッスにそれを伝えたが、
「私達は行かんぞ。別々で行動するべきだろう?」
キッスは白岩達と戦う気がなかった。それよりも
「因心界の戦力低下、整備が大変だ。悲しいが、涙一族も私とルルだけだ。無意味に疲弊するのは良くない事だ」
主力のキッスと粉雪がいるからとはいえ、他の部分が不安定過ぎる。
「ヒイロが近くにいるとは思えないんだけどね?」
「お前なら戦えるだろう。今の私は白岩と戦う気はないな」
キッスの力を借りられれば、白岩とガチで戦えるつもりだった粉雪。ルミルミの大人しい感じを見るに、白岩達と合流する様子じゃない。
SAF協会で倒したい順とすれば、ルミルミとジャオウジャンが同率一位。その2名が現れず、白岩とムノウヤと戦うのはムダ過ぎる。
「シットリは死んだ。統率がとれないSAF協会は崩れるだろう?怖いのは個人行動。特別に言えば、ジャオウジャンという奴だ」
「……泳がせるってわけね。これでもねぇ~」
「煽りか?懸命だろう」
お互いに今はやることが多い。
白岩と敵対している状態ではあるが、彼女を評価しているキッスは。
「あっちは白岩に任せておけ。あの悪人共を1人で纏めてくれれば、私達はジャオウジャンとの戦いに専念できる」
「負けはしないわよ」
「そうじゃない。勝ち負けではない。分かるだろ?」
「……………」
戦争の類いとはまた違ったこと。戦争の方がまだ被害こそ大きいが、……。
日常に時折現れる、どうしようもない理不尽が、ヤバイ力を持って襲い掛かってくる。
◇ ◇
因心界、革新党。それらの勢力は監視こそするも、戦闘に入るような雰囲気ではない。
白岩が発信した、SAF協会の集合場所と集合時間に……。
「なんであの女は遅れるんだ?」
「分からないね」
トラストとムノウヤの2名だけが現れていた。
周囲に敏感な2名だ。この場所に来ている監視の目にも気付いている。分かっていて、見過ごしている。
「あまり強い人達は来てないようだ」
「少し残念そうだな。ムノウヤ」
無益過ぎる争いはしない2名で助かったところ。
集合時刻から15分ほど遅れて、タクシーがここに到着。そこから現れたのは
「あ、ムノウヤとトラスト」
「寝手ーー!お金払ってくださいよ!私のポケットマネーですか!?自分で呼んでおいて!」
「うん」
寝手とアセアセが到着。
随分リッチな登場である。
「ご本人は遅刻?関心しないね」
「君達も遅刻だよ?人間は約束を破る生物かい?」
寝手のふてぶてしい態度に、呆れているムノウヤ。だからこそ、人間ってのは面白い。
「はーっ、みなさんご無事で良かったです!」
「……ああ」
「トラストとムノウヤ、ルミルミ様の事は情報なかったんでー!ホントに良かったです!」
再会を素直に喜ぶアセアセ。こんなアセアセだから、寝手に四苦八苦しているのが分かる。相性が良いのかもしれない。
その合流から10分ほどして、
「ごめーんっ!遅れちゃったー!」
「……シットリ達がやっぱり来ないって事は、ホントに死んだか?」
白岩と此処野の2名が到着。此処野が荷物係をさせられ、両手にはケーキの箱。それにいち早く気付くのは、アセアセだった。
「な、なにか買ってきたんですか!?」
「うん!再会祝して、公園でケーキでも食べよーって!あたしが考えて買ってきたの!」
「買う数やケーキ選んでるから、遅刻すんだよ」
イライラする此処野に対し、白岩とアセアセは仲良くケーキ談義。白岩は食べる方だが、アセアセは作ったり、買ってくるタイプ。
「まだルミルミちゃんが来ないけれど」
「ルミルミちゃんを待つ~?ネットの情報とか、因心界の情報網とかチェックしたけど。彼女はまだ行方不明だよ。シットリ達と違って、どうしたんだか」
色んな意味で情報が届いていない。遅刻は在り得そうだが、来ないってのはここにいるメンバーも不思議でしょうがない。
誰もまだ、ルミルミの場所を把握できていない。
「待ってばかりじゃ、しょうがねぇだろ」
「此処野くん。ケーキは大切にね!」
遅刻しといてだが、此処野がこの場を仕切るように口を出す。ケーキの入った箱を持てよと、白岩とアセアセに渡し、
「因心界の連中が監視しているのには気付くだろ。場所を代えてゆっくり話そうぜ。県外でもいいかもな。電車も近くにあるわけだし(バスでも奪いたいけどな)」
金は自分が出すって感じでメンバーの移動を促した。
SAF協会のメンバーは個性あれど、1人1人強力。チームワークがなくても、まともにぶつかれば被害は大きい。大人しくしてれば、因心界達が動くことは無いと、関わってきた此処野がそーいう感じで言っている。
「旅行もいいね。だったら、私が目的地を決めて良いかな?」
「ムノウヤ」
「ゆっくりした時間がとれたら、もう一度行きたい場所があったんだ」
「好きに決めろ」
ムノウヤが珍しく、自分から行き先を提案。どこでも構わないと一同は了承。シットリとルミルミの不在で、纏りが欠けているのは分かっていて、個々が出た動きだ。
「さー、出発ー!」
行動を決めた此処野、行き先を決めたムノウヤ、彼等を導くのは白岩。
周囲から見れば簡単なくらい、どこを向いているのか分からない組織だろう。そんな組織の出発を邪魔しようとしてきたのは…………
「きーーーっ、きーーーーっ」
猿の声。
東京駅の上に、謎の猿が現れ、白岩達に向かって叫んでいるようだ。
もちろん、そんな猿の出現に気付いた一般市民達は
「わーーー!猿だーーー!?」
「なんでこんなところに!?」
混乱し、騒動になる。
そんなことなど気にせず、そいつは白岩達に叫ぶ。
「きーーっ、きききーーっ」
「!わーっ、お猿さんだー!でも、あんまり可愛くないね」
ちょっと喜んだような表情しといて、がっかりするような台詞を吐く白岩。
一方でトラストやムノウヤは、相手を警戒するような眼になる。寝手は相変わらず、面倒そうな顔。此処野は正直に
「なんだこの猿?ぶっ殺されたいのか?」
そんな言葉を吐く。唯一、この中で妖精だったアセアセが
「此処野、待ってください!あのお猿さん。私と同じ、妖精です!」
『おい!アセアセ!これが今のSAF協会のメンバーか!?』
そう。その猿こそ、SAF協会。最後のメンバー、ゴックブだった。彼もまた、白岩の招集を知ってこの東京駅にやってきたのだ。
猿の言葉でしか話せず、妖精にしか意味が伝わらない。おまけにゴックブはアセアセの事を知っているようではあったが、
「え?私、あなたとどこかで会いましたっけ……?」
向こうは知ってるような態度をとっているのだが、当のアセアセはどなたか知らない様子。それでもゴックブもまたマイペースに。
『このゴックブ様!SAF協会、最後にして、最強の妖精が降臨したのだ!』
自画自賛をこれでもかという感じで言っているのだが、アセアセ以外には猿の叫び声しか分かっていない。シットリやルミルミはちゃんと、日本語で話してくれるのに……。アセアセはとりあえず、
「あの方。どうやら、SAF協会の一員って言ってますけど……」
誇張したところは省いて伝える。
「??いや、知らねぇけど……」
このメンバーの中では、一番在籍期間が長い此処野がそう答える。
「シットリって秘密主義だからなぁ」
「アイーガかダイソンでもいれば良かったねぇ~」
残念なことにアイーガもダイソンも、ゴックブがSAF協会の一員であることは知らないのであった。ただし、ダイソンはゴックブとは面識がある。
『これからルミルミ様の元に行くんだろ!?俺を案内しやがれ、テメェ等!』
「いや、私達。ちょっと遠出するだけですけど。ムノウヤ、ルミルミ様の居場所は知らないんですよね?」
「知ってたら行くさ。僕達はただ、旅行しに行くだけさ」
なんだこいつ……?というゴックブの印象。お互いの言葉が分かるアセアセが通訳のような立ち位置にいながら、此処野と寝手、ムノウヤ、トラストの4名でコソコソと話し合う。
「おい、なんだよあの猿、ぶっ殺していいか?」
「止めなよ。君が白岩に危険な目に合わされる。彼の言っている事も正しいんじゃないか?」
「とてもシットリとルミルミちゃんが、あの猿を認めてるとは思えないんだがね」
「肝心のルミルミがいないんじゃ分からないが、無視がいいんじゃないか?」
アセアセ以外にはゴックブの言葉が分からず、目の前できーっきーっ喚くだけで鬱陶しい。白岩がいるせいで下手に暴れたら、制裁が来る。そいつを恐れて男4人は無視するような態度。一方でアセアセは表情に隠さず、
「ホント、いい加減にしてください……」
口にもするほど、ゴックブの謎の傲慢ぶりに嫌気が差していた。
『アセアセ!俺の言葉が分からん、この人間共に今から命令を出す!ちゃんと伝えてやれ!』
「ちょちょっ!できません!私が殺されるわ!!お前がちゃんと練習しろー!」
ある意味、言葉が通じなくて良かったねって。思っているところだ。そんな事をここで言ったら、此処野辺りに殺される。
「……アセアセ。僕達は先に行くよ」
「えっ!?寝手!!置いてかないで!」
「聴こえないフリ。聴こえないフリ。僕達はこのお猿さんが言う事を聞き取れないからね」
ゴックブの事を一時的に任せるように、寝手達はゴックブを抜いて、駅に入っていく。扱いが分からないため、無視するというトラストの案に乗ったのだ。
「白岩。行くぞ」
「え!?」
「無視無視」
此処野が、ゴックブを少しは構ってあげようとする白岩の腕を掴んで、無理矢理先に行かせようとする。そんなSAF協会の動きを見て、ゴックブは
『!おい!貴様等!この俺の言う事を訊く、人間共だろうが!!』
文句をいいつつ、白岩が持っていたケーキの箱を手で引っ叩いた。
パァァンッ
箱が横向きで地面に落ち、ケーキが崩れたであろう。
無視するという態度をとったこちらも悪いといえば、悪い。此処野がそうしようとしたのだから……だが、この時。
「お・さ・る・さ・ん……」
白岩から彼女らしからぬ、怒りに満ち溢れた声が出る。此処野はそれに覚えがあり、白岩の腕をすぐに離し、
「逃げろ、逃げろ!お前等、逃げろ!」
「???」
甘いスイーツなどを粗末に扱ったりされると、とんでもなく怒る。
通常の戦闘の時とは違い、憤慨。強さも引き出して、
「あたしの楽しみを奪うなああぁぁっ!!この猿がーーーーー!!!」
ドゴオオオオオォォォォッ
『フヴオォォッ!!?』
ゴックブの顔に白岩の蹴りの痕ができるほどの威力で、空高く蹴飛ばされるゴックブ。楽しみにしていたケーキを粗末に扱われ、相手を文字通りの一蹴をしてみせたが
「うわああぁぁっ!!?あたしが楽しみにしてたケーキがああぁぁっ!!どーしてくれるのぉぉぉっ、うええぇぇーーーん!!」
「な、泣くな、白岩。落ち着け!」
あの猿野郎が気の毒に思ったが、こーなった白岩を悪く言ったりするのは逆効果。彼も身体が知ってるように
「分かった!俺が買ってやるから、泣くな!暴れるな!!マジで!!ここ東京駅だからな!!因心界とか見てるからな!!」
「そ、そ、そうです!!ケーキだったら、私も買います!!なんだったら、作りますから!!」
此処野とアセアセが泣きじゃくる白岩をケーキであやし、落ち着かせる。
「此処野って、意外と面倒見がいいね」
「……怒りのままに暴れてたら、私達も無事じゃ済まなかったろうね」
「ふぅ。ムノウヤ、向かう場所にはカフェとかはあるのか?」
ルミルミとジャオウジャンの所在こそ判明できなかったが、生き残ったSAF協会のメンバーは一度、県外へ!
しばらくの間は、戦場にその姿をみせる事はなかったのであった。
ところでゴックブは一体なんなんだ?
次回予告:
表原:挿絵は新章の新たな敵ですか。先に挿絵が来るのは、何気に初の気が。
粉雪:レイワーズね。こいつ等はジャオウジャンの分身体ってところだわ。
キッス:8人共、ジャネモンの王様。ジャネモン化した蒼山に匹敵、それ以上という猛者だ。
表原:……んー、それだとちょっと分かりにくいような。ヒイロさんとシットリに健闘したというと凄いですけど……
キッス:じゃあ、蒼山レベルの危険な存在だというのは?
表原:ヤバイ!とんでもない犯罪者じゃないですか!!死刑!!
粉雪:あれが8人もいると思うと、最悪ね。まぁ、カテゴリーが別の邪念の持ち主よ。あれが8人もいたら、たまったもんじゃないわ。
キッス:散々な言い方だが、納得できる。
表原:次回『ジャオウジャン、動き出す!8名の王、レイワーズが大暴れ!』




