Cパート
かつての自分は確かにシットリを超えていた。人間で言えば、小学生の身長争いレベルだったと笑われる程度の事か。
あれを化け物と罵る側ではあったが、今では恐れを込めて化け物と呼んでいるし。親友としていられる、あの器には敬意を込めて化け物だ。
【努力しても超えれない壁はある】
意外とリアリスト。己の力に過信した時代、圧倒的な才能と出会い、自らを越えてしまうだけでなく、勝てないと理解してしまった相手と切磋琢磨する存在。
あくまで俯瞰して、ヒイロとシットリの関係を見続けていた。
その2名に追いつく事よりも、その2名がどうなるのかを見て行きたいものだ。シットリとルミルミが誘いに来たから、SAF協会に付いたのは事実で。先にヒイロとサザンが来ていたのなら……そう思う事がある。
一定の距離感で互いを見るには、自分自身の諦めとは正反対な微々たる成長を続けなければならない。壁というのは思いのほか高くても、昇りやすかったりもする。
「……………」
ダイソンにもその時は常々来ており、流しつつも向き合い続けていた。
「シットリ。どうしてお前は人と契約を結ばない?」
「……契約すればさらなる力を得られるが、パートナーとの呼吸は大切だ。だから、するつもりはない。契約しなければ、俺自身が俺の全てを使えるんだ」
黛と契約したり、飛島と契約したり、他色々と……アイーガと同様に色んな人間に乗り換えてきた。その度にシットリには勧めていたが、本人はいつも断る。
リスクが当然ある。
契約を迫り、無理な事ができないわけでもないが。シットリはそれを必要とせずに、孤高に行く。おそらく、身体に相当な無理をさせているだろう。
だが、それよりも契約そのもののリスクをシットリは危ういとして、人との契約をしない。そして、
「無理矢理にでもすればいい。……ヒイロもそうさせていた事は分かったんだ。それも自分じゃない妖精達にだ」
「だから、ムカつく。あの、白岩印に。……そこまでするか。見損なったが、そーいう必至さが余計にな」
強制的な契約なども拒む。妖精1人として、シットリは生きていく。
人間を好かないとしながらも、人間を利用するような事も好かない。
シットリの本心は分からないが、ダイソンが気を許せる仲間でいられるのは憧れのようなところ。
「そうか」
使い捨てとして人を扱ってきただけに、そんな感情が危うくなくなりそうではあったが、シットリと共に行動していれば罪悪感を覚えられる。
パートナーを選んだ以上は大切にしていくべきことだ。
「ダイソンの事を理解する人間がどれほどいるか」
「………」
「決して、人を見誤るな。お前が命を賭けても、妖人になる者はそう命を賭けやしない」
「……パートナーの理想像が高いな。これじゃあ、シットリに相方なんてできないな」
もし、道半ばで死ぬ時。自分は…………
◇ ◇
契約を結ぶと同時に黛の心が剥かれたような痛みがきた。
口から吐いたように錯覚したが、身体は何一つ反応していない。痛みや苦しみを身体が反応せず、微動だにしないで苦しいを味わうのは初めてだった。
「…………っ、相当な痛みだな」
ナチュラルズーンは動くが脳内の情報を受け取り、指示を出しているのはダイソンである。
封殺染みた契約であり、黛の動力だけを預かっている状態。体の痛みこそ感じないだろうが、なんとも言えぬ気味の悪さと、危険な対策をなしに発電するかのような力の放出が黛の精神を大きく傷つけているだろう。
燃費が悪いというより回復のし辛い感じがダイソンの能力を動かす。
消せる能力のせいか、邪念を忘れてしまうからかもしれない。
まぁ、これからやる事は忘れるものではない。
フォンッ
ナチュラルズーンは自分のいる位置、方向、角度などをしっかりと把握してから、ダイソンを斜めに振り下ろした。何気なく、そして軽く。
消失領域をこうして展開し、狙っているものは
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「!!」
大きく抉られた痕ができ、地盤が傾き、その上にあったこの施設はゆっくりと滑っていき、東京湾に向かっている。
施設の全体が滑っているのだ。
ドボオオォォォォッッ
「!ちょーーーー!!なにが起きてるんですかーーーー!!?」
そこへ向かっていたマジカニートゥとレゼン。巻き込まれずに済んだものの、野花が潜入したと思われる施設の全体が東京湾に流されるところを見た。
中にいる者達の全てが海に沈んで、間違いないと思われる光景。
「の、野花さーーーーん!!まだあたし、文句言ってないんですけどーーーー!!」
「違うだろ!!」
まだ完全に沈没したわけじゃない。今、マジカニートゥが叫んでいる間にもゆっくりと流されているだけだ。
場所が分かれば、野花を回収できるかもしれないが。……それよりも早く
ドボオオオォォッッ
「ぬおぉぉ~~~!!?」
「!うっかり外に出てしまったか。まぁいい、マジカニートゥが相手か」
「だだだ、ダイソン!!録路さん!相手をして!」
傾かせ、施設の壁を突き破って外にでてきた、ナチュラルズーンと鉢合わせしてしまうマジカニートゥ。本気を出そうにも、シットリを相手するために本気を使ってしまったから、ダイソンの一撃を防ぐ術はないと見ていい。
助けに来たが、死ぬ気はない。絶叫と混乱を表情で表すマジカニートゥに
「野花さんを助けにいけ、マジカニートゥ!」
「分かったーー!」
レゼンはナチュラルズーンの相手ではなく、野花を救出するため。この傾いて東京湾へと滑っている施設の上に乗った。勢いそのままに進んでいる危険や恐怖に何も感じず、飛び込んでいった。レゼンからしたら、今のヒイロの装備なら耐えられるという頭があったんだろう。
「!」
自滅する道を選んでいると、ナチュラルズーンは判断をした。消滅領域を飛ばす事はしなかった。すでになんらかの本気を使っているとも見てとれた。
ゴボボボボボ
「ちょーー!あたしも沈むーーー!!」
「大きく息を吸え!!」
ドゴオオオオォォォォォォォッッ
施設が完全に東京湾内に沈んだと同時に、マジカニートゥも東京湾の中に沈んでいった。その最後の様子まで見ていないものの、ナチュラルズーンのやるべき事は状況把握。
フワアァァッ
再び空中へと飛び。こっちとしては因縁のある録路の姿を捜した。
「シットリがもうナックルカシーと戦ってるか」
出遅れ+不手際。自分の能力ではシットリの邪魔をするだけであろう。レゼンの言葉から野花も巻き込めたと考え、残っている相手を絞る。
「ん」
空中を飛んでいるだけにそいつを簡単に捕捉できてしまった。そして、そこまでの距離はなく、なんらかの企みを感じ取れる。
「あれは涙ルルのハートンサイクルと北野川のシークレットトーク。……北野川は事前段階じゃ、把握していなかったな」
ハートンサイクルの飛行能力を活かし、シークレットトークの2名を近くの船着場へ運んでいる最中。そこを見つけられ、標的にされてしまう。
空中戦なら涙キッスの介入もない。
「!何か来る!」
「!あれは……ダイソンにゃん!もっとスピードを出して!見つかってるにゃん!」
距離からしたらギリギリ間に合うが。北野川とは別行動のシークレットトークと、ハートンサイクルでどうこうできるような相手とは良い難い。
そんな焦りを出している3名とは違い、ダイソンは追いかけつつ状況を見ていた。
アイーガの本性が現われていることとその死、激しい戦闘によって島が大きくダメージを受けていること。
「……………」
思うところをぶつけてくるのは当然。
「……大きく息を吸ってください」
「にゃ?」
「え」
ハートンサイクル。涙ルルは今、相当な成長期であった。指摘されるような弱さを自分に言いつけ、変われるチャンスをしっかり物にする。多くの人はそれらを見過ごしたり、場当たり的に凌いで逃げ出すというのにだ。
低空飛行していき、そして
パッ
「おおおぉぉぉぉ!?」
「姉妹揃って覚えてろにゃ~~~!!」
ハートンサイクルはシークレットトークの2名を東京湾内に落とした。
ドボーーーーンッ
二人を落とした地点から目的地まで残り100mもない。船を持って来る事はできる。
旋回し、自分の体勢を整えてから、ナチュラルズーンと向かい合ったハートンサイクル。
「やる気か」
「当然です」
怖いとこもあるし、勝算も薄い。頼りの姉も助けには来ない。
でも、今。やることは分かっている。このダイソンをひきつける事。そして、シークレットトークから遠ざけること。企みは勘付いているかもしれない。
ボボボボボボ
自ら飛びながら、小型ミサイルの群を具現化する。
「『牡牛座』」
そして、ナチュラルズーンに向けて放った。様々な角度から襲い掛かるよう施していた。
ドゴオオォォォッ
爆煙と爆風。辺りに散る炎。手応えを感じさせるものの、
「!」
立ち上る煙を消しゴムで消すかのように、綺麗な消失を見せて。その中からナチュラルズーンが現れる。ミサイルと言っても飛び道具。
「お前のミサイルは届かない。そして、こっちの攻撃をお前は防げない!」
巻き込まれる直前に消失領域を展開し、ノーダメージで済ませてしまうナチュラルズーン。さらにはイヤな指摘もする。
挑発と受け取りそうな気持ちを堪え、冷静になったハートンサイクルは
「『牡牛座』」
再び、同じ攻撃を繰り出した。芸の無いことかもしれない。だが、一度目も二度目も狙いはナチュラルズーンを倒すことではなく、自分にひきつけること。
東京湾に落としたシークレットトークから離れなければいけない。そして、二度目の攻撃でナチュラルズーンの圧倒的な力とは裏腹に、明確な弱点を見抜けた。
サーーーーーッ
「何度やろうと変わらない」
「分かりませんよ!」
ダイソンの能力はなんでもかんでも消してしまうが、その効果があまりに強すぎるため、弱い攻撃だろうがそれ以上に強い力で消してしまう。燃費が悪い。
そして、防御に回りながら移動するという手段も苦手。実力差は明白でも、目的をこなせるかどうかは別。
ミサイルを放ちながら、ハートンサイクルはナチュラルズーンを誘導していく。煙が辺りを覆うことで消失領域の範囲を明確にもしていた。
ザパァッ
「あの姉妹、絶対に許さないにゃ……」
「はぁ~……でも、なんとか振り切れた」
シークレットトークの2人がなんとか泳いで船着場についた。
◇ ◇
1対1の真向勝負になると実力の差がモロに出てくる。
シットリからすれば1分ほどの本気。
バシイィッ
「!」
攻撃を耐え忍んでいたナックルカシーではあったが、右足にこびりついた粘液。そこを起点にシットリの猛攻は凄まじく、彼を地面に叩きつけ。
ドゴオオオォォォッ
尻尾で打ち付け、さらには圧し掛かり、
「ぐうぅっ……っ!」
ナックルカシーの両手を粘液で封じ、菓子の補給を断たせる。補給ができないと分かった絶望を知ってから、再びシットリの追撃。
「死ね」
ドゴオオオオオォォォォォッ
島全体を揺らす大地震がナックルカシーに直撃した。
「ぐおぉぉっ……おぉっ……」
身体の内側が爆散するような衝撃は、未だかつて無かった。意識が朦朧し、身体の骨という骨が砕かれ、指一本でも動かすのは困難であった。
シットリはさらに瀕死の身体のナックルカシーに、どっぷりと粘液を上から被せて呼吸困難、行動制限など……ナックルカシーを完全に死へと導いてやった。
「……仕方ないか。どうやら捜さないとな」
シットリは一向に現れない涙キッスを探しに向かった。




